ID:TG+cwCPIO氏:此と彼の狭間

補足:「ID:EnIvaEa/O氏:ナカサキさん」の続きです




その日、私は少し不条理な気分で廊下を歩いていた。
ちょっと休み時間にコーヒーでも、と教室の扉を開けかけた私の背に、
「お、柊 どっか行くなら飲み物買っちきちくりー」
と声をかけたのはみさおだった。
どうせ私も自販機まで行くところだし、別に構わないのではあるが…。ジャンケンに「勝って」しまったせいでみさおのパシリとなったのはなんとも納得がいかない。
まあいいさ。次回はジャンケンのルールを事前に把握するのを怠らないようにしよう。
と、そんなことを考えつつ、階段を降りようとしたところで、こなたの語った「陵桜の七不思議」のひとつが頭を過ぎる。
「ナカサキさん」とかいう陰険な恋のキューピットもその七不思議のひとつで、それにまつわるあんなこんなは数日前に済ませたばかりの私は、まさか当分霊的なことには巻き込まれないだろう、と踏んでいた。
それが起こるまでは…。


「三年校舎の東側の1階の階段は、上りと下りで段数が変わる」
今私が降りようとしている階段が、まさにその階段である。
─遠回りして西側の階段を使うか?
そう一瞬考えてしまった自分が恥ずかしい。
自販機までの最短ルートはこの階段で、休み時間は10分しか無く、それに段数が変わったところでどうなる訳でもあるまい…と、私は階段を一歩ずつ降りる。
普段、段数など意識している訳ではないが、そんな噂を聞いてしまうと気になってしまう。
1、2、3…と頭の中で数えながら降りる。
12、13、14、踊り場。…踊り場から2階までは14段か。
踊り場でくるっとUターンして、更に階段を降りる。
1、2、3…スカートひらり翻し~♪…
10、11、12。っと。1階から踊り場までは12段、ね。
段数を頭の片隅にでも小さくメモして、私は自販機へ向かった。

…そういえば、みさおはには何買えばいいのかしら?
私のコーヒーを取り出しながら、自販機の前で3秒程考え、しるこドリンクのボタンを押す。
「飲み物」って言われただけだしね。こんなときくらいしるこドリンク業界に貢献しても誰にも文句は言われまい。
腕時計に目を落とす。休憩時間、あと3分しかないや。ちょっと急ごうっと。
さっきの階段に差し掛かる。…「上りと下りで段数が変わる」…か。そんなことあるわけない…と自分に言い聞かせながら、1段目に足を掛ける。
2、3、4…確か1階から踊り場までは12段だった。
10、11、12…
あれ。数え間違えた…?
と一瞬、嫌な予感が頭の中に巡ったけど、テンポ良く上ってきた足はそのまま13段目を踏み、その足が何かに掴まれる感覚の後…
目にしたのは、宙を舞うしるこドリンクの缶だった。



……。

…あれ。
ここ、どこだろう。
目の前に広がるのは、真っ黒な空間だった。
足の裏には地面の感覚がある。けど地面と空間の境界はわからない。全部、黒い…
狭いような広いような、どこまでも拡がってる空間で、だけど目的地は限られているような…そんな不思議なところだ。
前方からなにかの気配がする。まるで、こっちこっちと手招きするような…
…くすん。くすん…
…泣き声が聞こえる。声の方へ目を向けると、女の子がいた。
「…どうしたの?」
話しかけてみる。くすん、くすんと泣いていたその子が顔を上げた。
その子はまだ小学生の低学年くらいに見える。
「…行かなきゃいけないところがあるの」
…?
「迷子になっちゃったの?お父さんやお母さんは?」
…それよりここはどこ?と聞いても無駄な気がする。
「わからないの。でも行かなきゃいけないの」
…言いたいことが掴めない。
女の子が立ち上がって、私の手を引く。
「お願い、お姉ちゃん。…一緒に来て」
え?…一緒に、って…
「お願い、いいでしょ?お姉ちゃん」
そう言いながらその子は私の腕をぐいぐいと引っ張る。
「ちょ、っと…待って」
そう言うとその子は引っ張るのをやめた。私の腕はしっかりと掴んだままだけど。
「ごめんね、でも…ひとりじゃ行けないの?」
できるだけ優しく語りかけてみる。確かにその子は行かなければならないのだろう。そんな気がする。
でも…私は行っちゃいけない。…そんな気がする…
「…怖いの。ひとりで行くのは怖いから…」
寂しそうに、その子は言う。
「でもね、お姉ちゃんと一瞬なら…大丈夫だと思うの」
なんだか一緒に行ってもいいような気になってくる。こんな小さい子をひとりにさせる程…私も酷い人間じゃない。
「だから、ね?いいでしょ?一緒に行ってよ」
そう言いながら、ぐいぐいと引っ張られる。自然と足も動いてしまう…
前方へ。なにかが手招きするほうへ、私たちは一緒に歩いていく…

どこに向かってるんだろう。…この子はどこに連れて行くつもりなんだろう…
「かがみ」
唐突に、名前を呼ばれた。後から、誰かが呼んでる…
足を止めた私の顔を、女の子が見上げる。
「お姉ちゃん?」
「かがみ」
女の子はまた私の腕を引っ張り始める。後からは声がする…
…どうすればいいんだろう…
「お姉ちゃん!」
「かがみ!」
…わかったわよ、もう…
「帰ればいいんでしょ、帰れば」
呟いて、私の腕を掴むてを振り払う。
「ごめんね、私…まだそっちには行けないの」
女の子が悲しそうな顔をする。その子を抱き締めて、そっと囁く。
「あなたは行かなきゃいけない。でもね、私はまだ行けないの」
女の子の体が小刻みに震えるのがわかる。
「…ひとりでも大丈夫。怖いかもしれないけど…きっと大丈夫」
女の子の肩に手を当てて、目を合わせる。
「ひとりで行ける?」
涙を拭って、その子がこくん、と頷く。
それを見て、私は声のするほうへ歩き出した。
「かがみ」
「…こなた、うるさいわね。聞こえてるわよ!」



目覚めると、まず白い天井が見えた。それと、青いアホ毛と、黄色いリボン、そしてピンクのウェーブのかかった長い髪。
「かがみ!」
ベッドから上半身を起こすと、こなたが飛び付いてきた。つかさはなんだか泣きそうな顔で私を見ている。
「なに、なによ?どうしたのよ」
「覚えてらっしゃらないのですか?階段から落ちて、それからずっと眠っていたんですよ」
言われて、後頭部の鈍い痛みに気がついた。触ってみると、包帯の感触。
「じゃ、ここは?」
「病院です。…心配、しましたよ…」
「お姉ちゃん、良かったぁ…もう、目が覚めないんじゃないかって…」
大袈裟な。…と思ったけど、こなたはずっと私に張り付いて泣いてるし…
余程緊迫した状況だったのかもしれない。

こなたを落ち着かせるのに結構な時間がかかった。こいつ、泣き始めると止まらなくなるようで…
よしよし、もう大丈夫だから、と頭を撫でていると、なんだか娘みたいに思えてくる。
医者が一度検査をしなければいけないと言うので、3人は帰っていった。検査が終わると病室で私の家族が待っていた。
皆一様に心配したと言ってくれるんだけど、当の本人としては事の大きさがわからないものだからイマイチ実感がない、というのが正直なところだ。
日も暮れてきたので帰るという家族の中で、ひとりを呼び止めた。
「まつり姉さん、話があるんだけど」
この人に聞きたいことがある。あの白中夢についてだ。


「此の岸と彼の岸の間、ね」
まつり姉さんは迷いなく言う。
「それって…」
「彼の岸、死んだ人間の行くところね。三途の川、とも言うところ」
そんな気はしていた。
「その子と一緒に行ってたら、うちの神社で葬式挙げなきゃいけなくなってたところね」
神と仏の同席は気まずかろうと思う。
「その子はかがみを殺そうとしたのよ」
「その言い方はキツいんじゃない?そんな雰囲気じゃなかったわよ」
ただ、怖いから一緒に来て欲しい。それだけだった。
「この間、話したでしょ」
ナカサキさんのとき?
「死んだことに気付いてないだけの人のカタチした『霊』は、大抵害はない。でも例外はあるって」
「…ああ、少数派のほうね」
「その子は死んだことに気付いてたはず。でも行くべきところに行くのは怖い。誰か一緒に来て欲しい…」

「その子供故の純粋な殺意、…子供だから怖い、子供だからこそタチが悪い…」
なんだか切なくなってきた。
「かがみはそれに選ばれたのね」
迷惑な話だけど…憤慨する気にもなれない、そんな気持ち。

ただひとつ、わからないところがある。
「1段増える階段と、その子の関連がいまいちわからないんだけど」
「その階段の真下、掘ってみるといいわ。たぶん、その子の骨が埋まってる」
…物騒な話だ…。
「でも、そんなの聞いたことないわよ?校内で子供が死んだとか、近くで子供が行方不明になったとか」
「思い当たるフシなんていくらでもあるの。例えば…」
まつり姉さんは諭すように言った。
「かがみ、この国は戦争をしてたのよ?」
「あ…」
平和な時代に住んでいるせいで、そんな事実にはいとも簡単に目が行かなくなる。
戦争。確かにこの国は戦争をしていた。…もしかすると。
その子は60年もの間、ずっとひとりで泣き続けていたのかもしれない。そう考えると…胸が苦しくなる。
「それに、階段だったっけ。12段が13段?」
「うん、下りは12段だったのが、上りは13段になってた」
13。不吉な数字だ。
「かがみ、13段の階段の先には、なにがあるか知ってる?」
そう言われても。踊り場
姉さんは嫌な笑顔でこう言った。
「絞首台、よ」

「…それにしても、かがみ。あんたどうやって帰ってきたのよ」
私の背後から呼んでくれた声。あれがなければ私は…
こなた。本当にありがとう。

数日後。
久しぶりに登校してきた私は、多数の同級生に取り囲まれた。この数日で「大丈夫だった?」はもう聞き飽きてしまった。
みさおだけ、そんなことを言わずに、かがみの側に転がってたしるこドリンクはすげえシュールだったぜ、と笑いやがった。
ちょっとは心配しなさいよ、と返しながら私は、こういうところがこいつのいいところなんだよな…とぼんやりと、思った。

お昼になにか飲み物でも、と教室の扉を開けかけた私の背に「お、柊 どっか行くならパン買っちきちくりー」と声をかけたのはみさおだった。
転ぶの心配して一緒に来なさいよ、と言うと今度はあっさりとついてくる。こいつも内心、心配だったんだろうな…
例の階段に差し掛かるが、段数を数えることはしなかった。もう変わることもないだろう。
あの子はきっと、ひとりで行けたはずだから。

おわり
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