呼び方はその人との関係を規定する。
苗字で呼び合っている内はよそよそしい感じがするし、愛称を使っていれば自然と親しくなっていく。
役職の名で呼ばれるというのは前者であって、私とクラスメイトの繋がりは役割によるものでしかない。
委員長。それは中学時代から聞き慣れていた自分の呼び名で、本名よりも使われているかもしれない。
私はクラス委員をやる事で、他人との関係を掴んでいた。
委員長だから他人の世話を焼くことも許される。
他の一般生徒とは違う立場にいるから、友達であるか否かとは関係なしに介入できた。
数人のグループに混じっての会話もしたし、名前以外は何も知らない相手が一緒でも遊びに出かけた。
共通の話題は何も無い。
だが、自分が委員長であるおかげで、互いに話すきっかけを作れたのだ。
「みゆきさん」
だから彼女に自己紹介をした時も、相手は自分を委員長と呼ぶだろうと、自然に思い込んでいた。
どうして役職の名で呼ばないのか?
そのことが不思議で、髪を左右で束ねた女の子に私は訊ねた。
「私も隣のクラスの委員長だからね。それに、普通は友達を名前で呼ぶものじゃない?」
わからない。
他人とは違うという立場を利用してきた私には、彼女の言うことが正しいのかわからなかった。
そもそも中学に入って以来、名前で呼ばれた経験はほとんどなかった。
教師からは苗字で呼ばれたし、級友達は「委員長」か「タカラさん」だった。
「そうかもしれませんね。柊さん」
「あ、そうだ。このクラスにも柊って女の子がいるでしょ」
私は少し考えた後、黄色のリボンをした少女のことを思い出して頷いた。
柊つかさ。
常に笑顔を絶やさない女の子で、何度か話をした覚えがあった。
「柊つかささんですね。ひょっとして、誰かを待っていると言っていたのは……」
「うん。そうよ。ちなみにつかさは私の妹なの。紛らわしいから、名前で呼んでくれる?」
「はあ、わかりました。かがみさん」
名前を口にする瞬間、心臓がざわつくのを感じた。
誰かを名前で呼ぶのは久しぶりだった。
近所に住んでいる幼馴染の女の子のほかは、苗字でばかり呼んでいた。
そのためか、大したことではないはずなのに、顔が火照っていくのを感じる。
「えっと、つかささんは三班なので、理科室の掃除ですね」
「理科室か。あそこ遠いから、終わっても帰ってくるのに時間がかかりそうね」
「そ、そうですね」
動揺を悟られないか心配で、私は相手の反応を窺がいながら返事をした。
彼女とはこれからも委員会で顔を合わせる事になるだろう。
ここでおかしな人だと思われたら、後まで気まずいと思ったのだ。
そんな不安が見透かされたのか、彼女は理科室まで行って妹に会うと言った。
良かった。これで、ひとまず開放される――。
そう思ったが、彼女が最後に残していった言葉は私を更に困惑させた。
「じゃあ、またね。みゆきさん。明日は一緒に昼ごはんを食べよう」
翌日の昼休み、私は彼女の妹と、その妹の友人と昼食を共にした。
その時のことはよく覚えていない。
記憶にあるのは、その場で私の呼び方が決められた事だけだった。
「みゆき」
「ゆきちゃん」
「みゆきさん」
三人は私の事を友達のように呼んでくれた。
そのおかげで、他人と親しくなるのが苦手な私にも仲間ができた。
いつの日か、彼女達を愛称で呼べる時がくるのだろうかと考えることがある。
良い愛称を考えて、三人に喜んでもらいたい。
そう思った私は、時間が空くたびにニックネームについて考えているのだった。
終
最終更新:2008年04月19日 11:30