「エイプリル・バースデイ」 ID:pgKevKsj0氏

四月の最初の日、普段は利用者を見ない公園は、人で埋め尽くされていた。
何もない、小さな池と桜の木が生えているだけの場所だというのに、どうしてこんな状態になるのだろう?
私は自分も去年は同じように花見に来た事を棚に上げて、不思議に思った。
あの時はつかさとみゆきも一緒にいて、そして今と同じようにこなたもいた。
懐かしいな、そう思いながら自分と同じように桜を立ち見するこなたに向かって声をかける。

「入学式もまだなのに、もう桜が散りそうね……」

私の独り言に近い呟きに、「うん」という短い答えがあった。
こなたも感傷的になっているのだろうかと横を見ると、彼女の後頭部が目に入る。
視線の先を追うと、そこには人混みと、祭りらしい賑やかな屋台の集まりが見えた。
ああ、この真面目な空気が持続しないところは、本当にこなたらしい。
彼女が少しも変わっていないことが嬉しくて、私は思わずこなたに抱きついた。

「何か欲しいなら奢ってあげるわよ。今日はあんたの誕生日なんだから」

私の進学先として決まった大学は、自宅からあまりにも遠すぎて一人暮らし以外の選択肢は存在しなかった。
一人で地元を離れる不安や、自炊などの家事ができるのかという心配はもちろんある。
だけど、本当の不安はそんな小さなものじゃない。
距離が生まれることで、高校生活の間にできた友人から忘れられてしまわないかと思ったのだ。
私のほうは、新しい生活に慣れるための準備期間を暮らすだけで、寂しさを感じる。
地元から離れない進路を選んだ三人は、気軽に会える距離にいる。
ゼロと二人。
その会える人数の差が羨ましくて、私の不在がどれだけ寂しさを与えているのか知りたくて、嘘をついた。

「明日みんなで集まる約束をしていたけれど、そっちに行けるのは一日遅れになりそう」

会いたいのだから普通に会えばいいのに、言葉が欲しくて嘘をつく。
残念だな。久しぶりに会えると思って、楽しみにしていたのに。
そんな風に言ってもらいたくて、こなたに電話で嘘を言った。
既に家に帰っているので、つかさは本当のことを知っている。
それでも厳重に口止めをしていたのだが、彼女はまったく騙されなかった。

「だって、声が辛そうじゃないって気づいたから。本当はもう戻ってきているんでしょ?」

待ち合わせ場所に現れたこなたの顔を見て、嬉しいとは感じたが少しだけ悔しくもあった。
嘘を見破られる程に自分を理解されているというのは、相手が一枚上手ということでもある。
私はどうにかして、この勘の鋭い友人を驚かせたくて、思いつきを口にした。
「今から誕生日のお祝いをしよう」と。
当然、誰の誕生日か尋ねられた。
私達の知り合いで、この日に産まれた人はいない。
私が指差すとこなたは困ったような顔をして、「今日じゃないよ」と呟いた。
知っている。だけど、それは関係ない。

「いいじゃない、嘘の誕生日でも。今日は嘘が許される日なんだから」

突拍子もない提案だったが、自分でも良いアイデアだと思った。
行きたい場所へ行って、食べたい物を食べて、過ごしたいように過ごす。
そんな思い出を作るために、それが嘘であっても、誕生日を理由にするのは悪くない。
ところが、好きな場所に連れて行ってあげると言って、こなたが選んだのがこの公園だった。
私を気遣ってお金のかからない場所を選んだのかとも思ったが、その考えはこなたの表情を見ていて消えた。
綿飴をかじる姿は楽しげで、空いた片手で舞い散る花びらを掴もうとする動きに、退屈は感じられない。
相手が本当に楽しんでいるか、そうでないか。その判別には少し自信があった。
こなたが楽しんでいるのなら、こちらも不満があるわけではない。
私達は短い言葉を重ねながら桜を見て、ゆっくりと時間が流れていく。

「明後日は雨だって言うし、もう数日で桜も終わりかな」

友人の真似をして手を動かし、二枚目の花びらを手に入れたところで私は呟いた。
こなたは、「そうかもね」と同意して、再び花びら掴みを始めながら、続く私の言葉をぼんやり待った。
私もこなたから空中に視線を戻すと、ちょうどこちらに降りてくる花びらが視界に入った。
私は手を伸ばし、言葉を紡ぐ。

――三枚目

どうして、ぜんぶ思い出になっちゃうんだろう。
良いことも、嫌なことも両方あったはずなのに、いつの間にか綺麗なものとして心の中に片付けられる。
高校では、こなた達と色々なことをしてきたけど、将来それが『学生らしい思い出』になりそうで怖いな。

――四枚目

わかるかな。たくさんの想いを編集して、見栄えの良い所だけを抜き出して、ラベルを貼って保存して……。
よく、変わらないものはない、って言うわよね。
それでも変わって欲しくないと思う私は、わがままなのかな?

――五枚

「ねえ、かがみ。花びらを何枚まで掴めた? たぶん勝ったと思うんだけど」

それまで話に無反応だったこなたの言葉に、私は思わず差し出された手をじっと見た。
八枚の花びらが、小さな手のひらにのっている。
反応速度の差はともかく、後から始めた私が確実に不利だというのに、こなたは得意げに胸を張った。

「一年後にまた桜が咲くように、私達も変わらないよ。絶対にね」
「根拠もないのに、すごい自信ね……」
「うん? 敗者の意見は聞かないよ。悔しかったら、また来年に勝負して勝てば?」

来年という響きに、私の反論は封じ込められた。
それは、また来年も一緒に花見に行く関係でいようという意味。
嘘までついて聞こうとした、「会えなくて残念だ」などの言葉よりも、ずっとずっと欲しかった言葉。
友達ではなくなってしまうという不安を消す、魔法の言葉だ。

「どれだけ時間が経っても、会えなくても、私はかがみの知っている泉こなたでいるよ」

こいつは、どれだけ私を喜ばせる方法を知っているんだろう。
たとえ嘘でも、こなたの誕生日を祝うと言っていたはずなのに、私のほうが喜んでいる。
私が涙ぐんだ声でそう言うと、こなたは私の目を見て言った。

「別にいいんじゃないかな。そういうのも友達って事だと思うし、それに今日はかがみの誕生日だよ?」

私は驚いて、「誕生日」と繰り返した。こなたはそれに満足げに頷く。
まさか同じ手を使われるとは思わなかった。
私は泣かないようにと必死に堪え、なんとか明るい声を出した。

「そっか。じゃあ、誕生日プレゼントに何をもらおうかな」
「あー、言っておくけど、かがみだけじゃなくて、私もプレゼントを貰う立場だからね」
「わかってるわよ。……そうだ。新しいお母さんをプレゼントしようかな」
「かがみがうちのお父さんと結婚して?」
「そうそう。それであんたは柊こなたになるの」
「あれれー、苗字変えるの私たちなんだ」

私達は声を出して笑った。
周囲の目は気にならない。私達以上に騒いでいる人間は、こんな場所には大勢いる。
そして、いなかったとしても気にすることはなかっただろう。

「だけど。ゆーちゃんにそれを言ったら、今日の日付に関係なく、かなり良い反応してくれそうだよね」
「そうね。せっかくだし、今からあんたの家に行って試してみようか。おじさんにも協力してもらってさ」
「うんうん。よーし決定。今年のエイプリフールはその作戦で行ってみよう!」
「あはは。やりすぎて、訂正しても信じてもらえないようなことは言わないようにね」

私達がどうやって友達になったのかはよく覚えていない。
もちろん仲良くなった理由を考えることはできる。
だけどそれはあくまで後付けで、きっと本当の理由じゃない。
同じ学校、同じ年齢、共通の友達に、共通の思い出。
理由はいくらでも思い浮かぶけれど、それらにこだわる必要はなかった。
私達は理由がなくても一緒にいて、何の根拠もないけれど、ずっと友達でいることは間違いない。
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