「らき☆すた殺人事件 ~終わらない斜面~」 ID:6TvglKs0

かつてみさちゃんは、このコンビニに来ていたはずだった。
今思えばみさちゃんのした事は、ごく自然で当たり前の事の様な気がする。
誰だって似たような事をしていたはずだ。
でもこれが最善の策では無かったらしい。
何か方法があったはずだった。それが何なのは分からない。
ただ、一つだけ言える事は、私たちのした方法は最善ではなかったと言うことなのだ。


一年前……


「なあ、あやの~。卒業旅行どうする?」

みさちゃんは人懐こい声で私に尋ねてきた。
卒業旅行とは、柊ちゃんの友達である高良ちゃんが考案したものだった。
内容は一泊二日のスキー旅行で、受験シーズンのぎりぎり直前である冬休みに出発することになっていた。

「私は行くつもりだよ。みさちゃんと柊ちゃんはどうするの?」
「もちろん私は行くぜ。新しいスキーを買ってもらったばっかりなんだ。柊も行くだろ?」
「こなたたちも行くみたいだらね」

柊ちゃんは文庫本の熟読を邪魔されたために、不機嫌な顔で答えた。

「みゅー、ちびっ子ばっかり。私たちはどうでもいいのかよ~っ」

確かにこの時のみさちゃんは明るかった。
でも、心の中では悩んでいたはずだった。
その時の私には気づくことは出来なかった。

旅行の計画は順調だった。
年末のまだ雪の少ないゲレンデに、私たち六人が集まった。
私とみさちゃん、柊ちゃんとその妹ちゃん。
それから高良ちゃんとこなたちゃん。
皆、仲がいい……、筈だった。

その日は快晴で、白い雪と雲以外は、青色の空だけが広がる世界となっていた。
雪山にいるのに暖かくて、気分は昂ぶった。
紺色のウェアを着込んだみさちゃんは、水色のウェアを着たこなたちゃんとスキーの腕前について張り合っていた。
私たちを置いてけぼりにして、このスキー場で一番の難関コースへと向かって行った。

「あやの~、下で合流しようぜ!」

みさちゃんに付き合わされる事に、はじめはしぶしぶ顔だったこなたちゃんも、この時にはやる気まんまん。

「ふふふ、私について来られるかな」
「よおし、行くぜちびっ子!」

残された私たちは、別ルートの林道コースへ周った。
高良ちゃんはさすがに慣れているようで、私たちを先導してくれた。
柊ちゃんも妹ちゃんも、そして私もスキーはほとんど経験していない。
私は中学の頃に自然学習で一度だけしただけだし、二人もその程度らしい。

「ひえーっ」

妹ちゃんが転んだ。

「ちょ、ちょっと!」

後ろに続いていた柊ちゃんは、大の字になった妹ちゃんを慌ててかわそうとする。
しかし柊ちゃんは妹ちゃんにつまずき、そのまま覆いかぶるように転んだ。
高良ちゃんが慌てて二人を助け出そうとする。
その様子が可笑しかった。私は笑っていた。
みんな笑っていた。

これから起こる、惨劇を知らずに……。

楽しい時間は直ぐに過ぎる。
四時になり、私たちはセンターハウスに集まった。
私と柊ちゃんと妹ちゃんはレンタルスキーを返す。ウェアもだ。
自分のスキーを持って来ているのは、高良ちゃんとこなたちゃん、それからみさちゃんの三人だった。
上手なわけだ。
電話をしていた高良ちゃんが言う。

「あと15分程でタクシーが来るそうですよ」

私たちは宿には泊まらない。
高良ちゃんのお向かえに住む、みなみちゃんの家の人が持っているという、別荘を貸してもらったからだ。
このスキー場までは連絡バスでやって来れたが、別荘まではバスは出ていない。
だからタクシーを使うのだ。

ゲレンデを出て、待ち合わせの駐車場に向かう。
しばらくするとタクシーが二台やって来た。
二つのグループに分かれて、それぞれあの別荘へと向かう。
乗っている時間は二十分ほどだった。
タクシーから降り、みさちゃんが叫んだ。

「すげぇなあ。かっこいいぜ~~」
「いや、かっこいいとは違うでしょ。綺麗よね」

柊ちゃんの言うとおり、その別荘はとても綺麗だった。
それは雪のように白い漆喰でつつまれた、大きすぎず小さすぎず、一階建てでいかにも別荘らしい別荘だった。
周りは白樺の林になっていて、その一部を切り開いて別荘を構えたようだ。
ただ、ここに別荘は在るのにここに無いような、奇妙な雰囲気をかもし出している様に私は感じた。
その頃に私が本当にそう感じていたのかは、定かではない。
もしかすると、今になって思い出すからこそ、そう感じていた様な気がするだけなのかも知れない。

私たちは大きな荷物を降ろすと、この場所から逃げるように帰るタクシーを見送った。
ここから私たちが発つのは次の日の朝になる。それまでここから離れることは出来ない。

「さむいなぁ、早く入ろうぜ!」

一人で別荘の方へ歩みだすみさちゃん。
しかしみさちゃんが開いた扉は、別荘の玄関ではなかった。

「日下部さん。そこはボイラー室ですよ。別荘の入り口はこちらです」

落胆するみさちゃんを高良ちゃんが制す。
ボイラー室はコンクリートブッロクを積んだ作りで、別荘とは別の建物だ。
狭くて暗い。小さな窓が付いていたが、あれは役に立つのだろうか?
私たちは高良ちゃんの案内で本当の別荘に入った。
強い風に当てられていたため、たとえ奇妙な雰囲気の別荘でも入れば落ち着くものだ。
寝室は二つあり、三人ずつに分かれた。
私、柊ちゃん、みさちゃんのグループ。
こなたちゃん、妹ちゃん、高良ちゃんのグループの二つ
皆、それぞれ部屋へ入り、スキーウェアから私服に着替える。


5時……


「まったく、今日はあんたに振り回されて疲れたわよ。どうやったら板を揃えて曲がれるの?」

柊ちゃんの言葉に、みさちゃんは答えない。

「みさちゃん、眠っちゃったみたい。ハシャギ過ぎちゃったみたいだね」

着替えて直ぐに、ベッドで横になっていたのだ。

「世話を焼くヤツね」

柊ちゃんがしぶしぶ顔をしながらも布団を被せてあげた。
文句を言っていても、結局はやさしい娘なのだ。

二人で部屋を出ると、リビングにはすでに皆が集まっていた。
リビングは十畳ほどもあってとても広い。五人が入っていても、きゅうくつさは感じたりしなかった。
暖房も随分と効いていて、薄着でいても快適だ。
この床暖房は、みさちゃんが間違って入っていたボイラー室が働いている功績だろう。
大きな棚があり、その中には百科事典や家庭用医療書などが入れてある。

「聞いてよ、かがみ~。ここの別荘の掃除をしなくちゃいけないみたいなんだよぉ」

こなたちゃんが柊ちゃんにすがる様に告げる。
続いて申し訳なさそうに高良ちゃんが説明する。

「すみません、なにせこの別荘を最後に使ったのは、もう半年も前の事ですので、埃が積もってしまっている様なんです」
「そうね、仕方ないことよ。あんたもちゃんと掃除しなくちゃダメよ。ここで泊めてもらうんだから」

柊ちゃんの喝が飛ぶ

「へ~い」
「すみませんが、よろしくお願いします」

私たちはジャンケンをして掃除の担当の場所を決めた。
みさちゃんは熟睡していたため、仕方なく掃除は免除された。
また、みさちゃんが寝ているのでその部屋の掃除も免除になった。

こなたちゃん、柊ちゃん、高良ちゃんの三人は寝室とリビングだ。
そして妹ちゃんが、お風呂掃除となった。
全員が持ち場に着いて掃除を始める。

私は担当の場所の廊下と玄関に向かった。
玄関脇には三組のスキーの板と、ストックが立てかけられていた。
扉を開け放つ。
粉雪を含んだ冷たい風が、渦を巻いて室内に入り込んだ。
屋外を見渡せば、ついさっきまで見えていた青い空は無く、深い暗闇に包まれていた。
太陽は山に隠れているものの、飛び交う白い雪がぼんやりと不気味に光る。
着替えをしているほんの少しの時間に、天候は吹雪になっていたのだ。
寒さに凍えながら、玄関掃除を終わらせた。


5時30分……


暖房の効いた廊下も掃除が終わり、皆でテレビの観賞をする。

「あれ?ここ圏外だね。せっかくスキーの写真をまつりお姉ちゃんに送ろうと思ったのに。」
「本当だ。せっかく自慢しようと思ったのに残念」
「あはは、お姉ちゃん酷いよ~」

この時間はニュース番組が多い。
特に気になるのは明日の天候だった。
柊ちゃんがリモコンを握り、天気予報にチャンネルを合わせる。

「わあ、明日は晴れだって、良かった~。ねえ、こなちゃん。明日は雪だるま作らない?」
「晴れ?明日は雪マークが付いてるよ。もしかしてつかさ、埼玉の天気見てる?」
「え?うわぁ、本当だった……」

この地域は次の日まで吹雪くと、アナウンサーが伝えた。
天気予報が終わると、その日の昼に起こった殺人事件のニュースが始まった。
その内容は覚えていない。ほとんど意識していなかった。
今日の夕食について、つかささんとの話しに花が咲いていたからだ。
ただ、もしかしたらこれは、私たちへの忠告だったのかもしれない。
それは今思うと不気味に感じる。


6時……


「お風呂が沸いたよ。こなちゃん、一緒に入ろう?」
「いいよぉ。かがみはどうする?」
「私はパスするわ。そんなにたくさんは入れないでしょう?」
「ゴメンね、お姉ちゃん。先に入ってるね」

こなたちゃんと妹ちゃんがお風呂に入るため、着替えを取りに寝室へ戻った。

「みさお、起きて来ないわね」
「よっぽど疲れてたんだね、みさちゃん。すごくはしゃいでたから」
「そろそろ起こして来ようかな。あいつ掃除やってないし」
「せっかく気持ちよく寝てるんだから、夕食まで寝かせてあげましょうよ」

もしここでみさちゃんを起こしに行っていたら、もっと違う展開になっていたかもしれない。
それは回想の中で再現される、もしもの世界。
きっと現実とのギャップに息を呑むことだろう。

6時10分……

高良ちゃんが玄関のに立てかけられていた三組のスキーの板とストックを、リビングに持ち出してきた。
ここに来たばかりの時は雪で濡れていたけれど、すっかり感想したようだった。

「しっかり乾かさないと、エッジが錆びてしまいますからね。後は、こうやってスキーの裏にワックスを塗るんです」

そう言って固形のワックスをこすり付けた。
私はみさちゃんのストックを掴んで、しげしげと見つめた。
みさちゃんのウェアと同じ、紺色を基調としたストックだ。
新品を買ったばかりと言っていただけあり、傷一つ無く、きれいな物だった。

「なんだかうらやましいな、自分のスキーの板を持てるなんて」
「いえ、たまたま両親ともに趣味がスキーだったからですよ」
「そりゃあ、あれだけ上手くなるわよね」


6時30分……


「ただいま。お風呂開いたよ?」
「いやー、いいお湯だったよ~」

妹ちゃんとこなたちゃんが、体を少し火照てらせて、肌を薄いピンクに染めて戻ってきた。

「柊ちゃん、入る?」
「え?あ……ごめん……。この番組が終わってからにするわ」

テレビの画面には、ニュース番組が引き続き映し出されていた。

「それじゃあ、高良ちゃん。一緒に入ろう?」
「そうですね。ではかがみさん、お先に失礼しますね」

こなたちゃんと妹ちゃんはキッチンに向かった。
キッチンは、このリビングとは少しだけ離れている。

「じゃあ私たちはご飯作ることにするよ」
「今日はカレーライスだよ」

一方、私と高良ちゃんはお風呂へ向かう。
二人とも裸になって、湯船につかる。

「思っていたよりも、お風呂が大きいんだね」
「そうかもしれませんね、みなみさん宅のお父さまがお風呂好きなのかもしれません」
「このお湯もさっきのボイラー室で沸かしてるんだね」
「そうです。冬に備えて暖房設備が充実していますね。峰岸さんはスキーはされるんですか?」
「あんまりやった事ないな~、昔からみさちゃんのスキー旅行の話を聞くだけだったから」

みさちゃんのスキーの土産話はいつも面白かった。
未知のスポーツへの好奇心、高山から見下ろす広くて美しいゲレンデに夢が膨らんだ。
中学での自然学習では、みさちゃんにみっちりと指導されたっけ。
ああ、すべてが……、懐かしい……。


7時……


「柊ちゃん、お風呂が開いたよ」
「ありがとう、入りに行ってくるわね」

柊ちゃんがリビングを出て行った。

「さて、私は妹ちゃんたちを手伝いに行ってくるね」

一緒に夕食を作ることを、妹ちゃんと約束していたのだ。

「そうですか?では私も何かお手伝いさせてください」

私たちはキッチンへ向かい、サラダを作った。
食材はクーラーボックスに詰め込んできていたのだ。


7時20分……


その時私は、ふと、キッチンの窓から外を眺めた。
粉雪が相変わらず荒々しく吹き抜けているのが見えた。
そして、飛び交う白い粒の間に、そっと、何かが動いた。
暗くて良く分からなかった。現実的に考えて、その姿が何のなのかを判別するのは不可能だ
なのにそれが、みさちゃんに見えたのだ。
野生動物かもしれないし、風に飛ばされた葉っぱかもしれないとも思った。
でもみさちゃんがいたような気がしてならなかった。

もう何も動く気配はなく、ただ雪と風が暴れまわるのが見えるだけだ。

カレーライスが出来上がる。


7時40分……


「お、かがみ。ご飯が出来たよ」
「待ちわびたわよ。さっそく食べましょう?」
「そうだね、じゃあみさちゃんを起こしてくるよ」

リビングから出て、私はみさちゃんの眠る寝室に向かった。
扉の前に立った時、キッチンから見た光景が頭をよぎった。
あれは本当にみさちゃんだったのだろうか?と。
不安を感じた。
それは初めてこの別荘を見たときに感じた感覚と同じだった。
みさちゃんは多分、この中のベッドで寝ている。
なのに、消えてしまって何処にも存在しないような、奇妙な感覚。

私はそっとドアノブをひねり、扉を開いた。

ベッドの中には、みさちゃんはいなかった。


7時50分……


私は別荘にある全ての部屋を確認し、この別荘の中の何処にも、みさちゃんがいない事を確信した。
その事は、直ぐにみんなに伝えた。

「みさきち、何処に行ったんだろう?中にいないなら、外にいるってことだよ」

私はキッチンで見たことを、話すべきかを迷った。
しかし柊ちゃんの言葉に遮られた。

「とにかく外を探してみよう?」


7時58分……


この一言をきっかけに、全員が防寒具を着て外に出た。
吹きすさぶ冷えた風が痛い。
本当にこんな所にみさちゃんはいるんだろうか?

「みさきちいるー?聞こえてるー?」
「こなた、この中じゃない?」
「ここってボイラー室だよね?こんな所にいるかな」
「とにかく見てみましょ!」
「おかしいですね、鍵が掛かっています。ここに来たときは開いていましたよ」
「うん、それは私も見たよ。みさちゃーん、この中にいるのー!?」
「だめだ、ちょっと窓から覗いてみるよ」

懐中電灯を持ったこなたちゃんが、窓に駆け寄る。
そこでこなたちゃんが見たのは……


8時……


忘れることはない。

「うわあああああ、みさきちがっ!みさきちがぁあっ!!」

この時のこなたちゃんの悲鳴は、今でも鮮明に思い出せる。
いや、思い出したくなくても、突然頭の中で聞こえ出すことがあるくらいだ。
その時、私は本能的に、何も考えられない中、体が勝手に動きその窓へ駆けた。
へたり込むこなたちゃんが持つ懐中電灯を奪い取る。
小さな窓だ。
そこから中を覗く。暗い。
懐中電灯で中を照らす。
たくさんの機械の中で何かがいた。
そこで眠る彼女を見た私は、こなたちゃんとは正反対に、何のリアクションも出来なかった。
人形のように見えた。
でもそれがみさちゃんにそっくりなのだ。
胎児のように身を丸くして、コンクリートで固められた床に倒れていた。
ただ、一つだけ不自然なのは、胸の辺りが赤いということ。

もうこれ以上思い出したくない。
こんな回りくどい表現が一体なんになる?
そう。
みさちゃんの胸に刃物が刺さり、絶命していたのだ。

こなたちゃんは窓によじ登り、小さい体をねじ込んでボイラー室に飛び込んだ。
みさちゃんが、こなたちゃんに揺さぶられているのが見えた。
もちろん反応は無い。
続いてみゆきさんは直ぐにここの鍵を持ってきた。
手早く扉を開けて、全員で中に入った。

みさちゃんは自分の胸に刺さった刃物の柄を、握ったままの格好で倒れている。
柊ちゃんが言った。

「まさか、自殺?」

それは無い。みさちゃんは自殺なんてしない。
ただ、この時の私はただ呆然とするばかりで、そんなことを考えている余裕は無かった。

「待ってください、今脈を調べます。まだ間に合うかもしれません」

高良ちゃんが、みさちゃんの首に手を当てる。
何も考えられなかった私は、その言葉に対してなんの期待も感じなかった。
高良ちゃんは首を横に振った
期待を感じなかった私は、絶望さえも感じなかった。

「え……、日下部さんが死んゃった?」

私と一緒に立ち尽くしていた妹ちゃんが、震えた声を放つ。

「あれ?かがみさん、日下部さんは左利きですよね?」
「そ、そうだけど。どうして?」
「この刃物を握っている手、右手です」
「本当だ。どういうこと?」
「聞き手でない方の手で自殺なんてしません。これは他殺です」

少しずつ、私は状況が把握できるようになって来ていた。

「みさちゃん……」

目の前のみさちゃんは、返事をしてくれない。
とても苦しそうな顔をしていた。

「ねえ、みさちゃん……、わたしだよ。分かるよね?」

思わず、私はみさちゃんに抱きついた。
すっかり冷えてしまった体は、人間の様には思えなかった。
ここで初めて、一人の親友が死んだ事が理解できた。

「峰岸さん、いけません。犯人がこの中にいるかも知れません。日下部さんにはあまり触らないでください」
「いや、放して。みさちゃんが、みさちゃんがぁ……」

私は強引にみさちゃんから引き離され、なおも暴れる私をこなたちゃんが押さえ込んだ。
何もできず、ただボイラー室の中の様子を見るしかできなかった。
柊ちゃんは思い出したように、110番に電話をしに別荘に戻った。
携帯が県外でも、ちゃんと有線の電話があるのだ。
高良ちゃんがみさちゃんの顎と首を触ってから言う。

「顎だけが死後硬直していて、首は硬直していません。
人が死んでしまうと、普通、体の上の方から順に硬直していきます。
一番最初に硬直するのは顎で、次は首です。
日下部さんの場合は、2から3時間前に死んでしまったことを意味します」

そのあまりに冷静な高良ちゃんを見ていて、私の物事が考えられるようになっていた。
無遠慮にみさちゃんの体に障る姿が、許せなかったからだ。

「みさちゃんに障らないでよ」
「そ、そうですよね、すみません……」

一瞬の間、静かだった。
風の音しか聞こえない。
しかしその静けさは、直ぐに掻き消されてしまった。
柊ちゃんが戻ってきたからだ。

「電話が出来ない!電話線が切られてる!」

私たちは別荘へと戻った。
そして、カレーライスを食べながらの話し合いが開かれた。
今がどう言う状況なのか、これからどうすればいいのか。
ただし、話し合いは順調ではなかった。
何せ身近な人を殺した人間が、この5人の中にいるのだから。

その時、分かっていたことはこうだ。

一つ。みさちゃんは自殺ではなく他殺されたということ。
刃物を持っていた手の問題と、そして何よりもみさちゃんが自殺をするような子ではない事は、皆が分かっていた。

二つ。犯人は内部犯。
内部犯ならば、自殺に見せかける事で自分への疑いを無くすメリットがある。
しかし外部犯の場合は、自殺に見せかけるような事は面倒でしかない。
電話線も切ったりはしない。

三つ。犯行時刻は5時から6時の間。
高良ちゃんが死後硬直の具合を調べた結果だった。

四つ。今夜はこの別荘に留まざるをえないという事。
これが一番の問題だった。
人里まで歩こう、と言う意見があった。
しかし別荘から人里までは約15kmもある。歩くと大よそ4時間程だ。
四時間もの間、暗くて先の見えない氷点下の吹雪の道を歩くことは、あまり現実的ではなかった。

閉鎖された空間で密室殺人が起こった。

ただ、救いだったのは、犯人が誰なのかと言う問いを誰も発しなかったことだ。

ほとんど手が付けられていないカレーライスを片付けながら思った。
これは卒業旅行なのだ。仲のいい友達同士の。
だから、皆、お互いを疑い合うような事を嫌った。

現実逃避にも思える対応だったけど、これはこれで良かったんじゃないかなと。

皆、寝室で就寝となった。
ただ、一時間おきに見張りを一人、廊下に立たせることになっていた。
私はこなたちゃんの次で、二番目だった。
寝室には柊ちゃんと私しかいない。柊ちゃんは私の隣のベッドで眠っていた。
でも私と同じように、ただベッドで横になって眠れずにいるのかもしない。
みさちゃんはボイラー室で倒れているままだった。
現場は保存しなくてはいけない。分かっていても、あまりにみさちゃんがかわいそうだと思った。
皆は犯人が誰なのかは気にならないのだろうか?
私は違う。必ず見つけ出そうと決意していた。
みさちゃんの命を奪った、誰かを。真実を知りたい。
この好奇心が、後に私の全てを狂わせた。
そんなことは、その時の私が知るはずも無かった。

よく考える。みさちゃんを見つけた場所はボイラー室だった。
寝室から玄関までの移動は、廊下をまっすぐ通るだけだった。
更に犯行時刻は5時から6時の間。
その時間は掃除をして、それからテレビを見ていた。
テレビを見ている間は、みさちゃん以外の全員が集まっていたから犯行不可能。
犯行が可能なのは掃除中になるわけだけど、私は廊下と玄関掃除をしていた。
その間に誰かが通ったのなら、私が気づける筈だった。
だけど、その頃の記憶をたどってみても誰も通らなかったし、みさちゃんも通っていない。
玄関を通らずに、窓から外に出たのだろうか?
みさちゃんをどうやって窓から出るように説得したんだろうか。
掃除の時間に一人になっていたのは、私以外にはお風呂掃除をしていた妹ちゃんだけになる。

その時は、犯人が妹ちゃんかも知れないと考えた。

寝室にノックオンが響いた。私は起き上がって扉を開いた。

「峰岸さん、ごめんね起こしちゃって。見張りの交代の時間なんだ」
「うん、わかったわ」

こなたちゃんは私に懐中電灯を渡し、自分の部屋に戻って行った。
私はボイラー室に向かった。みさちゃんの様子を見るためだ。
本当なら廊下で見張っていなくちゃいけなかったけど、少しの間ならいいよね。
玄関を開き、懐中電灯の電源を付ける。
風はあまり無く、吹雪は少し収まったようだった。実際、次の朝にはここを発つことが出来た。
昼間のゲレンデは、白い雪が照らされて、白銀の世界と呼ぶのにぴったりだと感じた。
なのに夜になれば視界には雪と闇の二つしかなく、白黒の色の無い世界になってしまう。
人の人生も同じで、いつかは夜になる。楽しかった日々は、この時で終わってしまったわけだ。

その時はボイラー室には鍵は掛かっておらず、支障なくみさちゃんと対面することが出来た。
ボイラー室の中はとても寒かった。
みさちゃんの体はすっかり死後硬直が進展していた。
首が動かなくなり、肩も硬直したのか腕が上がらない。
初めてこの様子を見た時は冷静ではいられなかったけど、今なら心を落ち着けて見られる。
まず、みさちゃんはしっかりとスキーウェアを着ていた。
ウェアはみさちゃんが今日持ってきた上着としては、唯一の防寒着だった。
別荘で刺されて、ここに連れ込まれたのではないと言う証拠でもある。
みさちゃんが自分で着なければならないからだ。
上着ごと刺されているため、ここで上着を着せる事も出来ない。
ボイラー室を良く見てみる。
この部屋はボイラーがあり、急騰をしている間は熱くなっていたのだろう。
窓はとても小さくて、私では通り抜けることは出来ない。それはみさちゃんも同じだろう。
みさちゃんをここで見つけたときには鍵が掛かっていなかったため、自由に開けられる。
この窓からみさちゃんが倒れている場所までは距離があった。
みさちゃんは窓と対面した、反対側の壁の直ぐ下に倒れていた。
窓とみさちゃんとの距離は、この部屋丸々一つ分もあり、その距離は2m近い。
窓越しにみさちゃんに刺すのは、無理なように思えた。
唯一、ここを通り抜けられるのはこなたちゃんだった。
ただ、こなたちゃんはいつも誰かと一緒にいたため、一度も一人だけにはなっていない。
もう一人ここに入ることが出来るのは、ドアの鍵を持っていた高良ちゃんだ。
彼女もこなたちゃんと同じく、一人になった時間帯は無い。
全ての行動を監視していたわけではないから、ほんの数分間の間、みんなの監視の目から抜け出すことは出来る。
でも少なくとも、掃除をしていた時間は、みんなが掃除をしていた事は覚えている。
みさちゃんをここに呼び出して刺すなんて時間は無い。

妹ちゃんが犯人なら犯行時刻に矛盾しないが、密室殺人にすることができない。
逆にこなたちゃんと高良ちゃんの二人は密室殺人が可能だけど、今度は時刻に矛盾してしまう。
わからなかった。その時に私が想像する以上に、犯人のトリックは巧妙だったのだ。
ヒントを探すつもりが、逆にトリックに捕われてしまったようだった。

私は別荘に戻ろうと思った。
最後にみさちゃんにお休みを言おう、そう思ってみさちゃんに懐中電灯を向けた。
その時、みさちゃんのある場所で、今まで気がつかなかった事に気がついた。
それはみさちゃんの左手、刃物を握っていない方の手の親指だった。
爪の隙間に、紺色の塗料が詰っているのを見つけたのだ。
紺色の塗料……。

あるものに心当たりがあった。

確かめるために、別荘に戻った。
扉を開けて玄関に入り、ふと見る。
それは立てかけてある三組のスキーの板とストックだった。
爪の隙間に詰った塗料は紺色、そしてみさちゃんのストックの色も紺色、
みさちゃんのストックをよく見てみると、やっぱりあったのだ。
新品で傷一つ無かったストックには、引っ掻き傷のように、縦に細長く塗料が剥げていた。
もう一度ボイラー室に戻ってみさちゃんの爪の塗料と比べてみても、やっぱりこれで間違いなかった。
犯人はこのストックを使ったに違いなかった。
そうでなければ塗料が剥がれるほど強く、みさちゃんがストックを引っ掻いたりしない。

想像してみる。
みさちゃんだけがボイラー室の中にいて、鍵は内側から掛けてある。
窓からノックオンが響いた。ここに呼び出した誰かかもしれない。
誰かが開けてほしいと言っている。みさちゃんはためらうことなく窓を開けた。
窓を開けると凶器を構えた犯人が立っている。
みさちゃんは何事なのか判断できず、動けない。
犯人が持つ凶器は、少し小さめで、鋭利な刃物。ただ、刃物には細工がしてあった。
刃物が、ストックの先端にくくり付けられているのだ。
みさちゃんは、その槍で、突き飛ばされるように刺されてしまう。
その拍子に反対側の壁まで押しやられた。
痛がりながらもみさちゃんは、反射的に利き手でストックを握った。
ストックを回収しなくてはいけない犯人は、慌ててストックを引っ張る。
みさちゃんは痛さに耐えながら爪を立てて抵抗した。
しかしみさちゃんは息絶えてしまった。
爪で引っ掻かれたストックは回収された。
ナイフはストックから抜けて、みさちゃんの体に刺さったまま残った。
扉の鍵も掛かったままで、そこは密室殺人の現場となる。


そう、密室殺人は誰もが可能なものだったのだ。

「痛かったよね、みさちゃん。もう少しで犯人が分かるかも知れないよ。待っててね」

私は別荘に戻った。
あれは6時過ぎだった。
高良ちゃんがスキーの板にワックスを塗っていたのは。
それと一緒に私は見ていた。傷一つ無いみさちゃんのストックを。
死亡推定時刻は5時から6時。ストックを見たのは6時過ぎから6時30頃まで。
このずれはなんだろう。
みさちゃんが死んじゃった後に、ストックの傷が付き、爪の隙間に塗料が詰った?
それは意味が分からない。

まだ何かトリックが隠されているらしかった。
その時に思った。死亡推定時刻が本当に正しいのかと。
リビングには百科事典も医療書もある。資料は十分だった。
重たい百貨事典を棚から下ろし、死後硬直の欄を探した。
そしてほんの数行の説明とともに、死後硬直の文字を見つけた。
そこにはこう書かれていた。

『死亡時に高 (過) 緊張だと硬直が早くなる。
 (生前の激しい筋肉疲労、頭部射創など)』

やっぱり、死後硬直が早まることがあるらしかった。
これによれば、死亡推定時刻に間違いがあっても不思議ではない。
生前の激しい筋肉疲労……。
もしかしたら、キッチンで見た動く何かが、本当にみさちゃんだったのかも知れない、と思った。
吹雪の雪原を歩けば、激しい運動になる。
雪だってかなり深いから、相当苦労しなければ歩けない。
さらにボイラーは急騰のために高温になっていたはずだ。
部屋だって暖かくなっていたはずだ。
死後硬直は暖かいところでは、早く進むとも書かれている。
あの時に一人でいた人物はと言えば……。

私は寝室の扉をノックする。

「柊ちゃん、次の見張りをお願いね」
「オーケー、峰岸はゆっくり寝てて良いわよ」
「うん、ありがとう。後はよろしくね」

私はベッドに寝そべり、柊ちゃんは廊下に立った。
寝室には私一人になった。ほんの少しの間を待って、私はそっと寝室を出た。
やっぱり柊ちゃんは廊下に立っていなかった。
出来るだけ足音を立てずに廊下を歩き、柊ちゃんを探す。
キッチンのほうで物音が聞こえた。ビニール袋をこするような、クシャクシャと言う音だ。
静かにキッチンに近づくと、電機を付けずに懐中電灯の灯りだけで何かをしている、誰かを見つけた。
誰かと言うのもおかしい。柊ちゃん以外にいないのだ。
私は証明の電源を押した。
キッチンはパッと照らされ、柊ちゃんの姿が現れた。

「きゃっ!?」
「柊ちゃん、暗いところにいると幽霊が出るかも知れないよ」
「フ、フフフ……。なにそれ?」
「幽霊は自分を殺した相手に恨みを晴らそうと、夜な夜なその相手を探して徘徊するの。柊ちゃん、手に持ってるものは何?」
「え、あ、こ、これはね?ただのゴミよ」

柊ちゃんは突然の私の登場に困惑していた。そりゃあ、ビックリするよね。
手に持っていたものはビニール袋。
奪い取って中身を見ると、真っ赤に染まったタイツが詰め込まれていた。

「それって槍を作るために使った材料でしょ?」
「槍って……」
「ナイフをストックにくくりつけるためのタイツと、ストックに返り血が付かない様にするためのビニール袋」
「何で分かるの?お願い、峰岸……、聞いて……」
「柊ちゃんが、みさちゃんを刺したんだね?それからこれをコンロで焼こうとしたんでしょ」
「ごめん……」
「私に謝ったってしょうがないよ。みさちゃんも死んじゃったから、謝る相手なんて何処にもいない」

謝ってもしょうがない……。

「そう……、なのかも知れないね」
「その代わり、教えて?」
「うん……。私はね、悪い子なの。皆には私は優等生に見えていたと思うけど、本当はそうでもない。
みんなが私を優等生だと思うほど、その期待に応えようと私はそう見えるように努力しただけなのよ。
何か失敗をしても絶対にみんなにはばれない様に隠す。出来そうに無いことも、無理をして出来るようにする。
あの時もそうだった。コンビニで買い物をしていた時のことよ。
少し高くて、手が出せそうにないリボンが見つかった。それがちょっと気に入って、どうしても欲しくなったのよ。
その時の私はプレッシャーに耐えるのが辛くて、そのストレスが溜まってたんだと思う。
店の人が見ていない事を確認して、つい、そのリボンを、持っていたカバンに放り込んだ。
そしてそのまま、私はコンビニを出た。
その時はすごく怖かったけど、同時にやり遂げたって言う達成感が湧き上がったわ。
その一回だけだった。たった一回だけ、私は万引きをしてしまったのよ。
その一回の万引きが身を滅ぼした。日下部がその様子を見ていたの。
日下部は万引きの事をとがめたわ。店に正直に言えと……。
でも私は嫌だった。皆が期待する私は、万引きなんて絶対にしない。なんとしてもその事は隠したかったの。
今思えば、日下部は私が正直に告白することを期待していたんだろうね。
その場は許してくれたのよ。いつか告白することを信じてたんでしょうね。
ただ、いつかは告白しなければ、日下部が他の人に話すかもしれない。
それがいつになるのかは、わからないけれど、きっといつかその日はやって来る。
私はすごく怖かった。いつかばらされてしまう事が……。
そしてこのスキー旅行の日がやって来る。
別荘にはボイラー室がある。ストックがあり、ナイフがキッチンにあった。
私はここに来て、恐ろしいことを思いついてしまったよ。日下部を殺してもばれないと。
果物ナイフは掃除の途中にちょっとだけ抜け出して、キッチンから取ってきたの。
あんたたちがお風呂に行っている間に準備を済ませた。
峰岸の言うとおり、ストックを持ち出して槍を作る。
まずはストックの先端をビニールで包む。その上からナイフをタイツで結びつけた。
ストックの先端についているの丸い板のお陰で、結ぶのがすごく楽だった。
ナイフが押されても、滑らないで済むのはこれのお陰だった。
その槍はボイラー室の裏に隠す。雪で埋めるだけだったわ。
そして皆がキッチンに行っている間に、私は行動にでた。
まず寝ている日下部を起こして、外に来て欲しいと言った。
こなたにもらった大切なものを雪の中でなくしたって嘘を付いてね。
深い雪の中を歩き周って、見つかるはずの無いものを探した。
しばらくして、戻ってくる。ボイラー室の前にだ。
そこで私は、こなたが来たからボイラー室に隠れて欲しいと言った。もちろん鍵を掛けろとも。
日下部は素直で、私の言うことを聞いてくれた。
そして私は直ぐに裏に周り、槍を持つと窓を叩く。日下部が窓を開いた。
後は……、思いっきり突いた。
そして槍を解体して、ストックは元に戻し、このビニールやタイツは取りあえず寝室に隠した。
するんじゃなかったって思ってるわよ……。万引きを隠すために殺人をして、また殺人を隠そうとする。
本当に私ってバカよね……。警察を呼ぶ振りをして電話線を切ったのは私よ。
今話せるのはこれくらいかもしれないわ」

柊ちゃんの顔は無表情だった。後悔の顔に見え、恐れの顔にも見え、達成感を感じているようにも見えた。

「これからどうするの?」
「……」

柊ちゃんは黙り、考えていた。暫くしてからしゃべり出した。

「お願い、峰岸。この事は全部内緒にしてほしい。無かった事にして欲しいの!」

無かったことに……、その言葉が、とても魅力的に感じた。
内緒にする。それが一番いいのかも知れないと思った。
本当だったら、柊ちゃんを恨もうと思っていた。でも、そんなことをしてなんになる?
みんなもそう思っているはずだった。親友同士の殺し合いなんて無いほうがいい。

「いいよ。無かったことにしよう?」
「え?本当に?それでいいの?」
「これは本当……。そうだ、まずそのビニール、焼いちゃおう」

私たちは全てを隠した。
この事件が完成したとき、みさちゃんの自殺として世間には知られることになるのだ。
私たちはたまたまその事件に遭遇した友達Aから友達E。
みさちゃんの爪の隙間に残る塗料を取り除き、ビニールとタイツも焼いた。

次の日、私たち五人はみさちゃんを別荘に残して、人里を目指して歩いた。
風や雪はやんではいたが、雲は相変わらずだった。
とても長い道のりのなか、会話ほとんどなかった。
みさちゃんから離れれば離れるほど、昨日の惨劇は夢だったかの様な、曖昧な記憶なって行った。

暫くして通りかかった自動車に手を振って、運転手の携帯電話を借りる事が出来た。
そこでやっと事件は警察に伝わった。
柊ちゃんがみさちゃんとともに屋外に居たはずの時間。その時、私はリビングで柊ちゃんを見たと嘘の証言した。
警察は犯人を断定することは出来ず、暗礁に乗り上げ、ついに自殺と片付けられるようになった。

真実を知るのは私と柊ちゃんだけ……。
そしてその真実を、永遠に明かすことはない。

ただ、みさちゃんの存在しない日常は、あまりつまらないものだった。
何かが足りない。
私が付き合っている彼はみさちゃんの兄だ。
いつしか私は彼を兄貴と呼び、彼は私をみさおと呼ぶようになった。
みさちゃんが死んでから、私たちの間柄は彼女と彼氏の関係ではなくなっていた。
あれ以来、二人の距離はどれだけ近づいただろうか。
多分、ほんの少しだって近づいていないと思う。何も変化はない。
高校を卒業し、大学生活が始まった。
一生懸命に微笑んで、一生懸命に頷いて……。人にいい目で見られるための努力をする。
そのうちに気がついた。みさちゃんに代わる親友など、いるはずが無いのだと。
特に誰かと友達を作ろうとは思えなかった。大学ではいつも一人で過ごしている。

柊ちゃんもまた、同じような生活をしているらしい。
かつての高校での友達とも、今ではほとんど会うことが無いそうだ。
私たちはたまに会って、そういった話をしていた。
お互いの傷を舐めあい、慰めあう関係。



そうして一年間の時が過ぎた。
今、私の隣には柊ちゃんがいる。
今日の昼ごはんを、コンビニで買っているのだ。
レンタカーを借りて、私たちはこれから、スキーに出掛ける。
場所は例の事件とはまったく関係の無いスキー場。
私はみさちゃんの残したスキーの板とストックを持っている。

「そろそろ行くわよ」

柊ちゃんが私を急かす。

「ごめんね、今行くよ」

私たちは旅立つ。
二度と帰らない、スキー旅行へと。
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