The Legend of the Lucky Star

第一話


“……あれ?”

気が付いた時、彼女は病室の入り口に立っていた。なんでこんなところにいるのかが、彼女には不思議だった。
もっと不思議なのは、その病室にいる面々だ。
自分の父親、自分の従姉妹、自分の友人達……それぞれがベッドにすがるように泣いている。
しかもそのベッドにいる、沢山の計器が付けられた人物は……他ならぬ自分自身であった。

“……そうだ、私……轢かれちゃったんだよね……車に……”

彼女にとっては、ほんの数分前の出来事。しかし現実世界では、その事件からすでに二日が経過していた。

彼女の名前は、泉こなた。

彼女は二日前、高校入学時にパソコンを買い替えるために秋葉原を下見に訪れ、その帰りに……飲酒運転のトラックに轢かれたのだ。
では、病室の前に立っている自分は一体なんなのか?
幽体離脱、もしくは幽霊。後者の場合……死んでいることになる。

“……イヤ……だよ……”

死んでいるかもしれない。そう思った時、こなたの瞳から涙が溢れた。

“猛勉強して……やっと……やっとお母さんとお父さんと同じ陵桜学園に入れたのに……! なんで……なんで死ななきゃいけないのさ……!?”

自分が望んだ、陵桜学園の入学。せっかくの努力も、試験に合格したことも、死んでしまえば、すべてが水の泡だ。
悲しみで立っていることもできず、彼女は座り込んだ。

『助けてやる』
“え……?”

直後、そんな声がして、振り返る。そこにいたのは、着ている服がスカートでなければ男子と見間違えていただろう活発そうな女性。八重歯が(なぜか)キラリと光る。
年は同程度だろうが、こなたにとって、まったく見覚えのない女性だった。

『あんたには、生きててもらわなくちゃ困るからな。だからアタシが生き返らせてやる』

こなたは口を開けたまま、そう言う女性を見ることしかできなかった。
なぜ、霊体であるはずの自分が見えるのか? なぜ、初対面の人物を助けるのか? そして何より……そんな力は、実在するのか?

『困惑しているみたいだな。てゆーか、初対面の奴にこんな事言われれば当り前か』

そう呟きながら、女性が自分の方へ歩きだした。と思ったら、今度はいきなり頭を掴まれた。

“わ、わ!!”
『大丈夫だ、あんたの魂を戻してやるだけだから。ここでの記憶は消させて貰うからな』

何が何だか、こなたにはわからなくなっていた。女性の声など全然頭に入っていない。
とりあえず、女性から離れることだけを考え、必死に抵抗していた。

『だー! 暴れるなっての! その時が来たらちゃんと教えてやっから、とっとと寝ろー!!』

そう言われた瞬間、視界がいきなり真っ暗になった。

「はぁ……はぁ……」

こなたはベッドに身体を起こして頭を抱える。
時計を見ると、午前一時。先ほどまで見ていたものは、夢だったのか?

(違う……アレは、夢なんかじゃない……)

あの時の傷痕が疼く。事故が起きたのも、霊体として病室の入り口にいたのも、紛れもない『現実』。
しかも、自分の目の前に現れた、あの女性は……

“うおーい。聞こえるか? チビッ子”
「わっ!?」

突然、誰かの声が聞こえてきた。
いや、聞こえてきたというよりも頭に直接語り掛けてきたと言った方が適当だろう。頭の中で声が反響している。

“あー、ちゃんと通じてるみたいだな。あと、チビッ子のは声に出さなくても聞こえるからな”
(みさきち……だよね。この声……)

みさきち――日下部みさお。こなたの友人であり……
かつて、こなたを生き返らせてくれた、あの女性だった。

“さっき、あの時のこと思い出したろ? それのことで話があるから、近くの公園で待っててくれ”
(う、うん……)
“んじゃ、また後でなー”

何故か受話器を置くような音がした。通信……と言うのだろうか、それが終わった合図なんだろう。
こなたは服を着替えると家からこっそり抜け出して、言われた通り自分の家から一番近い公園へと向かった。

「……暗い……」

公園に着いて、こなたは呟いた。
昼間は子供達がいて賑やかなのだが、今は深夜。人はおろか鳥すらいない。
空は晴れているだろうが、今日は新月なので灯りは街灯のみ。
しかもほとんどの街灯は死んでいて、目障りな明滅を繰り返している。
不気味なほどの静寂が、こなたの恐怖をより一層駆り立てた。

「!!」

何かの存在を感じ取ったこなたは近くの茂みの中に隠れる。
少し経って、先ほどまで自分がいた場所に『人でも動物でもない何か』が現れた。

「あれは……餓鬼(がき)……人の精気を喰らい、人間に転生しようとする妖魔……。低級の妖怪だけれど、力のない人間は無力……」

数は二匹。身の丈は大型犬ほど。その姿を見て、こなたは口走った。
生で見るのは初めてなのに、そういう『妖怪』についての知識などないはずなのに。

――なぜ自分は餓鬼なんてものを知ってるんだろう?

第一、目の前に妖怪の類が、異形の者がいるのだ。
それなのに、自分は至って冷静。一体どういうことなんだろうか?

『人間ノ匂イガスルナ』
『近クニイルノダロウカ?』

自分の存在は既に気付かれているようだ。辺りをうろうろしている。
このままでは、見つかるのは時間の問題だ。

「とりゃああ!!」
『グガ!?』

見つかるくらいなら先制攻撃、こなたが茂みから飛び出し餓鬼の一匹を蹴飛ばした!
その身は空中に投げ出されるも地上スレスレで一回転し、着地する。

『大丈夫カ?』
『不意討チハ食ラッタガ、問題ナイ。ソレヨリモ……』
『アア。コノ娘、普通ノ人間ヨリモ上等ノ精気ヲ持ッテイル。喰ラエバスグニ人間ニナレルゾ』
「く……」

こなたは格闘技経験者。少しはダメージを与えられたかと思ったが、まったく効いていなかったようだ。
……そうだった。こういう妖怪に『普通の攻撃』は、当てることはできても通用はしないのだ。気付くのが、思い出すのが、遅すぎた。

『早速喰ウカ?』
『ソノ前ニ、ヤラレタ礼ヲシナケレバナ』

猛スピードで餓鬼が迫ってきたと思いきや、何かが地面に落ちたような音が辺りに響いた。

「……え……?」

こなたは顔を恐怖で引きつらせ、ギギギと音がしそうなくらいぎこちない動きで右を見た。


そこに、今まであったはずの右腕は――なかった。


「――!! うわあああああああああ!!!」





第二話

 

こなたの右腕は二の腕から先が切り落とされ、切断面からは尋常ではない量の血液が噴出していた。
主を失った右腕は、ただ虚しく、地面に転がっている。その光景を目の当たりにした時、想像を絶する痛みが彼女を襲った。
それと同時に、目の前の存在に対して言い知れない恐怖を感じた。こんな恐ろしい奴らに、何の力も持たない自分が叶うはずがなかったのだ。
殺される――それは悲観的観測ではなく、事実だった。

『フフフ……恐ガレ恐ガレ。若イ娘ノ恐怖心……ナント美味タルコトダロウ……』

下卑た笑いを浮かべながら、残った左腕で右肩を押さえ、痛みを必死に耐えているこなたを見る。
その爪には血がベットリと付いており、そいつがこなたの右腕を切り落としたのは明白だった。

「はぁ……はぁ……うぐ! うああああ!!」

こなたの額からはものすごい量の汗が滲み出ている。我慢しようとしても、痛みは一向に収まらない。
意識が飛びそうになる度に思考を落ち着かせようとするが、激痛のためにまた意識が飛びそうになる。これではいたちごっこだ。

「うあ……あ……」

そのいたちごっこは、こなたの敗北という形でついに終結することになる。
身体に力が入らない。そう感じた時、目の前の半分がコンクリートで覆われていた。地面に倒れたのだと、この時気が付いた。
視界が霞んでいく。餓鬼の輪郭がうっすらとしか見えないほどに衰弱していた。

『グフフ……デハ、イタダクカ……』

二匹がこなたの周りを取り囲む。
なんとか逃げようと試みるものの、指先が少し動かせる程度。逃げるなんて不可能だった。

(私、の……人生……ここで、終わりか……せめ、て……卒業、したかった……な……)

瞳から涙が溢れた。大切な家族、大切な友達との思い出が走馬灯のように流れてくる。
そして気が遠くなる瞬間に思い出したのは、『俺より先に死ぬな』という父との約束だった。

(お父さん……ごめんね……約束、守れそうもないや……お母さん……今から……そっち、へ……)

「降り注げ、『癒雨(ゆさめ)』!!」

突如、誰かが大声で叫ぶのが聞こえた。背中に温かい何かを感じたと思ったら、だんだんと意識が戻っていく。視界が回復していく。

(あ、あれ……? 身体が、軽い……?)

痛みも引いていき、身体も動くようになった。顔を右側に向けると、腕の傷口が完全に塞がっていた。
塞がっているだけで……右腕は、戻ってきてはいなかったが。

『ダレダ!』
『人ガ弱ラセタ獲物ヲ!』
「いやいや、あんたらもう人じゃねえだろ」

立ち上がろうと方膝をついたこなたの隣に、一人の女性が現れた。

「……みさきち」

知っていなければ男子と見間違えていただろう活発そうな女性。街灯の明滅に合わせ、八重歯がキラリと光っていた。
みさきち――日下部みさおに、間違いなかった。

「悪ぃな、チビッ子。アタシがもう少し早く来てれば……」

みさおは、こなたを見ると直ぐ様視線を落とした。
いつものみさおからは、想像もできないほどに暗い表情だ。

「……ううん、大丈夫。死んだわけじゃないから」

そうは言っても、本当は泣き叫びたいくらいだった。声はひどく震えていて、瞳には涙が溜まっている。
生き返ることはできた。それは喜ばしいことなのだが、右腕は失ったまま。
これからの生活に対する、不安と恐怖。死んでしまった方がマシだったかも、とすら思えてきた。

「ちょっと待ってろよ、チビッ子。こいつら片付けたら、すぐに戻してやっから。自信は、ないけどな」
「……はい……?」

こなたは一瞬、自分の耳を疑った。
今、みさおは確かに『戻してやっから』と言った。そんな高度の医療技術が、一般ピープルのみさおに使えるわけ……

(いや、違う……みさきちは、少なくとも『普通の人間』にはない力を使ったわけだし……)

もしかしたら、彼女の言うことは本当かもしれない。
少しだけ、希望の光が見えた気がした。

『クソ! 退魔師ダッタカ!!』
『ダガ、コノ数ヲ相手ニ一人デドコマデモツカナ?』
「……え……!?」

辺りを見回して、こなたは戦慄した。
先ほどとは比べものにならないほど大量の餓鬼に取り囲まれていたのだ。
その数ざっと五十匹……一人で、しかもこなたを守りながら戦うなんてほぼ不可能だ!

「み、みさきち……」
「ちなみにお前ら、アタシは退魔師なんつー奴らと一緒にしないでほしいな」
『ナンダト……?』

先の出来事がトラウマになったのだろう、こなたが身を震わせながらみさおの脚に擦り寄ってくる。
だがみさおはそれに応じず、餓鬼の群れを見たままジーンズのポケットに手をやった。
そこから取り出したのは、何の変哲もない一本の筆。次の瞬間、筆の先端が光りだした。
みさおが筆を動かすのに合わせて、光の軌跡が不可思議な文字の羅列となって空中に浮かぶ。

『マ、マサカ……!?』

その光景を見た群れのリーダーらしき餓鬼が恐れおののいた。

「その通り。アタシは退魔師の上を行く存在――『魔を狩る一族』の一人なんだってヴぁ!!」

光の文字がみさおの掌に吸い込まれていく。その影響なのだろう、みさおの腕赤く神秘的な光を放っている。
そしてみさおはその掌を大きく振りかぶり、勢いよく地面に叩きつけた!

「燃え尽きろ! 『業爆(ごうばく)』!!」

刹那、みさおの目の前で爆発が発生、餓鬼達の断末魔とともに巨大な爆音が轟いた!!

「うわ!!」

強烈な光が発せられ、暗闇で瞳孔が開き切っていたこなたは瞼を固く閉じ、左腕で目を覆った。



そして、辺りがようやく静寂を取り戻した頃、こなたはゆっくりと瞼を開いた。
大量にいたはずの餓鬼達は、綺麗さっぱり消え去っていた。あれだけの爆発があったはずなのに、公園に傷痕は見られない。

「よっし、終わり」

そして、こなたの視界に入ってきたのは、いつもとまったく変わらない友人の笑顔だった。

 

第三話


「しっかし……まさか中途半端に覚醒してるとはな……」

地面に仰向けに寝、真っ暗な空を見るこなたに対してみさおは呟いた。
こなたの右腕は切断された部分がぴったりと合わせられ、そこを中心に淡い光が取り巻いていた。
みさおの癒しの術が発動していているのだが、これだけの大ケガを治すのはみさおも初めて。
ちゃんと結合し、機能するかどうかは、結果が出るまでわからない。

「んで、少しは『思い出した』か?」

みさおが言っている思い出したとは、ただの記憶のことではない。
こなたが、そしてみさおが、生まれる前から知っている――血に刻まれた記憶のことである。

「まだほとんど思い出せてないや。妖魔について少しと、退魔師と魔を狩る一族についてとかくらいしか」

こなたは目を閉じ、先ほど蘇った記憶の旅へと出発する。
そして、自らが思い出した記憶の内容を紡ぎだす。

「退魔師も魔を狩る一族も基本的には同じ。どっちも、人に害を為す邪悪な存在『妖魔』を昇華、もしくは封印する力を持った人間のことだよね」
「魔を狩る一族は、ただ単に退魔師が昇級したって感じだな」
「退魔師、魔を狩る一族は宗派とかで使う術とか戦い方が違うんだよね。みさきちは“呪術師”?」
「ああ。アタシは親父の家系がそうなんだ」

ジーンズのポケットからあの筆を取り出した。先端の光は消え失せている。
こうして見ると、先ほど餓鬼の群れを一掃するために使用された道具とは思えないほどに普通の筆だ。

「普通は言霊とか印を結ぶ必要あるだろ? アタシ達の家系はこれを使ってその時間を短縮してるんだ」

こなたの目の前で筆をひらひらさせた後、ポケットへとしまった。

「チビッ子の家系はどっちなんだ?」
「うーんと……お母さんの家系だと思うな。でも私達がなんなのかはまだわかんないや」
「ま、無理に思い出す必要はないさ。そのうち思い出すだろうし、今日はいろいろあったからな」

確かに、普通に生活しているだけでは絶対に出会えないであろう超常現象に何度も遭遇したのだ。
落ち着きを取り戻しているとはいえ、こなたの頭は疲れているだろう。一度、休ませなければいけない。

「……今度から戦いの日々か……面白そうだけど、痛いのはやだなぁ……」
「たまたまその家系に生まれただけだってのにな。迷惑な話だよ、まったく」

みさおは毒づくと、フーッと長い息を吐いた。

「兄貴は夜あやのと一緒にいるし、親父はもう力を失ってんだ。一人きりで戦うのって、結構辛かったんだぜ? 肉体的にもそうだけど、精神的にもな……」

哀しげな瞳で空を見上げる。その瞳が濡れているように、こなたには見えた。
そして、長い沈黙。耐えきれなくなり、こなたは呟いた。

「……でも、大丈夫だよ。今度からは私もいるんだから。みさきちはもう、一人じゃないから」
「……ありがとな、チビッ子。らしくなかったな、アタシ」

鼻の下を擦りながら、ヘヘっと笑うみさお。いつもの笑顔に戻ったのを見て、こなたも安堵の表情を浮かべる。

不意に、こなたの右腕が放っていた光が消えた。術の効果が切れたのだろう。はた目からは、きちんと繋がっているのかわからない。
こなたは上半身を起こしてみた。結合していなければ、右腕はそのまま地面に転がっているはずだ。

「よかった……ちゃんと繋がってる……」

上半身を起こす動きに、右腕がしっかりとついてきた。どうやら成功のようだ。
グーとパーを何度も作り、支障がないことを確認。それを見たみさおは安心した。

「ふぅ、治らねぇかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
「とりあえず……」

服についた土や砂を払いながら立ち上がり、こなたはみさおに右手を出す。

「腕、治してくれてありがとう。それと……明日からよろしくね」
「ああ、こっちこそ頼むぜ!!」

二人は固い握手を交わした。





「ふぁ~……眠い~……」

大きなあくびをして机に突っ伏すこなた。昨夜、絶体絶命のピンチに陥っていたとは思えないほどのだらけっ振りである。
しかしこの時間、だらけている人間はこなただけではなかった。昼食後のこの時間、満腹感から眠りを誘われこなたと同じ状況にいる人間が大勢だ。

「昨日のアレもあったしな、仕方ねぇさ」

目の前の机に寄りかかっているみさおが諭すように言った。
確かにそれもあるだろう。深夜に目が覚めたうえ、昨夜はいろいろなことがありすぎたのだから。
だが対称的に、みさおは眠気など全くないようだ。
そんなみさおをこなたは訝しげな目で見上げる。

「だけどさ~、なんでみさきちはマトモなのさ……」
「あ、じゃあちょっと待ってくれ。チビッ子にもアレ使ってやるよ」

みさおはすっと目を閉じ、何かを呟き始めた。普通の人間には到底理解できない不可思議な言葉の羅列だ。
しばらくするとこなたの頭上から光が降り注ぎ、こなたの眠気が段々と和らいでいった。

「眠気覚ましの言霊? そんなのあるんだ」
「ああ。眠りを誘う妖魔もいるからな、その対策のためにある呪術さ」
「あれ? こなちゃん、いつのまにか日下部さんと仲良くなってたんだ」

そう口を挿んできたのはクラスメイトの柊つかさだ。
トレードマークのカチューシャ風リボンがひらひら揺れる。

「二人とも、何の話してるの?」
「いや、妖怪とか呪術とかって本当にあんのかなって話さ」

敢えて本当のことは言わない。
大騒ぎになることを避けたかったのはもちろん、友人を心配させたくなかったから。

「妖怪かぁ。いたらヤだよねぇ」
「つかさは怖いもの苦手だもんね」
「でも実際にいるんじゃないかな、妖精さんとか。私達に見えないだけで、もしかしたら目の前にいるのかも」

そういうつかさの目の前を妖精が飛んでいく(霊感のない人間は妖精を見ることができない)のを見て、二人は思わず笑い転げた。

「もう! 笑わないでよぉ!!」
「あっはは……ごめんごめん。でもつかさの言うように、案外目の前にいるのかもね」

その妖精を目で追いながら、こなたが言う。
妖精は二人に手を振って、教室の天井をすり抜けていった。

「いないモンをいないって言うことってメチャクチャ難しいんだよな。信じてりゃ、いつかは会えるさ。妖精とかに」
「うん! そうだよね!」

二人はつかさの無垢な笑顔を見て、小さく笑った。
過酷な運命を背負った少女たちの心を癒す、やすらぎの一時である。

 

第四話


「大半の妖魔は、霊感のない普通の人間には見えない。存在もわからないまま、運や精力を吸い取られて亡くなっていく」
「それを阻止するためにアタシ達がいるんだ。『魔を狩る一族』がな」

闇に包まれた公園に、二人の少女の声が響く。
辺りに人影はなく、その公園にいる人間は二人だけだった。
少女の一人が死んだ街灯に手を当てるといきなり光が灯り、闇に包まれていた公園を照らす。

「『型』については思い出したか?」
「うん。魔を狩る一族には戦い方のスタイルがあって、大まかなスタイルは『呪術型』『武器・武術型』『バランス型』の三つ。
 それぞれ特化したものに分類されて、型に関わらず呪術は使える。この他にも特別な型があるんだよね」
「ああ。ちなみにアタシは呪術師型最強の部類に入る『万世呪術師』なんだ。一応、普通に戦うことも一応できるけどな」

暗闇の中から姿を現したのは、少女二人の姿だけではなかった。
二人の目の前にはここにいるはずもない狼の群れ。グルルと唸りながら二人を見つめている。
もちろん、普通の狼ではない。氷の力を持つ妖魔“氷狼”の群れだ。

「私自身の型については、まだ思い出してないんだよね」
「アタシの戦いを見たら思い出すかもな。今は足手まといになるだけだから、どっか行っててくれ」

前を行く日下部みさおの忠告を受け、斜め後ろにいた泉こなたは天高く跳躍した。人間とは思えないほどに高く。

「!?」

これに驚いたのは、跳躍したこなた本人だった。
昨日まで普通の人間だったというのに、この身体能力の上昇は異常だ!

「ちょっ! こんなんで普通の生活なんて出来な……ふぎゃ!」

樹の幹に背中からぶつかり、こなたは地面に落ちる。
顔から落ちていったため、こなたはアスファルトにキスをする羽目になった。

「まだ完全に覚醒してないから、力が不安定なんだ。あれだったら後で封印しといてやるよ」

鼻の頭をさすりながらまたも跳躍し、公園に植えられた樹木のてっぺんにとどまった。

「さて、やってみるか」

昨夜と同じように、ポケットから筆を取り出した。
筆の動きに合わせて光が空中を踊り、みさおの周りを取り巻いていく。
そのみさおに向かって無数の氷狼が飛び掛かる!

「開け、『護壁(まもりへき)』!」

みさおの周囲に、半透明で若草色の障壁が展開、飛び掛かった氷狼達が悲鳴をあげる間もなく一瞬で浄化されていく!

「こんだけの量だと、ちんたらやってる暇はねぇな」

氷狼達はみさおの周りを取り囲み、障壁が消えるのをひたすらに待っている。
みさおはその障壁の中で更に筆を動かし始めた。
宙に浮かび、地面へと吸い込まれていく文字列は先ほどよりも長く、そして彼女の呟く声がこなたの耳にまで届いた。詠唱が必要だということは、強力な呪術を使う証なのだ。
呪術の全てを使いこなせると言われている『万世呪術師』の力が、今、こなたの目の前で発揮されようとしていた。

「偉大なる大海よ……地を這う邪悪なる者に裁きを与え、その魂を大地に還すことを……」

効力が切れたのだろう、みさおの周囲を覆っていた若草色の障壁が崩れ去っていく。
だが完全に崩れ去る前に文字列はぷっつりと途切れ、みさおを中心とした地面に魔方陣が出現した。

「えーい、めんどくせぇ! 『激流葬(げきりゅうそう)』!!」

……撃墜された戦闘ヘリよろしく、こなたは地面に墜落した。


魔方陣を中心にして、何処からか海水がにじみ出て渦を巻き、巨大な津波となって殺到した。
みさお、及び落ちてきたこなたの身体はすり抜けていく。呪術は、使用者が敵と見なした者のみに影響を及ぼすのだ。
巨大な津波は氷狼の群れの身体を押し潰し、すり潰し、絶え間ない悲鳴を上げさせた。
そして、津波が引いた時には、残っている氷狼はほんの一握りにまで減っていた。

「みさきち~! 詠唱をケチるってどういうことさ~!!」

後頭部を擦りながら、こなたが怒声を響かせた。
詠唱をケチるとは、すなわち呪術の効果を下げることになる。
実際に呪術が発動した範囲は数mほど。最後まで詠唱していたなら、この場にいる氷狼を一掃させることはできただろう。

「う、うっせーな! 護壁の効力が切れかかってたんだから仕方ねーだろ!!」

まさにその通りだった。あのまま詠唱を続けていれば氷狼の群れが殺到し、みさおはすでに亡き者となっていただろう。
威力だけにこだわるのではなく、タイミングも重要になってくる。それはこなたにもわかっていた。
だが、最初に叫んだ『めんどくせぇ!』という言葉を聞くかぎり、それを気にしていたように見えなかった。

(……でも……)

こなたはさっきまで自分がいた木を見上げる。
相当な高さから落ちたはずなのに、『ちょっと痛い』程度で済んでいる。
そして……日本語ではない『何か』が、頭の中に次々と浮かんでくる。呪術に必要な隠語と呼ばれるものであろう。
まだ弱々しいものの、自分の中にある『力』を実感し、強く拳を握った。 

 

第五話

「潰れろ! 『崩牙(ほうが)』!!」

みさおが言い放った瞬間、巨大な岩が空中に数個出現して氷狼達に落下し、押し潰していく。
だが、それらを軽々とかわし、こちらを睨み付けてくる一匹の氷狼がいた。

『グルル……』
「チ、ボスが残ったか……」

みさおは目の前にいる氷狼を見つめ、軽く舌打ちをした。
人間ほどの大きさを持つそいつは、他の奴らと比べるとかなり大きいのだ。群れのボスなのだろう。
残りの雑魚はすでに浄化した。だが、ボスとなると一筋縄ではいかない。

『グガァ!』
「な! 速……!!」

その巨体からは考えられないほどのスピードでみさおに突進してくる!
驚きから反応がわずかに遅れたのもあったが、瞬発力そのものに圧倒的な差があったのだろう。みさおは後ろに飛び退くがその差はあっという間に縮まった。

『キシャア!!』
「うあぁああぁ!!」

氷狼のボスはみさおの利き手である左腕に噛み付いた!
その衝撃で持っていた筆は地面に落ち、虚しく転がっていく。

「くそっ! 放せ! 放せってヴぁ!!」

放せと言って放すバカはいない。必死に振りほどこうとするが氷狼が噛む力はますます強くなっていく。
鈍い痛みとともにギシギシと何かが軋む音がする。このままでは腕を持ってかれてしまう!

「痺れちゃえ、『矢雷(しらい)』!」

そう声がして振り返った瞬間、みさおの目の前を雷でできた矢がものすごいスピードで飛んでいった。
矢は氷狼の身体に刺さり、その瞬間に電光となって氷狼の身体中を駆け巡る!
身体が痺れた氷狼はみさおから口を離して地面に倒れる。

「ち、チビッ子……」
「危なかったね、みさきち」

左肩を抑えるみさおの横にこなたが並ぶ。
だがその顔には、若干の焦りがあるように見受けられた。
彼女はみさおの身体を持って、身体が痺れて動けない氷狼から遠く離れる。

「みさきちの利き手って左だっけ?」
「あ、ああ。これじゃあ筆が使えねぇぜ……」

充分に離れたところで、みさおの身体を地面に置く。
先ほど落とした筆はこなたがすでに拾っていて、みさおに渡そうとしたのだが、途中でその事実に気が付いた。

「万世呪術師は詠唱が長いもんね。私が回復してあげるよ」

そう言うとこなたは両手の指と指を複雑に絡ませながら、何かを呟きはじめる。
『印を結ぶ』というこの行為は、術者の精神を集中させるために行うもので、その動きは集中できるのならなんでもいいのだ。
ちなみにみさおの場合、筆で呪印そのものを描くために印を結ぶ必要はあまりないうえに効率的である。

「癒せ、『緑風(りょくふう)』!」

暖かな黄緑色の風が、二人の間を吹き抜けていく。
すると、みるみるうちにみさおの傷が塞がっていった。
手渡された筆を握り、みさおは立ち上がる。

「ありがとな、チビッ子」
「いやいや、私もこないだ助けてもらったばかりだしね」
『グルル……』
「「!!」」

唸り声がして、二人は咄嗟に振り返る。
するとそこには、身体を起こしてこちらを睨み付けてくる氷狼の姿が。

「か、回復が早すぎる……」
「ち、チビッ子! お、お前、覚醒したんだろ!? なんとかしてくれ!!」

距離とスピードの関係から、みさおが呪術を使用する時間はほとんどない。それはみさおでなくても同じだ。
だから、こなたに時間を稼いでもらわなくてはならないのだが……

「そ、それが、まだ呪術しか使えなくて……」
「は!?」
「みさきちがピンチみたいだったから出てきただけで……他の『力』はまだ……」
「くそ! つくづく中途半端なヤツだよ、お前は!!」

本来なら初めに覚醒した時点で全ての力を取り戻すはずなのに、なぜこなたはバラバラなのか?
みさおは、焦りとともにこなたに対する疑念をも感じていた。
戦う術(すべ)は呪術だけ。しかし、呪術を使用するには時間が必要だ。
その時間は……もはや残されてはいなかった。

『グガァ!!』
「ひっ!」
「くそぉ!」

地面を蹴り、氷狼はこなた達へと飛び掛かる。
そのスピードは先ほどよりも遥かに早く、十メートルはあった間合いが一気にゼロになった。

(せっかくみさきちに助けてもらったのに、ここで死んじゃうの!? そんなの、意味ないじゃん! せめて……せめてバリアみたいなものがあれば!!)

こなたが強く思った、その時だった。
何かが何かにぶつかる音と、何かの悲鳴のような声が聞こえたのは。

「……え!?」

目を開けると、そこあったのは半透明で若草色の――例えるなら、最初にみさおが使った呪術『護壁』のような障壁と、それにぶつかった衝撃で痙攣している氷狼の姿だった。
その氷狼は白い光の粒子に姿を変え、天へと昇っていった。妖魔としての『死』である。

「どう……なってるの?」
「とりあえずアタシ達……助かったんだよな」

呆然としながらも立ち上がり、消えていく障壁を見つめる。
みさおは呪術を使った覚えはない。恐らくこなたもそうなのだろう。
だが、今まで目の前にあった障壁は間違いなく呪術で構築されたもの。一体どういう……

「……チビッ子、お前まさか……」
「え?」
「『幻想召喚師』なんじゃないか?」
「幻想……召喚師……?」

 

第六話


(……原理はラムダ・○ライバと同じ……強く、その形をイメージすること……)

三日月が空に浮かび夜道を照らす中、こなたは昨日みさおとした会話を思い出していた。
『幻想召喚師』――頭の中のイメージを現実に出すことができる、『魔を狩る一族最強』とまで謡われた力である。
父の影響により、小さい頃からヒーローに憧れてきたこなた。
夢のまた夢だと思っていた世界に、自分が入ることができたなんて……!!

「来い! ○ンダァァァァァァム!!!」

……高らかに叫んだものの、何もやってこなかった。

「……あっれぇ~? おかしいなぁ……容量オーバー?」

いくらイメージを現実に出すことができると言っても、制限というものがある。
こなたは力を取り戻したばかりであるため、極端に大きいものはだせないのである。

「ま、いっか。じゃあこれで」

こなたの左手に出てきたのは剣の『柄』の部分。
だが次の瞬間、白銀に輝く刀身が現れた。

「正義の心にて、悪しき空間を断つ! 名付けて……断・○・光牙剣!!!」

人間業とは思えないほどに高く跳躍し、人間の形をした妖魔の群れの中心に着地。

「やぁぁぁぁぁぁってやるぜぇ!!」

剣をメチャクチャに振り回しながら、妖魔の群れに突っ込んでいく。
メチャクチャとは言っても、一体一体を確実に浄化させてはいるのだ。
反撃させる間もなく、妖魔達を一刀両断……これはクセになりそうなくらい気持ち良かった。

「……ふぅ、あと少しだね」

群れから少し離れて振り向き、妖魔の残りを見る。
すでに数は数えられるほどに減り、その全てがこなたの圧倒的な力に怯んでいた。

「……あれ……」

一部、浄化されていない妖魔がいるようだった。
浄化されないで、切られたままの状態で地面に転がっている。
それらに共通していることは、頭がそのままの状態で残っているところだった。

(……ま、何もできないだろうし、後でいっか)

こなたは剣を消して、胸の前で祈るように手を合わせる。
その瞬間、こなたの背中に合計十六枚の紫色に輝く光の羽が出現した。
ふわふわと空中に浮かび、そして『魔を狩る一族には必要のないはずの呪文』を紡ぎ出す。
それは、こなたがお気に入りのゲームにある呪文だった。

「聖なる翼よ……ここに集いて神の御心を示さん――エンジェル○ェザー!!」

こなたの背中の羽が数枚抜け、それが回転しながら不規則な軌道を描き、妖魔達へ襲い掛かる。
妖魔の体を切り裂き、焼き尽くす!
悲鳴をあげることもなく妖魔は浄化され、その周囲に光の羽毛がはらりと舞い落ち……はかなく消えた。

「ふー、終了っと。この『力』いいなー」

左の指先を立て、そこから炎を出してみる。
常日頃からゲームをしまくってきたこなただけに、頭の中に作り上げるイメージは実物そのもの。
想像力がものを言う『幻想召喚師』。故にその力を使いこなすのも早かった。
ある意味、彼女にぴったり合った力である。

「――ッ!!」

突然、右腕に激しい痛みを感じて見てみると、先ほどまで地面に転がっていたはずの妖魔の頭がこなたの右腕に噛み付いていた。

「ひっ!!」

頭だけなのに、動いている。周りを見てみると、同じように頭だけの妖魔がふわふわと浮いていた。

(なんで!? 倒したはずじゃないの!? なんで動いてるの!?)

こなたは完全にパニックに陥った。
必死に腕を振り回して頭を離そうとするが、がっちりと噛み付いているため離れる気配すら見えない。
更に二つ目、三つ目の頭がこなたの脇腹に、左腕に噛み付いてくる。
このままでは体力を消耗するばかり。妖魔を倒すために刀をイメージするが……

「う、嘘!? なんで!?」

一向に出てくる気配がない。こなたはさらに混乱した。

「なんで……なんでなんで!?」
「落ち着けっつーの!」
「へぎゃ!!」

誰かの飛び蹴りを喰らったこなたは空中で二、三回きりもみして地面に叩きつけられた。
その衝撃で妖魔の頭はこなたの身体から離れ、地面を転がっていく。

「その力は正常な思考じゃねぇと使えねぇんだ! ちったぁ落ち着け!!」
「み、みさ……ゲホッゲホッ……」

あまりの威力にむせ返り、声を出すことすらままならない。

「とりあえず黙って見てろ! 切り裂け、『飛燕(ひえん)』!!」

空中の文字が集約し、黄緑色のツバメに変化、高速で飛び回って残りの妖魔を切り裂き浄化させていく。
妖魔の全てを浄化させると、黄緑色のツバメは姿を消した。

「み、みさきち……蹴る力、強すぎ……」
「『痛みで目が覚める』ってあるだろ。それと同じだと思って我慢しろ」

背中を抑え、よろめきながら立ち上がるこなたに、みさおは冷たい言葉を送る。
そして頭をがしがしと掻きながら、小さく舌打ちをした。

「ったく、『一人で頑張ってみる』っつったから行かせてやったのに、様子を見に来たらこれだよ」
「ご、ごめん……」
「ごめんで命が助かったらアタシ達はいらねぇんだ! わかるだろ!?」

こなたの肩を強く掴み、なぜかものすごい剣幕で怒鳴るみさおにたじろぐ。

「み、みさきち……?」
「……悪い……つい熱くなっちまった……」

こなたから手を離して、みさおは空を見上げる。
その瞳には、涙が浮かんでいるように見えた。

「……アタシの大好きだった婆ちゃんがな……妖魔に殺されてんだ……」
「え……?」
「大好きだった人を奪われる悲しみってのは……相当、辛いんだゼ……。チビッ子も……柊とかにそういう思いをさせたくねぇだろ……? だから……」

地面を見つめ、ゆっくりと目を閉じて……こなたは言った。

「私もわかる……と思う。みさきちの悲しみ」
「へ?」
「私も……小さい頃にお母さんが死んじゃってるんだ。みさきちのとは違うだろうけど……いるべき人がいない悲しみなら知ってる。なのに、なんで忘れてたんだろ……」

こなたの瞳から流れ出た涙が地面に落ちていくところを、みさおは目撃した。
そして、こなたにゆっくり近づいて、震える背中をポンと叩いた。

「強くなろうゼ? アタシ達だけじゃなくて、家族や友達のためにも……」
「……うん……」

三日月が町を見守る真夜中。二人の少女が強くなった瞬間だった。

 

 第七話

「うっぎゃああああ!!」

夜の町に男の悲鳴がこだまする。その悲鳴は闇の中に消えていき、その悲鳴を聞いた者はいなかった。
物言わぬ男の周りにいるのは『人でも動物でもない何か』――餓鬼の群れ。

『マサカ霊能力ヲ持ッテイタトハ……』
『犠牲ハ多イガ、仕方アルマイ。仲間ノ分ハ我々ガ背負ッテ生キテイコウ』
「餓鬼のくせに、この群れは仲間に対する思いやりがあるんだな」
「相当精力を吸ったんだね。人間らしさまで感じられるヨ」

突然聞こえた声に辺りを見回す餓鬼達。しかし次の瞬間、声の主は群れの中心――男のそばに飛び降りた。
思わず後退りする餓鬼達。それらを睨み付けるみさお。こなたは男の首筋に手を当てて、そして首を横に振った。

「……やっぱりダメだ、もう死んじゃってる」
「ち、もうちょい早く出てくりゃ……」
『貴様ラ、魔ヲ狩ル一族ノ二人組カ!!』

こなたとみさお、この二人の噂は妖魔の中でも有名となっている。
『化け物並みの強さを持つ女二人』として埼玉周辺の妖魔達に畏れられている。

『ダトシテモ、コノ数ガ相手デハタダデハ済ムマイ! カカレ!!』

その一言で餓鬼の群れが二人に飛び掛かる!

「頼んだぞ、チビッ子!」
「任せてよ! 絶対不可侵領域!!」

こなたが叫んだ瞬間、二人の周りを半透明のバリアが包み込んだ。
そのバリアに阻まれ、飛び掛かった餓鬼達は弾き返されていく。
このバリアはいわゆる“聖域”ではなく、ただの防御結界。妖魔を浄化するまでの力はない。

「おい! こんな時までゲームかよ!」
「いいでしょ別に! とにかく早く!」
「わぁーってるよ!!」

空中をみさおの筆が踊り、明滅する文字が浮かび上がる。
短い文字の集団がいくつも浮かび餓鬼の周囲を飛んでいく。

『クソ! ヤラレル前ニ破壊スルノダ!!』

餓鬼の群れが一斉にバリアに攻撃を仕掛ける。
一体一体の力は弱いものでも、これだけの数だとダメージは大きい。

「蘇れ、古の氷塊よ! 砕け、塵となりて、我等の敵に降り注げ!」

みさおの詠唱が聞こえる。これが終わるまで、なんとしてでも耐えなければ……

「う……ああああ……!!」

しかし、こなたが作り出したバリアにヒビが入りはじめた。もう時間がない!

「舞い踊れ、『百渦雹嵐(ひゃっかひょうらん)』!!」

空中を奔る文字がそれぞれ氷の塊となって餓鬼の体を突き抜けていく。
群れを成して行動する餓鬼に対し、この呪術は効果絶大。断末魔とともに、一瞬にして全てを光へと変えていく。
その瞬間、こなたが作り出したバリアは音をたてて崩れ、消えていった。

「っぷぇ。ちかれた~……」

なんとも珍妙ため息をはきながらこなたが地面に座り込む。
バリアは製作者が精神力を掛けることにより強度が増し、また復活もする。
訓練のおかげで、最初に比べてかなり強くなったこなたの精神力でも、あれだけのダメージを長く耐えることはできない。
みさおの詠唱が早くに終わって本当に良かったと、胸を撫で下ろす。
そんなこなたを見下ろしながら、みさおは街灯にもたれかかった。

「まあな~。最近は妖魔の動きが活発だし、やな世の中になったゼ」
「たまには休みが欲しいよ……」

『だるーん』という擬音(どんな擬音だ)が聞こえそうなくらいだらしなく地面に寝そべる。

「そうは言ってもな、ここら辺にはアタシ達くらいしか魔を狩る一族はいねぇからどーにもならねぇよ」
「む~ん……深夜までネトゲやりた~い……」

こなたの愚痴は、そんな深夜の空に消えていった。
 
 
 
 
 
 
 
「廃校が近くにあるんだって」

いつもの四人のメンバーに二人を加えた昼食時、峰岸あやのからそんな言葉が出てきた。
数年前に火事が起き、そのまま再建されずに廃校となった小学校。他の五人も、噂には聞いていた。

「廃校かぁ……面白そうね。今日の夜、肝試しにいかない?」

卵焼きをつまむ柊かがみがそう提案する。こなたは目を輝かせたが、数人はバツが悪そうな顔をした。

「ええっ!? わっ、私は絶対にいかない!!」
「ま、つかさはね……」

悲鳴に似た大声を上げたのは柊つかさ。かがみの双子の妹である。
つかさは怖い話が大の苦手で、他の五人もそれを知っている。
無理に連れていくのはあまりにも可哀想なので、強制はしない。

「今夜、家には誰もいなくなってしまいますので留守番をしなければ……」

こう言ったのは高良みゆき。こなた達クラスの委員長である。
成績優秀、容姿端麗、さらには文武両道と三拍子そろった(こなた曰く)歩く萌え要素。

「私も今日は彼氏と過ごす予定が……」
「ふぅん……いいわね、彼氏がいる人は……」

そして、廃校の話を持ちかけたあやの本人も出席不可だという。
ちなみにこのメンバーの中で彼氏がいるのはあやののみである。

「私は勿論行くよ!」
「じゃあ、私とこなたと……日下部は?」
「アタシ? 特に用事はないけど……」
「じゃあこの三人で決まりだね。廃校の場所なら教えてあげるよ」

いつもの通り好物のチョココロネを細い方から食べるこなたに、みさおは小さな声で話し掛けた。

(な、なあ、仕事はいいのか?)
(だいじょぶだいじょぶ。戦士達にだって、たまには休息が必要だよ)

それだけ言って、他の四人と雑談に入る。

(……そういうトコが敵とかの巣窟になってるっての……よく聞く話じゃねぇか……)

本当に休息になるのか不安になりながら、みさおはミートボールを口のなかに放り込んだ。
 
 
 
 

――昨夜、××町で起きた猟奇殺人事件ですが、未だ犯人は見つかっていません。
  しかし専門家は『人間ではこのような傷をつけることはできない。獣か何かに襲われたと考えるのが妥当』と言います。
  街中で起きた事件というだけにその可能性は低いと思われますが……断定はできません。これ以上被害者が出ぬよう、警察には迅速な捜査が求められて――
 
 
 
夜。何気なくテレビを見ていたら、昨日の事件が報道されていた。
『警察じゃ解決できないけどネ』と思いながら、こなたはおもむろに立ち上がった。

「怖いなぁ。こなたも気を付けるんだぞ?」
「うん、わかってる。それじゃ、そろそろ時間だから」

妖魔退治の時はいつも部屋の窓からこっそり出入りしているのだが、今回はちゃんとした理由があるから玄関から出ていける。
久しぶりの休息、たっぷり楽しんでこようと、こなたは意気揚々と出発した。
……ただ、一抹の不安を胸に抱きながらではあったが。

(ゆーちゃん……まだ帰ってきてない……どこ行ったのカナ……)

 

 

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