ID:G2cdPTco氏:そこにいた彼方

 目覚まし時計がけたたましく鳴り響く。
 もう、あと五分だけ……左手をやみくもに動かし、半ばひっぱたくようにそれを黙らせた。
 ……ああ、静かになった。これで幸せなまどろみを満喫できる――

「こなた、もう起きなさい」

 昨日遅くまで起きてて寝足りないんだよ、お願いだからあと少し……。

「……もう。またゆうべも夜更かししてネットゲームでもやってたのかしら」

 そうそう、珍しく黒井先生の方から狩りに付き合えって言ってきてさ。私は明日も学校あるからって止めたんだよ? でも先生酔っ払ってたみたいで……。
 シャッとカーテンを引く音。同時に朝の日差しがまぶたを突き刺す。

「んん……」

 たまらず、毛布の中に頭を引っ込ませる。だけどそれすらも剥ぎ取られてしまった。

「起きるよー……」
「ご飯冷めちゃうわよ。早く顔洗ってきなさい」
「うん――」

 その人の気配が消える。開けっ放しのドアから入り込んできたみそ汁の匂いが鼻をくすぐる。
 ……仕方ない、起きよう。お腹もすいたし。


「あ、おはようお姉ちゃん」
「おはようこなた」
「おはよー」

 お父さんとゆーちゃんがテーブルに着いている。
 もう二人とも食べ終わる寸前。私はかなり寝坊したらしかった。

「ごめん寝坊して。お父さんが作ったの?」
「え? もしかしてお姉ちゃん寝ぼけてる?」
「へ……いや、」

 別に寝ぼけてなんかないけど。そう言い切るより早く、おかずの乗ったお皿が言葉を遮るようにかたんと目の前に置かれた。
 えちょっ、一体――不意に現れた「その人」が誰なのか確かめるため、はっと振り返る。

「おはよう、こなた。あんまり時間ないんだから急ぎなさいね」
「あ――う、うん……」

 目を疑った。
 まさか。いるはずのない人が、いる……。


「かなた、コーヒー淹れてくれるか?」
「ええ、少し待っててね」

 お父さん、なんで「いるのが当たり前」な反応をしてるの?
 ゆーちゃんもだ。ゆっくりお茶を飲んでるけどそんな平然としてる場合じゃないよ。

「……おかーさん」
「うん? どうしたの?」

 ……お母さん、も。
 まるで昔からずっと変わらずここにいたような自然さ。

「ううん、なんでもない……」

 白いご飯に玉ねぎのみそ汁、卵焼き、ほうれん草のおひたし、焼き魚。
 とても普通でとても家庭的な朝ご飯が私の前に並んでいく。

 お母さんが作った、朝ご飯。

 何気なしにすすったみそ汁は私が作るものより少し塩気が薄くて、すごくおいしかった。



「姉妹みんな出かけてて私たちが最初に帰ってきたんだけどさ。膝枕に耳掃除よ? そりゃもうびっくりしたわよ」
「ふふ。仲がよろしいようで何よりだと思いますよ。私の両親がそういったことをするのは……こう言うのはなんですが、想像もできませんね」
「そっかぁ。じゃあこなちゃんのお父さんとお母さんは?」
「こなたのトコはホント仲いいわよね。膝枕なんて当たり前のようにやってるんじゃない?」

 つかさたちもこんな調子だった。
 いつもは当事者の私が見ててムズムズするほどうちのお母さんの話題を避けてるのに、今日に限ってこう。

 空気が変だ。
 とは言っても別に嫌な予感がするだとか、そういうことじゃない。
 普段よりも安らげるんだけど私が知らない空気。それが朝からずっと気になっている。

 お母さんがいるから?

「こなちゃん……こなちゃん? なんだか元気ないけどどうしたの?」
「ん……ごめん、何?」
「大丈夫ですか? 体調が良くないようでしたら保健室に――」
「あぁわかった。どうせ遅くまでゲームやりすぎて眠いとか言うんでしょ」
「いや、そういうわけじゃないけど……そういうわけでもあるけど」

 夢、なのかな。
 漫画でよくやってるように、自分の頬をすこし引っ張ってみる。

「おいおい、何ベタなことやってんのよ」
「……痛い」
「そりゃそうでしょ。何、寝ぼけてんの?」

 そんなわけはない。机の上には確かにお母さんが作ってくれたお弁当が置いてある。

「なんか、夢と現実の区別がつかなくなっちゃった人の気持ちが少しわかったみたいな?」
「……なにげに危ない発言してんなよ」

 だけどこれは「そういう風に思い込む」とかそんな話じゃない。なんとか症候群じゃないんだから。
 私がいるのはそんな絵空事とは無縁な現実。ありえないことはありえないと言い切れる世の中に住んでいる。

 ……お母さんがいることだって「ありえない」。
 ありえないことなんだけど確かに「いる」。

 正直言って、お母さんがいるのはすごく嬉しい。
 物心つく前にいなくなってしまった、ずっと会いたかったけど会えなかった人がいる。嬉しくないわけがない。

 でも――お父さんとゆーちゃんと三人であの家に住んでいるのが私の日常のはずなのに、なぜこんな突然別世界のような場所に来てしまったんだろう。


 そんなことをずっと考えていたせいで、普段以上に授業は頭に入らない。
 気がつけば既に帰りのHRになってしまっていた。

「泉さん……なんだか今日はずっと上の空のようでしたが」
「え、いやなんでもないよ。大丈夫大丈夫。……ちょっと黒井先生と話してくるね」

 教室から去ろうとしていた先生を追いかけ、廊下に出る。呼び止める声が思いのほか大きくなってしまった。

「なんや泉、昨日の話か?」
「そうじゃなくて……先生、うちのお母さんに会ったことあります?」
「何寝言いっとるんや? 先月三者面談で学校来たやないか」

 ――やっぱりだ。

 たぶん、お母さんは「昔から今まで変わらずにずっといる」ことになっているんだ。
 ……ますますわからなくなってくる。これがパラレルワールドとか言うものなのか?

 そんなこと、現実にあるはずないのに。

「それにしても泉家は母娘そっくりやんなあ。柊姉妹よりよっぽど双子っぽいわ」
「はは、そーですか……」
「こなちゃーん、帰ろー」
「あーごめんつかさ、私今日早く帰りたいから先行くね! それじゃ先生、さよーなら!」
「おう、気ぃつけて帰りやー」



 そうして私はひとり家路につく。

 帰り道を急ぐなんて今まで数えるほどもなかった気がする。……アニメを見るために、なんて理由を除けば。
 今はとにかくお母さんと話がしたい。その一心だった。

「ただいま!」

 お父さんの靴がない。ゆーちゃんもまだ帰っていないらしい。

 そして、リビングには朝と変わらずお母さんがいる。

「おかえり、今日は早かったのね」
「うん。お父さんは?」
「お仕事の原稿渡しに行ってるわよ」
「そっか」

 鞄を置き、お母さんの隣に腰を下ろす。

「お茶飲む?」
「うん」

 私がそう答えるとお母さんはポットに手を伸ばし、急須にお湯を入れる。
 棚から湯のみを取り出しお茶を注ぎ、私の前に置く。
 そんな何気ない一連の動作すら私には新鮮でいとおしく思える。

「はい」
「ありがと」

 熱いお茶に息を吹きかけて冷ましながら、ついちらちらとお母さんの顔を覗き込んでしまう。

「どうしたの?」
「……お母さん、老けたよね」
「え゙っ……」

 あ……今ちょっとひどいことを言っちゃったかもしれない。

「や、その、なんていうかそういう意味じゃなくてさ。ほら、あの写真と比べて――」

 棚の上に飾られた写真立てを指差す。

「あれ?」

 だけど、そこに飾られていたのは私が生まれてすぐに撮られたあの写真ではなかった。
 代わりにあったのは、私とお父さんとゆーちゃんとゆい姉さん、そしてお母さん。どこか公園のような場所で五人が笑っている、そんな一枚。

「昔の写真、飾ってなかったっけ」
「すごく昔だから恥ずかしいってそう君が言い出して、最近撮った写真に替えたんじゃない」
「そう、だっけ」

 ようやく飲める温度になってきたお茶を一口含む。

「お母さん」
「うん?」
「お母さん……だよね?」

 お母さんが目を丸くする。……そりゃそうだ、自分でも何を言ってるのかよくわからない。

「どうしたの? 今日はなんだか少し変よ?」

 私が変なのか、それともこのパラレルワールドが変なのか。
 ……いや、もうなんでもいい。これが現実だって言うなら喜んで受け入れたい。

「夢、見たんだ」
「夢? どんな?」

 そうだ。

「お母さんが私を産んですぐに死んじゃって、ずっとお父さんと二人で暮らす夢」


 いま、お母さんが生きている現実がある。
 だったら――大切なひとが最初から欠けていた十八年間なんていらない。今までの人生なんて全部ただの悪い夢。それでいい。


「ゆーちゃんが陵桜に受かってうちに来るのも、誰と友達になってるとかも同じなんだけど。……お母さんだけがいない、夢」

 ……夢の中でとは言え、娘に死んだことにされているのだ。お母さんがこうして複雑そうな表情を浮かべるのも当たり前だろう。

 だけど、返ってきた言葉は予想とは違っていた。

「それ……もしかしたら夢では済まなかったかもしれないわね」
「……」
「お医者様にね、『子供を産んだらあなたの体が持ちませんよ』って何回も言われてて。そう君にも聞かれたわ、本当に産むのかいって」

 ああ、いつかお父さんから聞いたかもしれない。

「でもね、私はずっと産むの一点張りだった。
 こなたを産んで、三人で暮らしたいって本気で願ってたからきっと今こうしていられるのね」

 本気で願ってたから……か。

「夢の中のお母さんはそれを諦めちゃったのかな」
「こなたを産んで、少しだけ気が抜けちゃった時があったの。こなたとそう君のこと信じてるから、ああもう大丈夫だって。
 もしそれがずっと続いていたら――こなたの夢は現実になってしまっていたかもしれない」
「……ん」

 いくら信じてもらってても、たとえあれが夢だと割り切っても。
 それでも、すごく寂しかった。

 だけど、お母さんは今ここにいる。

「お母さんはお母さんだよね? 幽霊なんかじゃないよね?」
「何言ってるの。ほら、足だってついてるでしょ」
「うん……」


 気がつくと、私はお母さんの首に抱きついていた。

 暖かくて優しくて、だけどずっといなかったお母さんがいる。

「もう……いつまで経っても甘えんぼなんだから。変なところばっかりそう君に似て」

 そう言いながら、お母さんは私をそっと抱きしめてくれた。
 今まで知らなかったお母さんの暖かさが嬉しくて、目の奥が熱い……。

「こなた……泣いてるの?」
「泣いてない……」
「……そう」


 ぎし。


「……?」

 突然聞こえた、床のきしむ音。
 私は廊下の方を振り向き――

「ゆっ、ゆゆゆゆゆーちゃん!?」

 ……その姿が視界に入った瞬間、飛びのくようにお母さんから体を離していた。

「い……いつからいたの?」
「えと、ちょっと前……何回か言ったんだけどね、ただいまって」
「全然気がつかなかったわ……」
「……お、お邪魔しましたっ!」

 ゆーちゃんが気まずそうにリビングを出ていこうとする。
 まいった。とにかく誤解を解くっていうか……アレ? 誤解なんてなさそうな気もするけどとにかく何か言い訳! 言い訳しないと!

「ちょちょちょちょっと待った! これはだねゆーちゃんその!」
「あわわっ、ごめんねお姉ちゃん、ごめんなさい! お邪魔する気なんて全然なくてっ!」
「違うんだってば! 『お姉ちゃん意外に甘えんぼなんだ』とかそういうの考えないで!」
「そっ、そんなこと思ってないよ!」

 なんだか会話があんまり噛み合ってない。
 そして。

「ただ……お姉ちゃん、すごく幸せそうだったなって」
「え――」

 不意に出てきたその言葉に、私は面食らってしまった。
 ……ゆーちゃん。このタイミングでその発言はなんて言うか、反則。

 けれど本当のことだ。認めてしまうのは少し気恥ずかしいけど否定できる要素なんてこれっぽっちもない。
 だからたぶん、自然に出てきたこの返答には胸を張っていいんだ。


「……うん。私、いま幸せだよ」


 そう、心の底から思っている。



 夜、晩ご飯を食べ終わった後の団らん時。私は思い切って提案した。

「ねえ、土日にみんなで出かけない?」
「ん? そりゃいいけど……こなたがそんなこと言い出すなんて珍しいな」
「どこに行くの?」
「ゆい姉さんの都合が良ければちょっと遠出して動物園とかさ」
「あ、動物園行きたい!」
「じゃあ腕によりをかけてお弁当作らないとね」
「私、ゆいお姉ちゃんに電話してみる!」

 行く場所はどこでもよかった。

 ただ、写真を撮りたい。
 お母さんとみんながいる、あんな写真を私も撮りたい。
 あの写真に写っている私がうらやましかった。
 きっとあの私はお母さんがいることの大切さとかをわかってないはずだから。

 この幸せを、思い出に残したい。

「ゆいお姉ちゃん明日大丈夫だって!」
「よし、明日は動物園な! 二人とも早めに寝とくんだぞ?」
「うん!」



 ……とは言われたものの、毎晩二時、三時頃まで平気で起きている私のような人間にとっては早寝なんてできるようなものでもなく。
 結局いつものようにネトゲに精を出してしまっていた。

 んー……ちょっと小腹が空いたかも。
 ネトゲの向こうの知り合いに“食料確保してくる!”と告げ、私は階上へ向かう。


 深夜一時、お父さんも明日に備えて早く寝たようだった。
 もちろんリビングは真っ暗だったけど、目が暗闇に慣れていたから何かにけつまづくこともなく冷蔵庫までたどり着く。

「あ、チョコパイあるじゃん。これにしよ」

 黒井先生ごひいきどころのチョコパイを一個、いや二個手に取る。
 ついでに麦茶も持っていこうか。そう思いコップを求めて台所へと――

「誰? そこで何してるの?」
「ひっ!?」

 完全な不意打ちに心臓が跳ね上がる。
 ……あれ? この声。

「な……なんだ、お母さんじゃん」
「こなた? それはこっちのセリフよ……」

 声の主、お母さんが電気を点ける。

「明日は早いんだからあんまり夜更かししちゃダメよ?」
「いやっ、そう思ってたんだけどなかなか寝付けなくてさぁ」
「……夜食も用意して寝る気ゼロなのに?」
「うっ……」

 くす、とお母さんが笑う。

「チョコパイ、私にも一個ちょうだい」
「うん。麦茶飲む?」
「お願い」

 二つのコップに麦茶を注ぎ、テーブルに置く。私は昼間と同じようにまたお母さんの隣に座った。
 ふと壁掛けのカレンダーに目が留まる。赤い日付が二日間続いている。

「あー、明日秋分の日なんだ」
「そうね」
「なんかさ、祝日が土曜日に来ると損した気分になるよ」
「振替休日がないから?」
「そうそう。同じ休みなんだから土曜の祝日にも振替休日くれたっていいじゃん?」
「ふふ、ちょっとわかるかも。って言っても私は主婦だし、そう君のお仕事には曜日ってあんまり関係ないから祝日のありがたみも薄れちゃうけどね」

 程よく冷えたチョコパイを頬張る。お母さんが隣にいると、なんだかいつもよりおいしく感じる。

「お母さん」
「なに?」
「ご飯、おいしかったよ」
「本当? そう言ってもらえると作る甲斐があるわ」
「お父さんがたまに『料理の味もかなたに似てきたなあ』って言うけど全然そんなことなかった」


「料理、教えることもできなかったわね……」

 ……明日は、秋分の日。

「今朝のみそ汁、すごくおいしかった。あれって何か隠し味とか入ってる?」
「気づいた? 実はね……」

 胸の奥が締め付けられる感覚。
 お母さんが隣にいて私はすごく幸せなのに、なぜだか笑顔を保つだけで心は精一杯で。

「なるほど、言われてみれば確かにそれっぽい味……それにみその分量も全然違った」
「そう君はおみそ汁は薄めが好きだから」
「初めて作った時も『こなたが俺にみそ汁を~!』ばっかでさ。味はこうした方がいい、とか全然言ってくれなくて」
「私の時も最初はそればっかりだったわ。そう君、本当にちっとも変わってないのね」

 料理の話だけじゃなくて、お母さんもティモテをやらされたとか色々……一時間くらいは話していたと思う。
 やがて種が尽き沈黙が増えてきた頃、お母さんはすうっと一度だけ深呼吸をして呟いた。


「……ごめんね、こなた。お母さん、明日の動物園は行けないの」
「……うん」

 明日は秋分の日で、彼岸の中日。
 たぶん、これはその特別な日を前にお母さんが見せてくれた一日限りの奇跡。

 朝、このリビングでお母さんの顔を見た時すでに、私はそれに気付いていたと思う。
 

「行きたかった」

 もしもお母さんが生きていたらという、いつもより少しだけ長い、夢。

「私もこなたと一緒に動物園に行きたかった。運動会を見に行きたかった。受験の応援だってしたかった……!」

 お母さんが泣いてる。私も、きっと泣いている。

「ごめんねこなた、何もしてあげられなくて……ダメなお母さんでごめんね……」

 涙がぼろぼろ、止まらない。

「ダメじゃないよ……お母さんは料理うまくて優しくて……私の、誇れるお母さんだよ!」

 私の体を抱きしめる暖かい腕。記憶の片隅に覚えておくことすらできなかった、お母さんの温もり……!

「やだ……ずっと一緒にいたいよ……」
「私だってこなたとずっと一緒にいたい……」
「おかーさ……っ、うああああっ!」
「こなた……ううっ……」


 お母さんの胸にすがって、本当に子供みたいに泣いた。

 むしろ、生まれたばかりの赤ちゃんみたいに、と表現した方が正しいのかもしれない。
 私とお母さんの間に流れるはずの時間はずっと止まったままだったから。
 だから腕の中で泣けたことすら嬉しくて、私は枯れ果てるまで涙を流し続けるのだった……。


「……そろそろ、寝ましょう?」
「寝て明日になったら、お母さんいなくなっちゃうんだよね」
「……ごめんね」
「ううん、ちゃんとわかってるから」

 五人で撮った写真が目に留まる。

「ね、あの写真もらっていい?」
「ええ。大丈夫よ」

 お母さんが腰を上げ、コップや包装の後片付けを始める。
 その間に私は写真立てを手に取り、そっと胸に抱いた。

「さ、こなた」
「……うん」


 お母さんは微笑んでいた。
 泣き腫らした顔だったけど、すごく綺麗だった。


 だから私も笑う。
 きっとお母さん以上に涙で顔がぐしゃぐしゃだろうけど、それでも笑おう。


「またね、お母さん」
「またね、こなた」



 こんこん、とノックの音が聞こえる。

「お姉ちゃん、起きて! もうすぐゆいお姉ちゃん来ちゃうよ!」
「んん……ん?」

 そうか、動物園に行くんだ。

「おっけー、今起きた……下で待っててー」
「うん……二度寝しちゃダメだよ!」
「大丈夫大丈夫ー」

 ばさっと毛布をはねのけ、上半身をゆっくり起こす。

「……あれ、何持って寝てたんだろ」

 ずっと抱いて寝ていたらしい。……写真立て?

「あ――」

 それは撮れるはずのない写真。

 私と、お父さんと、ゆーちゃんと、ゆい姉さん。
 そしてもう一人、お母さんが写っている。青空の下、みんな笑顔でピースをしていた。

 夢じゃなかったんだ。

 机にそれを置き、リビングへと向かう。


「おはよ、お姉ちゃん」
「こなた、早く寝なさいって言ったのにちゃっかりチョコパイ二個も食べてまったく……」
「おはよー。ねえ、みそ汁作っていい?」
「え、朝ご飯トーストなのに?」
「いいからいいから」


 夢だけど、夢じゃない。
 うまい言い方は思いつかないけれど、あれは夢と現実の狭間で過ごした幸せなひととき。


「どう?」
「すごい、おいしい!」
「……こなた、どこでこの味覚えた?」
「なんて言うかなー、おふくろの味に目覚めたみたいな!」
「本当にかなたが作る味にそっくりだ……」
「お母さんね、夢に出てきたんだよ」
「なにッ!? かなたのやつ、俺の夢枕にはちっとも出てきてくれやしないのに……」


 そうだ――ありがとうって言ってなかった。


「おっはー! 準備できてるー?」
「ゆい姉さん、おはよー。みんな準備万端だよ」
「よろしい! 早速いこーっ!」
「お姉ちゃん、今日はいつにもましてハイテンションだね……」
「みんなで出かけるなんてひっさびさだからさー!」
「あ、動物園の前にお墓参り行こ」
「ほぇ? いいけど?」
「ああ、今日は二十三日だったな――」


 まだまだそっちには行けないけど、ずっと見守っててね。
 たまには昨日みたいに帰ってきてくれると嬉しいな。


「よし、カメラスタンバイ完了! さあ並んだ並んだ!」
「このへん?」
「そこそこ! いくよー、五、四、三……」

「はい、チーズ!」


 あ、あの写真はお父さんたちには見せない方がいいよね。きっとびっくりするだろうし。
 私とお母さんだけの秘密だね。


「……うん、うまく撮れてる」
「もう少しこう、オリが後ろに入るように撮った方がよかったんじゃないか?」
「これはこれでいいの! ささ、もう一枚もう一枚!」
「お姉ちゃん、なんだかすごく楽しそう」
「ん? んふふふ! まーね?」



 ――ありがとう、お母さん。
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