ID:PLn89TU0氏:魔法のランプと三つの願い

私は部屋に落ちていた魔法のランプを拾った。
ランプを擦ると中から手のひらサイズの精霊が飛び出して――。
って、みゆきさん?
「ご主人様。私は三つの願いを叶えます。願い事を三つ仰ってください」
「えっと、じゃあ……私が欲しいと思っていたDVD-BOXを出して」
「はい。どうぞ」
突如として机の上に現れる5セットのDVD-BOX。
なるほど、どうやらこれは本物らしい。
何故か知り合いがランプの精であるということを除けば、昔からある物語のとおりだ。
「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど、願い事を増やすことは出来るの?」
「…………できますよ」
おおっ!!
こういう願いはタブーだと思ってたんだけど、何でも言ってみるものだね。
私は早速、願い事を百個増やした。これで残り百一回の願い事だ。
「次の願いは、うーん。お母さんに会いたい!」
「はい」
『こなた……』
「お母さん!」
いつの間にか私の後ろにお母さんが立っていた。
私は勢いよく抱きつこうとして、しかし伸ばした手は空を切った。
お母さんの姿は霧散して、消えてしまったのだ。
「みゆきさん、どういうこと?」
「会いたい、というだけの願いだったので」
「じゃあもう一回。私のお母さんを生き返らせて欲しい。もちろん健康な状態で、最低でも五十年は生きる」
「わかりました」
みゆきさんが指をくるくると動かすと、私の部屋に再びお母さんが現れた。
そして、みゆきさんもカーペットの敷かれた床に立っている。
「って、あれ?」
どうして、二人が巨大に見えるんだろう。
「泉さん……すみません」
巨大みゆきさんは申し訳なさそうに私に説明をした。
どれだけ願い事を増やしても、四つ目を叶えた瞬間に、その拾い主が次のランプの精霊になること。
みゆきさんも同じ失敗をしたということ。
そして、このルールを知っていても教えることは許されていないということ。
「ランプの精が叶える願いは残り6正9京233兆4万99回です。これを叶え終えるまで開放されません」
「なにその聞いたこともないような単位。よく知らないけど、多すぎるでしょ」
「泉さん。次に私が拾ったときまでに、必ず助ける手段を見つけておきます。だから、それまで――」

頑張れって言われてもね……。
お母さんが私に駆け寄るより早く、私はランプの中に閉じ込められた。
真っ暗で、息苦しくて、何も感じない。
たぶん、どこか知らない場所で誰かに拾われるまで、このままなんだと想像がついた。
いったい、どれだけの人の願いを叶えなきゃいけないんだろう。
せめて……私の知っている人が拾ってくれるといいな。

/

「こなちゃん?」
うわっ、早いよ。
なんで、こんな早くに知り合いに拾ってもらえるのさ。
まあ、いいや。好都合だね。
つかさ、助けてー。……って、声が出ない?
「ご主人様。私は三つの願いを叶えます。願い事を言ってください」
おや、試しに言ってみたけど、こういう台詞は喋られるんだ。
これが言論統制、表現の自由が奪われるっていう事かな。
恐ろしや、恐ろしや。
「うーん。こなちゃんそっくりだけど、別人なのかな?」
違う違う! 本人だよ!
あー、だめだ。首を横に振ることもできないなんて。
しょんぼり。
「……お姉ちゃんに相談してこようっと」
つかさ、ナイス判断!
かがみならきっと、きっと何とかしてくれる。
おおっ、かがみ。来てくれるの早いね。
部屋を開けっ放しでつかさが出て行ったときは、何も知らない家族が入ってくるんじゃないかと心配だったよ。
「なにこれ?」
「ご主人様、願い事を三つまでどうぞ」
しまった。条件反射で余計なことを喋ってしまった。
「ランプの精? まさかね。だけど、このクセ毛なんてこなたにそっくりよね」
どういうことなんだろう。
つかさはかがみを呼びに行ったんじゃなかったのかな?
もしかしたら、行き違いになってしまったのかも。
「願い事か。そうね、体重を5kgほど減らしてくれると助かるかなー、なんて」
「まかせたまへー」
うわっ、自分が魔法を使ってる側だからわかるけど、かがみの胸が減ってくのがわかるよ。
本人が気づいたら、絶対に怒るんだろうな。そして、私のせいにされるのも間違いない。
「ん……減ったのかな? 体重を計ってみないとわからないわね」
かがみ、行っちゃったよ。

おや、また足音?
つかさが戻ってきたのかな。と、思ったらおじさんですか。
「ご主人様、あと願いを二つドウゾ」
「なんだろう。声が聞こえたような……」
まずい、こっちに来る。
まあ、私が声を出しちゃったのが原因なんだけどさ
「ご主人様、願い事を二つどうぞ」
「声の出る玩具か。そういえば、二人にこういうのを買ってやった時は喜んでくれたよ。懐かしいなあ」
へえ、かがみもそんなオモチャを欲しがった時期があるんだね。
「そういや、つかさの玩具をかがみが失くして大騒ぎになった事もあったっけ」
そういう、からかうネタになりそうな情報はもっと詳しく喋ってくれると嬉しいですよ、おじさま。
「あの頃に戻れたらいいのになあ……」
「了承♪」
って、まさか!?
時間が巻き戻るの?

/

「ご主人様、願い事をどうぞ」
「ほしゅ人さま……?」
私の目の前には年端も行かない頃のつかさがいた。
そっか、私の事もまだ知らないんだね。
っていうか、本当に小さいなあ。
私がランプの精になってさえいなければ、確実に身長で勝っていたはずだよ。
「あはは。このお人形さん、しゃべるんだ」
「痛い痛い! ね、願いごとを、どうぞ」
つかさに腕を引っ張られて、身体が千切れそうな痛みが私を襲った。
早く願い事を叶えてしまわないと危ない気がする。

「ちょっと、つかさ! ごはんだって呼んでるのに、どうして来ないのよ」
そのツインテールは、間違いない。かがみ! 来てくれたんだね。
本当に、私の救世主様だよ。
よくぞ私のピンチに駆けつけてくれた。感動した。
「あれ、なにその人形?」
ん、なんで私に手を伸ばしてくるの?
ちょっと不安だよ?
「ご主人様、願いごとをどうぞ」
「へえ、しゃべるんだ。これどうしたの?」
「わたしがひろったんだよ」
かがみはランプを引っくり返すなどして、スイッチがあるのかを確かめようとした。
身体が揺れて、酷く気分が悪い。
私はそれをやめさせるために、かがみに話しかけることにした。
「かがみ。その髪型、可愛いね」
あ、これくらいなら喋っても大丈夫なんだ。
「ああ、これ? いのりお姉ちゃんにやってもらったんだ」
答えてから、かがみは不思議そうな顔をした。
「おもちゃのはずなのに、なんで話せたんだろう。それに私の名前……」
「オモチャじゃないよ。ランプの精霊だって。だから名前とかもわかったの」
後半は嘘だったけれど、私が特別な力を持っていると信じさせるためには仕方が無い。
「絵本で読んだことがあるけど、あのランプの精?」
「そうだよ。願い事をなんでも、あと一つだけ叶えられるんだ」
目を輝かせるつかさと、半信半疑と言った様子で私を見るかがみ。
「えっと、じゃあ。願いごとはねぇ」
「ストップ。つかさ、もうごはんだって言ったでしょ。後でゆっくり考えればいいじゃない」
そ、そんな。二人が食べ終えて戻ってくるまで、放置プレイ?
そう思ったが、かがみの話はそこで終わらなかった。
「だいたいね、自分の一番の願いは他人に頼って叶えてもらうべきものじゃないでしょ」
かがみの言葉は、小学生とは思えないほどしっかりとしたものだった。
真面目と言うよりは熱血漢に近いその信念は、考えなしに願い事を言ってしまった私の心に突き刺さった。
私はお母さんを生き返らせて欲しいと願った。
それは自力では叶えることが絶対に出来ない望みだったけれど、願う事自体が間違っていたのかもしれない。
人の命は一度きりで、だからこそ本気で生きることが出来るんだ。
それに、私はお父さんの愛情によって、お母さんがいない悲しみはとっくに乗り越えていた。
あとはお父さんがどう思うかというだけど、私がその望みを推測してまで叶えようとする必要は無い。
どうしてもというのなら、お父さんに願い事があるかを訊ねるべきだったのだ。

「あははっ。こんな小さい頃のかがみに教えられるなんて、思ってもみなかったな」
何の前触れも無く笑い出した私を、つかさ達は怪訝そうに見た。
「ありがとう、かがみ。おかげで大切なことに気づけたよ」
「何の話?」
「ううん。なんでもない。それよりかがみ。一番の願いは自分で叶えるんだったら、どんな願いを言うの?」
そうね、と呟いたかがみは黙り込むと視線を彷徨わせた。
遠くでかがみの姉か両親が、ご飯だから来るようにと叫んでいるのが聞こえる。
つかさは思案にふけるかがみを一瞥した後、その声に返事をしながら歩いていった。
「ああ、そうだ」
それからしばらくして、かがみは私を指差しながら、思いついたことを口にした。
「そんな所に入ってないで、出てきなさいよ。何が楽しくてやっているのか知らないけど、家に帰ったら?」

「お前の望み、聞いたぜ」
――って、私はなにを口走っているんだろう。
そっか、今のも願いを言ったことになっちゃうんだ。
ということは?
瞬間、世界が暗転した。
もう、かがみの声は聞こえない、姿も見えない。
ランプの精になった私は、ただ願いを叶えるのみ。
この役目を終えて家に帰るという、三つ目の願いを。

/

気がつくと、魔法のランプはどこにも存在しなかった。
部屋はランプを拾う前の状態とほとんど変わりなくて、唯一の違いはDVD-BOXが追加されている事だけだった。
それ以外の変化と言えば、みゆきさんとつかさ、そしてかがみが私を見ていて――。
「こなたっ!」
「ちょっ。かがみ……?」
ツンデレであるはずの少女のデレに、私は戸惑うしかなかった。
なんとなく、元の世界に戻ってきたことはわかる。
だけど、それ以外の事はどうなったのかは、まるで想像できなかった。
私が叶えた願いの中で、確実に魔法だと言える願いは一つしかなかった。
そして、それを確かめる方法もただひとつ。
かがみの胸を揉むことのみ!
「あっ……ちょっと、こなた……みん、な、いるのに……こらっ……やめ、なさいよっ!」
「うがっ」
夢だったのかを確かめるやむを得ない手段だったというのに、かがみは理解してくれずに私を殴った。
「ふふ、でもいいよ。これではっきりした。その揉みごたえの無さ!」
……また殴られた。口は災いの元と言うけれど、今日ほどそれを実感した日は無い。
「やっぱり、夢じゃなかったんだ」
私がそう呟くと、騒ぎを聞きつけたのか部屋の扉が開いてゆーちゃん達が入ってきた。
私の従妹と、お父さんと、そして、そして――。

「お母さん!」
「おかえりなさい。こなた」

それはこっちの台詞だよ。
そう思いながら、私はお母さんに抱きついた。

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最終更新:2008年06月10日 23:11
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