ID:0O > qA2140氏:小早川ゆたかの憂鬱

それは2年生に進級したあの日、クラス替えのときの出来事でした。
「残念、別のクラスになっちゃった」
「見事に3人ともバラバラっすねー」
「ゆたか……」
みなみちゃんが私のことを心配そうな目で見てます。
そうだよね、私がこんなんじゃ、みなみちゃんも心配だよね……。
「大丈夫だよ、みなみちゃん。一人でも保健室に行けるよ。それにみんな親切にしてくれるよ」
「うん……そうだね」
あ、みなみちゃん安心してくれたみたい。良かった――。


ここが新しいクラス――がんばらなきゃ!
まずは自己紹介から……去年の二の舞にならないように今年は普通にいこうっと。
「小早川です、よろしく」
うまくいった……かな?
「小早川?ああ、あの見学ばっかりしてる……」
「あいつ自己紹介で失敗したことあんだぜー?去年同じクラスだったけど」
男の子たちのひそひそ声が聞こえます。こうやって前にいると結構聞こえてくるものですね……。
自己紹介を終えて席に戻る途中にもまだ話し声が聞こえます。
(大丈夫、すぐに仲良くできるよ)
そう自分に言い聞かせて私は着席しました。

でも、運命は残酷でした……。
「先生、何だか気分が……」
「何だまたか……しょうがないなあ。一人で保健室行けるな?」
「……はい」
最初に私が保健室に行こうとしたとき、誰も私に付き添ってはくれませんでした。
(あれ?みなみちゃんは?)
無意識のうちに周囲を見回していました。
そうだった、みなみちゃんは別のクラス――頭では分かってたはずなのに……。
こんなことを何度も繰り返していくうちに、ようやくみなみちゃんはこの場にいないという現実に慣れてきました。
そうすると今まで気づかなかったことに気づいてしまいました。
「小早川の奴、またかよー?」
「仮病じゃねえの?」
男の子たちの陰口……それに気づいたとき、私の体はほんのちょっと震えてました。
「そこ、うるさい」
先生、注意するのは授業中の私語だけなんですか……?

保健室では天原先生がいつものように暖かく迎えてくれました。
「小早川さん、今日はどうしたの?」
「何だか気分が悪くて」
「……ねえ、小早川さん。何かあったの?」
「な、何ですか?だから気分が悪いと……」
「ほんとにそれだけなの?」
「ほんとにそれだけですよお……」
私は笑顔をつくり、何でもないかのように振舞います。
だけどやっぱり、先生には分かっちゃうのかなあ。
それでも、みなみちゃんには知られないようにしなきゃ!


それからしばらく後、体育の授業がありました。
初夏の暑さも激しく、いつものように具合が悪くなってきたので、先生に頼んで見学にしてもらいました。
とても苦しかったんですけど、あれ以来保健室には行きづらく、ひたすら50分が過ぎるのをじっと待ってました。
「こういう暑いときは小早川みたいに見学したかったよなー」
教室に戻っていきなり、そんな言葉を浴びせられました。
(え?今、私が入ってきたのに合わせた……?偶然だよね?)
おかしなことに偶然だとか、わざとだとか、そういう問題じゃないのに偶然であってほしいと、そう思ってたんです。
「お前ほんとは元気なんだろ?たとえばチアダンス踊れるくらい」
容赦のない追い討ちでした。そういえばこの人――あ、去年の冬私をからかって、みなみちゃんにやりこめられた……。
その瞬間、私は反射的にみなみちゃんの方を……あれ?みなみちゃんどこ?どこなの!?
急に目の前が真っ暗になりました。

感覚が戻ってくるに従って、何だかふかふかした感触が手に――。
(あったかいなあ)
次にツンと鼻を刺激する匂いを感じて、いつの間にか目を開くと……み、みなみちゃん?
「ゆたか……良かった」
「重度の立ちくらみですね」
(天原先生……?そっか、ここ保健室なんだ)
自分が保健室にいることが分かって、窓の外を眺めると、太陽が沈もうとしてます……。
(こんなに長い間倒れてたんだ……)
呆然としているところへ、天原先生が声をかけてきました。
「小早川さん、今日はもう帰って、自宅でしっかり休むんですよ」
「はい」

帰りはみなみちゃんが付き添ってくれることになりました。
私が途中まででいいと言っても、みなみちゃんは最後まで私を送り届けると譲りません。
みなみちゃんの優しさが、今の私に一番辛いんです。それにみなみちゃんって勘が鋭いから分かっちゃうかも。
もしも私がいじめられてると分かったら、みなみちゃん悲しむもの……。それだけは絶対に嫌なんです。
「ゆたか、さっき先生が言ってたけど、ストレスが原因かもって……」
自分の音が聞こえてくるくらい激しく心臓が鳴りました。
「え?そんな覚えない……けど」
「ゆたか……」
私は友達に嘘をつきました。本当に心が痛みました。
(ごめんね、みなみちゃん!)
私は心の中で何度も繰り返しました。

重い気持ちのまま私は帰宅しました。
「あ、ゆーちゃんお帰り」
「ただいま」
「聞いたよゆーちゃん。倒れちゃったんでしょ?大丈夫なの?」
「へ、平気平気、今日はたまたまだよ」
こなたお姉ちゃんも私のことを大切にしてくれる。絶対に心配かけたくない。
「ならいいけど……みなみちゃんもわざわざありがと」
「そ、そんな……」
「じゃあ、みなみちゃん、また明日」
「うん……」

みなみちゃんが帰ると、私は自分の部屋にこもりました。
先生に安静にするように言われたのはもちろんですけど、一人になりたくて……。
一人でぼんやりしてると、ドアをノックする音が。
「ゆーちゃん、ご飯食べれる?」
(断ったらお姉ちゃん心配するだろうし……)
そう思った私は、できるだけ元気なふりをして、食べると返事しました。
食卓にはお姉ちゃんが用意してくれた料理――消化の良さそうなものが並んでました。

「あ、そーいえばそろそろコナ○の時間だね」
お姉ちゃんがテレビのスイッチを入れます。
「ゆーちゃんも見る?」
あはは、お姉ちゃんったら、いつも一緒に見てるじゃない?
いつもだったらそう言って返すところですけど、今日は事情が違います。
お姉ちゃん、明らかに私に気を使ってます。
だから私もお姉ちゃんの気持ちに応えないと……。
「うん」
番組が始まります。
「今日は黒の組織が動くんだよー」
「どきどきするねー」
いつものように取りとめのないやり取りをしてるうちに、番組の方も進んでいたようです。
『ところで兄貴、この後どうするんで?』

「うーん、ウォッカったら相変わらず兄貴、兄貴だねえ……ゆーちゃん、どうしたの!?」
「え?」
お姉ちゃんに言われて気づきました。私、箸を落としてたんです。
どうして?そういえばテレビから声が聞こえてきて――あれ?何だか気分が……この声のせい?
「ご馳走様」
「ゆーちゃん、もういいの?」
「うん……」
そう言うと私は食事を終わらせました。よく分かんないけどもうこの部屋にはいたくない……!

どうしよう、結局お姉ちゃんに心配かけちゃった……。
そう思うと涙があふれてきました。
いっそ全部話す?駄目!そんなことしたらお姉ちゃんやみなみちゃんがどんな顔するか……。
でももう学校なんか行きたくない……学校なんか……。
そうだよ、中学校のときだって……。
学校なんか……。

「ゆたか……」
私を呼ぶのは……みなみちゃん?
「ゆたか……」
みなみちゃんが手を差し出してきました。いつの間にか私は、その手を握ってました。
(あったかいなあ)
「ゆたかはもう、氷姫じゃない」
氷姫――ゆいお姉ちゃんにプレゼントした私オリジナルの童話。そういえばみなみちゃんにも話したっけ……。

あ……いつの間にか寝ちゃってたみたいです。
じゃあ今の光景は、私が見た夢だったんだ。

でも夢の中で感じた手のぬくもりは……なあんだ、そういうことだったんだ。
私の手を握ってたのは、こなたお姉ちゃんでした。
(こなたお姉ちゃんの手もあったかい)
そう思ってると私に気づいたのか、こなたお姉ちゃんも目を覚ましました。
「あ、お姉ちゃん、もしかしてお布団に入れてくれたの?」
「うん。ゆーちゃんったら布団もかけないで寝ちゃうんだもん」
「えへへー」
「それにゆーちゃんの寝顔に萌えたんで、添い寝したくなっちゃって」
「萌え?」
お姉ちゃん、おどけてるけど、こんなにも私のこと……。

「そのほら、何か辛いことがあっても、ゆーちゃんには私がいるし、ゆい姉さんも、みなみちゃんもいるから大丈夫だよ」
そうだよ、私忘れてた。もう一人ぼっちの氷姫なんかじゃないもん。
ここにはこなたお姉ちゃんもゆいお姉ちゃんがいる。学校にはみなみちゃんや田村さんがいる……。
「お姉ちゃん、ありがとう。明日は元気に学校行けそうだよ」
「そうなんだ。安心したよ」
「うん、じゃあお休み……って、どうしよう、全然寝付けないよ」
「うーむ、仕方ない。いっそ徹夜でハルヒのゲームやろっか?」
「そ、それはまずいよー」
「わはは冗談だよ」
「もー」
……私、本当に幸せです。


「……という夢を見たの」
「だからみなみちゃん、今朝は落ち着きがなかったんだね」
「まーこうやって3人また同じクラスになれたっすけどね」
「でもそんな夢見るってことは、みなみちゃんが私のこと大切にしてくれてるってことなんだよね。すごくうれしいよ」
「ゆ、ゆたか……」
(この二人ってば、またしても格好のネタをー!血が騒いで……いや、やめよう。これをネタにしたら今度こそ二人に顔向けできないもんね)

――陵桜の新たな1年が今始まる。

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