秋の風が頬を撫でる。その涼しさ、気持ち良さに思わず目を閉じる。
いいなあ、こういうの。わたしは目を閉じたまま前にある大きな背中に体を預けた。
「おい、こなた。寝るなよ、落ちるぞ」
チリンチリンと自転車のベルと共にダーリンの声がした。
「寝てないよー。寝たいほど気持ちいいけどねー」
「…落ちたらそのままほっていくぞ」
酷い事をおっしゃる。
「あの辺でいいか?」
続いて聞こえてきたダーリンの声に、わたしは目を開けた。
川の側の土手を走るわたしを乗せた自転車。
「うん、いいよ」
わたしが答えると自転車が傾き、坂を川辺に向かって降りていった。
- 命の輪の流れ -
「ほいさっ」
我ながら気の抜ける掛け声と共に、サイドスローで投げた小石が川面を五回ほど跳ねた。
「上手いもんだな」
感心した声をあげるダーリンに向かって、ピースサインをして見せる。
「…なんか悔しいな」
そう呟くダーリンは最高二回という有様だ。結構不器用なのね。
「しゃーない、最後の手段だ」
ダーリンはそう言いながら足元を探し始めた。
そして手に取ったのは拳ほどありそうな大きな石。
「…それ、絶対跳ねないよ」
わたしの忠告を無視して、ダーリンはその石を構えた。
「せいっ!」
そして、掛け声と共に石をオーバースローで水面に叩きつける。
爆音、と言っていいくらいの音。わたしの身長くらいありそうな水柱。あ、魚が飛んでる…。
「どうだ。十回分くらいはあっただろ」
いや、十回じゃきかないだろうけど…バカだこの人。
「…とりあえず、吹っ飛んだお魚さんにあやまれ」
わたしの言葉に、ダーリンは川に向かって頭を下げた。
「しっかし、アレだな」
そう言いながらダーリンが軽い感じでボールを投げてくる。
「なにー?」
そう聞きながら、わたしは手にはめたグローブでボールをキャッチした。ズシッと重い感触。ホント、馬鹿力とはよくいったもんだ。
「相変わらず、女の子とデートしてるって気がしない」
「あー、そうですかっと」
言いながらわたしはダーリンの頭の上を越えるように、思い切りボールを投げた。
取りそこねたダーリンが、慌ててボールを追いかける。
「そう言うならたまにはダーリンがプラン立ててよー。わたしにばっか任せてないでさー」
その背中に、わたしはそう言った。
「…そう言ってもなあ」
ボールを拾ったダーリンが、なにかブツブツ言いながら戻ってきた。
「まあ、あんときは流石に女の子とって感じがしたけどな」
「へー、どのときー?」
嫌味ったらしくわたしが聞くと、ダーリンはボールを投げてきた。
「ほら、お前んちに初めて泊まったとき」
わたしの目の前が真っ白になった。たぶん、顔は真っ赤だ。
初めてって…泊まったって…あんときは…あんとき…いや、あれは…当たり前ってか…。
もやもやを消そうと思いきり目をつぶると、ゴンッと鈍い音と共にわたしの額に何かがぶつかった。
夕焼けが眩しい土手に、二人並んで座って川を眺める。風が気持ちいいけど、額はまだヒリヒリ痛む。
このみょーな癖なんとかしないと、その内事故とかしそう。
お父さんという、ある意味素晴らしいお手本がいるから、下ネタとか恥ずかしい話には強いと思ってたんだけど、彼の前だとどうもおかしな感じになる。
これが惚れてるって事なんだろうなあ…あ、ダメだ。また顔が熱く…。
「なあ、こなた」
「ひゃあいっ!?」
いきなり話しかけられて、飛び上がらんばかりに驚くわたし。あーもー心臓に悪いって。
「…相変わらずだな」
あ、ダーリンちょっと呆れてる。
「ほっといてちょうだい…で、なに?」
「いや、まあ…」
ダーリンは何か言いにくそうにしながら、わたしを抱き寄せた。
「…こうしたかったってだけだ」
…だけって…ああ、もう…。
動き回ってたせいか、ちょっと汗くさい。でも、不快感は全然ない。むしろいいにお………いやいやいや。わたし変態じゃないし…たぶん。
「どうかしたか、こなた?」
何か感づいたのか、ダーリンがそう聞いてきた。
「え、いや…あー…ボールぶつけられたの、まだ謝ってもらってないよ」
様子がおかしいのを悟られないように、ごまかしの言葉を口にするわたし。
「あれ、そうだっけ…まあ、悪かったな」
うわあ、気持ちこもってなさすぎ。
「…なにそれ、全然誠意が感じられないよ」
「いや、お前がぼーっとしてたのも…」
「ダーリンが変なこと言うからだー」
言い訳を遮ってわたしがそう言うと、ダーリンは呆れたようにため息をついて、わたしをさらに近くに抱き寄せた。
「え…ちょ」
わたしが何か言う前に、唇がダーリンの唇で塞がれた。ずるいことするなあ…。
わたしはそのまま、ゆっくりと目を閉じた。
結構長い時間の後、ダーリンが唇を離した。それと同時にわたしは目を開けた。二人の唇の間を唾液が糸を引いていて、なんかエロい。
「誠意。こんなもんでいいか?」
ダーリンが顔を赤らめながらそう言ってきた。無理してるなー。
なんかそれ見たら、わたしの方はちょっと落ち着いた。
「…このドスケベ」
そう呟きながら、わたしはダーリンにもたれかかった。
風の音。虫の声。川のせせらぎ。対岸の子供達の歓声。
色んな音が混ざり合って聞こえる。
こんな風に景色を感じるなんて、高校生の頃は思いもしなかった。
この感じを言葉にしたい。最近そう思うようになってきた。
でも、思うだけじゃきっとできない。できるようになるために、やらなきゃいけない事はたくさんある。
それはきっと、わたしが思ってるよりずっと大変なこと。わたし一人じゃ踏み出すことすら困難だろう。
わたしは、わたしの髪を撫で始めた彼の名を呼んだ。
「…なんだ?」
いつもと違う呼び方をしたせいか、少し戸惑った感じだが、彼はわたしの呼びかけに答えてくれた。
「…呼んでみただけだよ」
この人が欲しい。心からそう思う。
誰よりも、なによりも近くにいて欲しい。
誰のためでもなく、わたしのためだけに。
自分でも驚くくらいに、この欲望は大きくなっている。
「…寝るなよ」
いつの間にか目を閉じていたわたしに、彼が声をかけてきた。
川の音が少し大きくなった気がした。
求婚してみよう。わたしはまどろみの中で、そう決意していた。
この人とならきっと、この川の流れのように、いつか大きな海へ…。
- おわり -
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- 名前を想像して楽しむというのもアリかと
俺もギャルゲなんかでよくやってたり
ちなみに娘はこちらでは「なゆた」と名付けてます -- 名無しさん (2010-09-25 20:13:12)
- ↓あ、名前設定あるんですねww
自分勝手に「だいご」って名前着けてましたwwwすみませんorz
ちなみに娘は「ひかり」です
元ネタは・・・某特撮ヒーローの主人公からで(爆) -- 名無しさん (2010-09-25 16:11:10)
- はい、結婚直前の話です。
そういうのが気になる人もいると思うのと、自分の名前センスがアレなので、このシリーズも含めて、自分のSSでオリキャラを出す時は名前は出さないようにしてます。
キャラ付けしやすいように、設定上は名前あるんですけどね。
一応、ダーリンの名前は「せいたろう」です。 -- 名無しさん (2010-09-21 22:13:50)
- 時代交差的には結婚前の大学時代、まだ交際してた頃でおk?
なんかこなた可愛いですねwww
感動もギャグも変幻自在に織り込んで本当にこのシリーズの作者さんは天才だと思う
ところでそろそろダーリンの名前を(ry -- 名無しさん (2010-09-20 10:22:47)
- すらすら読めました
GJ! -- CHESS D7 (2010-08-31 21:20:55)
最終更新:2010年09月25日 20:13