「あ、お母さん。そっちの鍋が煮えてるよ~」
「あら、大変。つかさ、そっちのお皿をとってちょうだい」
「うん、わかっ……た……」
母の日だし今日は私が腕によりをかけるよ、なんてつかさが張り切るので、仲良く並んで料理をしていた母と娘。
ところが、お皿をとりに棚に向ったところで、つかさはゼンマイのきれたおもちゃのように動きを止めてしまう。
「つかさ?どうしたの?早くお皿をとってくれなきゃ、お母さん困っちゃうんだけど……」
みきが鍋の方からつかさに視線をやると、つかさはなんだか見覚えのある輝きを瞳に宿していた。
そして、棚を華麗にスルーして、みきに気付かれないようにそろりそろりと台所から抜け出そうとしていた。
みきは頭に手をやり、溜息混じりに口を開く。
「まさかとは思いますけど……かなたさん、ですか?」
「あ、バレちゃいました?……その、お久しぶりです。すいません度々でてきちゃいまして」
「それで、今回はどういったご用件なんですか?」
どこか後ろめたいのか、かなたは目を逸らしながら応える。
「えっと、その、特に用があるという訳ではないのですが――」
「祓いますよ?」
「よよよ、用がありますっ!しかも、とっても大事な用ですっ!」
みきの冷たい一言に、慌てて自分の発言を一瞬で翻すかなた。
その尋常でない慌てっぷりを見て、みきは我慢しきれずにふきだす。
そして、くすくすと笑いながらこう言った。
「わかっていますよ。今日を特別な母の日にしたいんですよね」
「え?……ひ、ひどいです、みきさん。全部知っててからかったんですね」
「うふふ、すいません。とりあえず、お茶の用意をしますね」
「あ、いえ、今回はそんなに時間がありませんから」
「安心してください。必要そうな食材はあらかじめ買っておきましたから。こなたちゃんならご飯時までかがみと遊んでくるはずですし、時間は結構ありますよ」
その言葉を聞いて、憮然としていたかなたの表情が一転してぱあっと明るくなる。
と、突然に何かを思い出したように考え始めると、みきにこう聞いた。
「もしかして、今回のことは全部みきさんが……?」
「あら、何のことですか?」
「いえ、その、今日この日にこなたがこちらでご馳走になる、というのはみきさんが計画されたのではないんですか?」
「まさか。単につかさが久しぶりに腕をふるう休日ですから、かがみが遊ぶついでに友人を招待しただけのことですよ」
「本当ですか?」
「本当も何も、それ以上に何かあると思われますか?」
「うう~……神のみぞ知る、というやつですか」
☆
「おいしい!この卵焼きとかすごいおいしいよ、つかさ!」
「大げさねえ、あんたは」
「えー。この味の良さがわからないなんて、かがみもたいした事ないねぇ」
「いや、たしかに美味しいとは思うけどさ」
「いやー、つかさ“は”良いお嫁さんになるよー。この私が保証しよう!」
「そこでわざわざ“は”を強調して言うのはどういうことですか、こなたさん?」
「むふふー。そこに反応するって事は、自覚してるってことなのカナー?」
みきとただおが一瞬だが真剣に裁判沙汰を覚悟したくらい、かがみはこなたを思いっきり殴った。
ただ、こなたがかがみの拳をくらう程にテンションが上がっているのも仕方がない。
テーブルの上には美味しい料理がこれでもか、というくらいにたくさん並んでいるのだ。
チキンソテー和風照り焼きソース、クリームコロッケ、オニオンスープにサラダ。
そして、出汁巻き卵、きんぴらごぼう、大根の煮物、肉じゃが、とどめにチキンカレー。
洋と和が混ざってたり、チキンが被ったりしてるあたりがつかさにしては珍しい、と姉達は少しだけ違和感を感じた。
ちなみに、こなたは何も不審に思わず、無条件に喜んでいる。
「あいたたた……それにしても、ホテルのバイキング並みに豪華だよネ。今日はほんとに張り切ったんだねえ、つかさ?」
しかし、声を掛けられたつかさは非常に味のある表情で頷くだけだった。
世の辛酸をなめ尽くした人間だけができるような、とにかく深い、つかさらしからぬ表情で。
「なんかいつもよりよく食べてるわね。そんなに美味しいかしら?」
「むー……なんというか、こっちの和のメニューの方からは不思議と懐かしさを感じてさ、自然と箸がすすんでしまうのだよ」
楽しそうに食事を続けるこなたの髪が、何処からか吹いてきた優しい風になでられて揺れた。
みきはそれに気付くと、ふと中空に目をやり、なんともいえない穏やかな表情で微笑んだ。
「あれ?どうかしたの、母さん?」
「なんでもないわ、まつり。さ、私達も気合をいれて残さず食べましょ」
「残さず!?この量はけっこうキツイと思うんだけど……」
「一口でも残したら、次のお小遣いは無いものと思いなさいね♪」
☆
「ふいーっ、食べた食べたー。どうでもいいけどさ、かがみのお母さんって若いよねー」
「あー、それなんだけどさ、不思議な事になんか最近になってだんだん若くなってるように見えるのよね……気のせいかしら?」
「漫画じゃあるまいし、常識で考えて若返るはずなんてないじゃん。エステにでも行ったんじゃないの?」
「あんたからそんな風につっこまれるなんて、なんか屈辱だわ」
「ひどいなー、かがみ様は。ほら、つかさもなんか言ってやってよ」
こなたが話をふっても、つかさは味のある表情をしてうすく笑うだけだった。
ちなみに、彼女は思うところあって翌日からしばらく家出を敢行することになるのだが、それはまた別の話。
最終更新:2009年06月03日 02:41