ID:ly1Xbwo0氏:道草 つかさの忘れ物

この物語はID:bz0WGlY0氏:道草の続編です

 今日はイライラする、最終バスに乗り遅れた。歩いて駅に行かなければならない。一時間くらいか。たまには歩いて帰るか。
私はゆっくり駅に向かって歩き始めた。バスに乗っている時は風のように流れて過ぎていく風景。こんなにゆっくりと動く景色。まるで時間が止まっているようだ。
日はすっかり沈み、空は赤く染まっている。半ばくらい歩いただろうか。……あの頃は良かった……いや、そんな事はない。私は決めたんだ。
あの時の私はもう捨てたんだ。弱虫だった頃の私は。 忙しい毎日、だけど充実していた。峰岸さん、泉さんと
共同出資をしてレストランを経営をした。最初は順調だったけど……。

 数時間前
みさお「美味しかったよ、すごく」
あやの「ありがとう」
みさお「でもよ、この店の最初の頃の方がもっと美味しかったような気がする……」
あやの「……ひいちゃ……違った、店長の方針だからね」
そこにウェイトレス姿のこなたがデザートを持ってきた。
こなた「はい、お嬢様、デザートをお持ちしました」
みさお「……おい、ここはいつからメイド喫茶になったんだよ」
こなた「勝手知ったる仲じゃないか、このくらいの冗談はないとね、みさきち達の時だけだよ、こんなことするのは」
みさお「それを聞いて安心したよ、でもよ、店の雰囲気、最初はもっと明るかったような気がしたんだけど」
こなた「……つかさ……違った、店長の方針だからね」
みさお「店長ってつかさの事か……どうしたんだよ、らしくないぞ、やっぱりあの時の事がよほど堪えていたんだな、まあ、気持ちは分らないわけじゃないけどな」
こなた「しー、声が大きいよ、つかさに聞こえちゃう」
つかさ「峰岸さん、泉さん、最終オーダー聞いてきてちょうだい、もう閉店の準備だよ」
私は聞こえていたけど、聞こえない振りをした。
みさお「つかさ、ラストオーダーっても今日は試食会で私が呼ばれたんだかから、客は私だけじゃないか」
つかさ「……そうだった、だけどもう充分試食したでしょ、今日はもう帰って、感想は後日聞くから」
みさお「ちょ、まだデザート全部食べてないって……」
つかさ「ありがとうございました」
私は追い出すように日下部さんを外に出した。

 店内に客はいない。BGMが微かに流れていた。私は二人を目の前にして叱りつけた。
つかさ「泉さん、少なくとも勤務中は学生時代の名前の呼び方は止めようって約束したよね、ちゃんと守ってもらわないと」
こなた「……今日は試食会、みんな高校時代の同級生じゃないか、いいじゃん、そのくらいさ……」
つかさ「だからダメなの、それだからケジメがつかない、そう言ってるじゃない」
こなた「別にいいじゃん、客が減ったわけじゃないし……むしろ増えてるくらい、何もそこまでしなくても、つかさ、何が気に食わないのさ」
今日はいやに反抗的。私も怒った。
つかさ「……泉さん、今日はもういいよ、後は私と峰岸さんで片付けるから、お疲れ様」
こなた「……分ったよ店長、食器だけ片付けるよ」
泉さんは日下部さんに出していた食器を手際よく重ねると厨房に持っていった。私は一回おおきくため息をついた。

あやの「どうしたの?、確かにそういう約束をしたけど、こんな時くらいは和気藹々と……ひいちゃん、もしかしてまだあの時の事を?」
つかさ「峰岸さんまで……」
あやの「もう勤務時間じゃないよ、だからもういいでしょ、質問に答えてひいちゃん」
あの時の事。そうあの時から私は自分は甘かった事に気付いたんだ。
つかさ「そう、一年前の食中毒事件、あれで私は気付いたんだ、今までのやり方じゃダメだってことが」
あやの「そうだったね、あの時は大変だった……でも結局私達の店からは菌は見つからなかった、そうでしょ、濡れ衣だった、そしてより衛生面に
     気をつけて、材料管理だってより厳しくしてきたじゃないの、それにもうあの事件の事なんかお客様はだれも気にしていないと思う」
つかさ「そうでもないよ、これを見て」
私は事務室から何通かの手紙を峰岸さんに見せた。
あやの「……これは、『店をやめろ』『この町から出て行け』『いつまで腐った料理出しているんだ』……なに?この手紙」

つかさ「見て分るでしょ、苦情の手紙……だよ」
あやの「……これは苦情じゃない、営業妨害じゃない、こんな手紙気にしなくていいよ……そうだ、この手紙柊ちゃんに見せよう、法律の事なら
     きっと力になってくれる」
私は手紙を峰岸からひったくるように奪い取った。
つかさ「そんな余計な事しなくていいよ、これは私達の問題だよ、姉さん、かがみ姉さんの世話になんかならないよ」
あやの「どうしたの?、姉妹じゃない、何時からそんな他人みたいに、柊ちゃんだってそう言う相談にのるって言ってったじゃない、その時一緒に居たでしょ?」
つかさ「姉さんは助けてくれなかった、だから……もう、身内には頼らない、そう決めたんだ」
あやの「ひいちゃん、手紙だってなんでもっと早く言ってくれなかったの?、私達は共同経営者じゃないの?」
こなた「つかさ、変わったね」
私服に着替えた泉さんが立っていた。私達の会話を聞いていたようだった。
こなた「レストランをやろうって言ったのはつかさだった、峰岸さんも話しにのった、あの頃は本当に楽しかった……まだぜんぜんお客さんはこなかったけど、
     メニューを決めたり、新しい創作料理を試したり、借金があるなんて忘れるくらい楽しかった、それなのにあの事件以降のつかさは、なんだよ、
     レシピは教科書どおり、何から何まで管理してさ、どこかの工場の大量生産と同じだよ、笑いも、余裕も無くなった、ただ料理を出すだけのお店、
     これじゃ、つかさの思ってた店と違うじゃないか……あの高校時代のつかさはどこにいったのさ、私は今のつかさと仕事なんかしたくないよ」
つかさ「泉さん、もうあの頃の私じゃない、店長としての責任、経営者としての立場だってあるよ、昔みたいに甘えてちゃだめなんだよ」
こなた「私はそうは思わない……実はかがみから誘いがきてるんだ、知ってるでしょ、かがみは司法試験合格したって話、それで独立するって、
     それで、スタッフにならないかって言われてるんだ」
つかさ「それで?、返事はしたの?」
こなた「かがみは変わらない、昔のままのかがみだよ、髪型だってそのまま、もう成人したからやめたらって言っても変えようとない、つかさはリボン外しちゃったね
     、そんなつかさは……このままだと私……」
つかさ「姉さんの方がいいんだ、昔の馴れ合いなんかで生きていけるほど世の中甘くないよ」
まさかそんな事を言い出すとは思わなかった。忠告を混ぜて泉さんを止めようとした。あの時の姉さんと同じように……。
こなた「返事は一週間後なんだ、まだ言ってない、それだけ……お疲れ様」
泉さんはそのまま店を出て行った。店のBGMも止まり、店の明かりも半分消えた。峰岸さんが後片付けをしていた。私は呆然と泉さんが出て行ったドアを
眺めていた。そんな私を見て峰岸さんが私に言った。
あやの「ひいちゃん変わったね、昔のひいちゃんだったら泣いて泉ちゃんを止めてたでしょうに……それを泉ちゃんも期待してたと思うけど」
また言った。変わった。そう、変えなきゃだめなんだ。
つかさ「なんで泣いて止めなきゃいけないの?、泉さんだっていい大人、どっちに行くかくらい自分で決めなきゃ」
あやの「そうね、でも昔のひいちゃんだったら……」
私の怒りが頂点に達した。
つかさ「なんで?、昔、昔、ってみんな言って、昔の私だったからあんな事件が起きた、昔の私だったからお客さんも来なかった、今を見てよ……
     収入だって倍増、借金だって今年中には全額返却……昔のままだったらもうお店潰れてるよ、それでも良かったの?」
あやの「良くはないけど、それでも良かったかもしれない」
つかさ「もう今日はいいよ、私の片付けしか残ってないよね、私が戸締りするからもう帰っていいよ……お疲れ様」
峰岸さんはまだ私に話したいことがあったようだったが、諦めるように店を出て行った。暗く静かな店に私一人残った。

 店の戸締りをした。少し歩いて振り返った。お店全体が私の目に入ってきた。確かにこんなに早く自分のお店を持てるとは思わなかった。
泉さん達が強力してくれたのは確かだけど、資金だけはどうにもならなかった。そんな時、お父さんとお母さんが資金を出してくれた。やっぱりこの店をつぶす
なんてできないよ。また私は心に硬く誓う。何気に腕時計を見た。しまった。バスに乗り遅れちゃう。私は慌ててバス停に急いだ。バス停に最終バスが
通り過ぎた。 いらだちが積もった。歩いて帰るかな。一時間くらいか。しばらく歩いているとそこに私を後ろからアップライトを当ててきた車があった。
その車は私の前に止まった。ウィンドーが開くと泉さんが乗っていた。
こなた「乗りなよ、アパートまで送ってあげる」
私は無言でドアを開けて車に乗り込んだ。車はすぐさま発進した。車は静かに進んでいく。私は少し驚いた。
こなた「あれ?、つかさ、私の運転で乗るの初めてだっけ?」
つかさ「うん……成実さんの運転をイメージしてた……」
こなた「うははは、ゆい姉さん、確かに凄い運転だよ、でもいくら身内でも同じって訳じゃないよ」
泉さんは笑った。私も釣られて笑った。
こなた「……やっと笑ってくれた、つかさはやっぱりそうでないと……そういえば昔海行ったよね、ゆい姉さんと黒井先生が引率で、私は黒井先生の車だったね、
    黒井先生の方向音痴ときたら凄かったんだよ……」
つかさ「……こなちゃん、それ何度も話してたよね、確か、その日は移動だけで終わっちゃったんだよね」
笑いながら私は答えた。
こなた「やっと私をそう呼んでくれた……思い出した?、昔の自分を」
私は我に返った。こんなはずじゃなかった。
つかさ「車を止めて、もうここから歩いて帰るよ」
こなた「ちょと、もう後数分で着くよ」
つかさ「いいから止めて!!!」
叫ぶような私の声に泉さんはブレーキをかけた。車は静かに止まった。泉さんはハザードランプを点灯させた。私はシートベルトを外した。
こなた「つかさ、どうしたんだよ……そうだ、明日店は休みだし、久しぶりに買い物にでもって思ったんだけど」
つかさ「どうせ買い物って秋葉原でしょ……」
こなた「秋葉のお店も結構いろいろ参考になるんだよ、この前提案したメニューだって……」
つかさ「公私混同しちゃダメだよ……休日はちゃんと休まないと」
こなた「公私混同してるのはつかさの方だよ、仕事が終わっているのにその店長みたいな態度、口調、もっとリラックスしないとね」
つかさ「私は泉さんみたいに器用じゃない……それに明日は実家に帰るから買い物一緒に行けない」
こなた「へー実家に帰るんだ……でも実家から店まで通える距離なのにどうして一人暮らしなんか?」
つかさ「いいでしょ、もうそんな事どうでも」
こなた「分ってるよ、あの事件で家族に迷惑かけたくなかったからでしょ」
図星だった。私は黙って車を降りようとした。しかし車はまた走り始めた。
つかさ「泉さん降ろしてって言ったでしょ」
こなた「強情だなつかさは、もうすぐそこだから同じだよ……実家に帰るならかがみにも会えるね、よろしく言っておいて」
つかさ「たぶん、姉さん達には会わないよ……」
しばらく沈黙が続いた。
こなた「そう……でもかがみはすごく会いたがっていたよ、忙しくて試食会にも出られないって、だからさ……」
何か急に怒りがこみ上げてきた。
つかさ「今更何言ってるの、かがみ姉さんは何もしなかった、店を立ち上げた時も、食中毒事件の時も、私は泣いていただけだった、でも姉さんは何もしなかった、
     だから、私は強くならなきゃいけない、そうでしょ」
こなた「……それは、かがみに直接言ってくれよ……もう、アパートに着いているよ……」
車は停車していた。窓の外を見るとアパートの目の前だった。私は車を降りようとした。
こなた「つかさ、かがみからの誘いの事なんだけどさ……OKしようかなって思ってるんだ」
つかさ「姉さんの仕事の方がきっと収入多いよ、それに何でそんな事私に言うの?、決めるのは泉さんでしょ」
泉さんは私に何か言いたかったようだったけど車を降りた。しばらく車は止まったままだった。諦めたよう、アップライトで私を照らし、軽くクラクションを鳴らすと
車は走り去った。私は車が見えなくなるまで見送った。

 アパートに入り、自分の部屋のドアを開けた。この店を立ち上げる時に借りたアパートだった。もう少し高いマンションでも住めるくらいのお金はあったけど
何故かこのアパートに住んでいる。ポットでお湯を沸かしてお茶を入れた。ほっと一息。テレビを見るがあまり興味を引く番組はやっていなかった。
テレビの電源を切った。

 『こなちゃん』か……しばらく言ってなかった。車で思わず昔話をしてしまった。海に行ったっけな。あれは高校二年だったかな……だめだ、また昔の自分に
戻っちゃう。こんなんじゃこれからお店を維持することなんかできない。

 確かに食中毒疑惑が起きる前までは私達は学生気分で働くことができた。今より全然収入は少なかったけど楽しかった。でもかがみ姉さんは私が
店を経営するっていったら笑ってバカにしたんだ。出来るはずなんか無いって。それでも私は頑張った……つもりだった。事件が起きたらお客さんも
一人も来なくなった。苦情の手紙もいっぱい来た。かがみ姉さんは言った。『学生気分でやるからだよ』……悔しかった。
いまでもはっきりと覚えている。かがみ姉さんとあれから一度も会っていない。
手紙の件もあったから私はこのアパートに引っ越した。さすがに私達はもうだめだと思った。資金が底をついた……峰岸さんも結婚する予定を延期したんだった。
そこにゆきちゃんから支援金が振り込まれた。嬉しかった。私達三人はそこでやり直すことを決意した。私は今までの方針を変えて厳しい規則を
決めてやり直した。成功したんだ。今では固定客も来てくれている。アルバイトだって雇えるようになった。泉さん達にボーナスだって支給できるようになったんだ。
やっとかがみ姉さんを見返せると思ったのに。最近になったら泉さんも峰岸さんも昔の方が良かったなんていい出した。うんん私は間違っていない。
このままで良いんだ。かがみ姉さんは私達が成功したからくやしくて泉さんを引き抜こうとしている。許せない……でも、泉さん、姉さんの所に行くって
言うなんて……。

心が揺れる。不安定だ。こんな事今までなかった。泉さんがは学生時代のアルバイトでコスプレ喫茶で働いていた。その時の経験が少なからず役立った。
メニューを決める時も奇抜なアイデアを出してくるから面白かった。峰岸さんもおばさんが料理の先生をやっているだけあってレシピのレパートリーは
彼女の方が多かった。皆それぞれが上手くやってきたのに……私に何が足りないのかな。
それは強さ。そう。強い意志で引っ張っていかないとダメなんだ。そのために明日は実家に帰る。まず開店資金を出してくれたお父さん、お母さんにお金を
返す。そして。ゆきちゃんもお金を返す。過去を清算して新たな自分、強くなるために。


 珍しく目覚まし時計が鳴る前に目覚めた。時間に余裕があるのでゆっくりと身支度をしてから出かけた。駅を降りた。久しぶりに住み慣れた町並みが。
目に飛び込んできた。今日は平日のお昼近いせいか人はまばらだった。まったく変わってない風景だった。といっても何十年も居なかったわけじゃない。
当たり前か。一人で妙に納得して笑った。やっぱり住み慣れた町はいいもの。
『チチチ』

突然鳥の鳴き声、音のする方を向いた。ツバメの巣だった。巣には雛が数羽、親の帰りを待っていた。頭だけを出している。親鳥が来た。雛に餌を与えている。

 何だろう、以前これと同じ光景を見たことある。立ち止まり考えた。
……かがみ姉さん。ここでかがみ姉さんがツバメの糞を浴びて立っていたんだっけな。……そういえばその前、私はツバメの雛が
巣から落ちて死んでいるのを見つけたんだっけ。私はお墓を作ってあげようって公園に行ったけど……かがみ姉さんは来てくれなかった。
同じだ。今と同じだ。姉さんは私の心なんて何も分ってない。やな事を思い出してしまった。

 あれ、じゃなんで姉さんは糞を浴びて立ってたんだろ。私を見るなりいきなり泣き出したんだった。
それでこのハンカチでお姉ちゃんの付いていた糞を取ってあげたんだった。何で泣いてたんだろう。その後、死んだツバメの雛を祈りたいって言ったんだった。
ツバメの雛か……あの墓どうなってるかな。埋めて石を置いただけの簡単な墓。きっともう跡も残ってないな。巣から時折聞こえてくる雛達の鳴き声が
あの時の私の気持ちを思い出させた。可哀想だったから埋めてあげただけだった。腕時計を見た。まだちょっと家に行くのは早いかな……見に行ってみるかな。
私は来た道を戻り、公園の方に向かった。

 公園の一番高い丘にある花壇。迷うことなくたどり着いた。鳥だから空が恋しいと思って一番高い所に埋めたんだった。花壇を見回した。やっぱり墓なんて
……あった。私の置いた石がそのまま花壇に置いてあった。もう誰かに掘り返されて、新しい草木が植えられていると思った。こんな事もあるんだなと思った。
折角きたから祈ってから……。あれ?、良く見ると石の前に花が一輪置いてあった。その辺にある雑草の花じゃない。ちゃんと花屋さんで買ったもの。
更に石の周りをを見ると同じ花が置いてある。枯れて半分腐っているものもある。一回、二回程度じゃない。何回もこの石に花を供えている。しかも長い間。
このツバメの雛の墓の場所は誰にも話していない。こなちゃんや、ゆきちゃん、家族にだって話していない。お姉ちゃんとの約束だった。誰にも話さないって。
それじゃこの花はお姉ちゃんが供えたもの?。なんで?。私はその後、一回もこの墓に行ってない。お姉ちゃんはその後も、私の代わりに祈って……、まさか。
私はその時、初めてお姉ちゃんが何故泣いたのか分った。そして雛を祈ってやりたいって言った意味が。自然と涙が出てきた。

「どうしたのですか、つかささん……」
慌てて涙を拭い声のする方を向いた。ゆきちゃんだった。そう、私はゆきちゃんを呼んでいたんだった。
つかさ「ゆきちゃん、何でこんな所に?」
みゆき「すみません、通りかかったらつかささんが居たのですが公園の方に向かわれたので追いかけてきました」
つかさ「久しぶりだねゆきちゃん、全然変わってないね、来てくれてありがとう」
みゆき「いいえ、こちらこそ、おかまいもなく……」
久しぶり会ってその場で立ち話、会話が弾んだ。しばらく私達は高校時代の思い出話に花が咲いた。おかしい。こなちゃんや峰岸さんとは少しも話したいとは
思わなかったのに。ゆきちゃんとは全くそんな事はなかった。

みゆき「ところでつかささん、何故こんな所に寄られたのですか?」
突然の質問だった。ツバメの雛の話が頭に浮かんだ。でもゆきちゃんにこの話をするのを躊躇った。お姉ちゃんとの約束があったから。でもお姉ちゃんとは
もうそんな昔みたいな仲じゃない。ゆきちゃんは私の見ていた花壇に気が付いた。
みゆき「この花壇を見られていましたね……小さな石……お花……お墓ですか?……」
私は小さく頷いた。
みゆき「……大学を卒業してからかがみさんから聞きました、つかささんとツバメの雛のお話を、もしかしたらこの墓はその雛の墓ですか?」
お姉ちゃんはゆきちゃんに話した。自分で約束をしておきながら、自分でその約束を破った。
つかさ「お姉ちゃんは墓の事は内緒にしようって言った、特にこなちゃんにはって……念を押されたんだよ」
みゆき「かがみさんらしいですね、泉さんに茶化されるのが嫌だったのですね……」
ゆきちゃんはクスリと笑った。
つかさ「お姉ちゃんは変わった、もう、あの優しいお姉ちゃんじゃなくなった、私が店を出すって言った時だって……」
みゆき「私はかがみさんは少しも変わっていないような気がしますが、それはつかささんに激励をされたと思いますが」
こなちゃんと同じ様な事を言っている。やっぱり私はお店を出したの失敗だったのかな。急に自信がなくなった。自信をつけるためにゆきちゃんを呼んだのに。
もうこの話は止めよう。今、ゆきちゃんが居るなら話を進めちゃおう。
つかさ「ゆきちゃん、平日に呼び出しちゃってごめんね、休日はお店が忙しくって会えないから、それにこれは直接渡さないと」
みゆき「何ですか?、急に改まって?、私に渡すものって何ですか?」
ゆきちゃんはポカンと口を開けていた。ゆきちゃんは惚けて受け取らない気かもしれない。でもこれはけじめだ。絶対に受け取ってもらう。
つかさ「私の店が食中毒事件の疑いをかけられた時、助けてくれた資金、あれが無かったら店はつぶれてた、利子もつけて返すよ」
みゆき「返しても大丈夫なのですか?」
つかさ「もう大丈夫だよ、店も順調に回復したから、ありがとうゆきちゃん」
ゆきちゃんはまたクスリと笑った。
みゆき「その資金を返すのであれば私ではありません、かがみさんに返して下さい」
私は耳を疑った。お姉ちゃんは私に何もしてくれなかった。そうだったはず。唖然としている私に更に話しだした。


みゆき「かがみさんは黙っていたのですね……それではこの話も黙っていたのかも……つかささんのお店を立ち上げる資金もかがみさんが出したのですよ」
つかさ「嘘、あれはお父さんとお母さんが出した、今日、それも返すんだよ……、それにそんな資金、
     お姉ちゃんが出せるはずないよ、大学卒業したばかりだったし」
ゆきちゃんは静かに話し出した。
みゆき「かがみさんは大変優秀な成績で卒業されました、その為、入学金、学費、その他、大学での費用すべてがかがみさんに返還されたそうです、
     そのお金を全てつかささんのお店の資金にとの事ですよ、考えてみればご両親のお金だったのでご両親に返されてもいいとは思いますが」
つかさ「なんで、何で黙ってたの、お姉ちゃん、何で会ってくれなかったの、私はお姉ちゃんを嫌いになっていた」
みゆき「最近、脅迫じみた手紙が来たそうですね、泉さんが店のオフィスから見つけたそうです、それをかがみさんに見せたら犯人を見つけると言い出しまして
     探偵を雇って調べると言っていましたよ、その時、泉さんを自分の事務所のスタッフに誘った……かがみさんも迷った結果の決断だそうです」
つかさ「ゆきちゃん、なんでそんなに詳しく知ってるの?」
みゆき「私もそのスタッフに誘われまして、私は承諾いたしました、それで私はつかささんに対してどう思っているのか包み隠さず話すように言ったのです」
つかさ「……、バカだよ、そんなの黙ってたら分らないよ……」
みゆき「かがみさんはつかささんが高校時代にした死んだツバメの雛を丁重に供養してあげた事、それに心を打たれた、それが無ければ今の自分はなかったと
     言っていました」
つかさ「私がしたのはそれだけだよ、その後はもうすっかり忘れた、それにただ可哀想だから、誰でも思う事だったんだよ」
みゆき「それでもあの時のかがみさんはその誰でも思うことを思わなかった、つかささんはあの時、かがみさんの一生を変えてしまうような事をしたのです、
     ……だから今度は……かがみさんががつかささんの一生を変えることしたい、でもそれはつかささんに知られては意味がないと」
つかさ「私は、今までの自分を捨てたんだよ、ツバメの事もついさっきまで忘れてた、そんな私をお姉ちゃんは……どう思ってるのかな」
みゆき「さぁ、私は分りません、本人に聞きに行きますか?、それが一番の近道かと思いますが」
つかさ「お姉ちゃんは何処なの?」
みゆき「行きますか?、案内できますが」
言いたいことが山ほどあった。怒り、悲しみ、不満、こなちゃんの事、全部言ってやる、そして最後に……ありがとうって。


 三ヵ月後。
 今日は月に一度の試食会、いつもより多くの参加者が来てくれた。
つかさ「日下部さん……次の料理なんだけど……」
みさお・あやの「なんですか?」
こなた「つかさー、苗字で言ったらダメでしょう、二人は同じなんだから……あやのさん、旦那さん連れてくればよかったのに」
そうだった、結婚したのを忘れていた。
あやの「今日は、来れないって」
みさお「兄貴はそういうやつさ……さあ、今日はどんな料理なんだよ」
こなた「ふふふ、効いて驚くな、今日は私が考えたスペシャルメニューなんだ」
かがみ「……それ、先月もやってなかったか?、たまにはま・と・もな料理をだして欲しいわね」
こなた「それは食べてから言ってくれ」

 料理が並べられ、それぞれか、忌憚ない意見が飛び交った。

ひより「やっぱりデザートがいいっス、つかさ先輩が作ったのですよね?、デザートは全て採用っスよ」
ゆたか「あやの先輩の肉料理が私、気に入りました」
みなみ「……泉先輩のメニュー……美味しかった」
あやの「今日は意見がバラバラね……どの料理を採用しようか」
そこに携帯電話の着信音が響いた。
かがみ「誰よ、マナーにしとけって言ってるでしょ」
ひりちゃんが携帯を取り出し話し始めた。
ひより「……はい……そうですか……わかりました……直ぐにそちらに向かいます」
ひよりちゃんは携帯を切った。
ひより「かがみ先輩!、事件です、至急かがみ先輩の意見が聞きたいと高良先輩からありました」
かがみ「みゆき……だから、携帯電話の電源切っておけって言ったのに……しょうがないわね、つかさ、こなた、あやの、悪いけど料理の感想は後日で」
私達は頷いた。
かがみ「ひより、みなみ、ゆたか、行くわよ!」
四人は慌しく店を出て行った。
みさお「……慌しいな……ゆっくりして行けばいいのに……しかし分らないもんだな、あの五人が連むなんてさ」
こなた「ひよりんが何の因果か探偵事務所なんか開いちゃってさ、かがみの法律事務所と連携してるらしいよ……ゆーちゃんもすっかり板についたよ」
あやの「田村さん……分らないものね、私はてっきり漫画家になるものだと思った」
こなた「それもまだ捨ててないみたいだよ、コミケもまだ参加しているみたいだしね、かがみが監視してるから危ないネタは描けないけどね……」
あやの「それより、泉ちゃん、なんで柊ちゃんの誘いを断ったの?、さっきも柊ちゃんと楽しそうに話してたし」
みさお「そんな事があったのか?、それは私も聞きたいな」
こなた「さあ、何でかな……さて、かがみ達の食器でも片付けるか」
そのままこなちゃんは片付け始めた。言いたくないみたい。内緒なのかな……内緒で思い出した。
つかさ「そういえば、こなちゃん、私に黙って事務室から苦情の手紙をお姉ちゃんに見せたでしょ」
こなた「……片付け、片付けっと」
はぐらかすつもりみたい、三ヶ月前の私なら怒っていたけど手紙を見せたこなちゃんの気持ちも理解できるので怒るつもりはなかった。
つかさ「手紙を出した人は、店を食中毒で潰そうしてた人だって、お姉ちゃん達が見つけてくれた、訴えることもできたけど、私はそんなことをするつもりは
     ないから、もうこの事件は解決したよ……ありがとう、こなちゃん」
こなちゃんは黙って作業を続けていた。
あやの「そうそう、柊ちゃんが手紙の事を知ってるからおかしいと思ったんだ、三ヶ月前のひいちゃんと柊ちゃんうまくいってなかったかしね、泉ちゃん、
     が教えたのか、解決してよかったけど、黙って持ち出すのは良くないと思うよ」
こなちゃんは完全に口を閉ざしてしまった。そして厨房の方に行ってしまった。
みさお「……なんだ結局内緒かよ……まあいいや、ところで昨日うちの兄貴がさ……」

 こうして試食会は無事に終わった。お姉ちゃん達が途中で出てしまったのが心残りだった

つかさ「お疲れ様、今日はありがとう」
試食会が終わりいつもの会議をした。
あやの「メニューもほぼ出揃ったし、そろそろ試食会はやらなくてもいいような気がするんだけど」
つかさ「……そうだよね、今日なんか殆どメニュー決まらなかったし、こなちゃんはどう思う?」
こなた「……やらなくてももう充分かもしれないでも、それだと皆に会う機会が減っちゃうよ……」
さっきからこなちゃんの様子がおかしい。
あやの「どうしたの?、さっきから、柊ちゃんが居なくなったあたりから……そういえば答え聞いてなかった、何故柊ちゃんの誘いを断ったのか」
私達しか居ないせいなのか、今度はすんなりと答え始めた。
こなた「かがみが法律事務所を開くのは高校時代から想像ついた、ひよりんもなんとなく分るような気がする、あやのさんがみさきちのお兄さんと結婚するのも
     そうだよ、でも、つかさが店を出して経営して、しかも利益を出す、まして食中毒の疑いをかけられてどん底から這い上がるなんて思いもつかなかった、
     それがとても楽しかった、かがみとじゃこうゆう体験はできないだろうから」
つかさ「こなちゃん、それって、褒めてるの?、貶してるの?」
こなちゃんは笑った。
こなた「つかさは変わったよ、私達の中で一番変わった、私の知ってるつかさならそんな質問は絶対にしてこない……私は認めるよ、店長」
あやの「確かにひいちゃんと一緒にいて、いろいろ勉強になった、柊ちゃん、田村さんに負けないようにがんばりましょ……店長」
つかさ「二人とも、もうその呼び方は止めてっていったのに……」
私達は笑った。私達の笑いが戻ったのも最近になってからだ。
こなた「ところで本当にいいの?、かがみとひよりんの事務所の資金出したの黙っててさ」
つかさ「いいよ、今まで私を騙していたお返しなんだから」
こなた「お返しね……かがみならもう分っちゃってるんじゃないの?」
つかさ「ゆきちゃんに資金の提供者の名義を変更してもらってるから銀行から借りたことになってる、
     ゆきちゃんが言わない限りばれないよ……だから……二人とも、分ってるよね?」
私は二人に真剣な眼差しをしてみせた。
こなた「こわー、今度からつかさを敵にしないようにしよーっと」
あやの「そうね、柊ちゃん達が知った時が楽しみね……それに、私達の仕事の励みにもなるし」
つかさ「……もうこんな時間、今日はもうお開きにしましょ」
こなた・あやの「お疲れ様ー」

 今日は私が最終退出者か、全ての電気をオフにして戸締りをした。外に出るとこなちゃんが居た。私を待っていたのかな?。しかしこなちゃんは
私ではなく上の方を見ていた。
つかさ「どうしたの?こなちゃん」
こなちゃんが黙って指を上の方に指した。私はその指先を見上げた。店の屋根にツバメが巣を作っていた。いつ作ったのだろうか?。
こなた「知ってる?、ツバメの巣があるとその店は繁盛するんだって、みゆきさんが言ってた」
つかさ「聞いたことあるよ」
こなた「つかさはやっぱりあの時、ツバメが助けてくれたんだよ、高校時代、体育の時間だったよね、覚えてる?」
つかさ「だから言ったでしょ、最初からそう思ってた」
こなちゃんは鞄からリボンをとって私に差し出した。
つかさ「何?」
こなた「何?はないでしょ、つかさのトレードマークのリボンだよ」
つかさ「もう付けないって決めたから……」
こなた「高校時代のつかさに戻ったからつけてもいいかなって、普通は一度変わっちゃうと元に戻れないよね、でもつかさは戻った……
     かがみの誘いを断った本当の理由だよ」
こなちゃんは強引にリボンを手渡した。
こなた「今日は車が車検で送れないんだ、それじゃまた明日」
こなちゃんは走って去って行った。質問する間がなかった。 私は変わった?。変わっていない?。どっちなんだろうか。
ふとツバメの巣をみた。
親鳥が巣の中でじっとしている。もう雛は巣立ちしたのかな。それとも卵を温めているのかな、どっちなんだろうか……今の私みたい。
ツバメはじっと私を見ているような気がした。私は一回大きく深呼吸をした。
つかさ「分ってる、みんなツバメさんのおかげ、あの時のお姉ちゃんもそう思ったんだね……ありがとう」
私はリボンを頭に付けた。

帰りに一輪の小さな花を買おう。そしてもう一度あの公園に行こう。ツバメの雛が眠る公園に。 
答えはきっとそこにある。



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  • GJ! -- 名無しさん (2011-05-11 00:17:14)

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最終更新:2011年05月11日 00:17
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