ID:dk3zqLo0氏:マークト・フォー・デス

「死亡フラグ」を口にすると死ぬ。
それがこの世界の掟である。





「マークト・フォー・デス」。
「死亡フラグ」の英語、"Marked For Death"をそのままとった、
仮想現実シミュレーションゲーム。
とある大学の研究チームによって開発されたこのゲームは、
大きな研究施設の一室に置かれたスーパーコンピュータを基盤にして動く。

このチームの研究題目は、
「リアリティ性の高い仮想現実の実現に関する研究」と銘打ってある。
具体的には、3D技術によるリアルなグラフィックスの実現と、
人間の意思をコンピュータによって正しく解釈するインタフェースの実現、というところだ。

この研究で特に心を砕いたのは、後者だという。
コンピュータ科学における数ある難題の中でも、
人間の意思を解析するのは特に難しいこととして知られていた。
必要な基礎知識の範囲も非常に広く、
脳科学、認知科学、言語学、さらには量子力学にまで及んだそうだ。
当然というべきか、研究が最低限形になるまでには気の遠くなるほどの年月と労力がかかった。
細かい調整を重ねた末、数十年を経てようやく使い物になるレベルまで到達したという。

チームは、この技術を何かに応用することを考えていた。
その第一段階として、まずはゲームを作成してみようということになった。
会議においてチームのメンバーから色々な意見が出される中、
ある若きメンバーの考えた「死亡フラグ」というアイディアを中心に案がまとまっていった。
二、三段階の試作を経た後、なんとかゲームは形になり、
仮完成という名目でこの「マークト・フォー・デス」が日の目を見ることになったというわけだ。

このゲームのテストとして、研究チームは被験者を十人程度募った。
実際に集まったのはきっかり八人。
このニュースをたまたまインターネットで見かけた作家・泉こなたが興味を持ち、
友人や知り合いに声をかけた結果、こうなったというところである。

ちなみに、被験者には、一人につき十万円の謝金が支払われることになっている。
このゲームの実行中に、万が一バグやエラーなどが起きた場合、
被験者に重度の障害が残ったり、最悪死に至る可能性があるため、かなり高く設定されているのだ。





「にしてもリアルだな」

みさおが呟く。みさお、といっても現実世界にいるみさおではない。

スーパーコンピュータの置かれた部屋には、透明で大きいカプセル状のブースが十数個設けられている。
現実のプレイヤーたちは、各自個別のブースの中に入って座った格好になり、
ブース内の装置によって睡眠状態になっている。
さらにプレイヤーの頭には機械が取り付けられており、
それがプレイヤーの意思を解析し、中央のスーパーコンピュータに情報を送る。
このようにしてプレイヤーの意思がゲームに反映されるのである。

また、各プレイヤーの身体は、予めコンピュータによって3Dモデルを生成してあり、
ゲーム中ではその3Dモデルを自分の身体として行動することになる。


「なあ」
「……」
「ったくよー。そんな黙り込まなくてもいいじゃねえか」

みさおが座る隣にはかがみが座っている。
二人は家の中。木造でわりかし広く、屋根が高い。
高めについた窓からは、キラキラとした太陽の光が注ぎ込み、部屋全体を照らしている。
CGとはいえ、現実世界のそれとは区別が付かないほどのリアルさだ。

「……下手なこと言わない方がいいでしょ」
「だからビビりすぎだってヴぁ柊は。死んだってホントに死ぬわけじゃねえんだし」


みさおの言うとおり、この世界での死は現実世界での死ではない。

プレイヤーがゲーム内で死亡すると、頭部の機械とコンピュータとの接続が切れる。
この接続状態は、別室、もといモニター室で監視されており、
接続がOFFになったプレイヤーが確認されたら、スタッフが起こしに行くことになっている。
つまり、ゲーム内で死亡しても、現実世界で目を覚ますだけだ。


「……ビビってるわけじゃないわよ」
「そーかー?」
「……」
「はあ~。そんなに勝ちてえか?ったくー」


ここでゲームのルールを確認しておく。
ゲームはサバイバル方式である。
ゲーム内で死亡フラグとなる行動を起こしたプレイヤーは、
何らかの形で死亡し、ゲームオーバーとなる。
ちなみに行動とは、意思と発言というふうに定義されているらしい。
死亡フラグをうまく回避し、最後まで生き残ったプレイヤーが勝利するというわけだ。


「……」

かがみは沈黙しながら考える。

なぜ自分は今黙っているのだろうか。
勝とうとしている、というわけではない。
元はと言えばこなたの気まぐれに巻き込まれて参加することになっただけのゲームだ。
そんなゲームに本気で挑戦している気はない。

だとすると、自分は……死を恐れているのか?
そうなのだろうか。
そうだとしたら……情けない。日下部にもそれを見透かされていることになる。

まあ、理由などどうでもいいのかもしれない。
とにかく余計な会話はしないことだ。


「しりとりしようぜ、しりとりの『り』」
「……リボン」
「おいふざけんなよバカヤロー」

みさおはなおもかがみに話をさせようとする。
しかし何度諭してもかがみは自分の意見を曲げようとない。
みさおは内心腹が立ってきていた。

「ちっとは話そうとしよーぜ、せっかく私がガンヴぁってんのに」
「……あんた死んでもいいの?」
「……いいよ、別に」
「こんなどうでもいい場所で?」
「……はいはい、無駄だな、そーだな」

みさおは思い切り口を尖らせる。

どうすりゃいいんだよ……
と、その時。

ドスン!
「!」

何かが大きな音を立てて家の外壁にぶつかった。音の発生源は家の外のようだった。

「何だ?見てくっか」

みさおはヒョイと立ち上がり家を出ていく。
いつもの癖で、かがみははいはい、と見送る。

が、その刹那、かがみは気付いた。
このまま行くとみさおの身に何が起きるか。

「あ、ちょっ……」

しかしそれだけ言うのが関の山だった。

家を出てすぐの所で、みさおの体が突き飛ばされた。
獣だ。馬のような姿をした獣は、何事も無かったかのようにそのまま走り去っていった。

……ここはRPGの世界か何かか。

そう思って家の中を見てみると、確かに向かいの壁には剣が立て掛けられている。
隅には宝箱も二、三個置かれている。
RPGのそれらしくはあるが、自分がその主人公などと考えると妙な気持ちだ。

「……安直に行動したらああなるのよね」

かがみはそう言うと軽くため息をついた。
暫くじっと座っていたが、やがて何かを思い出したように立ち上がり、
向かいの壁に立て掛けられていた剣を持ち出して外へと繰り出した。





「日下部さん」
「んあ……?」

静かに目を開くみさお。
顔を横に向けると、そこには白衣に身を纏った人物がいた。
スタッフが自分を起こしに来たらしい。

「残念でしたね」

困ったような笑顔でスタッフは話しかけてきた。

「マジかよって感じだな。今の気持ちを一言で言ったら」
「そうですね」

スタッフが同調を返したところで、みさおは部屋を見回す。
周囲の状況を確認すると、みさおはがっかりしたような口調で言った。

「……まだ皆寝てんな」
「はい」
「……ぶっちゃけ私ビリ?」
「……残念ながら」

自分が一人目の脱落者か。
はぁあ、とみさおはあくびのようなため息をついた。

「ちぇ……結局柊の言うとおりじゃねーか」
「かがみさんですか?」
「うん」

スタッフ、もといみゆきの返答に頷くと、みさおはもう一度大きなため息をついた。





「みなみちゃん、後ろはもういいから……前を洗って……」
「ゆたか……」

ウヒヒ、という笑顔を浮かべ、妄想をノートへと絵にしている少女は、田村ひより。
ここはごく普通の民家の一室。
ひよりが(如何わしい)漫画を描いているこの部屋には、
机・椅子、本棚、ベッドに、樹木をかたどったコート掛けがある。

「やっぱ岩崎さん×小早川さんは至高だー……
 TSもいけるしーもちろん岩崎さんが……でそんで……ぐふぅ~」

自らの妄想に酔いしれマニアックな言葉を発するひより。
やがて疲れてきたのか、立ち上がるとふらふら廊下を歩いていった。



「あ、ここ寝室だー」

小早川ゆたか。とある民家の一室を見回している。

「…仮想現実とは思えないほどの生活感」

隣に立つ岩崎みなみが呟く。

ゆたかとみなみは偶然にも、同じ道路の交差点からスタートした。
現実世界での仲の良さが影響したのかもしれない。
スタート地点から数十メートルの地点にこの家があり、
二人は多少躊躇しながらも玄関の扉を開け、上がってきたわけである。

「入っちゃおうか?」
「…ゆたかが入りたいなら」

ゆたかはうん、と頷くと軽い足取りで部屋に入り込んだ。
みなみがそれに続く。
ゆたかはそれとなく部屋の中央に立ち、みなみはベッドに腰を下ろした。

「まるでここに引っ越してきたみたいだね」
「…うん」

ゆたかは笑顔でみなみに話しかける。
みなみは照れているような様子で言葉を返した。
それを見てさらに微笑むゆたか。

ふと、机の方に視線をやる。
するとある物が目に留まった。

「何だろう?」

そこには一冊のノート。
側にはシャープペンシルや消しゴムが転がっており、
誰かが何か筆記活動をしていたことが窺える。

「ちょっとトイレに」
「うん」

みなみはそう言って部屋を出た。丁度いいというタイミングだ。

「……見ちゃおっかな」

ノートを手に取ってみる。

パラッ

興味本位で開いたノート。その1ページ目には……





「うう……」

頼りない声を漏らす少女。

ここは洞穴の中。
放物線状に切り取られたその入り口からは、カラッと乾いた日差しが入り込む。
その光が当たらぬ、入り口脇の陰になるところに、
その少女は心細く佇んでいた。

「誰も来ないよね……?来ないでね……」

少女の目は入り口を力なく凝視する。

油断してはならない。
油断などすれば、外でうろついている猛獣共が入り込み、自分はたちまち襲われて死んでしまう。

ここにたどり着く前、平野の方で一匹の猛獣が暴れ狂っているのを見た。
その平野からここはそう遠くない。あの猛獣の脚なら三分もあれば着いてしまうだろう。

「ふぅ……」

ため息を一つ。手に持った盾に視線を下ろす。
洞穴の前の草むらに落ちていた物だ。

……もし自分にもう少しだけ勇気があれば、こんな所で縮こまってなどいないのに。
双子の姉のように──もっと勇敢ならば。

「お姉ちゃん……」

ポツリと出た呼び名は洞穴の冷気へと溶けていく。
その言葉には、いくつもの願いが込められていた。


ガサッ。

その時、洞穴の入り口から何かの物音が聞こえた。

「……!」

反射的に盾で身を隠すつかさ。

何かが入ってきてる!猛獣かもしれない!

恐怖で震え始めるつかさ。
不運にも、その予想は的中していた。

「グォウウウウ!」

獰猛な顔つきに、おどろおどろしい咆哮。
猛獣と呼ぶにふさわしいその生物は、岩陰で何者かが盾に隠れているのを確認する。
その皮を剥ぎ取ってやろうと、爪を尖らせ、勢いよく前脚を上げた。


来る!次の瞬間にはこの盾は外され、そして……

「ギァアアア!」

猛獣はなおも叫び声を上げる。もはや絶体絶命だ。
盾の奥で目をつむり、つかさは最期を覚悟した。


が、少し経ってもその爪がやってこない。

何だろう?
何が起きたか確認したい。でも怖い……いや、見たい!

勇気を出して盾から顔を出す。
すぐさま、つかさは目を見開いた。


自分が一番来てほしいと望んでいた人物がそこにいたからだ。





カツカツ……

誰かの足音がする。この部屋に向かってきているようだ。

いけない!

なぜかはわからないが、本能的に危機感を覚えたゆたかは慌ててベッドへ駆け寄り、
布団に潜り込んだ。

「よーしまたやるかー……あれ、何でノート開いてんだろ」

部屋に入るなり、ひよりは真っ先に机を見て言う。

しまった!ノートを閉じ忘れていた!
ゆたかは布団の中で小刻みに震え出した。

「ん?あっれー、誰かいる?」

視線を移したひよりは布団が盛り上がっていることに気付く。
中に誰か人間が入っていることがありありと伝わってくる形状だ。

「誰だろ……あ゙っ!」

さらにひよりは気付いた。
この中に隠れている人間は自分のノート……もとい、自分の生き恥を見てしまったのだ。

「……」

しばらく固まるひより。

どうする。この中にいる人間は自分の見られたくないものを見てしまった。
このまま放っておけば……

やがて、ひよりはそろりと動き出すと、部屋の隅のコート掛けへ手を伸ばした。
何も物がかかってなければ重量は1kgもない。持ち上げるのは容易だ。
その棒状の物体の矛先を布団のふくらみへと向ける。
そして静かに振りかぶり……そのふくらみに向けて力いっぱい叩きつけた。

ガスッという鈍い音がした。
中からの声はない。
反応を確認しようと、もう一度叩く。
また何も聞こえない。
幾度か反復するうち、ひよりは完全に理性を失っていた。

見られた見られた見られた!!

何度も、執拗に殴打する。
その物体がふくらみに当たるたび、鈍い音とともに自分の両手首に鈍痛が走る。
布団もシーツも、赤色の血が滲んでシミになっている。
しかしそんなものに構っている余裕は無かった。
生き恥の目撃者を消し去るだけで精一杯だった。





「ロン、タンピン三色!」

威勢のよい声を上げ、横に並んだ13枚の牌を倒す女。
真っ直ぐ正面の敵を見据えた彼女の顔には、自信満々の笑みが浮かんでいる。

「チッチかよ……オラ」

女の真向かい、対面の椅子に座る男は、投げ上げるようにして十本の点棒を女に渡す。


外は雨。
日もとうに沈み、室内の電灯のみが光る中、
その雀荘では組の生存を懸けた博打──麻雀が行われていた。

場は既に南三局が終了したところ。次でオーラス、すなわち最終局。
現在のトップは青髪の女、泉こなたである。

この博打の取り決めは……
勝負は半荘1回。つまりは一発勝負。
レートは……千点につき十億円。
麻雀では一万点の規模で点数が争われるから、
少なくとも百億円単位の金銭がやり取りされることになる。

泉こなたとともに卓を囲う三人……宮河組の下っ端二人に組長の宮河。
宮河組の資産は約250億円。千点につき十億円というレートは危険な域である。
泉こなたの単独トップでゲームが終了するようなことがあれば、
宮河組は全財産を失い、滅亡することは必至だ。

対して泉こなた自身はどこの組にも所属していない。
彼女は同じく滅亡の危機に瀕する成実組の代打ちとして呼ばれたのだ。
泉こなたの席の後ろには、成実組の控えが立ち、賭けの行方を見守っている。

そもそもこの勝負は成実組組長──成実の策略を発端としていた。
このままでは滅亡の刻がただ迫り来るのみ、どうにかして大量の金を得なくては……
そう考えた成実が、文字通りギャンブルとして、
この組の生死を懸けた麻雀の挑戦状を宮河組へ突きつけた次第だ。


──という設定である。


南四局。オーラス。
持ち点4万3000点、二着を離して単独トップの地位にいるこなたにとっては、
ここさえ凌げば全てが安心に終わるという局だ。

絶対に振り込んではならない。
振り込む、とは敵のアガリ牌を切ってしまうこと。すなわち点数を奪われること。
点数さえ守りきれば勝ちが決まるのだ。

自動卓によって山が積まれ、各プレイヤーは牌を取り手元に並べていく。
最終局スタート。
卓には、これまで以上に重苦しく緊張の波が漂っていた。





トン、トン……

足音。

まずい!

自分の手には鈍器。シーツには染みついた血液!
これを見られては……!

ひよりはパニックに陥る。
不幸にも、パニックが収まらぬうちにその人物が部屋の前まで到着してしまった。

「…?」

部屋を一瞥したみなみは、一瞬自分の目を疑う。

田村さんが何か手に持ってこちらを見ている。
表情が不自然だ。引きつった、笑顔のような、困惑のような……
そしてゆたかは……?
布団の一部が膨らんでいる。あれがゆたか……?

まさか!

「あっ……」

みなみが悲鳴に近い声を上げかけたその瞬間、ひよりは反射的に絶叫した。

「ああああああ!!」

気付かれた!
自分が中の人間を殺したことに!!

狂獣のように目をむき、鈍器を持ったままみなみへ突進するひより。

「んぃっ…!」

間一髪交わすみなみ。そのまま部屋から逃げ出す。

「待ってえええええぇぇぇぇぇぇ!!!」

すかさずその後を追うひより。
部屋を出ようとすると、棒が出入り口の壁に引っかかった。

「おあぁっ!!」

咄嗟に棒を後方へ投げ捨て、みなみを追いかける。
投げられた棒はゆたかの死体に最後の一撃を見舞った。


民家から出て数十メートル離れた地点。
みなみは必死になって走る。

その後方約50m、ひよりが死に物狂いでみなみを追っている。

みなみからひよりは見えない。
むしろ見てはいけない。後ろを振り返る余裕はない!

がむしゃらに走り続けるみなみ。息も絶え絶えである。
すると間もなく交差点に差し掛かった。

左だ!

そう直感し左折するみなみ。
体を左に向ける。そのとき一瞬、考えが頭をよぎった。

今この体勢なら追っ手の姿を確認できる!

左の道に入りきる直前、みなみは素早く首を左へ回した。
自分の走る速度ゆえ視界は常にぶれている。
が、はっきり見えた!
自分を殺そうと凄まじい形相で追いかけてくる女の姿が!


その殺気と迫力にみなみは一瞬たじろぐ。
と、その拍子に足の力が抜け、豪快に転倒した。

まずい!追いつかれる!

左腕に必死の力を込め立ち上がろうとするみなみ。
しかし脚に力が入らず上手く立ち上がれない。
何とか膝をつき、再び走り出そうとしたその時。

すぐ耳元に誰かの息遣いが聞こえる。

これは……
後ろを向けず震え上がるみなみ。

首に鋭い刃物が刺さった。
みなみはその場に倒れこみ動けなくなってしまった。





十三巡目。局は既に終盤へと差し掛かっている。
今のところ他の三人に動きはなし。
このままいけば、自分のトップで終了という最も理想的な形で勝負が決まる。

外面には平静を装いながらも、こなたは心が躍っていた。
大丈夫だ。この局は他の誰もアガらない。
誰も点数を増やせない。

それに、今の自分の手牌。
ピンフの一向聴だ。あと五巡もすればアガれるかもしれない。
アガれれば自分のトップが確定するうえ、さらに敵と点差を広げることができ、
その分成実組の収入も増えて一石二鳥というわけだ。
冷静を装う顔に、僅かな笑みが浮かぶ。

次巡。有効牌を引いてくる。

来た!これで聴牌!
あと一枚でアガれる。あと一枚有効牌を引いてくればアガれる!

こなたは自分の勝利を確信した。
この局、自分がアガる!他の誰にもアガらせはしない!


手牌の中から「北」を指にかかえる。
場には既に二枚切れている。局の始めから手牌の中でずっと温めていた安全牌だ。
そして踊る手つきでそれを河に捨てる……

その時。真向かい、対面に座る宮河がニヤついて言った。

「ロン……」

ビクッ、とするこなた。
宮河が静かに牌を倒す。
その牌姿を見て、こなたの顔色は急激に青ざめた。

「スッタンツーイーソー……親のトリプルだ。わかるな、14万4000点」
「…………」

トリプル役満……!?
あり得ない!
三本の矢を縦に連ねるほどの難易度だ!

……まさか。すり替えたのでは?
自分の見ていない隙に、仲間同士で手牌を……

「……何やってんだ。払えよ」
「……払えるわけないじゃん」
「点数のことなんざ言ってねーよ。金出せっつってんだコラ」

勝利を確信した途端に没落。
なんてことだ。こんな不幸があってたまるか……

そうか。これが死亡フラグってものか。
油断は禁物だった。
そういえば、自分は勝てる!と豪語していたキャラクターほど、後でやられることが多かったっけ。
自分は絶対大丈夫って思ってたのに。随分甘く見てたんだなー……


「……いくら?」
「1310億」
「……1310億はありませんね」

控えが残念そうに言葉を濁す。

「じゃあ何を差し出す」

宮河が脅しをかける。

負けた。敗者は勝者の言うことを聞かなくてはなるまい。
しかし……こんなヤツの言いなりになるのは癪だ。
それなら……

こなたはチラッと後ろを向き、控えに合図を送る。
控えが了解したという風に頷くのを確認すると、こなたは静かに口を開いた。

「……私は女だから」
「だから何だ」

宮河がドスを利かせて返す。
それに構わずこなたは言葉を続ける。

「潔くなくてもいいよね」

そう言い終えると同時に、控えは懐から銃を素早く取り出し発射した。
銃弾はこなたの頭を貫き、その卓に流血した青髪の死体を残していった。





「……もしかしなくてもこれやばくないか、私」

事を終えてから数分後、冷静さを取り戻し始めたひよりは、
自分の引き起こした一連の事柄を思い起こしていた。

「うわー……やっちゃったよ……どうすればいいんだろこれ」

理性が戻るにつれ、段々と今までやったことの意味がはっきり見えてくる。

そうだ。自分は二人の人間を殺してしまった。
しかも……あんなくだらない理由で。

「そういや……このゲーム参加してんの八人だっけ……
 私あの中の誰かを殺しちゃったんだよなー……」

あの中の誰か、そうはぐらかしてみたが、その候補は一人しか思い浮かばない。
あの布団の中にいた人物──

小早川ゆたかだ。

自分は小早川ゆたかを殺した。
そしてそれを目撃した岩崎みなみも殺した。

「……死亡フラグかー……」

誰にともなく呟きながら、ひよりはその場に座り込んだ。


まさか、こんな形で二人が死ぬなんて。

ゆたかの死因は自分が鈍器で殴り続けたこと──
結果的にはそうなったが、そもそもゆたかの死が確定したのは、もっと前。
あのノートを見たときだ。

「見てはいけないもの」を見てしまった人間は死ぬ。

某死のマンガに出てきた規則のような文言であるが、
これは死亡フラグという観点からすれば立派な法則だろう。

ゆたかがあのノートを見た時点で、既に死亡フラグが立っていたのだ。
あとはどうやって死ぬか。
そしてそれがあの時自分のやったこと──
自分がゆたかを死なせる役目を担うこととなった、ということ。

なんて残酷なんだ。
小早川さんの運命はあの時決まったんだ。
そして岩崎さんが死ぬのも決まったんだ……

そこまで考え終えると、ひよりは左手に持った物をじっと見た。
漫画用のペン。その細いペン先には、インクの代わりに赤い液体が染み付いている。

「……こんなん考えても意味ないね。自分の罪は自分で償わないと」

ひよりはそのペン先を自分の側へ向ける。
そして首の付け根に当てると、横へ勢いよく動かし、自らの首を引き裂いた。





「寒い……」

カチューシャをつけた女は身震いしつつ足をとられながら、歩いていた。
極寒の雪山。小屋は見当たらず、吹雪を凌げる洞穴もない。

「どうしてこんな所に……」

靴の中にはもうかなりの量の雪が入り込んでいる。
それが足を冷やし、自分の動きを鈍重にさせる……

不運だ。この世界に飛ばされてきて早速これでは。
死亡フラグを立てる立てないも無いものだ。

と、歩いているうち、遠方に町並みを見つけた。
桜の木が咲いているのが見える。雪も積もってはいないようだ。

希望が見えた。あの町に行けば助かるかもしれない。

「どのぐらいで着くかな……」

あやのは急ぐように、町へ向かって一歩踏み出した。
その時。

ガラガラ

「ひやぁっ!?」

足元が崩れ落ちた。一面の白化粧で判らなかった。
今足をついた所は断崖絶壁ではないか。

「あああああっ!!」

手を伸ばして崖に掴まろうとするが虚しく、叫び声とともにあやのは奈落の底へと落ちていった。





「ひよひよー」

自分のニックネームを呼ばれ、田村ひよりは徐に目を開いた。
すぐに横を振り向くと、想定していた通りの人物と、その隣にみゆきもいた。

「泉先輩も脱落ッスか」
「うん。麻雀で負けた」
「脱マーッスか?」
「いやいやいや!ないから!」

「お二人とも、非業の死という感じでしたね」

みゆきが話しかけてきた。

「まーねー、ってかひよひよもなんだ」
「いんやー私のは色々ひどいんスけどね……」
「どんなだったの?」
「うーん……言わないでいいッスか?」
「えー」

答えをはぐらかされがっかりするこなた。今度はみゆきに問いかけた。

「みゆきさん知ってるんじゃないの?」
「え、ええと、一応……」
「なんだぁ知ってるんじゃん!ってゆーかなんで知ってるの?」
「この施設にはモニター室というのがありまして、そこで……」

「えぇー!?見てたんスか!?」

ひよりが驚きと同時にまずいというような顔つきになる。
すかさずこなたが食らいついた。

「えー何何!?どんな感じだったのみゆきさん?」
「いいい言わないでくださいッス高良先輩ー!」
「え、ええ……」

二人の間で板ばさみになり、みゆきの困惑はしばらくの間続いた。





かがみは猛獣の動きが一瞬鈍ったのを看取すると、
その脚に切り込んだ剣を引き戻し、今度は飛び上がって首に斬りかかった。
猛獣は再び悲鳴を上げる。

横で見ているつかさは驚きっぱなしで、何も言えずに口をぽかんと開いていた。

猛獣は首を切り裂かれ、その場に倒れこむ。
かがみはその挙動をじっと観察し、よしと判断するとつかさの方を向いた。
つかさがあっという顔をする。いきなり顔を向けられて驚いたようだ。
それを見て無意識にかがみは顔をそらす。

二人の間で沈黙が続く。やがて、かがみの方から口を開いた。

「あんたも大変な所に来たわね」

つかさはほっと一息つき、安心した様子で返答する。

「お姉ちゃんは?」
「同じよ。私は家の中からのスタートだったけど」
「家?」
「うん。日下部と一緒に」
「日下部さんは?」
「初っ端からヘマして死んだわ」
「そうなんだ……」

先ほどまでの沈黙が手の平を返したように、今度は会話が弾み始めた。

「あんた誰かに会わなかった?私以外で」
「誰も……」
「孤独だなー……まあ私も日下部しか会わなかったけどさ。あとつかさ」
「そうなんだー……こなちゃんとかどうしてんのかな」
「いつも漫画やらアニメやら見てるし大丈夫じゃない?」
「そうかもねー」

二人は会話に夢中になる。と、ここでつかさが何か思い出したように言った。

「あ、そういえば。お姉ちゃんさ、どうしてここに来たの?」
「んーそれは……」

その時だった。

「!」

かがみの身体が宙を舞った。
猛獣はまだ死んではいなかった。最期の力を振り絞り復讐したのだ。

2メートルほどの高さまで浮いた身体が、再び地面に着く。
咄嗟のことで受身も取れず、かがみは頭から落下し、その場に倒れこんだ。
同時に猛獣も力尽きたようにぐったりとなった。

「あ……」

再び元のような頼りない声を上げるつかさ。

姉は無事か? 確かめたい。しかし体が動かない。
足をすくませていると、まだ辛うじて意識を保っているかがみが口を開いた。

「……死亡フラグね」

姉の口から意外な単語が出たからか、つかさはきょとんとした。

「死亡フラグ?」
「あんたを助けようとしたのがいけなかったみたい……まあいいんだけど」
「そんなの……」
「いいの。別に勝ちにこだわってやってるわけじゃないし。これが正解だったと思う」
「……」
「あんた、勝つかもよ」
「勝ったって……」
「こだわらないか。ああもう無理。ごめん、落ちるわ」

そう言うとかがみは完全に力を失い、動かなくなった。

何もかもが突然起こり事態も呑み込めず、つかさはおろおろするしかなかった。


それと同時だ。
どこからか、聞き慣れたような声が響いてきた。

「えーつかささん。たった今あなた以外の全ての参加者がゲームオーバーになりました。
 優勝おめでとうございます。これから接続をお切りし、現実に戻させていただきます。
 お疲れ様でした。」

声の主を探そうと必死に辺りを見回しているうちに、つかさは突然意識を失い、倒れこんだ。





「じゃあ別に優勝記念とかいうわけじゃないけど、かんぱーい!」
「「かんぱーい!!」」

大学から少し離れた町にある、ごく普通の居酒屋。
こなたの掛け声に続き、九人の女たちが手元のジョッキを鳴らし合わせた。

「優勝記念じゃないっつったけど、つかさは優勝だねぇ」
「え、えーっと……喜んでいいのかなあ?」

つかさは照れたような困ったような顔をする。

「いいんじゃない、優勝なんだし」
「そ、それじゃあ……ありがとう」
「よっ、日本一ぃ!」
「そ、そんな持ち上げ……」
「つーか日本一って何だよ」


こなた、かがみ、つかさも三名が和気藹々としている隣のテーブルでは、
別の三名がこれまた異様な雰囲気に包まれていた。

「ほんと!!ごめん!!マジで!!」
「いいよいいよ大丈夫だから……」
「……」

勢いよく頭を下げて謝罪しているのはひより。
向かいに座るはゆたかとみなみ。
ゆたかは謝るひよりをなだめるのに手一杯、みなみは呆然とそれを眺めている様子だ。

「いやー許してくれてるのはわかってるんだけどもーなんか……自首してきたい気分だわ」
「自首って……」
「……田村さん、落ち着いた方が」
「だめだーもう全然落ち着けないやー、誰か私を止めてー!!」
「わかったよー止めるから落ち着いてー!」

酔っ払い、突然暴れだすひより。
ゆたかとみなみはそれを見て慌てふためく。

さらにその隣のあまり目立たないテーブルでは、
二名の女による会話が細々と続いていた。

「なんてーかさ、ここでもこんな扱いなんて無いよな」
「そういうこと言っちゃ……」
「でもさー開始即行でゲームオーヴぁーだぜ?酷いにもほどがあんだろー」
「そうねえ……」

確かに二人とも、ゲームが始まってほんの一分も経たぬ内に脱落となった。
ただし、みさおは慎重さを欠いたのが原因で、
あやのはそもそもスタート位置が過酷だったのが原因である。

「ちぇーひそかにトップ狙ってたのに」
「まあまあ……」
「もーヤケ飲みだっ!あやののカシスオレンジいただきぃー!!」
「ええええっ!?」


「せっかくトップとったんだしさー、何か命令していいよ?つかさ」
「命令ー!?できないよー」
「何でもいいからさー」
「何でもいいが一番困るだろ」

初めのテーブル。
三人による会話の勢いがまだ途絶えぬ傍らで、じっと黙って座り込んでいるもう一人の女。
彼女は両手の指を絡ませながら、漠然と思考を巡らせていた。


今回のゲームを全てモニターで見ていたが、その結果は予想以上に残酷だった。
助かろうとして死んだ者、見てはいけないものを見た結果死んだ者、
仲間を助けようとして死んだ者……
皆がゲーム中どれほど気付いたかは知らないが、これらの行動は全て死亡フラグ。

プレイヤーが死亡フラグとなりそうな行動を起こした時、
プログラムは「フラグ」をONにする。
そう、そもそもフラグというのはコンピュータ用語。
プログラム中、何か条件分岐が必要になったとき、
その分岐する方向を決めるためのスイッチのことだ。

フラグがONになったプレイヤーは、その後の行動に対して逐一「評価値」を計算される。
評価値とは言い換えれば死亡フラグらしさの数値だ。
プレイヤーが死亡フラグを思わせる行動を起こすたびに評価値は加算されていく。
そしてその値がある一定の数字を超えた時……プレイヤーの死が確定する。

このプログラムのコードを見たときから、ゲームでいくつもの悲劇が起きることを予測していた。
恐らく、何気ない発言が命取りになり、突然死するか、事故死するだろう、と。
そして実際はその想像を遥かに超えていた。

ある程度覚悟していたとはいえ、実際に目にしてみるとショックだった。
皆、まるで初めからそう決められていたかのように、
不意を打たれ、あるいは恐怖に脅かされ、悲惨な死を遂げていった。
運命の掌に踊らされたかのように。

運命。
その言葉を浮かべた時、全てを悟ったような気がした。
そういうものなのかもしれない。
あの仮想現実の中で生きるか死ぬかは、きっと本人の意志には関係がなかったのだ。
全て運命によって決まっていたのだ。

そしてもしかしたら、それはあの仮想現実の中に限らないのではないだろうか。
この現実世界においても、そのような見えざるルールが……

運命は神の手によってもたらされる──というようなことをよく耳にするが、少し違う気がする。
本当は、周囲の環境によって、あるいは他人の気まぐれによって。
そういうものによって、運命は決まるということだ。
この地球上に生まれた全ての人間、いや全ての生命が、
互いに接近し遠ざかりながら、運命を紡ぎ合っているのかもしれない……


「みゆきさーん?」

こなたが怪訝そうな顔で話しかける。

「あ、えっと」
「何考えてたのかなー?」
「いえ、何でも」
「そーぉ?まいーや、というわけで誰がみさきちのおトイレを覗きに行くか皆でジャンケーン!」
「ええっ!?」

たちまち我に返ったみゆきは、今まで考えていたことを忘れ去り、
そのまま会話の中へと混ざっていった。


居酒屋の上空は既に茜色に染まり、上弦の月がうっすら顔を出している。
町のから騒ぎは、そのなされるがままに、雲ひとつない空の彼方へと溶けていった。
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