『ぬくもりを抱きしめて』
トン、トン――
深夜1時頃、ドアを控えめに叩く音が聞こえた。
私は椅子から立ち上がって、扉を開けた。
「こなたお姉ちゃん」
「あっ、ゆーちゃん」
ゆーちゃんは、パジャマ姿にナイトキャップをかぶって、瞼をしきりに擦っている。
「どうしたの? 」
「あの、眠れないの」
ゆーちゃんは、しっぽだけがついている猫としか言いようがない、
不思議なぬいぐるみを胸に抱えながら訴えかけた。
「それじゃあ、いっしょに寝ようか」
「ありがとう、こなたお姉ちゃん! 」
ゆーちゃんの表情からかげりが消え、春に野原に咲くタンポポのような笑顔に変わった。
大きく伸びをしてから、私はパーティに別れの挨拶をして、ログアウトする。
黒井先生が「なんや泉、もう落ちるんか」と頬を膨らませていたけれど、こればかりは仕方が無い。
先生には悪いけれど、私の生活はゆーちゃん優先になっている。
「あ、あの、もしかしてゲーム中だったの? 」
「ん、そうだけど。気にしなくていいよ」
ぱたぱたと手を振ってから、乱れたベッドを整えにかかる。
「ご、ごめんなさい。お姉ちゃん」
顔を赤くして謝るゆーちゃんはとっても可愛いのだけど、気を遣いすぎるところが少し寂しい。
もう少し、横着になってくれてもいいのだけど。
もっとも、横着なゆーちゃんは、ゆーちゃんでなくなってしまうから、難しいところかもしれない。
「どうしたの? 」
「ううん。なんでもないよ。ちょっとした考え事だから」
シーツをきちんと揃えてから、私は手招きした。
「こっちにおいで、ゆーちゃん」
「うん」
ゆーちゃんと一緒にベッドに入る。毛布の中は最初は冷たかったけれど、二人分の体温で直ぐに温まる。
私は、ゆーちゃんの身体に手を伸ばして、後ろからぎゅっと抱きしめた。
「お姉ちゃん? 」
「へへー ゆーちゃん、ゆたんぽみたい」
「恥ずかしいよお」
ゆーちゃんは首筋を真っ赤にして身体を捩って逃げようとするけど、駄目だよ。
こんなにあったかくて、柔らかくて萌えるゆたんぽは逃さないよ。
ゆーちゃんの背中に胸をくっつけていると、何故か自分の鼓動が聞こえてきて、ドキドキとしてしまう。
「こなたお姉ちゃん」
小さくなっていたゆーちゃんの小鳥がさえずる様な声が聞こえる。
「私も…… あたためて」
後ろから拘束していた手を緩めると、ゆーちゃんは半身を翻して、正面から私に抱きついた。
今日のゆーちゃんはとっても積極的だ。
「ゆ、ゆーちゃん。この態勢は…… 」
ゆーちゃんの手が背中にまわされて、大きな瞳が間近に迫っている。
艶かしい太腿が私の足に絡んで、私の中がじゅんとしてしまう。
「ちょっとやばいんじゃないかなあ」
ゆーちゃんをやんわりとたしなめるけど、一向に離してくれない。
まるで、幼児のようにぴったりとしてくっついたまま、私のふくらみかけの胸に顔を埋めた。
「ゆーちゃん? 」
少女の異変に気づいて、あどけない顔を覗き込むと、ゆーちゃんは泣いていた。
「ど、どうしたの? 」
「お姉ちゃん。ごめんなさい。私、寂しくって」
ゆーちゃんはぐずりながら、言葉を紡ぎ続ける。
「急にお父さんとお母さんに会いたくなって、寂しくて…… 私、少し離れているだけなのに
ワガママな事ばかり思って…… こなたお姉ちゃん。本当にごめんなさい」
思わず苦笑してしまった。ゆーちゃんは本当にいい子だ。
確かに、私のお母さんは天国に行っているけど、ゆーちゃんが気にすることはないんだ。
「ゆーちゃん。泣きたい時は泣けばいいんだよ」
私は、ゆーちゃんの震える背中をゆっくりとさすり続ける。
嗚咽を漏らしていたゆーちゃんは、ゆっくりと落ち着きを取り戻していった。
「もう、大丈夫かな? 」
「う…… うん。ごめんなさい。こなたお姉ちゃん」
泣き止んだゆーちゃんが瞼をはらしながら、それでも小さく微笑んだ。
「ゆーちゃん。私じゃ不足だと思うけど、寂しくなったら何時でも言ってね」
「うん。ありがとう」
ゆーちゃんの笑顔がもう少し大きくなった。
私も、ゆい姉さんも、もちろんゆーちゃんの両親も、ゆーちゃんは笑顔でいて欲しいと願っている。
だけど、ずっと笑顔でいることは無理だから、たまには泣いて、奥に溜まったものを吐き出して
すっきりすることも必要だと思う。
「そろそろ寝よっか」
「うん。でもその前に…… 」
「なあに? 」
ゆーちゃんは一つ深呼吸をしてから囁いた。
「眠れる、おまじないをして…… 」
ゆーちゃんは顔を赤らめて、少しだけ震えながら返事を待っている。
私は、ゆーちゃんの瞼に掌をあてて閉じさせると、ゆっくりと近づいて唇を軽く塞いだ。
最終更新:2008年03月02日 16:57