第四夜
つかさの絶叫にビクリとしてかなたが動きを止める。
「ダメだよこなちゃん。あれは、ゆきちゃんなんだよ!?」
「うっ……」
はっとしてみゆきに目をやるこなた。
そこには不適な笑みを浮かべたみゆきがいる。
あられもない姿になり、気味の悪い微笑をしていても、目の前の人物はみゆきなのだ。
「なんで、お前達はいつも、いつも……」
こなたが歯噛みしながらつぶやく。
「ははは、この方が楽だろう?私は傷一つ負うことなく遊ぶことが出来るじゃないか。んん~?羨ましいだろう?」
下卑た笑い声に吐き気をもよおす。
こちらからは何も出来ない……。
こなたがそう考えていると、みゆきが上空から猛スピードで突っ込んできた!
「!!!」
「少し、遊ぼうじゃないか?」
みゆきの両手は大きなカギ爪に変化しこなたを狙う!
瞬時に身を翻し、避けるも……
「おっと、いいのかい?私は”着地”に失敗するかもしれないよ?」
「は!?」
考えるより早くこなたの身体がみゆきと床との間に滑り込む!
「こなちゃん!」
「ぐはぁっ!!」
辛うじて爪の直撃は避けたものの、渾身の体当たりを喰らい、こなたの身体がくの字に曲がる。
「いいねぇーいいねぇー!人間は単純でいいねぇー!きゃはははは!」
みゆきの口から発せられる嘲笑が響き渡る。
「つ、つかさ……」
こなたの瞳がつかさに向けられる。つかさの術なら何とかなるかもしれない。
こなたと顔を合わせ、つかさが選んだ言葉、それは……
「出来ないよ……」
涙のしずくが床に触れて弾ける。
「ゆきちゃんの身体になにかあったら……私……」
唯でさえ、自分はみゆきを守ることに失敗している。
自信を持って唱えた結界でさえ、何の機能もせずに貫かれた。
そんな自信喪失からくる不安と、人に対しては、まだ一度も使ったことの無い術の脅威に、つかさは怯え震えていた。
「つかさ……」
責めることは出来ない。責められるとすれば私も同罪だ。
みゆきをここに連れて来た事が間違いだったんだ。
痛みに耐え、必死に身体を起こそうとするこなたの中で自責の念が湧き上がる。
「ふう~。他愛ないねぇ~。次はどっちが遊んでくれるんだい?」
にやにやと不敵に笑うみゆきが髪をかきあげる。
「ん?」
不意にみゆきの視線がこなたとつかさから離れ、別の一点を凝視した。
「お、お待たせ!場所、わかんなかった。ごめん!!」
体育館の扉が開き、外界の光と共に現れたのは、
「かがみ!」
「おねえちゃん!」
照れているのか、表情を隠すように少し俯いたままのかがみ。
「ふん、一人増えたところで何が出来る?」
そう言いつつも興味を持ったのか、ゆっくりとみゆきはかがみに歩み寄り始めた。
「な!みゆき!なにして……って、なんか違うみたいね……」
元々聡い(さとい)かがみのことだ、置かれている状況と目の前の有様を見て、すぐに何が起きているのかを理解した。
「さ、さすが、ラノベ、お、オタク……」
「う、うるさい!痛いならそこで休んでろ!」
こなたにツッコミを入れると、かがみは手にしたバットを握りなおす。
気合の声と共にみゆきに駆け寄り、力強く床を蹴りつけ、飛び掛る。
「てりゃぁ~~!」
「小ざかしい!」
突然、何かに引っ張られたかのように、かがみの身体が宙を舞う!
「おねえちゃん!」
即座につかさが駆け寄り、最愛の姉を抱き起こす。
バットが振り下ろされる間もなく、みゆきの掌から弾け出た衝撃波が、かがみのからだを撃ったのだ。
「いた、い……」
「おねえちゃん、無茶だよぉ!」
「う、うん、わかっちゃいたんだけどね……は、ははは……」
つかさは左手に意識を集中し、打ち付けられたかがみの腹部にそれを当てる。
柔らかい光がつかさの左手から溢れ、傷を癒す。
「う~ん、お前、邪魔だねぇ」
「え?」
混乱するかがみ。目の前のつかさは姉の顔を見て振り向く。
そこにいたのはみゆき。
一瞬のうちにつかさの背後に移動した彼女は、大きく右足を振り上げると、それを一気に振り抜く!
「あうぅーーー!」
つかさの身体から鈍い音が聞こえた。
一瞬にしてかがみの視界から姿を消し、体育館の端で喘ぐつかさ。
「なにしてんのよーーーーー!」
かがみは激昂し、素手で殴りかかる。
みゆきはそれを冷静に手で払いのける。
「お前はなにか芸は無いのか?あの巫女のように呪を唱えるか?あそこのチビのように体術でも見せてくれるのか?」
かがみは何も言い返せずに顔を背ける。
それを見たみゆきが呆れたような顔をし、右手を天井へと伸ばした。
広げられた掌に灰色の渦が集まり、次第に大きく球状へと変化していく。
「ならば死ね」
淡々と吐き出される言葉。
サッカーボールほどの大きさになった灰色の球体がかがみを襲う!
恐怖に目を閉じるかがみ。
直後、ずしりと重い振動が身体の芯まで響き、身体が跳ね飛ばされるのを感じた。
跳ね飛ばされる?
私のすぐ横に立っていたみゆきが放った球体。
私の身体の真上から降ってくるはずの球体。
気がつけば、身体に新しい痛みは無い!
「そんな……!?」
かがみは我に返り、最悪の想像を確かめる為、周りを見渡す。
「ちょ、ちょとだけ、痛、かたねー。わ、私だって、軽くな、ら、結界く、らいは……」
先程までかがみが倒れていた場所にいたのはこなた。
こなたは、かがみを救う為に自らの身体を盾として差し出したのだ!
「――――ばか」
未だ軋む腹部をさすりながら、かがみが立ち上がる。
それに呼応するかのようにみゆきが向き直り、かがみに近づく。
「う~ん、友情?だねぇ~。興味はないが、実に面白い思考じゃないか」
嘲り笑う、”みゆき”であった者。
壁際に倒れる妹。その手前には最愛の親友。
それを背に向かってくるのは憎むべき”敵”。
「それでどうするね?」
かがみは自身の中にいまだかつて無い怒りが込上げて来るのを感じた。
「返してよ!」
怒りに身を震わし、呼吸が荒くなる。
「うん?小さくて聞こえんな?」
いつのまにかほどけていたリボンが床に落ち、自由になった髪の毛がかがみの表情を隠す。
「みゆきを返してよ!」
既に距離は無く、眼前にはかがみの憎悪の対象が腕組みしている。
「ふん、ただの人間の癖に……。癪に障るね」
みゆきの右手がかがみの頬を打つ。
「これくらいの痛み……」
顔を上げ、その双眸でみゆきを睨みつける。口元から血が流れ落ちた。
「つかさを、こなたを返してよ!私達の時間を返してよーーーーーー!」
「くどいぞ、小娘がぁーーーーーーーー!」
かがみが絶叫する!
激高したみゆきが怒声で返す!
そして、それに合わせるかのように、彼女の全身を強烈な痛みが襲う。
「うぐっ――――」
みゆきの右腕は、かがみの腹部を、貫いていた――――
最終更新:2007年12月06日 16:12