ID:zgfhbEbX0氏:シェルブールの雨傘

 ”雨降りて、待ち人来たらず”

 まったく、よく当たる占いだと思う。
それこそ、悔しいくらいに。

 おととい本州に上陸した台風が、昨日の夜から暴風雨を関東にもたらしていた。
電車は軒並みストップ、とはいかないまでもダイヤは狂い放題。
おかげで今日のみなみちゃんとの予定はキャンセル。
せっかくの早起きも無駄になって、退屈しのぎの雑誌も本もまるで頭に入ってこない。
いつもは嫌いじゃない土曜お昼ののんびりしたテレビ番組も、とても見る気にはならなかった。

 お姉ちゃんは12時過ぎに起きて軽く食事をしたら、すぐにかがみ先輩のとこに遊びに行ってしまった。
私には、それが羨ましくてしょうがない。
私とみなみちゃんの距離、物理的な距離と心の距離、それがもどかしい。
それは遠慮だったり自重だったり、引け目を感じて大雨の日に彼女を家に呼べないことだったり、
こんな日じゃ迷惑かもって一歩踏み込むのを迷ったりすることで。

 時間を重ねるごとにそんな、重たく蒸した今日の空気みたいな、
澱んだ空間が二人の間に広がってくのを感じる。

 ”一番の親友”なんだけどな。


 雨は一向に弱まる気配を見せず、ざらざらとこの家に降り注ぐ。

『また明後日、学校でね』

 みなみちゃんとのメールは、彼女のそんな一言で締めくくられていた。
返信して、そのままメールし続けてればよかったんだけど。
なんで私、なんにも返さなかったんだろ。

 返信。
To:みなみちゃん
『やっぱり、今から遊びに行っちゃダメ?』

 文字にしたらホラ、たったこれだけ。
あとはキーを押すだけ。
だけど、指先がどうしても動かない。
もどかしいなあ、切ないなあ。

 携帯を畳んでポケットにしまって、私はソファに横になった。

 雨音がざらざらと、耳にさわった。



 気が付けば、時計の短針はとうに3を通り過ぎていた。
お昼寝には少し長すぎたけれど、しょうがないと思う。

 習慣的に携帯を開けば、新着のメールが一通。
誰かな、みなみちゃんだったら嬉しいな。
なんて、寝ぼけまなこをこすりながらメールを開封する。

From:みなみちゃん
『やっぱり、これから遊びに行ってもいい?」

 夢かと思って眉間をつねった。
夢じゃなかった。
気のせいかと思って下書きを見た。
私のメールは送られてないままだった。

 アドレス帳を開いて彼女の名前を確かめる。
キーを二回押して電話を耳にあてる。
繰り返すコール音を聞きながら、祈った。
お願い、神様。
いやな占いを叶えるくらいなんだから、私のお願いも聞いてください。
お願い……お願い!

 不意にコール音が切れた。

 後に続くのは、彼女の声。
優しく私の名前を呼ぶ、控えめな声。

 ありがとう、神様。

「……みなみちゃん、メールありがとう。あのね……」



 電話を切ってから、私は手早く準備を済ませた。
朝のうちにメイクも着替えも済ませて、そのままでいたのが幸いだったみたい。
お昼寝のせいでくずれた髪のセットも、湿気のせいにして適当にまとめちゃえばいい。
とにかく今は、一分一秒の時間がもったいなかった。

 お姉ちゃんはきっと夕飯まで帰ってこないし、おじさんは朝からずっと書斎にカンヅメでお仕事中。
だから、お昼ごはんの残りと一緒に置手紙を残していこう。
心配かけちゃったらごめんなさい、でも、笑って許してくれたら嬉しいです。

 お気に入りのレインブーツを履いて、愛用の傘を持って、物音を立てないように玄関をくぐった。
今日はお泊りになるかもしれません、いってきます。
なんて手紙に書いたのと同じことを、おじさんに聞こえないとわかって囁きながら。

 外は相変わらずひどい雨、軒下に居てもし水しぶきが服を濡らすくらい。
玄関から見える道路は水たまりだらけ。
電車の運行状況なんてめちゃくちゃで、止まってるのだってあるかもしれない。
みなみちゃんの家に着くのは、いったい何時くらいになるんだろう。
夕方なんて通り過ぎて夜までかかるかも、もしかしたらたどり着けないかも。
きっと今日は帰れないし、明日だってどうなるかわかんない。

 小さすぎる私の体は、すぐに不安に負けそうになる。
だけど今日は、そんなことで縮こまってる場合じゃないんだ。


 私は鞄から携帯を取り出して、そして、二通のメールを見比べる。

 To:みなみちゃん『やっぱり、今から遊びに行っちゃダメ?』(13:05)
From:みなみちゃん『やっぱり、これから遊びに行っていい?』(13:22)

 おんなじことを考えてた、私たちの時間差は、17分。
たった17分しかない?
17分もある?
そんなの、どっちでもいい。
距離が近づけば時間差は小さくなる。
今日みなみちゃんが踏み込んでくれた一歩ぶん、私たちの距離だって縮まった。
それじゃあ今度は私の番。
もう一歩、ううん、何歩でも踏み込んでその17分の時間差を、それを生み出している距離を無くしたいって思う。
もっともっと、みなみちゃんに近づきたいって思う。
だから勇気を出して。
私は、みなみちゃんに会いに行く。

 携帯を鞄に閉まって傘を開くと、私は土砂降りの只中へ体を躍らせた。

 傘にかかる雨の音色はざらざらと、まるで歌っているようだった。


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