まず、人が多いと思った。祭りがある訳でもなければ、ドラマのロケをやってる訳でもない。ただ葉っぱが赤く染まっただけなのに。
「まったく、ヒマ人共め」
「唐突ですね。何の話です?」
「いや。葉緑素の分解やら糖の蓄積やらで色が変わっただけの葉っぱを見に来るヒマ人を哀れに思っただけだ」
「私達も人のこと言えませんけどね」
「……まぁな」
「人が多くてウンザリする気持ちも分かりますが、別にいいじゃないですか。だって――」
「だって?」
「キレイでしょう」
「確かに、キレイだな」
昔の人が飛び降りていたという舞台から見えるのは、大勢の人と、それも目に入らなくなる程の見事な紅葉。
「まぁ、来て損はなかったな」
「素直に『来て良かった』とは言わないんですね」
「素直に言わなくても、本心は伝わってるじゃないか」
昔からの付き合いだからな、私が素直じゃないのは分かってるくせに。しかも、計算じゃなくて天然で言ってくるあたりタチが悪い。まったく、嫌な性格をしてる。
しかし、その辺は長い付き合いだ。お互いの性格は熟知している。おかげで仲が悪くなることもないし、年中一緒にいるにも関わらずケンカもそんなにしない。性格の相性がいいのかもしれない。こうした、二人でけでの旅行にもけっこう行ったりするくらいだ。
しかし――
「なぁ、ふゆき」
「なんです?」
「次の旅行は、他に誰か誘わないか? 黒井先生とか。あの人ならヒマそうだし」
「いいですよ。でも、急にどうしたんです?」
「……私達だけだと、どうも盛り上がりに欠ける」
これが唯一の問題だ。学生時代はよかったが、職に就き、他の友人とあまり会わなくなってからは気になり始めた問題だ。
なにせ、どちらも自分からテンションを上げていくようなキャラじゃない。学校なら他にも同僚の教師や生徒が居るからいいんだけど、こうして二人でどこかに出かけたりすると、なんというか間が持たない。
「私達だけにしては盛り上がってる方なんですけどね」
「まぁな」
しかし、ここが限界点。やはり盛り上げ役は必要だ。
「ところで、いつまで学校の言葉遣いのままなんだ?」
新幹線に乗っている間も、紅葉を楽しんでいる間も、街の方まで出てきた今もずっと気になっていた。
「あら? そういえばそうでしたね」
「いつも学校外に出たらすぐに戻してたのに。どうしたんだ?」
「最近は、ひかるとも学校でしか顔を合せてなかったから。癖になってるのかしら?」
「息抜きの旅行で学校の癖が出ては意味がないだろ」
「そう言うひかるはその喋り方のままなの?」
「私か? 私は普段からこの喋り方だからいいんだよ。それに――」
「それに?」
「ふゆきも今の喋り方に慣れたでしょ? 今さらこっちに戻す必要は無いよ」
「私はそっちの喋り方も好きよ。学生時代に戻ったみたい。この旅行中だけでも戻さない?」
「……気が向いたらな」
喋り方を変えた理由は、強くなりたかったからだ。誰からも心配されないくらい。
喋り方を変えた効果はあった。少なくとも外側、周りからの見られ方は変わった。
内側、自分自身は……よくわからないけど。
高校時代。まだ普通の女子らしい喋り方だった頃。あの頃の私はけっこう気が弱くて、あの頃の私は本当になにも出来なかった。なにも出来ない分、周りに助けを求めていた。でも、気が弱い分、誰かに嫌われるのを恐れて特定の人にしか助けを求められなかった。
それが、ふゆき。
私は運動が苦手だ。それは今も昔も変わらない。体育の授業は嫌いだったし、体育祭の前日には雨が降るように祈ったりもした。
私は個人種目の方が好きだった。活躍出来なくても『あの子は運動ダメだから』で許してもらえるから。
高校二年の体育祭。私は二人三脚に出場する事になった。相方はふゆきだ。
『大丈夫。私がひかるに合せるから』
そう言って励まされたのは覚えている。それにどう答えたかは覚えていない。恐らく自信無さげな言葉を返したんだと思う。
本番、私達は三位でゴールインした。私は嬉しかった。運動関係のイベントで入賞したのは産まれて初めてだった。その喜びで浮かれすぎたんだろう。直後、私達は派手に転んだ。私は無傷だったけど、ふゆきは足首を捻挫し、残りの種目は欠場。
本当は、私がケガをするはずだった。そうならなかったのは、転ぶ直前でふゆきが庇ってくれたおかげ。
私はふゆきに謝った。土下座してもいいと思った。でも、ふゆきは――
『いいのよ。それに、二人で走るのも楽しかったでしょう?』
と、言ってくれた。私は、嬉しさと申し訳なさで大泣きした。
夕方、私達は宿へと向かった。荷物はすでに郵送されているはず。今回もかなり高級な旅館を選んでみた。お代は殆ど私持ちだから、ひかるに負担が掛かることはない。
初めて二人で旅行に行った時、高級旅館を前にしたひかるの唖然とした表情。旅館の前に立つといつも思い出してしまう。
「なにしてるんだ? 早く部屋に行くぞ」
始めの数回の旅行ではそういう顔を見れたんだけど、それ以降はひかるも慣れたみたいで気にせず部屋に向かうようになった。
「ちょっとまってて。鍵を受け取ってくるから」
フロントで鍵を貰い、ひかるの後を追う。ひかるの後ろ姿は、最初の旅行の時からは想像も出来ない程、堂々としていた。
「温泉に入る時間はずらさないか?」
部屋に着いて、第一声がそれだった。
「お前と二人で行くと、周りから普段以上に歳を低く見られる」
「大丈夫。親戚の子供以下には見られないと思うわ」
以前の旅行で、見知らぬおばさんにそう間違われたことがあった。
「う、うるさい! 思い出させるな!」
「ふふふ。一緒でいいじゃない。そんなに気にすること?」
「ふん、気にすることだ」
今では殆ど無いけど、ひかるは見た目のこともあって、人から可愛がられることが多かった。
高校時代はそれ程でもなかったけど、大学時代、ひかるの性格が少し明るくなってからはみんながひかるを可愛がっていた。ひかる自身、表には出さなかったけど満更でもなかったみたい。今は嫌がるけど。
あの頃のひかるは高校の時より、積極的になっていた。苦手な事にも挑戦するようになったし、自分に自信を持つようになっていた。
その代わりに、私に助けを求めることは殆どなくなった。昔はなにかに行き詰ると私に助けを求めてきたけど、あの頃のひかるは、すべてを一人でやろうとしていた。
そんなひかるが心配だったのだと思う。私は、講義が終わると毎日のようにひかるの所に行った。しかし、そんな心配は要らなかった。ひかるの周りはいつも賑やかで、明るかった。ひかるの一生懸命さが周りの人々を惹きつけたのだと思う。周りからは努力家と言われていた。
みんなに可愛がられている中で、当のひかるはムスッとした顔で居る。それが日常だった。
そう言えば、どうしてひかるは言葉遣いを変えたのだろう? 大学を卒業してから急にだったのは覚えている。
理由は今まで聞いたことなかったけど、いい機会だし、後で聞いてみようと思う。
温泉から出て、私達は部屋へと戻った。夕食は外で済ませていたから、後は寝るだけ。
「ねぇ、さっき昔の事を思い出してて思ったんだけど……」
「なんだ?」
「どうして今の言葉遣いに変えたの?」
唐突になにを聞いてくるかと思ったらそれか。
「自分を変えたかっただけだよ。強くなりたかった。誰にも心配されないくらい。特に、ふゆき。お前に心配されないくらいにな」
「わたしに?」
「わかってるんだから。高校の時、他の友達に付き合い悪いって言われながら私と一緒に居たのも、大学の時、わたしと一緒に居てくれる為に言い寄ってきた男を振ってたのも。全部知ってるよ」
そんなことしてなかったら、今頃いい旦那を連れて旅行に行けただろうに。損な奴。
「感謝してるんだから」
おかげでここまでやってこれた。
「そうだったの……」
「まぁ、心配しなくなっても、性格が合うせいかな。ずっと一緒にいるから結局お互いに男は寄り付かないみたいだけどね」
このままじゃ一生独身もあるかも。少なくとも私は。
「それじゃあ、いっそのこと、ヨーロッパの方にでも移住してみる? 向こうには、同性結婚を認めてる国もあるそうよ」
「……それ、本気で言ってる?」
「それなりに」
「……ま、まぁ、まだお互いにチャンスもあるだろうし、それは最終手段ってことで。今日は寝よ」
「そうね」
ふゆきの家の財力なら、二人くらいヨーロッパに移すくらい楽勝だろうからなぁ。いざとなったら、本当にやりそうだ。
「これからは、旅行の時だけ。この喋り方にすることにしようと思うの」
「私は賛成よ。そっちの方が話しやすいし。でも、どうして?」
「内緒よ」
「ふぅん……」
こっちの喋り方も慣れておかないと、いざ男を捕まえた時に苦労しそうだしね。
そう思いながら、まぶたを閉じた時に浮かんだのは、ふゆきとの新婚生活だった。
……満更でもないかな
最終更新:2007年11月18日 23:39