外国には、眠っている間に魂が抜け出してしまうという迷信が存在するらしい。
空になった肉体には死者の魂が入り込み、入れ替わってしまうというのだ。
はじめて本で読んだときは、どうしてそんな事を空想したのだろうと不思議に思った。
だけど今、私は幽霊のようになっていて、住人のいなくなった柊かがみの身体には別の人間が入っていた。
「それじゃあ、本当におかあさんなの?」
「ええ。そうよ。自分でも未だに信じられないのだけれど……」
私は自分の容姿を他人の視点として見る事に違和感を覚えながら、自分の声で話す人間を見る。
泉かなた。こなたの母親で、こなたが子供の頃に死んでしまった存在。
それが私の身体を使って泉家にやってきて、学校に行こうとしていたこなたに会った。
混乱を避けるためにゆたかちゃんは一人で登校をしてもらい、今はようやくこなたに説明を終えたところだ。
「ちょっとお父さんを起こしてくるよ。早く知らせてあげたいし」
「待って。疲れているのだから寝かせておいてあげて。それよりも今からでも学校に行きましょうか」
『えっ、かなたさん。本気ですか?』
「もちろん。あまり簡単に学校を休んで、それが癖になるといけないでしょう?」
かなたさんが返事をすることで、こなたは私がいる場所を見つけて顔を向けた。
私の姿や声は、入れ替わっているかなたさんにしか認識できないらしい。
「かがみはどう思う?」
『そうねえ。こんな時くらいは休むべきだと思うけれど……』
「こなた……かがみさんも行くべきだって。ほら、そのために着替えてきたんだから」
『って、どうして嘘をつくんですか』
私はかなたさんに必要な情報を与えすぎたことを後悔した。
制服の仕舞われている場所くらいは自力で見つけることができたかもしれないが、自宅への道までは別だ。
私の家からこなたの家まで、どうやって行けばよいのか彼女だけではわからなかっただろう。
二人が学校に行ってしまうことを諦めた私は、せめてトラブルを起こさないように監視をする事にした。
学校のことを知らないかなたさんのフォローをするために、私は常に彼女の隣を歩く。
身体は同じでも内面の性格の差が出ているのか、その顔からは普段の自分よりも優しさを感じた。
つかさ達への説明はこなたに任せ、私達は二時間目の授業が終わったばかりの教室に入った。
『あ、さっき説明した友達二人です。こっちが日下部で、こっちが峰岸』
「おはよう。日下部、峰岸」
「おはよう柊ちゃん」
「おっす。今日の柊は何だかいつもより綺麗だな」
「ふふ、ありがとう」
かなたさんの言葉に一瞬で場の空気が固まった。
たぶん日下部は、私への違和感を冗談として言ったのだと思う。
かなたさんは助けを求めるようにちらちらと視線を動かしたが、私は何も言えなかった。
事前に私の言葉遣いは教えていたものの、素直な反応ができないパターンを説明するというのは恥ずかしい。
そんな理由で後回しにしていたリアクションが、まさかすぐに必要になるとは予想もしていなかったのだ。
「あ、あの。遅刻なんて珍しいね。何かあったの?」
「うん。ちょっと急用ができて」
話を逸らそうとする峰岸に対して、『ありがとう』と、聞こえない声で私は言った。
最終更新:2007年10月18日 18:41