ID:EnIvaEa > O氏:ナカサキさん

「…よくあるおまじない、ですね」
みゆきが微笑みながら言う。
本当にその通りだ。素直にそう思った。
「中学生くらいのときは、そういうのにハマってた時期もちょっとあったけどねー」
あの頃は我ながら純粋だったなぁ…と、何故だか感慨深くなってしまう。今じゃ、あやのが細い声で語った話も、あまり信じよういう気にはならない。
「え!?かがみんそんなことやってたの?」
…こなたがいたことを忘れてた。なんだその輝く瞳は?
「消しゴムに赤ペンで好きな人の名前書いてみたり、芯をにゅーっと出してシャーペンでハートを塗りつぶそうとしてみたり?」
「やってないっ!」
そう答えたものの、自分の顔が赤くなるのがわかる。…あの頃は、純粋だった…
「お姉ちゃん、よく枕の下に折り紙入れて寝てたよね?あれなんのおまじないだったかなぁ?」
つかさ、また余計なことを…。ああこなたが喜んでいる…天然というかなんというか、狙ってやってるんじゃないだろうな?
「あはははは、柊そんなことやってたのかぁーっ。かわいいとこあんじゃん」
しまった…日下部、こいつもいたんだった。こなただけでもウルサイのに、こいつにまで餌を与えてしまった…
本気で恥ずかしくなってしまった私は、話題の軌道修正を計るべく、この「おまじない」の話の張本人…あやのに向き直った。
「それで?その『ナカサキさん』に、なにを捧げればいいって?」
「うん。えっとね、なんでもいいから…刃物を」
…なんだか穏やかじゃないキューピットだ。


あやのの話を要約すると、こういうことになる。

この学校の中庭に、三つ並んだ像がある。その中のひとつがナカサキさん。
夜中、ナカサキさんにあるののを捧げて、ナカサキさんに触れながら、名前を3回唱えると、その名前の人とずっと一緒にいられることになるでしょう─

…なんというか…、可愛らしいというか、乙女ちっくなお話である。
と、思っていたのではあるが。その「捧げるもの」が刃物とは…乙女ムードもぶち壊しな気がしないでもない。

「でもさ?縁結びの桜の木とか、学園ラブストーリーじゃ鉄板じゃない?この陵桜にもそんなのあったんだネ」
とほくほく顔のこなた。つかさもなんだかほわーっとしてるし、みゆきの微笑みもいつもより桃色な感じだ。…おまえら、試す気じゃないだろうな?
「ん?」
ちょっとひっかかることがある。聞いた話がなんだかイマイチぱっと想像しにくいのはそのせいだろう。
「峰岸、結局どれが『ナカサキさん』なの?像は三つあるんでしょ?」
「それなんだけど…、夜中、像にひとつずつ触っていくじゃない?そうすると…中にひとつだけ、体温を感じるものがあるの」


それを聞いた3人から、サーッと血の気の引く音が聞こえた気がした。私もちょっと効いたぞ、これは。
「たた、体温…?」
つかさの問いに、あやのは首を縦に振って応える。
「…峰岸、まるで見てきたように話すじゃない」
私は正直に言った。あやのは最初、「聞いた話なんだけどね」と断ってから喋り始めたが…それは嘘じゃないだろう、そしてそれは…「聞いて、試した話」なのだろう、という予感がしていた。
やはりあやのは、顔を少し赤らめて、「うん、実は…試してみたの」と呟いた。やれやれ、どうせ彼氏の名前を唱えたのでしょうよ、ごちそ─?
あやのの顔に、少し怯えと…後悔の色が走る。
これでも5年、一緒にやってきた仲だ。それくらいはわかる。
「…峰岸?」
「…柊ちゃん」
か細い声。あやのの次に言うセリフが、私にはわかった。
「…柊ちゃんのお姉さんに、お願いしたいことがあるの」
…ああ、なるほど?
どうやらナカサキさん、どうやら厄介なものだったようだ。


柊家次女、柊まつり。
めんどくさがりな大学生…というのは世を忍ぶ仮の姿(本人談)、その正体は「みえる人」なのである。
まつり姉さんは私たちが一年のときの文化祭以降、うちの学校に近付こうとしない。
「あれ?まつり姉さん、今年はこないの?去年はあんなにはりきって来たのに」
「あー、陵桜はもうあんま行きたくないんだよー。結構『いる』からさー」
これは2年の文化祭当日の朝の会話だ。なんというか…知りたくなかった…。

で、そんな姉にお願いがあるとするならば、間違いなくそういった方面のことだろう。

「わかったわ。今日家に来る?まつり姉さん、たぶん帰ってると思うから」
「うん、そうさせてもらえるかな」
最近、まつり姉さんは帰宅が早い。ちょっと前までは家じゃ滅多に見なかったのだけど…おそらく、男と別れたのだろうと私は踏んでいる。
「よっし、話だけってのもなんだし、『ナカサキさん』見に行ってみるかー」
おーっし、と袖をまくるみさお。そういやこいつ、何気にこういう話好きだったよな。
対照的に静かなのは…こなた、つかさ、みゆき…のいつもの面子。
「いってらー」と手を振るこなた。明るく振る舞ってはいるが、明らかに顔色がおかしいぞ。つかさとみゆきは揃って聞こえてもいないようで…はぁ。
「じゃ、行ってくるわ」
みさおとあやのを連れて、私は教室を後にした。


一年校舎と校庭に挟まれるような芝生の一帯が通称「中庭」だ。
とくにベンチ等あるわけでもなく、ましてや像なんてあったっけ?と思っていたのだが、着いてみてもやはり、無かった。
「まだこっちに歩くの」とあやのが指差した先を見ても、ただ茂みがあるだけだ。先導するあやのに着いていくと、茂みの中に入り、さらに進んでいく。
これじゃ敷地を分けるフェンスまで行っちゃうんじゃないか?と心配になってきたところで、ようやくあやのが足を止めた。
「…あれ」
見ると、石灰でできた子供の像が三つ、確かに並んでいる。なにを意味しているんだか判然としない思い思いの格好で並んだ像は、
「…薄気味わりぃー…」
まったくその通りだ。何年そこにあるのか知らないが、ひどく汚れていて、細部が欠けているものもある。
「なぁ、峰岸。それで…どれが『ナカサキさん』?」
このネーミングもなんだか間抜けだな、と思いながら聞いたのだが、あやのは
「…ごめんね、言えないの」としか答えなかった。


学校の七不思議。
最近はほとんど耳にしなくなったが…一昔前に流行っていた記憶がある。
その頃私は小学生だったのだが、通っていた学校も例外ではなく、七不思議というものが存在した。
発端はあれ、…えーっと…なんていったかな、校門の近くに本を読みながら立ってて…薪を担いでる…そう、二宮金次郎、あれだった。
誰かの「あいつなんか怖くね?」みたいな一言から始まり、本のページがめくれるだとか、夜中に校庭でマラソンをしているんだとか、朝学校に来るとマラソン中に落とした薪が校庭に転がってるだとか、間抜けな話が広がり、
あの校舎の階段の数が変わる、そこのトイレの鏡に白い顔が映る、音楽室のベートーヴェンがサックスを華麗に吹き鳴らす…など、いつの間にか七不思議ができあがっていた。
どれもこれも子供らしいアホな話なんだけど、きっかけはただひとつの、いつも校門で見下したように立ってるあいつだった。
もしかしたらこの陵桜にも、七不思議はあったのかもしれない。今…その「きっかけ」になり得るもののすぐ側に、私たちは立っている。


「にしても、わかんないなぁ。なんでこんなとこに像作ったわけ?」
みさおの言う通り、辺りを見渡してみても木ばかりで、ちょっとした林になってしまっている。樹々の隙間から校庭や校舎が見えないこともないが…こんなとこに作る意図がわからない。
そして何故か、像の周りだけ綺麗に木が生えていない。雑木林にぽっかり空いた原っぱ、そこに像が三つ立っている…そういう印象を受ける。
みさおがぶるっ、と身震いした。気付くと私の腕も鳥肌だらけだ。なに?これじゃ、まるで─
「柊ちゃん、もういいでしょ?教室帰ろう」
そうしよう。あまりここに長居はしたくない…。
茂みから抜け出した私たちを日差しが迎えてくれたけど、鳥肌はしばらくおさまらなかった。


「…そういえば、まだ聞いてなかったわね」
隣を歩くあやのに話しかける。そういえばもなにも、皆のいるところでは話しづらいだろうと思い、このタイミングを待っていたのだけど。
今は帰宅中。後から、つかさのついてくる足音が聞こえる。
「まつり姉さんに話がある…ってことは、そっち絡みのことでしょ?…なにかあったの?」
つかさの足音のテンポが変わり、私たちと距離を開ける。あまり聞きたくないからだろう、こういう話は苦手な子だ。
あやのはひとつ息を吐き、「彼の名前を唱えたんだけど」と切り出した。
「3日前かな。先輩にナカサキさんの話、聞いてね?ちょっとやってみようかなって。
 でね、夜の…9時くらいかな、忍びこんで、あの像に触ってみたんだけど…ちょっと、おかしかったの」
「おかしい?」
「…そこは、お姉さんに話したほうがいいと思う。…でねナカサキさんの前に剃刀置いて、彼の名前を3回唱えて…」
剃刀、というところがなんとも可愛らしくない。まあ…手軽に持ち出せる刃物といえば、剃刀か文房具くらいだろう。
「でね、ここからがおかしいの。…ナカサキさんの話じゃ、いつまでも一緒にいられる…って話だったじゃない?」
「まあ、そうね…効果あるのかはわかんないけど」
「効果…あったの。でもね、逆なの」


「一昨日あたりから、彼にいろいろ変なことが起こるようになったの」
「変なこと?」
「財布を落としたり、自転車のチェーンがいきなり切れたり、その他にもいろいろ…うーん、なんていうか、ついてないの、徹底的に」
それは…正直微妙じゃないか?
「それだけならいいんだけど…」
そこで初めて、あやのは口を閉ざした。
「…あやの?」
「…今日になって、彼、熱出して寝込んじゃったみたいで…」
「…それで…?」
「…電話があってね、彼から…」
あやのの言葉は、私が今まで聞いたどんな怖い話よりも、数段…というより、次元が違うくらいに…私をぞっとさせた。

「『あやのの声が聞こえる、ずっと俺の名前を呼んでる。…助けてくれ、狂ってしまいそうだ』…って」


それから間もなく、私の家が見えてきた。あやのは今にも泣き出しそうな顔で、私はかける言葉を考えあぐねていたものだから、正直いいタイミングだ。
「ただいまー」
そう言って玄関を開けると、間のいいことにまつり姉さんが居間から出てくるところだった。
「おかえりー。あ、お客さん?」
姉さんはスタスタとあやのに近付き、物珍しそうにしげしげと眺め、少し考えるような表情を見せたあと、
「君、すごいの連れてきちゃったねぇ」と変な微笑みを浮かべた。
まだなにも言ってないのに…。こいつ本物だ、素直にそう思った。

「…で、どうなの?…峰岸が連れてきちゃったものって、つまりなに?」
一通り話をしたあと、私は少し強い口調で姉さんに尋ねた。こいつ、あやのと私が話してる間も適当に相槌打つだけで、だらーっと茶ぁ飲んでただけだし。ちょっとイライラしてたのかもしれない。
「そこは話聞くまでもないよ。あやのちゃんについてるのは…嫉妬」
「…嫉妬…」
あやのは確かめるように復唱する。
「で、たぶんだけど、彼氏にもついてる。憎悪。…こっちのほうが性質が悪いね。」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
なんだか訳わからない。嫉妬?憎悪??
「つまりなんなのよ、ナントカの霊とか言ってくれたほうがすっきりするじゃない」


「あのね?かがみ。『霊』なんて概念がはっきり残るなんて、そう滅多にあるもんじゃないんだから」
?…そんなもんなの?
「うーん、なんていうかな…。いやね、確かにいないことはないわけ。こう…『シックスセンス』みたいにさ、人間の体のカタチしてるヤツって。
 でもね、そいつらはだいたい害はないの。ただ死んだことに気付いてないだけだからさ。もちろん例外はあるけどね?」
まつり姉さんはそこで一息ついて、お茶を一口啜った。
「そいつらはほんのちょびっとだけ。その他大勢は…『思念』って呼んでるんだけど、うん、こっちのほうが問題。」
「思念…?」
今更だけど、こんなに良く喋る姉さんは久しぶりに見る。
「死んじゃったときに、なにかしらこの世に強い未練があって、『感情』だけ残っちゃったやつ。よくある話でしょ?…で、こいつらがだいたいタチ悪い」
「どう悪いのよ?」
「想像してみてよ?未練なんてどれも似たようなもんじゃない」
…つまり、あれか。嫉妬とか憎悪とか、その他もろもろ、くすんだとかドロドロとか、そんな感じのもののことか。


「…で、それ、どうにかなるんですか?」
あやのが恐る恐る、といった感じで言う。うん、霊トークよりそっちのほうが大事だよな。
「うーん…話を聞いて気になったのは、剃刀の行方。」
そういえば…今日見たときは、そんなもの無かった…
「それと、どれがナカサキさんなのか。…まあどっちにしても、実際見てみなきゃわかんないし」
そう言ってまつり姉さんは時計を見上げた。…もう8時を回っている。結構話し込んじゃったな…
「よし、今から行くか」
「え、今から!?」
「うん、今から。早いほうがいいでしょ?あやのちゃん」
あやのはキョトンとしているが、なんとか首を縦に振る。
「かがみ、あんたも来なさい」
「え?…」
困った。そりゃあやのと姉さんだけで行かせるのも気が引ける、けどそれよりも
「ちょっと待ってよ、心の準備が」
「歩きながらしなさいよ、そんなもの」
「…せめて、ごはん食べてからでも…」
「帰ってきてからでいいじゃない」
…なんだか、つかさの気持ちがわかる気がする…。
「わかったわよ。…行くわよ」


お母さんに学校へ行く旨を告げて、家を出た。つかさにも声をかけてみたけど、案の定、無理怖い行けないの一点張りで…
あやのに謝罪も忘れなかったし、まああいつらしいといえばあいつらしい…

学校への道中、まつり姉さんは明るい感じであやのと喋っていた。緊張をほぐしてやろうとでもしているのか、割と気の利く姉だ。普段からこんなだといいんだけど…

目立たないフェンスを乗り越えると、なんだか空気が変わった気がした。夜の学校独特の空気。昼間はあんなにいる生徒がいないせいで、妙に寂しくなる、あの感じ─
「うわぁ、陵桜やっぱすごいね。なんでこんなにいるんだろ」
─を、姉さんは感じていないようだ。

昼間に入った茂みに、もう一度足を踏み入れる。少し離れたところに明かりはあるのに、木に囲まれると途端に暗くなる…足取りが自然と重くなる。
不思議なことに、姉さんが先頭を歩いている。「こっちね」なんて呟きながら…わかるってことは、本物なんだろうな。
姉さんも、ナカサキさんも。


「これかぁ…」
やっと像の前に着いた。なんだか昼間より長いこと歩いた気がする…
ほとんど暗闇の中に、白い像が三つ、薄ぼんやりと見える。夜に見ると、更に気味が悪い…。
まつり姉さんは像のあたりを見て、納得したような表情をした。
「あやのちゃん。『ナカサキさん』は、『左端』ね?」
「え?…その通りです」
心底以外そうに、あやのが答える。そこまで驚くことなのだろうか、触ってみれば─
「かがみ、右端から順番に触ってみなさい」
「え!?やだやだ、なんで私が」
「大丈夫でしょ?あんた刃物なんて持ってないし、一緒にいたい男もいないんでしょ」
「でもでも、なんか変なものが…」
「大丈夫、『刃物』と『名前』がなければ影響ないはずだから」
…そりゃ、そういう話だし、姉さんが大丈夫って言うならそうなんだろうけど…
でも、あやのの顔を見ると、なんだか触らないのも悪い気がして…
「いいから早く、右端からね」
しぶしぶ、右端の像の前に立った。


像は、私の胸くらいの高さで、暗闇の中で見るからなのか…本物の子供みたいに見えて…
「大丈夫よ、ナカサキさんは左端。それはただの像」
心を読めるのかうちの姉は?
「かがみ、目を閉じて」
言われたとおりにする。暗さは目を閉じても大して変わらないけど、前の像の「気配」は強くなる…
そのまま、手を前に出す。冷たい、ざらつく感覚。これは…像。ナカサキさんじゃない…
目を閉じたまま、この辺りだろうという方向へ歩みを進める。手が二番目の像に触れる。同じ感覚。ざらついていて、冷たい─
次が最後。歩みを進めて…手を、前に…
心臓が踊っている。大丈夫…後にはあやのも姉さんもいる…
ざらつく、感覚。それに…冷たい?
…間違いない、冷たい。体温なんか、感じない。あれ?でも、左端って…
…気配。さらに、歩みを進める…。迷うことなく、手を、延ばす…
ざらつく、感覚…それに…体温。
生々しい…まるで、血の流れを感じれるような…
左端だ。…ナカサキさんだ…


目を開けずに、後ろに下がる。一歩、また一歩…
目は開けられない。絶対に!
がしっ、と誰かに受け止められた。ひゃっ、と小さく叫ぶ。
あやのだった。
「かがみ。触れた?」
姉さんが言う。
当たり前だ。あれは、ナカサキさんだ。ナカサキさんは、左端だった。
ナカサキさんは─

「4番目、だった…」

恐る恐る…振り返る。像が三つ、見える。四つめは…もちろん、見えない…
「姉さん、なに?あれ…なんだったの?」
「うん?右から4番目の像、でしょ?」
姉さんは笑っていた。

私がナカサキさんと対峙してたであろう位置に、姉さんがしゃがんでいる。懐中電灯なんて持ってたんなら、最初から付けてくれればよかったのに…
「それだとおもしろくないでしょ?」と言いながら姉さんはしゃがんで草を掻き分けている。剃刀を探しているのだ。
「柊ちゃん、ごめんね?」
あやのの声が側にあることが救いだ。
「あやの…、あれに、気付いたの?」
「私は、像が三つなんて知らなかったから。暗くてほとんど見えなかったし…だから、昼間来たとき、三つしかなくてびっくりしちゃった」
…なるほど。じゃあ一番怖い思いしたのは、私か…
「…うーん。やっぱり無いねぇ、剃刀」
いつの間にか姉さんが目の前にいた。ジーンズを払いながら汗を拭う。気配も消せるのか?
「誰かが持ってったのかな…」とあやの。でも…考えにくいな、それは…
「人じゃないものが持ってったんだよ。実はその行方も目星はついてる」
人じゃないものか…それはつまり、
「ナカサキさん、か」
はぁ。溜め息をひとつ。
「さて、次行くよ次」


「わかんない。」
あれは結局なんだったのか、という私の問いに、姉は極めて簡潔に答えやがった。
「…は?」
「だって、見えないけど触れるなんてもの、初めて見たんだもん」
「なんだかわからんもんに触らせたのか!?」
「だから害は無いってば。剃刀と名前がなけりゃさ。…にしても珍しい、思念の塊?…いや、誰かの思念の映った像が壊されて、それでも像として残ったのか…とりあえず貴重な体験」
「じゃあ自分が試せば良かったじゃん、なんでわざわざ私に─」
「わかってて触るより、わからずに触るほうがいいのよ。かがみ…」
姉さんは、形容しがたい笑顔で言った。
「『気配』としてカタチを捉えたのはかがみ、アンタだけのはず。…どんな『像』だった?」
…あまり、思い出したくはない…。


そうこうしてるうちに、次の目的地に着いた。そこは…
「日下部の家?」
「あれ、言ってなかったっけ」
あやのが言う。
「私の彼、みさちゃんのお兄さんなんだよ?」
次の目的地は、あやのの彼氏の家だった。ちょっと気まずいんじゃないかと危惧していた訳だが…無用な心配だったみたい。

既に夜11時を回っているというのに、みさおは快く迎えてくれた。
「いやー、どーも兄貴の調子悪かったからさー、心配してたんだけど、そういうことだったのかぁ」
と、全く心配してなさそうな顔で言う。
とりあえず、お兄さんの部屋に上がらせていただいた。
「おじゃまします…」
ベッドで寝ていたあやのの彼…というかみさおの兄…は、見てるこっちが調子の悪くなりそうな表情で、
「あやの─」
となにか言いかけたが、姉さんが「ちょっとどいてねー」と言いながらごろんとお兄さんを転がしたので、あえなく中断させられた。
姉さんはお兄さんをどかして、空いた枕を持ち上げて─
「ほら、やっぱり」
と、剃刀を摘み出した。


「枕ってさ、人間が人生の三分の一の時間、頭を載せるものなんだよ」
言われてみればその通りだ。
「呪詛を書いた紙を枕に潜ませる、なんてのは最もポピュラーな黒魔術でさ。これはそれを刃物にした…言うなれば強化版、だね」
それは…実にタチが悪い。そういえば…見たい夢を書いた折り紙を枕の下に入れて寝るおまじない、してたなぁ…と、昼間の話題を思い出した。
「ナカサキさんに刃物を捧げる。そして名前を唱える…ナカサキさんは、唱えられた名前を憎悪に変えて刃物に刻み、名前の人物の枕の下にそれを仕込む…。」
これがナカサキさんのおまじないの真実、か…。

「で、どうする?」
まつり姉さんが目の前のカップルに問う。
「この剃刀を安全に処分しなきゃいけないし、ふたりについてるものも祓っといたほうがいい。結構荒療治になると思うけど…やっとく?」
なんだその変な笑い方は。…きっと生半可なもんじゃないな…。


あやのとみさおのお兄さんが(たぶん)すごいことをされているであろう間、みさおとふたりで話をした。
「思ったんだけどさ」
一連の話を聞いたみさおは、少し間を置いて切り出した。
「悪いのは…ナカサキさんじゃなくてさ、噂を流したうちの生徒じゃね?」
陵桜にまつり姉さんのような人がいたら、いずれナカサキさんの存在に気付いただろう。気付くまではいい、しかしそれを悪用しようと考えた人がいる。
わざわざ「好きな人とずっと一緒にいられる」と銘打って、呪いのまじないをさせるなんて…そりゃあもうタチの悪いことだ。
「でも、今まで被害者がいたなんて話、聞いたことがない」
たぶん、成功しなかったんだろう。
ナカサキさんを見つけることができずに、…しかしあやのは、運悪く成功してしまったのだ。
それから…噂を流した人間も、唯一ヒントを出していた。
恋のキューピットが「仲裂き」だなんて、尾びれでつく名前じゃない。懸命な人は、刃物とかその名でためらっただろうし、大半の人は笑い飛ばすものだった。
のだが…、例外がひとり、いた訳だ…。


日は変わって、翌日、学校。
「おっはよー、日下部」
「おーっす、柊ぃー」
登校してきたみさおに、まず声をかけた。確かめたいことがあったのだ。
「お兄さんの調子、どう?」
「あー、兄貴?おかげさまでピンピンしてたぜ、お姉さんにありがとうって言っといてくりー」
良かった、どうやら安心のようだ。今回ばかりはまつり姉さんに感謝しなければなるまい。
…姉さんに感謝なんて、久しぶりだ。
「柊ちゃん、みさちゃん、おはよう」
登校してきたあやのが、まずみさおに私と全く同じ質問をしたのはご愛嬌。
「峰岸のほうは大丈夫だった?」
「うん、私はもともとそんなに悪くなかったから」
そういえばそうだった。
「それより、柊ちゃんのお姉さんに、本当にありがとうって、伝えといてね」
はいはい、と返しながら私はなんだかほっこりした気分になっていた。まつり姉さんが誇らしいのは…ほんとに、久しぶり─

「かーがみんっ、おっはよー」
ほっこり気分が台無しだよ…。なんだどうしたこなた?
「いやね、聞いた話なんだけどね?なんとこの陵桜学園、七不思議ってのがあるらしいんだよー。いやーこれも学園物の鉄板─」
…まつり姉さんがまた必要かもしれないな、こりゃ…

おしまい
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