ID:nRp4WIDc0氏:タイトル不明

 線香のにおいが鼻をつく。葬式から一夜明けて、親戚たちはみな葬儀後の用事があると言ってどこかへ行ってしまった。
 部屋に残されているのは自分、宮河ひかげと姉の宮河ひなた、そして、かつて両親だったものが入った小さなつぼと、遺影だけだった。
 ひかげはまだ泣き止まない。いや、泣き止むことができなかった。
「お姉ちゃん……私たち……これからどうしよう…………」
 目じりをえぐるように強く拭う。それでも涙は次から次へとあふれ出てくる。
 幼いひかげにも、両親がもう戻ってこないことは明確に理解できていた。優しかった父と母はもう二度と自分を見て微笑みかけてくれることはない。
 それ以上に、ただ不安だった。現実の危機として、両親がいなくなって自分がどうなるのかがわからなかった。
 世の中がお金で回っていることくらい子どものひかげにも理解できた。そして自分たちを養ってくれていた父親はもういない。食べるものを作ってくれた母親もいない。
 親戚のおじさんたちは言っていた、「ひなたはもう大きいから大丈夫だろうけど、ひかげは施設に預けるしかないだろうね……かわいそうだと思うけど」と。
 その『施設に預ける』という言葉は、幼いひかげの心に黒い針として突き刺さっていた。その言葉の意味はわからない、ただ一つ理解できるのは、そこに行く事になれば、自分は両親だけでなく、大好きな姉とも一緒にいられなくなるということだ。
「やだよ……私、お姉ちゃんと一緒にいたいよ…………。離ればなれになんて……なりたくないよぅ…………」
 ひかげはまた声をあげてわーっと泣き出した。涙を流すのは絶望しているからではない、残った一るの希望によりすがりたいから泣いているのだった。
 泣きじゃくるひかげの小さな体がひなたに抱き寄せられた。そこには暖かなぬくもりがあった。大好きな姉の温度を感じられた。
「大丈夫よひかげ。お姉ちゃんはどこにもいかない。ひかげもどこにもいかない。一緒に暮らそう。お姉ちゃんが守ってあげるからね」


 そして…………それから数年後…………


 桜園小学校4年生となった宮河ひかげは不遇を囲っていた。
 両親が他界してから姉のひなたと二人暮らし。収入は姉のアルバイトに完全に依存している状態だ。
 姉は働き者であった。だから給料は下手な公務員よかよっぽど高かった。
 だが姉は同時に金遣いが荒かった。毎度毎度、稼いだ金のほとんどを意味の分からない薄い本の購入に費やしている。しかもその内容はたいがいが男同士で抱き合うという常人の神経ではまるで理解できないブッ飛んだシロモノであった。
 だがひかげは姉にその趣味をどうにかしろと言うことはしなかった。姉には自分に対する扶養義務など無いと知っていたからだ。
 それなのに自分のわがままを聞いて、負担になるだろうに、学費まで払って衣食住その他の全ての面倒を見てくれている。
 だから感謝こそすれ、文句を言ったり、稼いだお金の使い道に注文をつけるのはやめなければいけない。そう思い、日々貧乏暮らしに耐えているひかげだった。

 だがそんなひかげの精神にも限界というものがある。ひかげが家計簿をぺらぺらとめくりながら自作の歌を明るく口ずさんでいたときだった。

「お金が無いから一日一食~♪ 今日のご飯は野菜と納豆~♪ 昨日のご飯は炒めたもやし~♪ たまにはお肉が食べたいな~♪ 食~べたいなっ♪ 食べたいなっ♪」

 瞬間、ひかげは家計簿と計算機の乗ったちゃぶ台を引っくり返した。

「ってやってられるかああああ!!! なめんじゃねえ!! 飽食大国日本で何がお肉が食べたいだああああッッ!!」

 どうやら自分で自分に腹が立ったらしい。みじめさに耐え切れずそれを怒りでかき消そうとしているようだった。

「それもこれも、みんなこの姉貴の買ってきたブツどものせいだ!! この塵どものせいで私は一年365日いっつもいつでもお尻に火がついたような生活を送らにゃならん!!」

 自分以外に誰もいないアパートの一室。ひかげは小学4年生とは思えない暴言を吐き散らしながら部屋に散乱していた同人誌にパンチを叩き込み続けた。

「なめやがって! なめやがって! むかつくぜチクショー!! もう我慢の限界だ! あのヲタク姉貴には今日と言う今日こそ言ってやる!!」

 そう言っているはしからその姉貴が帰ってきた。

「ただいまぁ~」

 ゆるいボイスを部屋に響かせて帰宅を告げた姉。その手にはビニール袋が下げられている、大方またしても同人誌だろう。それを見て、ひかげは意を決したように口を開き、体と声を大きく震わせながら言った。

「おお姉ちゃん! 今日こそは言わせてもらうけどね! その手に持ってるそれ!」

「ん? これはひかげちゃんにお土産よ」

 そう言って姉が取り出したのは、普段は決して食べることのできない焼肉用の高い牛肉だった。

「ひかげちゃんいつもお肉が食べたいって言ってたでしょ? 今日はお給料が出る日だったから、奮発してすき焼きでもどうかなって思って買って来たのよ」

 ひかげは机にたたきつけようとして振り上げていた拳を上空で停止させ、自らもその機能を沈黙させた。
 そして、再びぷるぷると震えだしたと思ったら、今度は泣きながら姉に抱きついた。

「お姉ちゃああああん!!! ありがとうぅぅ!! ありがとお姉ちゃんんん!!!」

「あらら? 大げさねぇひかげちゃんは」

 ひかげの小さな頭をひなたが手でなでなでする。ひかげはまだ感涙に咽び泣いている。そんなこんなで、今日も宮河家は金は無くとも平和だった。


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