コンビニやスーパーの店頭に少し高級なクッキー等が姿を現している。
そう、世間はホワイトデーというイベントを迎えていた。
そんな中、なんだかソワソワして落ち着かない様子の少女がひとり。
柊家の三女、かがみである。
~衝撃のホワイトデー~
ホワイトデーなんて、私にとってはたいして意味の無いイベントに過ぎなかった。
バレンタインにつかさがチョコをくれるので、そのお返しとして何かあげる。
その程度の、ちょっとした事務的なやり取りをするだけの日に過ぎなかったのだ。
けれど、今年は違う。
去年までのホワイトデーと何が違うのかというと、それは私の立場だ。
話の発端は約1月前、つまり今年のバレンタインまでさかのぼる。
今年のバレンタイン、私はほんの気まぐれでチョコをつくってみることにした。
まあ、受験戦争でやさぐれた心に、少しばかりゆとりを持たせてみようと考えたのだ。
つかさに手伝ってもらうことにしていたが、それでも美味しく作れる自信はなかった。
私は料理があまり得意ではないし、それにチョコを手作りするのは初めてだったから。
なので、私は自分の家族の分だけ作ることにした。
お父さん、お母さん、いのり姉さん、まつり姉さん、つかさとついでに自分の分。
この6人分しか作らないつもりでいたのだ。
ところが、計画通りにはいかなかった。
私がオリジナリティを爆発させたチョコレートは、味見段階において非常に残念な味で。
味の調整やら何やらを繰り返してるうち、チョコはその量をどんどん増していったのだ。
6人分が12人分に、12人分が20人分に。
最終的になんとかそれなりの味に落ち着きはしたが、とんでもない量になってしまった。
このチョコの量はちょっとした大問題だった。
捨てるのはあまりにもったいない。
かといって、6人で処理するとなると地獄を見ることになる。主に私の体重的に。
であれば、親しい人に配らせていただくのが良策というものだ。
例え味と見た目に全く自信の無い代物だとしても、背に腹は代えられない。
という訳で、やむにやまれぬ事情に基づき、私はチョコをみんなに配ることにした。
しかし、ここで新たな問題が生じることとなる。
配るのであればラッピングする必要があるのだが、私はそれをきっかり5人分しか用意していなかったのだ。
仕方がないので、慌てて家中をひっかきまわして包装紙やリボンなんかを集める。
お母さんとつかさの協力もあり、なんとか人数分の素材を集めることには成功した。
とはいえ、家族用以外のものは色も材質も全部バラバラで統一感の無いラッピングになってしまったのだが。
まあ、手作り感まるだしで多少不恰好だろうと、友チョコならば別にかまわないだろう。
私はそう勝手に納得して、バレンタイン当日にそれを配り歩いた。
こなた、みゆき、日下部、峰岸、ゆたかちゃん、みなみちゃん、田村さん、パトリシアさん。
さらに、その日はこなたの家に遊びに行く予定があったので、こなたのお父さんにもあげた。
あと、たまたま遊びに来ていた成実さんにもあげた。
それでもまだ数袋分余ったので、既に1回あげているつかさと姉さん達にもう1回ずつあげたりもした。
そんなこんなでチョコも全部無くなり、バレンタインはなんとか無事に終了。
いろんな人にそれなりに感謝され、私はとても満足した気分になったのだった。
で、この時、私はすべてのイベントが完全に終了した気でいた。
ところが、だ。
世間にはバレンタインと対になるホワイトデーというイベントが存在したのだ。
バレンタインに受け取った想いを、これまた想いで返すというイベントが。
そう、私は初めて想いを返される立場になったのだ。
それがこんなに落ち着かないものだとは思わなかった。
別に見返りを求めてチョコを渡したわけではないが、正直言ってお返しを貰えないのも何か寂しい。
かといって、あの程度の物を渡したくらいでお返しを期待するのも何か間違っている気がするし……
まあ、貰えなくて当然と思ってれば良いわけなんだけど……でも、何も貰えないのは寂しいなぁ……
いやいや、こういう思考はいかん。貰えなくて当然と思っていなければ……でもなぁ……
ああ、もう!
本当に落ち着かない。こんな気分になるのはいつ以来のことだろうか。
とりあえず、いつものようにコーヒーでも飲みながら新聞を読もう。
いつもと変わらない日常生活をトレースすることで、この浮ついた気分を払拭するのだ。
ほんの少しでも態度にだしてしまえば、アイツにからかわれるのが目に見えている。
「おはよー、かがみ」
「おはよう、まつり姉さん。今日は早いのね」
「かがみこそ、いつもより早いんじゃない?」
「そ、そうかな?」
「そうよ。あ、ついでだからコーヒーあんたの分も淹れてあげるわね。飲むでしょ?」
「うん。ありがと」
そうなのだ。いつもより2時間ほど早く目が覚めてしまったのだ。
この時点でいつも通りではない訳だが、目が覚めたものは仕方ない。
無理して二度寝する方が、いつもの私らしくない気がするし。
そんな風に自分を納得させながらコーヒーをすする。
ほどよい温度だが心なしかいつもより苦い気がするのは、私の心情の現れだろうか。
平常心、平常心。
ここで挙動不審になっては、まつり姉さんにもからかわれかねない。
「あ、そうだ。かがみ、これバレンタインのお返し」
「え?あ、あー……ありがとう、姉さん」
「なによ、その顔?嬉しくないの?」
「いや、そうじゃなくて。姉さんからお返しを貰えるなんて思ってなかったから、ちょっとびっくりしちゃって」
「ひどいなー、かがみは。私のこと、そんな薄情なヤツだと思ってたんだ?」
「あ、いや、そうじゃなくて。姉さんだけじゃなく、誰からも何も貰えないだろうなーって思ってたのよ」
まつり姉さんから、少し洒落た感じの小さな紙袋を受け取る。
ヤバイ。相手は身内だというのに、相当嬉しい。
一気に気持ちが高揚して、身振り手振りも大きくなってしまう。
たぶんかなり挙動不審。
この調子だと、身内以外から貰った時は大変な事になってしまいそうだ。
落ち着け。落ち着くんだ、私。
手にしているコーヒーを一気に飲み干す。
「これ、開けてもいい?」
「もちろん。むしろ、目の前で開けてほしいかな。かがみの反応が見たいから」
「私の?……何か変な仕掛けとかしてるんじゃないでしょうね……?」
「それは開けてのお楽しみ」
紙袋の中には20cm×5cm程度の長方形の箱が入っていた。
さほど重くはないのでお菓子の類かな。
変な仕掛けも入ってなさそうに思えるけど、どうだろう。
幼い頃、プレゼントの箱を開けるとムカデのおもちゃが飛び出す、といった悪戯をされた記憶が蘇る。
あの時は横にいたつかさが大泣きしてくれなければ、私も泣いていたかもしれない。
私はかなりおっかなびっくりな手つきで、慎重に少しずつゆっくりと蓋を開ける。
中に入っていたのは、窓から差し込む陽の光をうけてキラキラと輝く――
「ええっ!?……ね、姉さん、これって……ネックレス、よね?」
「どう?予想よりちょっとは良い物だったから、びっくりしたでしょ?」
「ちょっとは、って……ちょっとどころじゃないわよ、これ。石まで入ってるし、どう見ても安物には見えないわよ?高かったんじゃない?」
「まあ、結構高いかな。でも、別に気にしなくていいわよ」
「き、気にするわよ!だって、私があげたのって、いびつで、正直言って味もイマイチな、あの程度のチョコだったのよ!?」
「だから、別に気にしなくていいって」
あまりにも予想外。これは私には過ぎた代物だ。簡単に受け取るわけにはいかない。
かといって、せっかくの贈り物をつき返すのは姉さんに悪いし……困った。
どうしよう。どうしたらいいんだろうか。
初めてホワイトデーのプレゼントを貰い気分が高揚しているせいなのか、考えがまとまらない。
どうしていいかわからず、私は手にした箱の中に納まるネックレスをじっと見つめることしかできないでいた。
「かがみ、嬉しくないの?」
「そりゃあ、嬉しいわよ。でも、これじゃあ私があげたものと釣り合いがとれないっていうか」
「そう?それじゃあ、釣り合いがとれるようにしよっか」
「へ?それって、どういう――」
顔をあげると、まつり姉さんは私のものすごく近くに立っていた。
日常会話すら成立しないんじゃないかと思える程に、ありえないくらい近い間合いだ。
突然の事に驚いて身動きの取れない私の顔――左の頬――に、まつり姉さんは優しく手を添える。
「かがみ、あんたって可愛いわね……」
「ま、まつり姉さん……」
まつり姉さんは、貰っちゃうからね、と小さく言ってから、その顔をさらに近づけてくる。
ああ、そうか。この間合いで成立することといったら、もうアレしかないじゃない。
でも、不思議と嫌なカンジはしなかった。
むしろ、ほんのりいい気分というか、嬉しい時と似たような気持で、なんだか体も熱い。
何も考えられなくなって、私はそっと目を閉じた。
「ちょっと!何やってんのよ、まつり!かがみ!」
「ちっ。いいところで邪魔が入ったか」
「い、いのり姉さん!?……ち、違うの!コレは、その、ホワイトデーがまつり姉さんで!高価な私のチョコにお返しが代償で!」
「かがみ、説明しなくても大丈夫よ。まつりの企みくらい、だいたいのことは想像がつくから」
「え?まつり姉さんの……たくらみ?」
「何言ってるのよ、姉さん。私はかがみにホワイトデーのプレゼントをあげてただけよ?」
「本当にそれだけなのかしらね」
いのり姉さんは、まるで映画に出てくる探偵のような鋭い目で周囲の状況を観察する。
ひとしきり状況を確認した後、姉さんは私の方に視線をむけた。
いのり姉さんにじっと見られて、私は自分の顔がまだ熱を帯びているのに気がついた。
冷静に考えてみれば、さっきの私はまつり姉さん相手にいったい何をしていたんだろう。
ああ、恥ずかしい。そして熱い。顔から火がでそうだ。
「まつり。あんた、かがみの飲み物に何を入れたの?正直に言いなさい」
「やだなぁ、別に何も――」
「あんたの秘密を全部お母さんに暴露してもいいのよ?死ぬつもり?」
「お酒を入れさせていただきました」
「やっぱりね。そんなとこだろうと思ったわ。それで?他に言うことは?」
「ごめんなさい。もう2度といたしません」
「ま、プレゼントをあげてたのは本当みたいだし、まるっきり悪意でやった訳じゃないんでしょうから、もういいわ」
最後に、この事はお母さんとつかさにはくれぐれも内緒でお願い、とだけ言ってまつり姉さんは自分の部屋へと戻って行った。
「まったく、まつりったら油断も隙も無いんだから……かがみ、大丈夫だった?」
「う、うん。ありがとう、いのり姉さん」
「どういたしまして。どう?気分も落ち着いたかしら?」
「うーん……まだちょっとふわふわしてるかも」
「じゃあ今がチャンスかしらね」
「え?なに?」
「な、なんでもないわ。それより、はいこれ。私からもバレンタインのお返しよ」
「ありがとう、いのり姉さん」
いのり姉さんがくれたのは、きれいにラッピングされた小さな箱。
開けてみて、と姉さんに促され、貰ったその場で箱を開ける。
中に入っていたのは、窓から差し込む陽の光をうけてキラキラと輝く――
「ええっ!?……ね、姉さん、これって」
「気に入ってもらえると嬉しいんだけど、どうかしら?とりあえず着けてみてよ」
「う、うん」
「ああ、違うわよ。それはそこに着けるんじゃないわ」
「え?そうなの?」
「ほら、そっちじゃなくて、こっちに着けるの。薬指」
「え?」
「大きさもぴったりみたいね。よかったわ」
気がつくと、いのり姉さんは私のものすごく近くに立っていた。
指輪を着けかえるために私の手をとっているので、通常ではありえないくらい近い間合いだ。
状況をよく理解できないでいる私の顔――左の頬――に、いのり姉さんは優しく手を添える。
「まつりに譲るわけにはいかないのよね……」
「い、いのり姉さん……」
いのり姉さんは、かがみは私が貰うの、と優しく言ってから、その顔をさらに近づけてきた。
あまりの展開についていけず、今度は目を閉じることすらできなかった。
ホワイトデー、おそるべし。いや、本当に恐ろしいのはこの姉達の方か。
あ、こなたやみゆき達からは普通にお菓子やハンカチなんかを貰いました。
最終更新:2009年03月16日 22:12