ID:6NptqhdA0氏:脱オタこなた

補足:まず2-3レス程度のもの「ID:s7QaxSDA0氏:脱ヲタこなた」を読んでおくといいでしょう




目を覚ました私が最初に見たものは、ダンボール箱に入れられたグッズの山だった。
本やDVD、それにフィギュアなどの、それまで大切にしてきた宝物の数々が乱雑に詰め込まれている。
これが他人の仕業であったならば、私はその相手を大声で非難していただろう。
しかし、うたた寝をした僅かな時間で記憶を失うようなことはなく、部屋の惨状に驚く事はなかった。
私は疲れの取れていない身体でのろのろと、それらを元の場所に戻す作業をする。
やはり衝動のままに行動するのはよくない。それにしても、どうしてこんな事をしてしまったんだろう?
ぼんやり考えていると、遠慮がちなノックの音と、従姉妹の声がドアの外から聞こえてきた。

「お姉ちゃん、起きてる? ポトフがそろそろ完成するから、夕食にしようと思うんだけど……」
「起きてるよ。すぐ手伝いに行くから、ちょっと待ってて」

ドアの周囲から物を退避させた私は、キッチンで待つゆーちゃんのサポートに向かう。
だが本人が完成と言っていたとおり、残りの準備は食器を出して並べる程度のことしかなかった。
事前に彼女から「今日は私が作る」と聞いていたが、それでも自分の力が必要になるだろうと思っていた。
それが本当に一人の力だけでここまで出来ている。私は少し寂しいと感じながらも、素直にそれを褒めた。

「一人でご飯を作るなんてすごいね。前から練習してたの?」
「うん。この間、実家に帰ったときにね。お母さんから簡単な料理を教えてもらったの」

『お母さん』――その響きによって、私はオタクをやめようと決意をした理由に気づいた。
お母さんは、自分の子にあまりマニアックになって欲しくない、と言っていたらしい。
それは何気なく口にした願いだったのかも知れないが、私が聞いた初めてのお母さんからの願いだ。
健康で、オタクとは縁遠い存在であって欲しいという願い。
それを知ったのは何ヶ月も前のことだったが、最近になって従姉妹が私と同じ家で暮らすようになった。
ゆい姉さんが遊びに来ることは頻繁にあったが、年下の人間と一緒に住んだ経験は私にない。
年長者として頼れる存在でいようとする立ち振る舞いは、きっと母親の像をイメージしてのものだった。
お母さんならこうするはずだ。母親ならこうやって相手を安心させる。そんな風に想像して。

「……ちゃん。お姉ちゃん! どうかしたの? 体調が悪いなら部屋までご飯を持っていくよ?」
「あ、うん……大丈夫。どうやったらオタクをやめられるのか、ちょっと考えていただけだから」



「こなた、こぼしすぎ」

かがみの声で私の意識は現実に戻り、同時に差し出されている友人の手に気がついた。
コロネから垂れるチョコを受け止めた手のひらには、いくつもの茶色い跡が残っている。
どうやら、私が机や制服を汚してしまわずにすんだのは、かがみのおかげらしかった。

「ごめん、ぼーっとしてた。テイッシュあるから使って」
「いいわよ気にしなくて。それより何かあったの?」
「…………」

あると言えば確かにあった。オタクをやめようと決意をして、それが実行できていない事に悩んでいる。
だけどそれは自分自身の問題で、誰かに助けてもらうようなことじゃない。
私が「何もないよ」と言って笑顔を作ると、かがみは寂しそうに表情を曇らせ俯いた。
その様子に心が少し痛んだが、他人に頼るべき悩みは何もない。
私はこれ以上の心配をかけないように、くだらない冗談を言いながらコロネをかじった。
つかさとみゆきさんは笑ってくれたが、かがみは暗い顔をしたままで、場の雰囲気は変わらなかった。

「そ、そうだこなちゃん。帰りにアニメイトに寄って行かない? 私も今日発売の欲しい漫画があるから」
「あ……私も買いたい物があるんだった。こなたも一緒にどう?」

それは、彼女達なりに私を元気付けようとする言葉だったのだろう。まったく、殊勝なことだ。
もしかすると姉のほうの理由は、たった今用意した作り話かもしれない。
励まそうという気持ちは伝わってきたが、二人の提案する寄り道は絶対に選んではいけない場所だった。

「悪いけど、二人で行ってくれないかな。用事があって今日は無理だから」
「……そうなんだ。じゃあ、明日は? 別に今日じゃないとダメってわけでもないんだし」
「いや、明日も明後日も、そういう店には行けそうにないかな」

友人からの寄り道の誘いを断るだけなのに、胸が苦しくなった私は食事を続けることができなくなる。
私は食べ終えていない三人の分まで会話に専念したが、最後まで誰とも視線を合わせる事はしなかった。



家に帰って自分の部屋の扉を開けると、極端に物の少ない世界が待っていた。
部屋の隅には封のされたダンボール箱がいくつもあり、引越しを終えたばかりのような光景だった。
個性の排除された、退屈な空間だと私は思う。ゲーム機は撤去してあり、本棚にも本はほとんど無い。
受験生らしく勉強をするべきかとも考えたが、趣味の品を遠ざけたことで殺がれた気力は回復していない。
夕食の献立を考えないといけないな。
そう思いながらベッドに寝転がると、上下の反転した視界にパソコンが映った。
今までは帰ってすぐにパソコンの電源を入れ、ディスプレイに向かう生活が当たり前になっていた。
それが今日は、アニメの録画予約をするでもなく、ぼんやりと無駄な時間を過ごしている。
つまらない。つまらない。つまらない。
私は、友人にライトノベルを勧められていながらも、その大半を断ってきたのを後悔した。
文章だけの本を読むことに慣れていれば、今頃は一般的な文学作品を読めるようになっていた可能性もある。
お父さんが書いた作品を読んで、「コレつまらないね」などと批評することもできたのだ。
あるいはその内容に感動して、それまでのイメージが崩れて親を尊敬するようになる。
そんな展開の可能性もあったのに、私はとても大切なものを犠牲にして、一時の快楽に走っていたのか。
この漫画の主人公のように――。
「あ……」
無意識のうちに手にしていた漫画を慌てて閉じた。
休日にまとめて売りに行こうと考えていた漫画の第一陣。期待はずれの内容だったコミックのひとつ。
そんな物を取り出して読んでしまうほどに、私のオタク趣味は日常に染み込んでいるらしい。
私は閉じた本を元の紙袋に戻そうともせずに、床に放り捨てた。
古本屋で売れなくなるという考えは浮かんだが、それでも構わないとも思う。
私をお母さんの望む姿から引き離していた物たちなど、手荒に扱ってぼろぼろになっても気にならない。
「…………そう思わないといけないのになぁ」
本当にそうなのだろうかという疑問で心が埋め尽くされる。
私がオタクだったことで大切な何かを犠牲にしてきたというのは否定しない。否定できない。
それでも、私は失うだけではなかったはずだ。
漫画によって人生を学んだとは言わないが、いくつもの感動があった事だけは嘘にしてしまいたくない。
「お母さん、私は……」

そのとき携帯電話の着信音が聞こえた。私は『高良みゆき』という表示を確認して、通話ボタンを押した。
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