ID:Azp2X6k0氏:妖精の国の女王

ゆたかの実家にお邪魔させてもらえると言う事で、今私はゆいさんが運転する車の後部座席にゆたかと並んでいた。
普段住んでいる泉さん宅とは違うもう一つのゆたかの家を目指していた。
私とゆたかの座高の差が大きいものだから、ゆいさんいわく「あはは、ゆたかとみなみちゃんを見てると姉妹みたいに見えるよお!でも本当のお姉さんは私だかんね!?」だそうだ。
それを聞いたゆたかは「またお姉ちゃん、そうやって私を子ども扱いするぅッ!」と、雪見大福みたいに、ほっぺをまん丸くぷく~っと膨らませるのだった。

高校初めての夏休み。
太陽はギラギラと輝き地面をちりちりと焼いていて、時折吹く風が何とかそれを冷まそうとするも、結局それが原因で風までもが炎のように熱を持って暴れまわっている。
それに対してこの車の中はよくエアコンが利いていて、外界の熱波など今の私たちには全然関係ない。快適そのもの!
の、はずなんだけど、どうしてだろう……。ゆいさんの車に乗ると、すごくめまいがしてくるように感じるんだ……。
そもそもはゆたかの体調を気遣った結果、涼しく快適になってるはずんだけれど、あれ?この車、タイヤがキュルキュル言いいながらカーブを曲がってるよ?。
なんだか目が回ってくるから、遠くの景色を見ようと窓の外を覗いてみた。
元気よく作物が育ちつつあるのどかな田園風景と、青々とした低い山々に囲まれた、私が住んでいる都会の住宅街とは正反対に、自然ゆたかな町並みが広がっていた。
あ、今私、ダジャレを言ったかもしれない。ふふ、「自然ゆたか」なんてね……。
ん?……うあっ、ゆたかが腐ったバナナを見るような目でこっちを見てるっ。ひょっとしたら知らず知らずのうちに声が出ていたのかも。うわ~、やっちゃった~……。

「みなみちゃん、顔が真っ赤だよ。もしかして暑い?」
「えっ?う、ううん、心配いらないよ。ゆたかこそ冷房が効き過ぎて寒くはない?」
「全然。大丈夫だよ。あのね、もうすぐ私の家なんだ」

少しだけ山を登り、何件かの家が並んでいる中の、外壁が薄いピンク色に塗装された少しおしゃれな家が、ゆたかの家だった。
私や泉さん宅ほど大きな建物ではないものの、庭の広さは私の家の庭よりもずっと広くて、都会の窮屈さを思い知らされた。

「ふいー、到着ー!我が家に着いたよ~」
「ゆいさん、ありがとうございます」
「みなみちゃん、こっちだよ!」



ゆたかの母親であるゆきさんとの挨拶も終え、私はゆたかの部屋に案内されていた。
私の殺風景な部屋とは違い、とても女の子らしい部屋だ。
デスクの上にはノートパソコンが置かれ、ぬいぐるみがいくつかベッドに並んでいた。
私の部屋にもこのくらい沢山のぬいぐるみがあったらいいのに。

「ここすごく田舎でしょ?キツネもたまに出るんだよ」
「それはすごいね、一度見てみたいな。いい所だと思うよ。私の家じゃ、あり得ない」
「えへへ。でもね、あんまりお外には遊びに行けなくて、いつも家にこもってパソコンとかしてたから……」
「そっか……」

ゆたかの趣味がパソコンと言うのは、初めは違和感があったけれど、そうなるのも無理は無いのかもしれない。
私は立ち上がり、ゆたかの部屋を一望した。
机の上には中学時代の頃の写真や、泉さんと一緒の写真などが飾られている。
幼いゆたかは今以上に幼くて、あぁ、本当にゆたかったらかわいいなあ。
本棚の中には何冊もの絵本がしまわれていた。
そのうちの、背表紙の無い奇妙な一冊。画用紙の端をひもでまとめ、本のように閉じられた手作りのものがある。

「あ、みなみちゃん。じつはそれ、私が始めて書いた絵本なんだ……」
「絵本?……本当だ、かわいいね。読んでもいい?」
「うん、読んでみて。妖精さんのお話だよ」

私は絵本を読み終え、窓の外を覗いた。
あれだけ強く輝いていた太陽も、すでに山の裏に隠れてしまい、雲を真っ赤に染めていた。
空高くに見える飛行機雲が、とても涼しそうに浮かんでいる。
まあ、飛行機雲が浮かんでる高度なら、涼しいを通り越して極寒だと思うけど。

「ねえ、みなみちゃん。ちょっと外に散歩に行かない?見せたいものがあるんだ」
「いいよ。私もここを冒険してみたい」

ゆたかはカッターナイフをポケットにしまうと、小さくやわらかい手で私の手を引っ張り、家の玄関を出た。
相変わらず外の空気は蒸し暑く、私が着ているシャツが少しべとつく。


ゆたかと繋いだ手も同じように汗で濡れ始めて、お互いの汗が混ぜ合わさって……。
あ、これ以上なにか考えると、田村さんと同じになりそうだからやめよう。

ゆたかは山に続く道路を進んでいく。
周りの森の中だけはすでに夜みたいに暗くなっていて、人が入り込むのを拒んでいるように見えてならない。
大きな岩を目印にして、ゆたかは不気味な森の中の獣道へと私を連れて行く。ここまで来るともう、人間の来るべきところでは無い気がしてくる。

「ゆたか、どこへ連れて行くの?」
「秘密の場所。みなみちゃんだけにしか教えてあげない、私しか知らない場所だよ」

ゆたかは大きなブナの木の前で立ち止まった。樹齢はもしかしたら千年以上たつかも知れないほどの、とても巨大な大木だ。
でもなんだろう?ゆたかの見せたいものって。この木の事なんだろうか?

「みなみちゃんみなみちゃん。ここだよ。この穴をくぐって行くの」
「え?この根っこの隙間の穴?こんな所に入るの?」
「うん……。見せたいものがこの中にあるの。信じて、みなみちゃん」

もちろん。
ゆたかがこんな所にまで連れてきたのだから、よっぽどすごいなにかがここにあるはずだ。
ゆたかがそうまで言うなら、何を疑うと言うのか。
私は迷うことなく、木の根元にぽっかり口を開いた穴の中に、四つんばいになりながら頭から突っ込んだ。
暗い、前が何も見えない。土のにおいが鼻をつく。冷たい地面が、私の火照った手のひらから熱を奪う。
長いトンネルを潜り抜けると、赤く染まった夕焼けと、草原と、それから目の前には町があった。
私に続いてゆたかが愛くるしい顔をひょっこりと穴から出した。

「ようこそ!みなみちゃん、ここは妖精の国だよ!」
「妖精の国!?」

町から人が飛び出してくる?ん?人?あれは……飛んでる!?ミツバチみたいに小さな妖精たちが、こっちの方へ向かってくる!


「お帰りなさいませ、女王様」
「ただいま、みんな」

本当に、妖精の国……。

「ゆたか、ここはどこなの?」

私は妖精たちが作ってくれたスープを飲みながら、ゆたかにたずねた。
ゆたかはサラダを食べる口を一旦とめて、うんとね、と口元に指を当てながら悩んだ。

「私もはっきりした事はわかんないんだけどね、多分、私たちが暮らしてる世界とは違うと思うんだ。ここには日本みたいな森もあるし、川も流れるし、雨も降るんだけど、やっぱりちょっと違うんだよ。
最初にここに来たのが、幼稚園年長さんのときにお母さんに連れられて来たの。
あの時は私は、どこかの遊園地だと思ったんだよ。でも、小学生になって世の中の事が少し分かってきた頃に、ここがどれだけ特別な場所なのか分かったんだ。
最近はこなたお姉ちゃんの家に暮らしてるから、なかなか来れなかったけど、その前はいつもここに来て遊んでたんだよ」
「じゃあ、女王様っていうのは?」
「女王様は、代々受け継がれてるの。私はお母さんから……。この町はね、私が作ったんだよ」

歓迎される私たちに、妖精3匹が自分の体よりも大きなビーフシチューを運んでくる。
この妖精の国のお城の中には、沢山の妖精たちがいた。
ゆたかに聞きたいことや突っ込みたい事は、百も千もあったものの、それよりまず私の心がこの異常事態に対応仕切れておらず、心臓バクバク。
でも、なんだか楽しい。ここはひとまずそれでいいか。
時間が過ぎるのを忘れて、もう真っ暗な夜になっていた。

「みなみちゃん、こっちに来て!」
「うん!」
「ほらきれいでしょ?ここからこの町が一望できるんだよ!ほら、あそこには公園があって噴水もあるんだよ!それからあそこには観覧車があって……、あっちにはね湖もあるんだよ!全部私と妖精さんたちで作ったの」
「湖まで作ったの?すごい」


「そうだ!みなみちゃんの銅像をあの公園に立てよう?」
「え?い、いいよ。ちょっと恥ずかしいし……」
「大丈夫だよ、妖精さんたちはやさしいし、外の世界とは別々だし。それに直ぐに出来るよ」
「う、うん。じゃあ……立てて」

ゆたかの一言で作業は始まった。
手際のいい妖精たちの仕事はあっという間だった。
銅像を作るために私の体を妖精がじっと見つめている。そんなに見られると、妖精とは言え、すごく恥ずかしいよ……。
一時間後には、私がドレスを着た姿の銅像が、公園の広場に立てられた。
見ていて、顔から火が出そうなほど立派な銅像が……。うぅっ、私こんなに美人じゃないよ……。

そんな時間もあっという間に過ぎ、ゆたかがそろそろ帰ろうか、と言う一言で私は現実の世界を思い出した。
また穴をくぐって、大きなブナの木の根元から這い上がった。
しんと静まり返った森の中は、あの妖精の国の賑やかさを夢だったかのよう思わせる程不気味で、冷たい現実が私に強引にでも目を覚ませと耳元で訴えているような感覚だ。

「みなみちゃん、どうだった?」
「すごく、わくわくした。こんな所があったなんて、今でも信じられない……」
「私はお母さんにこの場所を教えてもらったの。それ以来私は、誰にもここは教えてこなかったけど、みなみちゃんだけには教えてあげたかったんだ」
「ありがとう、でもすごすぎるよ。こんなの秘密にするなんて、私、自信がないよ」
「大丈夫だよ。あのね、みなみちゃん、私はお母さんから女王様を受け継いだの、だから次は、みなみちゃんに女王様になってもらいたいの」
「え!?そんな……、私、無理だよ……。どうして?ゆたかはもう、女王様は嫌なの?」
「ううん、そうじゃないんだけど……。いつまでも私じゃあいけないと思うんだ。私はもう十分楽しんだんだよ。だから次はみなみちゃんに、なって欲しいの」
「ん……。でも、私の家からじゃ遠くて」
「ここに来るのはたまにで良いんだよ、一年に一回でもいいし、十年に一回でもいいの。だから、みなみちゃんにこの国をあげる」

ゆたかはポケットに入れていたカッターナイフを使い、ブナの木に何かを刻み始めた。
暗くてよく見えないため、途中から私の携帯で照明を照らした。
ブナの木の表面には「岩崎みなみ」と、文字が刻まれていた。


そしてその文字が、杉の木に吸い込まれるようにすうっと消えてしまった。

「あれ?みなみちゃんここどこ?」
「ゆたか?そんな、ゆたかがここに連れて来たんだよ?」
「え?あれ?あれ?みなみちゃん、怖いよ……」

そんな、そんな。女王が受け継がれれば、先代女王は今までの事を全部忘れてしまうって言うの?
なんて悲しいんだろう。いや、本当は私の夢だったんじゃないだろうか?全部私一人の妄想だったんじゃないか?
もういい。何も考えないで帰ろう。
わたしはゆたかの肩を抱いて、ゆたかの家へと戻った。
やっぱり、家族の人は私たちが帰るのが遅い事を心配して、私とゆたかは黙って謝った。
ゆきさんに妖精の国のことをさりげなく聞いてみたが、何の事か分かっていない様子だった。

私はゆたかの部屋にひかれた布団の中で、今日の事を思い出していた。
ゆたかはどうして私に、あの国を託したんだろう?
明日また、あそこに行ってみよう。

「ここだ……」

私はまだ日が昇るか昇らないかという早朝に、ゆたかの家族に気づかれないようこっそりと家から抜け出し、大きなブナの木の前に立っていた。
やっぱり根元にはぽっかりと穴がある。私は大きく息を吸うと、柔らかな土の穴の中へと潜っていった。
穴を抜けると、広い草原があった。夢じゃない。
ただ、昨日見た町も、湖も、お城も、そして私の銅像も何も無い。ひたすら地平線の向こうまで続く野原が広がっていた。

「女王様、いらっしゃい!」

どこからか妖精たちが私のところへ集まり、私を迎え入れてくれて、ちょっとうれしい。
そうか、今度は私がここの国を建てなくちゃいけないんだ……。
でもね、ゆたか。私にはゆたかみたいな創造力や、創作意欲はないんだよ。
私にはお城や町を作れる程の意気込みはないんだ……。


妖精たちには悪いけれど、この国はしばらく草原のままだと思う。
ごめんゆたか。本当に……。でもここは好き。
本当に一年に一回しか来れないかもしれないけど、誰か継承者が出来るまでいつまでもここの女王になり続けるからね。



~これは昔のおはなし。
お友達がつくれない、ひとりの女の子がいました。
それは体がよわく、いつもびょうきにかかっていたので、いえのそとにでられないからです。
お友達がいないので、いえのそとに出たいとも思っていませんでした。
いえの中からそとを見ると、男の子たちが走りまわっていました。
でも女の子は、どうせ私は走れないから、と思ってそとに出ようともしませんでした。
ある日のよる、ようせいさんが女の子のいえの中にこっそりはいりこみました。

「ねえねえ、私たちの国においでよ、びょうきなんてふっとんじゃうよ」

女の子はようせいさんにつれられて、ようせいの国にやってきました。
そこではようせいさんたちがいっぱいいて、女の子をかんげいしました。
この国では、女の子は走りまわることができました。
ようせいさんたちと、のはらをかけまわりました。

「ほら、走るってたのしいでしょ?みんなとあそぶっておもしろいでしょ?」

おんなのこはようせいの国からかえっても、いえのそとで走りたくて、しかたありませんでした。
だから、いえからとびだし、ようせいの国のようには走れなくても、走りました。
するとたくさんの子供たちが、女の子にはなしかけます。

「ねえ、いっしょにあそぼうよ!」

女の子には、あっというまにお友達ができました。
女の子はしあわせでした。
ようせいさんは、森の中から、そんな女の子のようすを、いつまでもいつまでも見つづけました~


私は隣で眠る娘に、絵本を読み聞かせていた。
今年で5歳になる、私の大切な宝物だ。髪は緑色で、私に似ていて、本当にかわいいたっらもう、ゆたかと比べようがないくらい!
このゆたかが描いた絵本は、昔、初めてゆたかの家に行ったときに読ませてもらったものだった。
今ではこの絵本が出版されていて、多くの子供たちに夢を与えている。ゆたかの夢は叶ったのだ。

「ママ、この妖精の国、私知ってる!行ったことあるよ」
「ふふ、本当?」
「うん!あのね、ゆたかおばさんの家の近くなの」
「そう。またおばさんの所に行こうね」

この子も、ゆたかみたいに夢のある子に育ちそうだなぁ。
妖精を見たことがあるなんて、言うんだから。
あぁ、私も妖精に会ってみたいな。こんな絵本みたいにどこかに妖精の国があったら、どんなに楽しいだろうな。

「それでね、私が女王様なんだよ?覚えてないの?」
「そう、さ、そろそろ寝よう」

この絵本を読むとなんだか、とてもなつかしい感じがする。
お休みなさい、妖精の国の女王様。
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