ID:dGJRxqLSO氏:旅の途中

 カタンコトンと、レールを鳴らし列車が走る。
 自分以外には誰もいない車内で、泉こなたは目を閉じてその振動を楽しんでいた。
 ふと、目を開けて窓の外を見る。
「…おー」
 その景色に思わず感嘆の声が出た。
 目の前に広がる青い海。なんの変哲もない普通の海だというのに、こなたはなんだか子供の様な高揚感をおぼえていた。
 この辺りを歩いてみようか。
 こなたはそう思い、自分の小さな身体には少し不釣り合いな、大きめの旅行鞄を肩にかけながら席を立った。


「お嬢ちゃん、ここで降りてもなんもないよ?」
 駅から出た直後、こなたは外で植木に水をやっている駅員にそう声をかけられた。
「みたいですね…でも、そういう所を歩いてみたいんですよ」
 こなたの返事に駅員は目を丸くした。
「若いのに変わってるねえ…」
「よく、言われます」
 こなたは少し笑いながらそう言い、駅員に手を振って歩き出そうとした。
「ああ、ちょっと待って」
 そのこなたを、駅員が引き止める。
「なんですか?」
「どっちに向かうんだい?」
 こなたは顎に手を当てて少し考え、列車が走り去った方を指さした。
「とりあえず、線路沿いに一駅くらい歩こうかと」
「そうか…あー、まあ見れば分かると思うけど、次の駅は潰れちまってるからねえ、そこで列車待っちゃダメだよ」
「あ、そうなんですか…」
「それと…もうちょっと待っててくれ」
 そう言って駅員は駅舎の中に入って行った。
 こなたが首を傾げながら待っていると、駅員はアルミホイルの包みを持って戻ってきた。
「これ、持ってけ」
「…なんです、これ?」
 差し出された包みを受け取りながら、こなたがそう聞くと、駅員が歯を見せて笑った。
「おにぎりだよ。こっから先は、ほんとなんも無いからな。腹減るぞ」
「はあ、なるほど…わたし、こういうのは遠慮しない主義なんで、ありがたく貰っときますね」
 こなたの物言いに、駅員が苦笑する。
「お嬢ちゃん、ほんと変わってるねえ」
「よく、言われます」
 そう言ってこなたは駅員に、ニコッと微笑んで見せた。



― 旅の途中 ―




 一人旅をしよう。それも、観光地でもなんでもないような場所を。
 なぜそんな事を思いついたのか、こなた自身もよくわからない。
 そういった漫画やアニメを見たわけでもなく、はまったゲームにそういう場面が出てきたわけでもない。
 ただ唐突に旅がしたいと思い、即座に実行に移したというだけだった。
 一人旅には反対するだろうと思っていた父のそうじろうは、意外にもあっさりと了承してくれた。
 大学生になったことで、ある程度は自立を認められてるという事だろうか。
 そのことをこなたは嬉しく思ったが、同時に少し寂しさらしきものも感じていた。


 線路沿いの道をのんびりと歩く。
 久しく持って無かった時間、感じて無かった空気に、こなたの顔が綻ぶ。
 こういうのも悪くない。そういう事を素直に感じられる自分に、こなたは少し気恥ずかしさを覚え、照れたように頭をかいた。
 そうこうしてる内に、こなたは自分の腹の音が鳴るのを聞いた。
 腕時計を見てみると正午を少し過ぎた時間。どこか座れそうな場所でもないかと辺りを見回したこなたは、線路の先に何か建物があるのを見つけた。
 そういえばと、こなたは先程の駅員が廃駅の事を言っていたのを思い出した。
 中には入れないだろうから、外にあるベンチででも昼食を取ろうと、こなたは少し足を早めた




「…まさか入れるとは」
 廃駅の中。こなたはそう呟きながら、ホームにあるベンチに腰掛け、おにぎりの包みを開いた。
 一口食べたこなたは、思わず顔をしかめた。味付けは塩のみで、何も入ってないシンプルなおにぎり。その塩が効き過ぎていてかなりしょっぱい。
 しかたなく、こなたはペットボトルのお茶で少し味を薄めながら、おにぎりを食べていった。


「…これは珍しい」
 おにぎりを食べ終わり、指についた米粒を舐め取っていると、入り口の方から声が聞こえた。
 こなたがそちらの方を見ると、一人の老人がゆっくりとした足どりで近づいてきていた。
「隣、よろしいですかな?」
 そして、ベンチの近くに立ってそう聞いてきた老人に、こなたはコクコクと頷いた。
「まさか人がいるとは思いませんでした…ご旅行かなにかで?」
「ええ、まあそんな感じで…えーっと、お爺さんはこの辺りにお住まいで?」
 こなたがそう聞くと、老人はゆっくりとした動作で頷いた。
「散歩ついでにここで過ごすのが日課でしてな。駅が使われなくなった後も、こうして通り過ぎる列車を眺めているんです」
 そう言いながら、老人が目を細める。
「もう通り過ぎるだけの場所になってしまいましたが、私にとってはここは終着駅なんですよ」
「終着駅、ですか…」
「ええ。この土地で生涯を終える…人生の終着駅です」
 老人の話に、こなたは何となく居心地の悪さの様なものを感じていた。
「ああ、すいません。つまらない話でしたな…若い人と話すことなど、なかなか無いものですから」
「え、あ、いや…」
 自分の考えを見透かしたような老人の言葉に、こなたは慌てて首を横に振った。
「え、えっと…ご家族とかは…」
 そして話題を変えようと、そんな事を口走っていた。
「妻と娘がいますよ。もっとも、娘の方はだいぶ前に他界しましたが…」
「そ、そうでしたか…」
 選択肢を間違えた。こなたの頭の中をそんな台詞が過ぎった。
「一つ、お聞きしていいですかな?」
 こなたがダラダラと脂汗を流して焦っている事に気がついていないのか、老人は変わらないのんびりとした口調でそう言った。
「は、はい、なんなりと…」
「そうじろう君は、元気で過ごしていますかな?」
「…え?」
 こなたは、老人が何を言ったのか理解出来なかった。
 確かに今、『そうじろう君』と自分の父の名を言ったのだが、なぜこんな旅先でその名が出てくるのか、わからなかった。
「ど、どちらのそうじろうさんで…?」
 きっと同名の別人に違いない。こなたはそう思い、老人にそう聞き返した。
「あなたの父親のそうじろう君ですよ…泉こなたさん」
 こなたは口をポカンと開けて絶句していた。
 今度は自分の名前までピタリといい当てられた。
 この人は一体誰なんだろう?自分が忘れているだけで、どこかで会ったことあるのだろうか。
「あ、あの…なんでわたしとお父さんの事を知って…えと、どこかで会いましたっけ…?」
「会ったことはありますが、あなたかはまだが物心もつかない赤ん坊でしたよ…けど、一目でこなたさんだとわかりました。あなたは本当に良く似ている…私の娘に」
 その言葉で、こなたはこの老人が何者なのか理解した。
「え…それって…お、おじいちゃんってこと?…わ、わたしの…」
 少し混乱したように言うこなたに、老人は目を細めて頷いた。
「そう、なりますな」
 偶然にも程がある。
 こなたには、何だかこの旅が仕組まれたものなんじゃないかとさえ思えてきた。
「娘が…かなたが死んで以来、そうじろう君はすっかりこちらに来なくなりましたから」
 そう言えば、お父さんが里帰りとかしたとこ無いな。
 こなたはそんな事を思いながら、老人の話をじっと聞いていた。
「きっとそうじろう君は、かなたの事で責任を感じでいるのでしょう。駆け落ちのように出ていって、そのままこうなってしまって…」
「…お父さん、変なところで真面目だから」
 思わず呟いてしまったこなたの言葉に、老人は目を細めた。
「昔から…子供の頃から、あの子は変わらずそうでした。かなたは、そういうところも好いていたようでしたが…」
 少し顔を上げ、懐かしそうに語る老人の横顔を、こなたはチラチラと横目で見ていた。
「…そうじろう君に伝えて貰えますかな?」
 その老人の顔が急にこちらを向き、こなたは慌てて視線をそらした。
「な、何をでしょう…」
「私たちは、何も恨んでなどいない…むしろ、貴方には感謝している、と」
 こなたは再び視線を老人に向けた。
 老人は変わらず温和な表情を浮かべている
「娘は最後の最後まで幸せだった…それは確かな事で、そして…それはそうじろう君のおかげだと、私たちは信じていますから」
 こなたは老人の…おじいちゃんの変わらぬ優しい表情を、じっと見つめていた。



 廃駅を出たこなたは、歩きながら、祖父から託された言葉をどう父に伝えようかと考えていた。
 ふと、こなたは立ち止まって、さっきの廃駅の方を振り向いた。
 ホームにあるベンチ。人生の終着駅と自ら称したその場所で、おじいちゃんはじっと空を眺めていた。
 こなたはその姿を目に焼き付けるようにじっと見つめ、大きく頷いて歩き出した。

 旅はまだ途中なんだ。
 そう、心で呟いて。



― 終 ―


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