ID:s0WQ8.g0氏:THE MANZAI

「絶対嫌よ」
「何でよぉ~、お願いだよぉ~」
「他に適任がいるでしょ? なんで私なのよ」
「アンタしか居ないんだよぉ~。本当に! この通りっ!」

2年F組の教室。窓際の最後列、まどろみを楽しむのに最適な席から何やら賑やかな声。
一人が、もう一人に必死に頼みごとをしているようである。
頼まれている方はどうも乗り気になれないらしく、席がもたらすまどろみと相乗してより一層鬱陶しさを増しているようだった。
それを察してか、頼む方も徐々に弱腰になってしまっていた。

「先輩たち卒業しちゃうんだよ? 最後の思い出に殻を破ってさ、ね?」

半分涙目になってひたすら頭を下げるも、どうにも相手の気持ちは動かないようだ。
むしろ、相手は徐々に安らかな眠りの世界へ旅立とうとしている。焦りを感じてきた。

話は、ほんの数日前に遡る。







普段と何も変わらない、アニメーション研究部の部室。
変わったことといえば、別段必要なくなったということで石油ストーブが1台片付けられたことと、桜庭教諭が珍しく顔を出していることぐらいである。
桜庭教諭はいつも以上にだらしない格好をして、ひよりがこっそり隠していたBL漫画をいとも簡単に見つけ出し、表情を変えずに読んでいた。
それを横目に苦笑いをしながら、ひよりは先輩のこうと話をしていた。

「で、今度先輩たちのお別れパーティーをやろうって話になってるんですよ」
「ほぉ~、泉先輩たちのねぇ。面白そうじゃん、やってやんなよ」

こうは笑いながら、後輩の背中を軽く叩いた。打ち所が多少悪かったようで、ひよりが軽く咳き込む。

「それで、パーティーの出し物を考えようってことになってるんですけど、いまいちアイデアが……」
「なるほどねぇ。あのメンツじゃ、大した出し物できなさそうだからねぇ~」

こうは自分の頭に、ひよりと仲の良い3人の姿を浮かべた。
恥ずかしがりやな小動物、クールで無口な貧乳娘、ハイテンション交換留学生……。
出し物をやるといっても、そのメンツでは大したことができないのは目に見えていた。
こう自身、こなたたちには相当世話になっていた。桜藤祭に於いては、感謝してもし切れないほど力を貸してもらった。
あの先輩たちともっといろんな話をしてみたいという気持ちもあった。そして、もう一度キチンと感謝の気持ちを伝えようとも思った。

「じゃーさ、私も参加させてよ。やまとも連れてくからさ!」
「本当ッスか!? それはもう、大歓迎ッスよ! 是非来てください!」

こうして、こうはお別れパーティーへ参加することになったのであった。
翌日やまとにその旨を伝えると、意外にもすんなりとオーケーを貰えた。
やまとも、桜藤祭でこなたたちに世話になった身である。断る理由も無かったである。
それに、やまとは多少冷めた性格ではあるが、催しごとが嫌いなわけでもなかったのだ。

そして、話は現在へと戻る。







「ね! 本当にお願い! 雪見大福、毎日奢るからさ!」
「……物で釣ろうなんて、小学生じゃないんだから」

いくら頭を下げようが、胡麻を摺ろうが、肩を揉もうが、やまとの心は巨大ネオジム磁石をもってしても動かない。
やまとが拒絶する理由。それはこうが提案した出し物にある。

「……なんでお別れパーティーで私が漫才なんかやんなきゃいけないのよ」

というわけである。
こうはやまとに「二人で漫才やろーよ」と持ちかけたのだ。
きっと断られるとは思っていたが、まさかここまで拒絶されるとは予想だにしていなかった。

「やまとのツッコミ、光ると思うんだけどなぁ~。サラッと流すようなツッコミ」
「別にツッコんでるつもりはないわ。こうが勝手に勘違いしてるだけよ」

こうはしかめっ面をして、やまとの髪の毛をいじり始めた。

「ね~え~、なんでそんなに嫌なのぉ~? 今時、女芸人なんてザラにいるよぉ~?」

髪の毛を指に巻きつけたり、結んだり、三つ編みにしたり。
やまとの長い髪の毛は、こうに支配されて自由自在に変化していった。
やまとは特別気にする素振りは見せなかったが、髪の毛に3つ目の結び目が出来ようとしたところで口を開いた。

「……いい加減にしないと打ち首にするわよ」

こうの頭の中で、ピーンという擬音と共に点灯する電球がイメージされた。

「ちょ、この不景気の世の中で縁起でもないこと言うんじゃないよ」
「“クビ切る”違い。何バカなこと言ってんのよ」

それを聞いて、こうは口元を綻ばせた。

「……ツッコんだ」
「え?」
「やまと、今ツッコんだね? それだよ、それを求めてんの! あたしは!」

やまとは心底しまったという顔をして、顔を腕の中に再び埋めた。完全にこうのペースである。

「ほら、もっかいツッコんでみ? 私、いっくらでもボケられるからさっ!」

こうはやまとの睡眠を妨害するように、机をガタガタと揺らした。
恥ずかしさと憤りが混合し、やまとは居た堪れなくなった。

「私は絶対嫌よ! いくら頼んだって、雪見大福積まれたって嫌だからね!」

そう言って、やまとは鞄を手に取って教室を出て行ってしまった。

「……ふむ、困ったもんだね。しょうがないなぁ」

こうは自分の髪の毛をくるくると弄りながら、溜め息をついた。







やまとは、悩んでいた。
漫才をするのも嫌だったが、正直な話、みんなの前で何かするということが一番嫌だった。
授業で何かのプレゼンテーションをするときも、自分は資料やらを集めてまとめるだけで、あとは発表者に任せっきりだった。
文化祭でステージ発表する同級生達を見ても、特別羨ましいとは思わなかった。
むしろ、そうやって目立とうとする人たちを「ご苦労な人たちね」とあざ笑っていた。
だから、こうの頼みをああやって一方的に断ったのだ。

「もっと無難な出し物があるでしょうが。……全く」

呆れと怒りで、歩調が自然と速くなってしまっていた。
それを特に気にせずに、やまとは一人家路につこうと、下駄箱へ向かった。

「おーい、ながもーん」

階段に差し掛かったところで不意に名前を呼ばれたので、やまとは危うく段を踏み違えるところだった。
手摺りを握って何とか体勢を整えると、やまとはゆっくり声の方へ振り向いた。

「……泉先輩。今帰りですか?」

仇名で呼ばれた時点で何となく予想はついていたが、声の主は予想通り、こなたであった。
「ながもん」というのはこなたがやまとにつけた仇名で、彼女と、ひよりしかそう呼ばない(ひよりの場合は「ながもん先輩」だが)。
別にそう呼ばれるのは嫌ではなかったが、仇名の由来がアニメのキャラクターなので、何となく煙たく思った。

「んー、そんなとこー。ながもんも今帰り?」
「……はい、私もそんなとこです」
「じゃー、一緒に帰ろーよ。どーせ糟日部からでしょ?」

一人で帰りたい気分だったが、何となくノーとは言い辛かったので、やまとはこなたと一緒に帰ることになった。
桜藤祭以来、こうやって3年生と帰ることが増えていたので、特に違和感は覚えない。
下駄箱で上履きを履き替えているところで、こなたが言った。

「ながもんさぁ、お別れパーティー来てくれるんでしょ?」

今一番触れて欲しくない話題なのに、折角張ったバリアーがこなたの言葉でいとも簡単に破られてしまった。
息が詰まって、やまとは咳き込んだ。

「……な、なんでそれを」
「こーちゃんから聞いたよ~。何か出し物もやってくれるらしいじゃん。何やんの~?」

こなたがやまとの顔を覗き込んでニマニマと不敵な笑みを浮かべる。
やまとはこなたから目を逸らして、苦笑いを浮かべるしかなかった。
相手が自分より年上でなければ、頬をつまんで引っ張っているところである。

「べ、別に大したものはやりませんよ」
「んふぅ~、はぐらかさないでよぉ~。漫才やるんでしょ?」

こなたの言葉は、やまとの心の奥底、闇に包まれた部分に矢のように突き刺さった。しかも、急所を的確に射止めていた。
やまとは校舎を出ようと歩きかけて、額を引き戸にぶつけた。
弱くもじんわりとした痛みが、やまとの額を赤らめさせていく。

「……全部こうが喋ったんですか」
「その通り。楽しみだよー。ながもんがビシィっとツッコむ姿」
「……こうったら、ホントにお喋りなんだから……ひっ」

不意に手を取られ、やまとの心臓は跳ねた。こなたの顔を見ると、その眼差しは真剣そのものだった。

「……私たちとしては、みんなが持ってる、私たちが知らない別の顔、見てみたいんだよ。
 人ってさ、付き合いの中で印象とかキャラを決められちゃうと、どうしても自分で殻を破ることができないんだよね。でも、それって良くないと思うんだ。
 私も入学当初は猫被って、自分を隠そうとしてた。でも、いざ殻を破ったら、理解してくれる人がいたんだよ。
 殻を破って新しい自分を見せられる人って、きっとその後成功できるんだと思う。だから私、ながもんに殻を破って欲しい」
「で、でも」
「お願い。漫才やって。正直、ゆーちゃんやみなみちゃんじゃ、殻を破るってこと、難しいと思うんだ。
 そりゃ、ながもんにも難しいのはわかるよ。でも、ながもんならできると思う。きっと、私たちを驚かせてくれると思う。
 だって、桜藤祭であんなに私たちを驚かせてくれたじゃん。すんごい奇跡起こしてくれたじゃん」

何か言い返そうとしたが、こなたの眼差しにやまとは口を噤んだ。

「……失礼します」

搾り出すようにやっとそれだけ言って、やまとはその場から逃げるように駆けた。
こなたの視線が、背中に焼き付いているように感じた。







「で、突然やる気になったと」
「うん。やるわ。ツッコんでやるわよ」
「ま、やる気になってくれたのはいいんだけど……」
「けど、何よ」
「いや、何となく拍子抜け……」

こなたの励ましが効を奏したのか、やまとは次の日、こうに漫才をやると告げた。
こうは、昨日あれだけ拒絶されたので今日のやまとの変わりようには疑問を覚えるしかなかった。
普段とはテンションが間逆の二人だが、稽古は始まった。

「で、どんなネタをやるつもりなのよ」
「んー、そうだなぁ」

こうは今の自分の考えをやまとに教えた。
やまとは目を瞑り、黙ってこうの話を聞いていたが、こうが話を終えるのを確認すると目を開いた。

「違うわね。それじゃ面白くなんないわ」
「え?」

やまとはシャープペンシルを手に取り、ルーズリーフを机から引っ張り出した。
そしてルーズリーフの上に力強く、かつ流麗に文字を書いた。

「……『やまとなでしこ』? 何コレ」

やまとは机を叩き、こうに真っ直ぐ視線を送った。

「……私たちのコンビ名。やるからには本格的にやる必要があるでしょ」

唖然。呆然。こうの口は、大根が一本銜えられるほどに、情けなく開いたままであった。
やまとはそんなこうを無視するかのように、ひたすらルーズリーフに文字を並べていった。
10分位して、やまとはシャープペンシルを置き、ルーズリーフをこうの眼前に突きつけた。
こうはそれでようやく我に返り、多少困惑しながらその紙を受け取った。

「こうが言ってた案に、私の案もちょっとずつ混ぜながらネタにしてみたの。どうかな」

こうは、言われるままにやまとのネタに目を通した。
時折ふふっと噴出しながら、指で原案をなぞり、そして言った。

「……これ、超面白いよ、やまと。あんたにこんなセンスがあったとはね……。何か、すごく意外」
「まぁ、お笑い番組は嫌いじゃないし……。人よりお笑い芸人の名前知ってる自信はあるわ」
「いや、お笑い詳しいだけじゃこんなギャクセンス発揮できないって! お笑いの道、考えてもいいんじゃない?」

やまとはそれはないと一蹴し、時間も限られてるからさっさと稽古しよう、と促した。
こうはうんと大きく頷き、それからやまとの両手を取って、言った。

「やまと、絶対、絶対成功させようね!」







日付変わって、3年生お別れパーティー当日。
全員で12人という大所帯のため、高翌良家のパーティールームを使うことになっていた。
思いもよらぬ大舞台。その舞台裏で、緊張しながら出番を待つ姿がちらほら。
発表する相手が3年生だけならまだしも、どこから噂を嗅ぎつけたのか保護者の姿があるのだから致し方ない。

「なんでこんなことになってるんスか……」

重苦しい空気の中、ひよりが情けない声で現在の境遇を嘆いた。

「ごめん……。お姉ちゃんがみんなの両親に今日のことを教えてたの……」

ゆたかは小さい体が更に縮こまるほど、申し訳なさそうに頭を下げた。

「こ、これは流石のワタシでもキンチョウしますネ……」
「パティが緊張するってことは相当だな……コミケでもこんなに緊張しないよ、全く」

各々、それぞれが置かれている現状を嘆き、そして今にも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
みなみは、ステージの袖から一点に視線を集中させていた。その先には、みゆきの母、ゆかりがいた。

そんな中、一人冷静に、まるで緊張を楽しんでいるかのような姿があった。
やまとである。

相方であるこうは、彼女の横で目を点のようにして口を真一文字に閉じてしまっていた。緊張が最高潮に達している証拠だった。
それを見て、やまとは深く溜め息をついた。
そして、今もなお不安が渦巻いている輪の中に歩み寄り、手を叩いて注意を促した。

「……さっきから聞いてればグチグチと、何をそんなに緊張してるわけ?」
「だ、だってながもん先輩、こんなにギャラリーが居るとは思いもよらず……」
「それならやらなきゃいいじゃない。無理してまで舞台に上がる必要なんかないわ」
「で、でも……」
「でも、何よ」

やまとはひよりの目を真っ直ぐに見つめた。ひよりがたじろぐ。

「いくら緊張してても、投げ出すわけにはいかない。それは何故? 答えは簡単よ、みんな、先輩たちに感謝してるからでしょ?」

やまとの言葉に、こうを除いた全員が俯いていた顔を上げた。

「先輩たちに感謝してるから、どうにかして感謝を形にしたいから、みんなはここに居る。違う?」

後輩たちの顔に、光が戻っていく。やまとは目を閉じ、言葉を続けた。

「だったらやりなさいよ。先輩たち、きっと今日を楽しみにしてるわ。
 ここまで来たのに何もせず、ただパーティーが終わるのを待つなんて、お門違いよ」

やまとは、1年生の顔を順番に見つめる。その視線はまるで魔法のように、後輩たちの顔に笑顔を宿らせた。

「思いっきりやりなさい。失敗しても、感謝の気持ちが伝えられればそれで十分。……できるわね?」

その言葉に、元気よく頷く4人。空気はいつの間にか清々しくなり、舞台裏の雰囲気を盛り上げていた。

「……そッスね。今日まで練習してきたんだから、失敗するはずないし。感謝の気持ち、伝えないといけないッスね!」
「そうデス! お世話になったセンパイたちに、笑顔でソツギョウしてもらうのデス!」
「うん! みんなで頑張ろう! 私たちが楽しくやれば、きっと先輩たちも楽しんでくれるよ!」
「……何か、絶対に成功できる気がしてきた……。永森先輩、ありがとうございます」

突然の感謝の言葉に意表を突かれ、やまとはそっぽを向いて頬を掻いた。

「そ、そんな感謝することじゃないわよ……。ま、やる気になってくれたならいいけど」

ファイト、オー、という掛け声と共に、1年生のテンションが最高潮になる。

「さてと、それで」

やまとは、未だに棒立ちのままピクリとも動かないこうの頭を力一杯ひっぱたいた。
こうは突然もたらされた衝撃に悶え、頭を抱えてやまとに振り向いた。

「な、何すんのさぁ、やまと」
「ツッコミの練習よ。何をいつまで緊張してんのよ。後輩たちはもう胸張ってステージに上がろうとしてるわよ」
「だ、だって」
「……全く。散々張り切っといてそれじゃ無理ね。私が一人で舞台に出て漫談でもやろうかしら」
「え、やまと漫談なんてできるの?」
「こうのあんな秘密やこんな秘密を大暴露。きっと盛り上がるわよ」
「ちょ、ちょっと、勘弁してよぉ~」

こうがやまとにしがみ付く。それで、やまとが噴き出した。

「……やっといつものこうに戻った」
「あ……うん、そだね。なんか緊張してたのが馬鹿みたい」
「それでこそ私の親友よ。まぁ、今日の場合は相方、だけどね」

やまとが手を差し伸べる。こうはその手を力強く握り、立ち上がった。

「ほら、そろそろ出番よ」
「うん! 絶対、絶対成功させようね!」

拍手が沸き起こっているのが聞こえる。どうやら、1年生たちの出し物は盛り上がっているようだ。
舞台裏の空気が、二人の背中を後押ししているようだった。

「先輩たち、頑張ってください!」

その声に笑顔を返し、ステージの袖に立つ。
舞台の光が、たった一度きりの即興漫才師の登場を歓迎しているかのように眩く輝いていた。

殻を破り、新たな自分自身を見つけ出した二人が今、最初で最後のステージに立つ。


Fin
ツールボックス

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