「stare」ID:C3ii3Gz30氏

目の前には朝日を受けて鈍い光を放つ鉄製の靴箱。
時は始業15分前。急ぎ足でかけてく人もいない、平和な登校時間帯。まばらな人影の中で靴箱を開けたまま立ちつくす少女がいた。

その手には封筒。少し洒落た星などの模様が入った、よく女の子が使いそうな封筒だ。
だが封筒のイメージとは打って変わって、表面には明朝体のお手本の様な文字で「柊先輩へ。」とだけ記されている。
そう、明らかに男の字。

「これって・・・」

おもむろに中身を確認する。手紙だ。
二つ折りにして正しく入れられていたそれを広げる。
手紙には、こう書かれていた。


【柊先輩へ。
 いきなり靴箱に手紙なんて入れてしまってすいません。
 突然こんな手紙が入っていて驚かれているかもしれませんが、どうかお許しください。
 
 僕、貴方のことが好きです。
 まともに話したこともありませんが、貴方をずっと好きでした。
 ちゃんと会って気持ちを伝えたいので、文化祭が終わったあと、夕方5時半頃に体育館の裏に来てください。
 お待ちしています。】



愛。
口にするのもはばかられる、文にするのも幾分の‥‥むしろ十分な恥ずかしさを伴う文。
恋文。ラブレター。言い方は何通りかあるものの、その本質はただ一つ。

溢れる愛を、胸中の相手へと伝えること。
・・・つまり、自分のことを好きだと言ってくれている男の子がいるということ。



朝の訪れを祝福するかのような、小鳥のさえずりが聞こえる。
沈黙。魂が抜けたみたいに呆然とする少女。

突然、目をぱっと見開いた。
この状況の意味を理解した途端、身体がいきなりポカポカと熱を帯びてゆく。
次に風邪を引いて熱でも出したかのように頬が朱に染まって。

急激に低下する思考回路をなんとか保ちながら、ひとまず状況を整理することにした。

文面から察するに、ある程度の常識は心得ている人物のように思える。
加えて最初の一文。『柊先輩へ』ということは、相手は年下の男子だろう。一年生か二年生かまでは予測できないものの、敬語で書かれていることからもそれは十分に読み取れる。
そして今日の日付。いつも的確な指摘をするしっかり者の彼女も、しばらくトリップしていた状態から正常に脳の機能を使いこなすことは難しいらしく、
「何日だったっけ?何日だったっけ??」と数十秒慌てふためきながら考え込んだ挙句、わざわざ携帯電話を開いて日付を確かめる始末。


淡い光が指し示す携帯電話のスケジュール帳。
今日は文化祭の二日前。そして、明後日が文化祭当日。

「ってゆーか、あ、ぁ、明後日っ?!ちょ、えぇえ・・・?」

先程の沈黙から一転、オーバーリアクションのオンパレードを繰り広げる少女。
おたおたと顔を左右するごとにツインテールの髪の毛がうねる。
赤面したり、冷や汗をかいたり、錯乱のあまりうっすらと涙を浮かべてみたり、カツカツカツカツと靴箱の前をぐるぐる歩き回っていたり。
傍から見れば間違いなく不審人物の部類に見られるだろう。

くすり、と小さく微笑む影が一つ、遠くからその場を見つめていたことになど気づくはずも無かった。


「‥‥かがみん、そんなに慌ててどったの?」
「うぁぅあぁこなたあぁッ?!」

前触れも無く、聞きなれた声がした。回れ右をすると、とっさに封筒を持った手を後ろへやる。
すぐ側で約一分ほど見つめていたにもかかわらず、何の反応もないかがみに痺れを切らせた親友、こなただった。
こんな彼女はそうそう見られない。いつもしっかり者で鋭い彼女が、側で見つめていても何かにとり憑かれたように無反応な姿など。
そう思ってしばらくずーっと見続けていたのだが、幾ら待とうとも気づいてくれず。

「ねぇ、何を隠したのかなーかっがみんやー?」
「ううぅ、うるさい!!何でもないわよ!人のプライバシーに手を出すなッ!!」
「‥‥『何でもない』って言っておきながら『プライバシーに手を出すな』って‥‥それ明らかに何かあるじゃん。言ってること矛盾しすぎだよかがみん」
「ぐっ・・・こなたに突っ込まれるとは末代までの恥っ・・・!!」

こなた、と呼ばれる小さな背丈、青髪に一つぴょこんと飛び出した髪の毛をもつ少女は、普段のかがみのお株を奪うようなツッコミを放つと、ふわあぁ、とあくびを一つ。
調子のいい時の彼女ならこのまま「えーぃ、隠さずに見せんかー!」などと吠えながら襲い掛かり、そのままかがみの手にある手紙を強引に奪い取っていたとこだろう。
しかし朝のこなたは基本的にローテンションだ。先ほどのしっかりとしたツッコミもその副産物だと言える。

手馴れた動作で靴を履き替えて踵を返すと、

「まぁいいや、んじゃねーかがみん」

と言ってそのまま立ち去ってしまった。
未だに赤面したままのかがみにとってはまさに“九死に一生を得た”というところ。

どす。
途端に安堵の気持ちが溢れてくる。そのままふらふらっ、と靴箱へと体重を預けた。
気が抜けたのか、思わず倒れてしまいそうになる。
ふうっ、とため息を付きながら、改めてこの事実を噛み締めて呟いた。

「私、男子にラブレターもらっちゃったんだ・・・」

うつろな目を低い天井に向ける。
文化祭を明後日に控えたというこのタイミングで。まさか自分が。
宙を漂うような感覚がかがみを襲う。歩みの一つ一つがとてつもなく重い。足が鉛になったかのようだった。

これから私は何をされるのか。
そもそも相手の男の子のことなんて何も知らない。
でも手紙の内容からして、明後日会った時に言われることなんて決まっている。
その時私はどうすればいいのか。
年上として‥‥違う。女として、きっちりと相手の男の子の気持ちに応えることが出来るのか。
もし付き合うことになったら、私はどうすればいいんだろう。

タダでさえパンク寸前な思考回路がますますぶっ壊れていく。それでも何とか倒れまいと足を踏み出して、やっとのことでかがみは教室の前までたどり着いた。
カバンの中を確かめる。自分の性格を現すような、きっちりと整理されたカバン。あの手紙は内ポケットの中に入っている。
これなら万が一カバンの中を探られるようなことがあっても、そうそう見つからないはず。大丈夫。

誰かに悟られてはいけない。いつも通り、いつも通り。


心の中で呟いてから、教室のドアを開けた。
HRの始まる直前。喧騒の漂う教室で、自分の名を呼ぶ声が二つ。

「お早う、柊ちゃん!」
「おっす!柊ぃ♪」
「ぁ・・・お、おはよ!」

相変わらず仲良しな二人、日下部みさおと峰岸あやの。
おぼろげな返事を返すと、途端に片方がかがみに近づいて肩を掴む。毎日運動を欠かさない彼女の力は強く、されるがままにぐいっと引き寄せられてしまった。

「柊ぃ、どうしたんだ?顔赤いぞ?熱でもあんのかぁ?」
「あら、本当‥‥大丈夫?柊ちゃん」

そう言って引っ付いたまま、かがみのおでこに手をやるみさお。
何というか‥‥強がりなのに顔に出やすい、というのは本人にしてみれば損以外の何者でもないわけで。
他人からすればそこがまた可愛らしいのだが、まだ高校三年生というかがみがそれを上手く利用しコントロールするのはもう少し時間を必要とするようだ。

「へっ、そ、そんなことないわひょ?ちょっと急いできたから疲れただけで‥‥」
「まだ授業始まるまで10分もあるのに急いできたのか?」
「ぐっ・・・」

言い訳失敗。
これではますます怪しまれるばかりだ。

「まさか柊‥‥朝っぱらから愛の告白でも受けたのかっ?」
「そそそそそっ!そんなわけないでしょっ!!!」
「───なーんて‥‥ぇ、もしかしてマジなのか?!」

あぁ、今の私は誰よりもKYなんだろうなぁ。
かがみの心の片隅でそんな言葉がよぎる。
まさかこいつの冗談すら見抜けず本気で慌ててしまうなんて、KYにも程がある、と。

ちなみにKYとは「空気を読めない奴」という意味だ。今のかがみにそれを要求するのは難しいのかもしれないが。

「柊ちゃん、誰から告白されたの?」
「ちょ、峰岸までこいつのくっだらない冗談を信じるなっ!!」

教室が静まり返る位大きな声で叫ぶ。
沈黙の刻(とき)。みさおとあやのはゆっくりと顔を見合わせた。

「‥‥でも、なぁ」
「今のは冗談、って感じの反応じゃなかったよね、みさちゃん‥‥」
「ちょ、ちょっとビックリしただけよ、うん」

二人の目線がかがみへと向けられる。
ちりちりと焼け付きそうな視線。やがて二人の口元がにやりと厭らしい笑みの形を作った。

「くっ・・・」

歯をくいしばる。
こんな時に限って鋭い勘を発揮するみさおは、未だにニヤニヤとした顔をこらえることが出来ないみたいだ。かがみが慌てすぎただけ、というのもあるのかもしれないが。
やがて始まる授業。ホームルームを告げる鐘がかがみを救う。
しかしニヤニヤとした、二人の痛い視線が止むことはなかった。









「‥‥ふう」

やっと終わった。
昼休み。約二名からの視線から唯一逃れられる時間帯だ。

「なぁ柊ぃ、一緒に飯食お」
「ごめん私先約があるからじゃあまた~」

何か聞こえが気がしたけれども最後まで聞いてやる気はしない。今のかがみにとってそれは、虫の鳴き声ほどに些細なことだ。
どうせ根掘り葉掘りほじくり返されて食われてしまうに違いない。
一方で誘った方のみさおはニヤニヤとしたままの顔だが、その瞳には憂いの色。

「(大体アイツ、最近元気なかったんじゃなかったのかよ・・・私の話聞いた途端に元気になりやがって、あぁムカつく!)」

他人の不幸は蜜の味、とはよく言ったもので。


「おーっす!」
「ぁ、お姉ちゃん!」
「いらっしゃいかーがみ♪」
「かがみさん・・・こちらへどうぞ」

元から開いていたドアをくぐった。
自分の教室ではない、という違和感も、三人の声によってすぐに緩和される。
笑顔。来客を見計らってわざわざ椅子を借りてきてくれたみゆきが、これでもかという笑顔で出迎えてくれた。

「ありがと、みゆき」
「いえいえ」

ふと、向かいに座っているこなたがじっ、と見つめていることに気が付いた。
しまった、こいつも日下部と同類だった。そう思って視線をそらそうとした刹那。

「ねぇ、かがみ」
「な・・・何よこなた」
「かがみさ、何しに来たの?」

意味深な質問。
深緑のジト目がかがみの顔を捉えて離さない。今日の彼女は厄日なのだろうか。
朝のみさお達に引けを取らないほどの視線に警戒を強めていると、ふっと相手の顔が柔らかくほどけていくのが見えた。

「んじゃここでかがみに質問です。貴方は今から何をするつもりですか?」
「ぇ、もちろんお弁当を食べるつもりだけど‥‥」
「質問そのニ。そのお弁当はどこで食べるつもりですか?」
「そのためにここまで来たんでしょーが。アンタ、まさか私となんて食べたくないとか言い出すつもりじゃ‥‥」

昼までに必死に虚勢を張って、もはや疑心暗鬼の類に陥っている今のかがみはそう簡単に人を信じ込むことが出来ない。
未だに疑り深くこなたの顔を見つめる。

「んじゃ質問三。そのお弁当はどこにありますか?」
「‥‥あっ」

両手を開く。
その手には何も握られていなかった。では机の上はどうか。
つかさの可愛らしいナプキンに包まれたお弁当、みゆきの高価そうな弁当袋に入っているお弁当、そしてこなたのミニマムサイズな弁当箱と、チョココロネ。

教室に忘れてきた。

「ってゆーかアンタはいちいち回りくどいのよっ!!そうならそうと先に言えーっ!!」
「いやぁ、だってそれじゃつまんないじゃん。今日のかがみんは珍しくボケボケだしね」
「アンタね・・・ボケはつかさだけで十分だって」
「ゆきちゃんかよー!」

会話の流れが止まる。
呼ばれた名前の主は答えなかった。代わりに立ち上がって他の3人に告げる。

「‥‥私、少し用事を思い出したのでちょっと出かけてきますね」
「ぁ、うん」
「では」

軽い返事と同時にたったったっ、と軽快な音が聞こえる。
駆け足。どうやら小走りで行ってしまったらしい。

「怒っちゃったのかな・・・冗談だったのに」
「つかさの冗談は冗談と思えないんだよ‥‥アタシも少しびっくりしたもん」
「まぁ怒ってるとは思えないけど、今の会話で何か急用でも思い出したんじゃない?」

誰もいない教室の入り口を見つめて、かがみは思いを巡らせる。
文化祭まで、あと2日。それまで何とか心に整理をつけないと。









第十六回 桜陵学園 桜藤祭。
パティの企画したチアリーディングも滞りなく成功を収め、後の各行事も大盛況のうちに終了を迎えた。


「ふぅ、この位でいいかな」

かがみのクラスの出し物はお化け屋敷。他の出し物と比較してもセッティング等に人一倍気を使わなければいけない為、自然と作り物や飾り物が増えていく。
それに比例して、片付ける物や掃除の量なども増えていって。

周りを見渡す。既に人はもう数える位しか残っていなかった。
黒いカーテンを外して久々の日光を浴びる教室内。その光はオレンジで、もう日没までそう遠くないことを教えてくれる。
後は明日の作業だ。
クラスメイトに帰宅することを告げて、別れの手を振った。

相手を待たせる、ということはかがみにとってあまり気持ちのいいものではない。何故なら、自分も待たされるのは好きではないから。
増してやこんな風に、自分を愛しく思ってくれている男性を待たせるわけにはいかない。

駆け足のままでカバンを漁ると内ポケットに手を入れて例の手紙を取り出した。
時刻を確認。うん、ちゃんと書いてあるとおりだ。


いざ、決戦の舞台へと。










体育館。
長方形の形をもつそれは、それぞれ例外なく約90度の曲がり角をもつ。
かつて彼女の中に、一つ曲がり角を曲がるだけでこれほどにまで胸を高鳴らせる経験があっただろうか。

答えは否。
今、かがみはこれから生きていく上でも一生忘れられぬであろう経験をしようとしている。


この二日間の間に、どうにか心の整理を付けることは出来た。
とりあえず、相手が本気で自分のことを思ってくれているのか。それを見てみよう。
次に相手ときちんと話をして、付き合えそうならば付き合ってみるのもいいかもしれない、と思った。私だってもう十八。人生は長いのだから、と。

結論が己の中で出なければとりあえず友達として。折角自分を好いてくれているのだから、話していればやがては好きになることもあるかもしれない。


どちらにせよ、自分の気持ちに嘘はつかない。後悔しないように。
それだけを考えて気持ちを落ち着かせようとする。
曲がり角を目の前にして深呼吸を一つ。後一歩踏み出せば、体育館裏へとたどり着く。

いざ行かん。
かがみは足を踏み出した。





風。
角を曲がったため遮っていたものが無くなって、建物によって閉ざされていた夕日が、遮られていた風が一気に舞い踊る。
思わず決意に満ちた顔を伏せる。夕日が眩しい。

やがて目に写る、小さな一つの影。
それは待ち人に他ならない。
どきん。音が聞こえそうなくらいに大きく胸が鳴る。
律動。
一歩、また一歩。
歩を進めていくうちにずんずんと足が重くなる。
あぁ、この男の子が、私を。


胸の鼓動、震える指先。
やっと相手の顔が見えた。少し幼いものの、自分より高い背丈を持っている。
そうだ、最初にお礼を言わなきゃ。

「て、手紙、ありがとうっ‥‥」
「ぇ‥‥」

意識しなくてもわかってしまう自分の状態。
指だけじゃない。身体中が震えている。そして今出した声も。

「えっと、柊さん・・・?」
「はい、柊ですけど・・・」

向こうも緊張を隠せないようだ。初めて面と向かって喋ったためなのか、きょとんとした顔をしている。
さてどうしようか。かがみが何を話せばいいか考えている───と。

「ほ、本当、ですか?」
「だから、私が柊かが───!」

次の瞬間、

「あの、ごめんなさい‥‥あれ、でもあの人は柊さんの───ぇ?」
「ど、どうしたのよ?!大丈夫?」

彼は、

「貴方、じゃない、です。柊さん、ごめんなさい」
「‥‥は?どういう、意味‥‥?」

「つまり、その‥‥ひ、人違いなんです。すいません‥‥」


とんでもないことをのたまうのだった。










「どういう、こと‥‥」
「えっと、僕も、何が何だか‥‥ぇ、でもあの人は‥‥」

人違い。まさか。
思い返してみる。しょせん靴箱なんて誰のも一緒の形をしていて、そこに初めての人間がたった一人を探し出して手紙を入れるなんて難しいことに違いない。

「ぇ、でも」

夕日に染まってオレンジ色をしている封筒を見直す。
見間違いじゃない。「柊さんへ。」と銘打たれているのがはっきりと見えた。

柊。それは自分の固有名詞だ。
自分と同じ苗字の人間がいれば、例えクラスが違えど三年も同じ学校にいれば気付くだろうし、印象に残ってそう簡単に忘れはしないだろう。
とすれば、やっぱり自分以外の何者でもない、はず。

もう少し事情を詳しく尋ねてみようと思った、その時。


「お姉ちゃーん、私に何か用事?」

もう一人の『柊』が、ひょっこりと姿を見せた。

「つかさ?」
「柊さんっ・・・!!」

現れたつかさの姿を見た彼のボルテージが一気に上がる。
今まで向き合っていたにもかかわらず、やすやすと身をつかさの方へと翻した男の子を見てかがみも気付く。

「柊って、まさか‥‥!」

かがみはすっかり忘れてしまっていた。姓も誕生日も血液型も一緒な双子の妹、つかさの存在を。
おそらく、この男子は私じゃない、もう一人の『柊』・・・つまり、つかさの方を───

「ってゆーか、アンタ何でここに・・・」
「え、えぇ?私はゆきちゃんに「お姉ちゃんが体育館裏で待ってる」って言われたから来たんだけど・・・」

ゆきちゃん。つまりみゆきのことだ。
その場の張り詰めた空気を感じたつかさはしどろもどろになりながらも、自分をここへと招いた存在の名を口にした。
おかしい。何もかもがおかしい。みゆきに用事を頼んだ覚えはないし、つかさをここに呼び出しといてくれ、と頼んだ覚えも無い。

とすれば。


夕日の見える方向‥‥男の子の後ろにつかさ、そしてその後ろには曲がり角がある。かがみが来た方と逆の曲がり角だ。
そこから、一つの影が現れた。
風にたなびくウェーブの長髪。眼鏡に手を当てたシャドウ。

「みゆきっ?!」

返答はなかった。しかし毎日会っていて判別できないわけが無い。
間違いなくみゆき本人だ。

影がどんどん近づいてくる。それに伴って、やっぱりみゆきだ、という確信が強くなる。
自分と男の子、そして突如現れたつかさに、意味ありげに登場してきたみゆき。
もう何が何だかわかんなくなってきた。ただでさえ『告白』という、それだけで一杯一杯のイベントなのに、そこから人違いが発覚し、さらに何故かこのタイミングで妹のつかさが登場。
そのつかさはみゆきに呼び出されたと話す。一体みゆきが何を知っているのか。
挙句の果てにはつかさを呼びつけた張本人であるみゆきまでが姿を見せる始末。

一体何がどうなっているのか。かがみは頭を抱える。
しかし事態はこれだけでは収まらなかった。

「峰岸さん、日下部さん、見ていらっしゃるんですよね?そろそろ出て来られてはいかがですか?」

珍しく大きな声で発言するみゆき。おもわずぎょっとする男の子、つかさ、そしてかがみ。
だが言葉の内容は、その驚きを覆い隠すほどの更なる驚愕だった。



「ふふ、やっぱり高良ちゃんにはかなわないなぁ」

声。
優しく耳に残るフルートのような、それでいて張り詰めた声だ。
その声には聞き覚えがある。そしてみゆきが叫んだ名前。

「峰岸‥‥?」
「ごめんね、柊ちゃん」

今度はかがみの背後から。
あやの、続いてみさおが姿を露にした。

「峰岸、さん‥‥」

男の子が名前を呼ぶ。単にあやのの知り合いだったのか、それとも───

「峰岸、これはどういうことなの?説明してくれるわよね?」

追求しようとして、一旦食い止めた。
そこはこの際どうでもいい。話を聞けばあやのと男の子の関係も分かること。

どちらにせよ、真実を明らかにしなければ、と。










「たぶん、始まりはね‥‥私があの男の子に声を掛けたことからだと思うの」

一歩前へ。
目じりを下げた、切なげな表情が窺える。

「昼休みに食堂に行った帰り道、この男の子が影からじーっと何かを見つめてて、何を見てるのかな、って思ったら、柊ちゃんたち四人を見てて。
気になったから声を掛けてみたの。あと『あんまり他人をじーっと見るもんじゃないよ』って注意して。
そしたら色々話を聞いてる内に、あのショートカットのリボンをした子が好きなんだって話になってね」

「ショートカットでリボン・・・へ、わ・・・私?」
「やっぱりか・・・」

初めて知る事実に、つかさは驚きを隠せない。
かがみはというと、自分の中の憶測が確実なものだと分かったことで少し強気な自分を取り戻す。

でも問題はそこじゃない。
今の状況。明らかに自分と男の子を背後で操っている人物がいるということ。
そしてその人物の目的は何なのか。

「嘘や冗談、って目じゃなかったから、私も『手助けしてあげる』って。でも‥‥」

話を積極的に繰り出す人物がいることからしても、黒幕の存在はもはや明らかである。
峰岸あやの。普段大人しそうに笑ってる彼女が一体どこまでこの騒動に関わって、どこまで男の子に手を加えたのか。

「教室に帰って、まだ元気の無いみさちゃんを見てたら別の考えが浮かんできて・・・」

よく見れば、普段元気を振りまいているみさおが、まるで花がしおれたかのように俯いて申し訳なさそうな顔で沈黙を守っている。
あやのはそんな彼女を一瞥してから話を再会した。

「最近、みさちゃん元気なかったでしょ?だから、柊ちゃんにちょっと悪戯しちゃおうかな・・・って。みさちゃんそういう悪戯好きだし絶対乗ってくれると思ったから。それで元気が出るのならーって‥‥」

つまりはこういうことだ。
協力するという名目を利用して、とりあえず接点を作る意味も含め告白してみてはどうだろうかと提案。
了承した男の子はあやのの便箋を借りて手紙を書き、手紙を放り込む際にかがみの方の靴箱を指定。
「まさか柊‥‥朝っぱらから愛の告白でも受けたのかっ?」と発言したみさおだが、その時には既にかがみが受け取っている手紙のことも、それがあやのの差し金だということも知っていたのだ。


かがみはぎり、と歯を食いしばった。
あやのがみさおを大切にしたい気持ちは分かる。二人はいつも一緒で、それこそ一生の友達なんじゃないかって羨ましくなったことすらあるのだから。

でも。

「それは・・・それは身勝手なんじゃないの?!私を騙して、男の子を騙して、つかさまで‥‥!!
そりゃ日下部が最近元気なかったのは知ってるわよ!私だって心配だったし!!でも、でもこんな風に、皆に迷惑かけてまで元気になってもらおうなんて絶対間違ってる!!!」

握られてる手紙がぐしゃっ、と潰れる音がした。
騙されたことが悔しいのか、それとも信頼している友達がこんなに沢山の人たちに迷惑をかけてしまったことが悲しいのか。
何故か溢れてきそうになる涙。重たい沈黙が支配を広げてゆく。

「‥‥ねぇ、柊ちゃん。なんでみさちゃんが元気なかったのか・・・分かる?」
「‥‥分かるわけないでしょ」

涙をこらえて呟く。
吹き続けていた風がピタリと凪いだ。

「柊ちゃん、最近ちっともみさちゃんや私と遊んでくれなかったでしょ。いっつも決まったみたいに隣のクラス、隣のクラス、って。
みさちゃんあんな性格だけど、一度思いつめたら本当にそれしか考えないまっすぐな子だから・・・私と何話しても「私、柊に嫌われてるのかな、やっぱりウザかったのかな」、って、本当にそればっかりで・・・」

話しているあやのの目は、哀愁に満ち満ちていた。

まさか。
みさおを見る。
その目はまるで穴があったら入りたい、逃げ出せるものなら逃げ出したいというように必死に目があわないよう、左下を向いていた。

「もちろんここでちゃんと種明かしをして、柊ちゃんに話をして、男の子にも謝ってから改めて協力してあげるつもりだったの。
妹ちゃんのお姉さんの柊ちゃんもいた方が、もっと手伝えることも増えるんじゃないかなって思ったし。でも‥‥」

俯きがちに話していたあやのの顔が上がった。
その目はまっすぐ、眼鏡をかけたピンクの髪の女性へと向く。

「まさか妹ちゃんと高良ちゃんが来るとは思わなかった」
「すいません」

動じずににこっと笑みを放ったのは、視線を向けられたみゆきだ。




「彼は、私の近所に住む幼なじみなんです」

男の子の肩をぽん、と叩く。
そして顔を見合わせて、にこ、とまたしても笑みを放った。

「たまに勉強を教えて差しあげたりしているのですが、その時にふと話を聞いたんです。『峰岸さんという方が協力してくれる』って。楽しそうに話してましたよね」

そう言って、変わらぬ微笑みを男の子へ向ける。
美人なお姉さんからの優しい微笑みに、当然彼の方は照れ臭さを隠しきれない。

「前々から彼がつかささんに好意を抱いているという話はしていましたし、味方になってくれる人がいてよかったと最初は思っていたんです。
でも話を聞いているうちにどうも食い違いのようなものが生じてきまして・・・例えば峰岸さんとつかささんは違うクラスなのに、『峰岸さんが「私も同じクラスだから」、って言ってた』などと言われたりとか・・・」

見方によっては完璧に騙された、という形であるにもかかわらず、男の子は未だにきょとんとした顔であまり動じていないように見える。この男の子も天然の類なのだろうか。

「手紙のことは事前に彼から聞いていました。靴箱に入れるという手段のことも。
二日前、かがみさんが靴箱で慌ててる姿をじっと見ておられた峰岸さんの姿を見て、やっぱり何か変だと思ったんです。されてることが矛盾だらけでこれは絶対に何かあると思いまして‥‥
その後の昼休み、教室に来られたかがみさんの様子がおかしかったのを見て、かがみさんが手紙を受け取られたのはもう間違いないと思いました。それで、その休み時間中に峰岸さんを呼び出して───」




───

話は二日前へと遡る。
昼休み。急に何かを思い出したように駆けていくみゆき。行き着いた教室の入り口には「3-C」と書かれた札上に飾られている。
呼び出した者と呼び出された者。二つの影が階段の方へと向かっていく。
二人きりになれる場所。辿り付いた先で、みゆきは話を繰り出した。

「どうしたの、高良ちゃん?話って・・・」
「峰岸さん、正直に答えてください。あの男の子はつかささんが好きなはずです。なのにわざとかがみさんの靴箱へと手紙を入れるように指示したり・・・一体何を考えておられるのですか?」

真摯なまなざし。
ふざけているわけでも冗談でもない。本気と書いてマジと読むその瞳があやのに襲い掛かっている。

「‥‥そうなんだ、何でかは知らないけど、知ってるんだね・・・」
「はい、あの男の子は私の幼なじみですから。この前、勉強を教えて差し上げている時にどうも話が食い違っていたので気にはなっていたのですが、
今朝‥‥靴箱の前のかがみさんを監視している峰岸さんを目撃して確信を持ちました。
今からでも遅くありません。そのタチの悪い悪戯を止めていただけませんか?」

しかしあやのの方も、冗談でこんなタチの悪いことをする人間じゃない。
大好きな人のため、コレをきっかけに何かが変わるのならと思って始めたことだ。

「そうだよね・・・。
でもごめん、高良ちゃん。私、みさちゃんが大好きだから、これで少しでもみさちゃんがスッキリして、皆が打ち解けられるきっかけになれば、って思うの。
勿論男の子のことはあとで謝って、今度こそ本当にちゃんと相談に乗ってあげるつもりだから‥‥」

本気に立ち向かうには自分も本気で話す他ない。
彼女は感が鋭そうだし、下手に隠し事をすれば自分の信念すら曲げてしまうことになりかねないのだから。

あやのの真剣な表情に、これは何かのおふざけでやっていることでは決して無いと感じるみゆき。何か深い理由があるのだ。
それならば。
敢えて深くは尋ねずに、一歩足を後ろへ引く。

「・・・分かりました。でも私にとって、あの男の子もつかささんも、勿論かがみさんも大切なお友達ですから・・・」

───




「‥‥最後の言葉が気になってはいたんだけど、まさかこんな形で行動に移されるとはちょっと思わなかったな」
「私も皆さんが大好きですから。では自分は何をすればいいかと考えた時・・・どうせなら皆さんで何もかも打ち明けて、一気に解決してしまう場を設けた方が早いと思ったもので」

またまたニコリと微笑むみゆき。

「まぁ、事情はなんとなくわかった。けど・・・」
「柊っ!!!」

ざりっ、と踏み出した音。
目に涙を浮かべたみさおがいた。

「正直に言ってくれよな!柊は、柊は私のこと嫌いなのかっ??!」

もし「嫌いだ」と返されればどんな顔になるのだろう。
切なさと、葛藤と、そして・・・寂しさ。
いつものみさおじゃない。真剣な思いが、かがみの胸を容赦なく打った。

「あのね!私は嫌いだなんてこれっぽっちも思ってないし、言ってもないわよ!そりゃ、最近付き合い悪かったのは‥‥悪かったと思うけどさ・・・」

普段あんなに元気な奴が、自分のことでここまで思いつめてたのに、気づいてやれなかったのか。
今までの自分を振り返る。そういえば最近のあいつの目が、何だか憂いを帯びていた気がする。

・・・サインはあったんだ。なのに、なのに自分は傷ついていく友達に気づくことも出来ず・・・

「柊ぃ~っ!!!」

駆ける音。みさおの影がどんどんかがみの影へと近づいてゆく。

「ちょっ、痛いわよコラっ!」
「柊ぃっ、ひいらぎぃいぃっ・・・!!」
「あーもぅ泣くなひっつくな離れろっ!!」

ばたん。

解き放たれたみさおの想いを、かがみは全身全霊で受け止めて‥‥
‥‥コケた。受け止めきれなかった。
夕立くらいなら吹き飛ばしてしまいそうな笑顔に、かがみは押し倒されながらも嫌悪を覚えたりはしない。
そもそも自分がこいつの気持ちに気づいてあげられなかったのだから。そんな罪悪感すらも吹き飛ばす笑顔を見て、嫌な気持ちになる道理などあるわけが無い。

「‥‥そうだよね。元々、嫌いあってたわけじゃないものね」

何故か涙が出てきそうになる。
そのために自分は頑張って、男の子を騙すようなことも、迷惑をかけるようなこともした。
心がほころぶ。久々に、本当に久しぶりに見た、彼女の満面の笑顔。「やっぱりやってよかった」とあやのに思わせる極上の笑顔。

歩みを進める。彼の前で立ち止まると、深々とお礼を一つ。

「ごめんなさい。柊ちゃんが言ったように、結果的に私のやったことは皆に迷惑をかけたし、貴方の純粋な気持ちを利用しようとする行為でした。‥‥ホント、ごめんね?」
「い、いえ・・・でも、まだダメだって決まったわけじゃないですし・・・」

あやのだって悪意でやっていたわけじゃない。
彼女なりの考えがあってやったこと。それも親友の為とあれば、例え騙されてたとしてもそうそう追求出来はしない。
しかし彼の目には、まだ強い意志が残っていた。
今日の自分の目的は、そう───


回れ右。
ちょうど真後ろに位置した彼女は、いきなり顔を向けられたことにあぅ、あぅと目を白黒させる。
何故ならこうやっていきさつを聞いている内に、彼の気持ちを知ることになってしまったのだから。

「こんな形になってしまってすいません。柊、つかささん。貴方のことが好きです。理由は、分かりません。でも貴方の笑顔をみてると落ち着くし、明日も頑張ろう、って思えるんです。
今はこんなことしか言えないですけど、とにかく好きだってことは確かなんです。付き合ってください!」

まるで、暗闇の中を手探りで進むような。
脈絡も相手の気持ちすらも眼中に無いんじゃないか。そんな告白の一文だった。
でもその言葉一つ一つが、彼の『好き』という純粋な想いのかたまりで。

「うんっと、でも・・・ごめんね。今まで知らなかった人にいきなり「好き」って言われても、私、どうしたらいいかわかんないから・・・」

あわあわと身振り手振りを忙しくさせながら、何とか言葉を搾り出す。
事実、顔も名前も知らない相手に突然「好きだ」などと言われても、そんなのにすぐOKを出すわけには行かない。
どういう人かもわからない、くじ引きのような感覚で恋人を決める程つかさは餓えているわけでもないし、解放的なわけでもない。それなりに自分のテリトリーを持っている。
だから。

「だから、今日からお友達、じゃダメ・・・?」
「はい、喜んで!」

どうしてもこういう返し方になってしまう。
でも男の子にとって、今はそれで十分だった。こうして顔見知りになって、話をする機会が増えればまた新たな彼女の魅力に気づくだろう。
そしてますます僕は、この人を好きになってしまうのだろう、と。

にこっ、と、まるでこの世の全てを融解出来てしまいそうな微笑を放つ。
影からずっとつかさのことを見てきた彼にとって、やっと自分にその笑顔を向けてくれた。それだけで天にも昇る気持ちだ。



幸せそうに微笑みあう二人。一方で、「今から文化祭の打ち上げいこっか柊!」「あーもぅいいから離れろっ!!」と押し合いへし合いのやりとりをする二人。
ハッピーエンド。危うい場面は何度もあったものの、今この場にあるのは自分が夢見たものとおなじ。やっぱりやってよかった。上手くいってよかった。
気が付けば、隣にもう一人の“黒幕”。


「‥‥でもよくこんな大胆なことする気になったね、高良ちゃん。あんな予想もしないことになって、私達が慌ててちゃんと柊ちゃんに説明できなかったら‥‥ヘタすれば私達、柊ちゃんに絶交されてたとこだよ?」

その言葉には少しの憤りが含まれていた。
いかに普段落ち着いている彼女でも、不測の事態に少なからず動揺したのだろう。
その怒気を少しでも感じたのか、みゆきは若干すまなそうにして。

「ふふ、でも何故か『何とかなる』っていう核心みたいなものが私の中にありまして・・・峰岸さんなら絶対大丈夫なんじゃないか、というような。漠然としたものなのですが。
それに人の恋路を邪魔するほどの悪戯をする度胸がおありなのですから、それ位の覚悟はあるんじゃないかと思いまして・・・今思えば結構分の悪い賭けでしたね」

苦笑いをしながら、自信・・・そして相手に対する信頼を告げた。
ゆるぎなく、事実彼女が信頼したとおりになっている。
あやのが土台を作って、みゆきが完成させたような今回の狂騒劇。

勝利の言葉であり、ある意味敗北を認める今日二回目の言葉を放つ。


「・・・やっぱり高良ちゃんには、かなわないなぁ・・・」






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