第七話
「うっぎゃああああ!!」
夜の町に男の悲鳴がこだまする。その悲鳴は闇の中に消えていき、その悲鳴を聞いた者はいなかった。
物言わぬ男の周りにいるのは『人でも動物でもない何か』――餓鬼の群れ。
『マサカ霊能力ヲ持ッテイタトハ……』
『犠牲ハ多イガ、仕方アルマイ。仲間ノ分ハ我々ガ背負ッテ生キテイコウ』
「餓鬼のくせに、この群れは仲間に対する思いやりがあるんだな」
「相当精力を吸ったんだね。人間らしさまで感じられるヨ」
突然聞こえた声に辺りを見回す餓鬼達。しかし次の瞬間、声の主は群れの中心――男のそばに飛び降りた。
思わず後退りする餓鬼達。それらを睨み付けるみさお。こなたは男の首筋に手を当てて、そして首を横に振った。
「……やっぱりダメだ、もう死んじゃってる」
「ち、もうちょい早く出てくりゃ……」
『貴様ラ、魔ヲ狩ル一族ノ二人組カ!!』
こなたとみさお、この二人の噂は妖魔の中でも有名となっている。
『化け物並みの強さを持つ女二人』として埼玉周辺の妖魔達に畏れられている。
『ダトシテモ、コノ数ガ相手デハタダデハ済ムマイ! カカレ!!』
その一言で餓鬼の群れが二人に飛び掛かる!
「頼んだぞ、チビッ子!」
「任せてよ! 絶対不可侵領域!!」
こなたが叫んだ瞬間、二人の周りを半透明のバリアが包み込んだ。
そのバリアに阻まれ、飛び掛かった餓鬼達は弾き返されていく。
このバリアはいわゆる“聖域”ではなく、ただの防御結界。妖魔を浄化するまでの力はない。
「おい! こんな時までゲームかよ!」
「いいでしょ別に! とにかく早く!」
「わぁーってるよ!!」
空中をみさおの筆が踊り、明滅する文字が浮かび上がる。
短い文字の集団がいくつも浮かび餓鬼の周囲を飛んでいく。
『クソ! ヤラレル前ニ破壊スルノダ!!』
餓鬼の群れが一斉にバリアに攻撃を仕掛ける。
一体一体の力は弱いものでも、これだけの数だとダメージは大きい。
「蘇れ、古の氷塊よ! 砕け、塵となりて、我等の敵に降り注げ!」
みさおの詠唱が聞こえる。これが終わるまで、なんとしてでも耐えなければ……
「う……ああああ……!!」
しかし、こなたが作り出したバリアにヒビが入りはじめた。もう時間がない!
「舞い踊れ、『百渦雹嵐(ひゃっかひょうらん)』!!」
空中を奔る文字がそれぞれ氷の塊となって餓鬼の体を突き抜けていく。
群れを成して行動する餓鬼に対し、この呪術は効果絶大。断末魔とともに、一瞬にして全てを光へと変えていく。
その瞬間、こなたが作り出したバリアは音をたてて崩れ、消えていった。
「っぷぇ。ちかれた~……」
なんとも珍妙ため息をはきながらこなたが地面に座り込む。
バリアは製作者が精神力を掛けることにより強度が増し、また復活もする。
訓練のおかげで、最初に比べてかなり強くなったこなたの精神力でも、あれだけのダメージを長く耐えることはできない。
みさおの詠唱が早くに終わって本当に良かったと、胸を撫で下ろす。
そんなこなたを見下ろしながら、みさおは街灯にもたれかかった。
「まあな~。最近は妖魔の動きが活発だし、やな世の中になったゼ」
「たまには休みが欲しいよ……」
『だるーん』という擬音(どんな擬音だ)が聞こえそうなくらいだらしなく地面に寝そべる。
「そうは言ってもな、ここら辺にはアタシ達くらいしか魔を狩る一族はいねぇからどーにもならねぇよ」
「む~ん……深夜までネトゲやりた~い……」
こなたの愚痴は、そんな深夜の空に消えていった。
「廃校が近くにあるんだって」
いつもの四人のメンバーに二人を加えた昼食時、峰岸あやのからそんな言葉が出てきた。
数年前に火事が起き、そのまま再建されずに廃校となった小学校。他の五人も、噂には聞いていた。
「廃校かぁ……面白そうね。今日の夜、肝試しにいかない?」
卵焼きをつまむ柊かがみがそう提案する。こなたは目を輝かせたが、数人はバツが悪そうな顔をした。
「ええっ!? わっ、私は絶対にいかない!!」
「ま、つかさはね……」
悲鳴に似た大声を上げたのは柊つかさ。かがみの双子の妹である。
つかさは怖い話が大の苦手で、他の五人もそれを知っている。
無理に連れていくのはあまりにも可哀想なので、強制はしない。
「今夜、家には誰もいなくなってしまいますので留守番をしなければ……」
こう言ったのは高良みゆき。こなた達クラスの委員長である。
成績優秀、容姿端麗、さらには文武両道と三拍子そろった(こなた曰く)歩く萌え要素。
「私も今日は彼氏と過ごす予定が……」
「ふぅん……いいわね、彼氏がいる人は……」
そして、廃校の話を持ちかけたあやの本人も出席不可だという。
ちなみにこのメンバーの中で彼氏がいるのはあやののみである。
「私は勿論行くよ!」
「じゃあ、私とこなたと……日下部は?」
「アタシ? 特に用事はないけど……」
「じゃあこの三人で決まりだね。廃校の場所なら教えてあげるよ」
いつもの通り好物のチョココロネを細い方から食べるこなたに、みさおは小さな声で話し掛けた。
(な、なあ、仕事はいいのか?)
(だいじょぶだいじょぶ。戦士達にだって、たまには休息が必要だよ)
それだけ言って、他の四人と雑談に入る。
(……そういうトコが敵とかの巣窟になってるっての……よく聞く話じゃねぇか……)
本当に休息になるのか不安になりながら、みさおはミートボールを口のなかに放り込んだ。
――昨夜、××町で起きた猟奇殺人事件ですが、未だ犯人は見つかっていません。
しかし専門家は『人間ではこのような傷をつけることはできない。獣か何かに襲われたと考えるのが妥当』と言います。
街中で起きた事件というだけにその可能性は低いと思われますが……断定はできません。これ以上被害者が出ぬよう、警察には迅速な捜査が求められて――
夜。何気なくテレビを見ていたら、昨日の事件が報道されていた。
『警察じゃ解決できないけどネ』と思いながら、こなたはおもむろに立ち上がった。
「怖いなぁ。こなたも気を付けるんだぞ?」
「うん、わかってる。それじゃ、そろそろ時間だから」
妖魔退治の時はいつも部屋の窓からこっそり出入りしているのだが、今回はちゃんとした理由があるから玄関から出ていける。
久しぶりの休息、たっぷり楽しんでこようと、こなたは意気揚々と出発した。
……ただ、一抹の不安を胸に抱きながらではあったが。
(ゆーちゃん……まだ帰ってきてない……どこ行ったのカナ……)