ID:Kk2sBJs0氏:それぞれのMerry Christmas

「あー、雪だぁ」

物語の大まかな流れを考える作業を終えて、ふと窓の外に目をやると、
雲に覆われた真っ黒な空に何か銀色の粒が見えました。

「久しぶりですね、雪が降るの」

絵本の創作作業を共にしているアシスタントさんも、この白銀の妖精たちの登場を喜んでいるみたいです。

「本当だね~。最後に降ったの、いつだったっけ?」
「確か3年前……でしたね」
「3年かぁ……」

舞い落ちる雪の中に、私は学生の頃の自分を浮かべました。

「……3年ってすっごく早いよね。学生の頃なんか、友達と遊んだり、勉強したりであっという間に過ぎちゃったもん」
「それでも、学生の頃の思い出って言うのはずっと心に残る、って言いますけどね」
「何でだろうね。忘れたくないってずっと思ってるから、かな」

窓に手を触れると、手だけでなく体の芯まで冷えてしまいそうでした。

「小早川さんは、きっと楽しい学生時代をすごしたんでしょうね」
「……そうだね。毎日が、とっても楽しかったもの。あ、もちろん今もすごく楽しいよ」

天気予報によると、雪は明日も降り続けるそうです。
私は窓を開けて、ほっ、と息をつきました。白い息は、闇夜に吸い込まれていくように消えてしまいました。

「ね、明日、雪だるま作りに行こうよ」
「明日ですか? ……そうですね、余裕もありますし、作ってみましょうか」
「うん! じゃあ、とびっきり大きいの作ろうね!」

私は窓から身を乗り出して、両手をいっぱいに伸ばしました。
明日は楽しい木曜日になりそうです。







「日下部先生」
「はい」
「そろそろお休みになられた方が」
「いや、まだ作業がありますんで」

教「師」が忙しくなって「走」り回るから「師走」って言うのは何となく覚えていたけど、
実際に教師になってみるとそれが痛いほど身にしみる。
年末の教師がこれほど忙しいとは、学生時代には思いもよらなかった。
3年生の担任ともなれば、尚更だ。

息抜きでもするか。私はそう思って、缶コーヒーを買いに外へ出ることにした。
厚手のコートを身に纏い、マフラーもして、北風が枯葉を吹き上げる中私は自動販売機へと向かった。

自動販売機はこの寒空にさらされてぶっ壊れたりしないのだろうか。
そんなどうでもいいことを頭に浮かべながら、私はポケットから財布を取り出し、小銭を入れた。
スイッチに指を伸ばすと、ちょこん、と私の指に白い粒が乗った。

雪だ。

空を見上げると、そこには綺麗な雪の粒がひらひらと舞っていた。
私は別にロマンチストではないが、舞う雪が私に何か幻想的なものを感じさせた。

「あ、やべ、仕事仕事」

幻想的な気分に浸る余裕もなく、私は缶コーヒーを片手に駆け出した。
でも、時間の割には心も体も随分リラックスできた……ような気がした。







「やまとちゃん、これ今週のスケジュールね」
「はい、ありがとうございます……うげ」

一瞬目を疑った。スケジュール帳は、文字でびっしり。
眩暈がしたが、これだけ私を求めている人が居るんだから、応えるしかない。

私は今、芸能界、もっと言うなら音楽界でいたって普通のシンガーソングライターとして生きている。
小さい女の子が憧れるような「アイドル」とは違う、自分で曲を書いて一人で歌い上げる、そんな仕事だ。
もともと作曲が好きで、親友のこうに一度自作の曲を聞かせたら

「これやばいよ! オリコン1位、レコ大、果ては紅白行けるって、絶対! やまと、アンタ絶対デビューした方がいい!」

なんて何割増しかわからないほどの大絶賛を頂いたので、その曲をふざけ半分でレコード会社に送ってみた。
どーせ落選だろうと思っていたら、幸か不幸か目に留まってしまったというわけである。
で、がむしゃらに書いて歌った曲が大ヒットとは行かずとも徐々に売り上げを伸ばしていたらしく、
気付けば全国ツアーなんてものをやっていた。昨日、ファイナルを迎えたばかりである。

「あぁ、今年はのんびり新年を迎えることはできないみたいね」

アーティストとしての私はこの現実を喜ぶべきなのだが、素直に喜べないのが本音だった。
両親と色々な話をしたいし、こうと遊んだりもしたい。こたつでミカンを頬張りながら、ペットの猫を撫でていたい。
それで猫がゴロゴロ言いながら私にぺったりくっついて……想像しただけで癒される。

まぁ、そんな妄想を描いても、現実は変わらないんだけど。

何にせよ、とにかく今はこんな私を一生懸命応援してくれるファンに精一杯応えて、新年を迎えたらのんびりさせてもらおう。
それはもう、契約切られても良いぐらいに。いや、流石にそんなことはゴメンだけど。

嵐の前の静けさ。私はストーブの前に座って、好物の雪見大福を頬張るのだった。







「おかーさん、おかーさん」

ついうたた寝をしてしまっていたようで、娘の声でハッと我にかえった。
眼を軽く擦り、ぼやけた視界を晴らせると、娘が満面の笑みで目の前に立っていた。

「どうしたの」
「雪、雪」

娘が指差す方を見ると、純白の雪がひらひらと降り注いでいた。
降り始めてから結構な時間が経っていたらしく、外は白い世界へと姿を変えていた。

「外で遊んでくるね」
「気をつけるのよ、こういう日は転びやすいからね」

娘にマフラーと手袋、耳あてを着けてやると、娘は弾けるように外へ駆けて行った。

雪、か。
確かあの人に出会ったのも、雪が降る日だったな。
友達の家に泊まりに行ったとき、優しく話をしてくれた。
それからメールをするようになって、一緒に出かけるようになって――。
気付いたら、私たちはいつも一緒だった。

カレンダーに目をやる。そうだ。明日は私たちの記念の日。
娘は友達の家でパーティをやるというから、明日は私たち二人だけ。
飛び切り美味しい料理を作って、二人でワインを片手に乾杯したいな。
そして、普段から私たちのために頑張ってくれているあの人に、「お疲れ様」と言ってあげよう。

明日は、忙しくなりそうだな。
だから、今日はこうやって暖かい部屋の中でうとうとしていてもいいでしょ?







「ひよりん! まだキャラデザイン決まんないの!?」
「す、すいません! まだかかりそうッス!」

あーもー、何でこんなことになっちゃったかな。
こーちゃん先輩がゲームクリエイターになったって話は聞いてたけど、まさかこんな形で再会することになるとは。

漫画家になりたいという夢を叶え、とある週刊誌で漫画を連載している私。
最初は人気投票も下位のほうで、打ち切られるかどうかの境界線を行ったり来たりしていたが、
我慢して連載を続けるうちに徐々に人気が出てきて、たまに巻頭カラーを張れる程度までのし上がれた。
あー、ジャンル? 大丈夫、同人でやってたときみたいな作品じゃないから。流石に足は洗ったよ。
で、人気に目をつけたパティ(今はアメリカでアニメ会社の社長をやってるらしい)がオファーをくれて、今私はこうして仕事しているわけだ。

そんなことはともかく、今は目の前の仕事を片付けなければ。
ってか、何で自分が書いた漫画のゲームなのにダメ出しされなきゃいけないんだろう。
まぁいいや、唸れ、私のゴールデン・レフトアームよ!

「……こんなんでどうッスか?」
「没」

一生懸命書いた新しいキャラクターは、生まれて3秒でこの世から消失した。合掌。

「ひ~よ~り~、アンタ同人書いてたときのほうが生き生きしてるよ?」

そんなことは自分が一番わかってます。あぁ、もう、ほんとに、くそっ、ええいっ!

「これでどうッスか!?」
「……お、ちょっとまともになったじゃん」

む、これは期待できるか?

「でも没。65点。私は100点を求めてんの」

やめて、こーちゃん先輩! もう私のライフポイントは0よ!

今の季節が冬だなんて、そんなこと知ったこっちゃない。
冬だろうが夏だろうが雨季だろうが乾季だろうがハリケーンが来ようが、私は一年中漫画を書かなきゃいけないのだ。
……でも、この仕事を選んで失敗したとは思わない。

「今度こそっ!」
「うーん、惜しいね。80点」

……こうして、私の冬の一日は過ぎていくのであった。







「……みゆきさん」

机に向かって、なにやら難しい顔をしながら作業をしているみゆきさんに私は声を掛けた。
返事は返ってこない。もう慣れっこだ。こういうときは、聴覚よりも他の感覚を刺激した方がいい。
私はみゆきさんの前にコーヒーの入ったマグカップを置いた。案の定、みゆきさんはこちらに振り向いてくれた。

「あら、みなみさん。どうしたんですか?」
「みゆきさん、今日はそろそろお休みになられた方が……」

この人はひとたび作業を始めると没頭しすぎて、休憩とか気分転換とか、そういうことを一切考えない人だ。
だから私がこういう風に言ってあげないと、そのうち疲れて風邪を拗らせてしまうかもしれない。
みゆきさんは唸りながら体を目一杯伸ばして、それから深く溜め息をついた。

「……もうこんな時間だったんですね。わかりました。ちょっと休憩します」
「お付き合いします」

私は部屋の隅から椅子を引っ張ってきて、そこに腰をかけた。

高校2年生の頃、医師を目指して大学で勉強するみゆきさんに憧れ、私も看護の道へ進むことを決意した。
0からのスタートは思った以上に過酷だったが、みゆきさんにも手助けしてもらい、何とか看護師免許を取るまでに至った。
そしてみゆきさんと同じ病院に勤務することになり、今では二人でお互い支えあって仕事をしている。

「今年も、もう終わりますね」

みゆきさんが眼鏡を拭きながら、呟いた。

「そうですね……。気付いたら1年が経っていました」
「でも、高校生の頃はもっと早く時が過ぎていきましたよね」

みゆきさんは眼鏡をかけなおして、細い目をしながら言った。

「素晴らしい思い出たち……。目を閉じると、あの頃の自分たちの姿が今でもはっきりと思い出せるんです」
「あの頃は、笑い合ったり、喧嘩したり、涙を流したり、毎日が忙しかったです」
「今も忙しいけれど、あの頃は何か違う意味で忙しかったですね」

少しの沈黙。私たちは、お互いの思い出に身を預けていた。

「みなみさん」
「はい」

みゆきさんは、髪の毛を掻き揚げた。その姿が、とても美しく思えた。

「あのときの思い出があるから、今わたしたちはこうやって胸を張って生きていける……。
 だから、思い出たちに感謝し、その思い出を作ってくれた友人たちに感謝し、大切にしなければいけませんね」
「ええ……。そうだ、今度みんなで飲みに行きませんか」
「それはいい考えですね。早速計画を立てていきましょう」

そう言ってみゆきさんはペンを取り出し、紙に「同窓会計画」と書いた。

「みゆきさん、それ、患者さんのカルテです」
「はっ、あら、大変! みなみさん、修正液を取ってきてくれますか?」

あぁ、やっぱり変わってないんだなぁ、みゆきさん。
冬の夜に似合わない暖かな空気が、診察室を包んでいった。







「お待たせー、お姉ちゃん」
「おぉー、すごいわねぇ」

目の前に次々と並んでいく、見ただけで涎が出そうな料理の数々。
さすが、調理師になっただけあるわね。ホント感心しちゃうわ。

必死の努力の甲斐あって憧れの弁護士になれた私。思っていた以上に仕事は忙しく、
お陰で食生活もコンビニでパンやらカップ麺やらを買っていたので相当偏っていた。
だから、折角お互いに休みになったのでつかさに料理を振舞ってもらうことになったのである。

「ただでさえ体重には神経質なんだから、食生活には気を遣わないとだめだよー」
「わかってはいるんだけどね……。忙しくってさぁ」
「今度簡単に出来てヘルシーなメニュー、教えてあげるね」
「悪いわね。なんか助けてもらってばっかり」
「そんなことないよー。私もいずれ助けてもらう身になるかもしれないんだから」

つかさは、もしかしたら私なんかより全然大人らしくなっているかもしれない。
そのことに劣等感を感じると共に、安堵する気持ちもあった。
ドジばっかり踏んでいたつかさが、こうして社会に出て、毎日をちゃんと過ごしている。成長したのだ。
私は忙しいことを言い訳にしているだけ。――つかさが帰ったら、本気で生活習慣を見直さないとな。

食事に手をつけてから30分位して、つかさは戻ってきた。

「じゃーん」

つかさの持つお盆の上に、ショートケーキが乗っていた。

「ちょっと、食生活に気をつけなさいって言ったの、あんたでしょ」
「カレンダー、カレンダー」

つかさが指差す方を見た。12月。シンプルさが気に入って買った「絶景カレンダー」は、美しい雪景色を私に見せてくれていた。
そして、今日の日付を確認する。

「あ、そっか、今日って……」







「それは、本当に小さな物語だった。少女たちは、それぞれの夢を描きながら、眠りにつくのであった」

そこまで書いて、ペンを投げる。終わった。やっと作品が一つ上がった。
私は険しい表情をしたまま、冷蔵庫を開けて缶ビールを一本取り出した。

「っぷはぁぁ~~~~~!!!」

作品を書いている間はアルコール摂取禁止――お父さんが教えてくれた、『作品をより良いものにするコツ』だ。
なるほど、これは達成感がある。私はもう一度缶に口をつけ、わざと音を立ててビールを飲み干した。

睡眠時間を1日2時間まで削っていたので、その反動が今になってやって来た。
しかし、何故か眠る気にはなれなかった。目を擦りながら、私は部屋の窓を開けた。
冷気が一気に部屋へ流れ込み、せっかく時間をかけて暖めた部屋の空気を途端に冷やしてしまう。
でも、窓の外の景色が、そんなことをどうでもよくさせた。

「すごい……きれい……」

雪がひらひらと舞い、それが街の光で彩られ、イルミネーションのように輝いていた。
私はその景色を食い入るように眺め、深呼吸をした。
冷たい空気が、私の体を包み込んでいく。寒くない。心地よさを感じた。

なぜ街がこんなにライトアップされているか、私は知っている。
そう、今日は年に一度の、特別な日。
子供たちは聖人の存在に夢を求め、若人たちはお互いの愛情を更に深め、大人たちはワインを片手にパートナーと語り合う、そんな日。

私は冷蔵庫からケーキを取り出し、一人分に切った。
こういうケースになると悲しくなるのが普通だが、そんな気はしなかった。

今頃、みんなはどこで何をやっているのかな。
離れていても、私たちはいつも一緒だよね。

みんな、それぞれ自分が選んだ道で頑張っている。
私も、こうやって作家として胸を張って生きてるよ。

ぐぅとお腹が鳴って、私は現実に戻された。うん、お腹減ったな。食べよう。
甘い甘いケーキを食べて、聖夜のひと時を、昔の思い出に浸って過ごすのも悪くないよね。

そうだ、みんなに言っておきたいことがあったんだ。





みんな。





Merry Christmas。
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