ID:U25mXig0氏:名前

 呼び方はその人との関係を規定する。
 苗字で呼び合っている内はよそよそしい感じがするし、愛称を使っていれば自然と親しくなっていく。
 役職の名で呼ばれるというのは前者であって、私とクラスメイトの繋がりは役割によるものでしかない。
 委員長。それは中学時代から聞き慣れていた自分の呼び名で、本名よりも使われているかもしれない。
 私はクラス委員をやる事で、他人との関係を掴んでいた。
 委員長だから他人の世話を焼くことも許される。
 他の一般生徒とは違う立場にいるから、友達であるか否かとは関係なしに介入できた。
 数人のグループに混じっての会話もしたし、名前以外は何も知らない相手が一緒でも遊びに出かけた。
 共通の話題は何も無い。
 だが、自分が委員長であるおかげで、互いに話すきっかけを作れたのだ。

「みゆきさん」

 だから彼女に自己紹介をした時も、相手は自分を委員長と呼ぶだろうと、自然に思い込んでいた。
 どうして役職の名で呼ばないのか?
 そのことが不思議で、髪を左右で束ねた女の子に私は訊ねた。

「私も隣のクラスの委員長だからね。それに、普通は友達を名前で呼ぶものじゃない?」

 わからない。
 他人とは違うという立場を利用してきた私には、彼女の言うことが正しいのかわからなかった。
 そもそも中学に入って以来、名前で呼ばれた経験はほとんどなかった。
 教師からは苗字で呼ばれたし、級友達は「委員長」か「タカラさん」だった。

「そうかもしれませんね。柊さん」
「あ、そうだ。このクラスにも柊って女の子がいるでしょ」

 私は少し考えた後、黄色のリボンをした少女のことを思い出して頷いた。
 柊つかさ。
 常に笑顔を絶やさない女の子で、何度か話をした覚えがあった。

「柊つかささんですね。ひょっとして、誰かを待っていると言っていたのは……」
「うん。そうよ。ちなみにつかさは私の妹なの。紛らわしいから、名前で呼んでくれる?」
「はあ、わかりました。かがみさん」

 名前を口にする瞬間、心臓がざわつくのを感じた。
 誰かを名前で呼ぶのは久しぶりだった。
 近所に住んでいる幼馴染の女の子のほかは、苗字でばかり呼んでいた。
 そのためか、大したことではないはずなのに、顔が火照っていくのを感じる。

「えっと、つかささんは三班なので、理科室の掃除ですね」
「理科室か。あそこ遠いから、終わっても帰ってくるのに時間がかかりそうね」
「そ、そうですね」

 動揺を悟られないか心配で、私は相手の反応を窺がいながら返事をした。
 彼女とはこれからも委員会で顔を合わせる事になるだろう。
 ここでおかしな人だと思われたら、後まで気まずいと思ったのだ。
 そんな不安が見透かされたのか、彼女は理科室まで行って妹に会うと言った。
 良かった。これで、ひとまず開放される――。
 そう思ったが、彼女が最後に残していった言葉は私を更に困惑させた。

「じゃあ、またね。みゆきさん。明日は一緒に昼ごはんを食べよう」


 翌日の昼休み、私は彼女の妹と、その妹の友人と昼食を共にした。
 その時のことはよく覚えていない。
 記憶にあるのは、その場で私の呼び方が決められた事だけだった。

「みゆき」
「ゆきちゃん」
「みゆきさん」

 三人は私の事を友達のように呼んでくれた。
 そのおかげで、他人と親しくなるのが苦手な私にも仲間ができた。
 いつの日か、彼女達を愛称で呼べる時がくるのだろうかと考えることがある。
 良い愛称を考えて、三人に喜んでもらいたい。
 そう思った私は、時間が空くたびにニックネームについて考えているのだった。

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