穏やかな空。見事なまでの快晴。ホント、いい天気。
そして今日は七夕。綺麗な天の川が見れそうね。
私は今、町で買い物をしている。
たまには一人で買い物するのも気楽で良いわね、なんて思ったり。
勿論、一人で買い物しているのには訳がある。決して友達が居ないとかじゃないからね!
冒頭で述べたように今日は七夕だ。つまり私たち双子の誕生日。
ここまで言えば勘のいい人は分かるんじゃないかしら? そう、私たちはお互いに誕生日プレゼントの交換こをしようとしているの。
誕生日プレゼントなんて相手が欲しいと言った物をあげるのが妥当だと思うけど、今回はつかさの提案で何をプレゼントするか分からないようにするみたい。
サプライズプレゼントって事かしら? まぁ、何が貰えるか楽しみって気持ちは私にもあるけどね。つかさが欲しいものなんて、だいたい察しは付くんだけどね。
ま、そんな訳で一人で買い物してるって訳。と言っても、駅までは一緒に来たし、つかさも何処かで買い物してるとなると、あまり一人って気にはならないけどね。
さぁて、そろそろプレゼントでも探しますか。どこかいい店は……お? あれは?
長い髪、ヘアバンドによって露になったおでこ。
見間違えようもない、洋菓子屋のドアを開けて出てきたのは同じクラスの峰岸あやのだ。
出てきた……のだけれど、肩に提げたバッグを除けば彼女は手ぶら。
何か買おうと思って入ってみたはいいけどこれといって食べたいものがなかったとか、そんな感じだろうか。
「峰岸ー」
声をかけてみると彼女はぱっと振り向いた。
「柊ちゃん」
奇遇だね、と微笑みながらこちらへ歩いてくる。
「ケーキでも買うつもりだったの?」
「お店で売ってるのを見よう見まねで作るつもりだった、かな」
峰岸は料理が得意だ。
特にお菓子作りに関してはつかさに勝るとも劣らない、一級品の腕を持っている。
というか見よう見まねって。そんな簡単に再現できたら商売あがったりだろ……とも言い切れないのが峰岸の怖いところだ。
「柊ちゃんは? お買い物?」
そうだ、プレゼントの相談でもしてみようか。
「そんなトコ。つかさとプレゼント交換しようってことになってさ、何がいいか考えてたのよ」
「あ、そっか。今日が柊ちゃんたちの誕生日だね。おめでとう」
「ありがと。それでさ、どんな物プレゼントしたら……って、つかさのことあんまり知らないか」
「うーん……そういえばあんまり話したこともないかも。料理が得意なんだっけ?」
「料理っていうか家事全般かな。端的に言えば私を鏡に映したような子なのよ」
「柊ちゃんだけに?」
「……いや、別にダジャレを意識したわけじゃないわよ」
実にくだらない……。
くすくすと笑った後で峰岸は少しだけ腕組みをし、やがてぱあっと顔を明るめた。
「妹ちゃんへのプレゼント、提案があるんだけど――」
「日頃お料理を作ってくれてるお礼に、柊ちゃんもなにか作ってあげたらどうかしら?」
「ええ!?」
確かに、お弁当などの点ではつかさにお世話になりっぱなしだ。
けど、料理はすこぶる苦手なのよね……。スクランブルエッグを真っ黒焦げにして以来、苦手意識が付いちゃって……
「私じゃ無理よ……。つかさや峰岸みたいに美味しくできないし。第一、時間がないわよ」
「う~ん……そうよね……」
料理の案はあっさり却下され、結局振り出し。
「私よりも、泉ちゃんや高翌良ちゃんの方が良い案を出してくれるんじゃないかしら?」
うん、それはもう考えてた。つかさと同じクラスだし、何か知ってそうな気もする。
けどなぁ……あの二人だと、ちょっと……
「つかさの誕生日? やっぱり“鉈(ナタ)”とかいいんじゃないかな? あれ持って“嘘だッ!!!”って言ってもらえば……」
去年はToHeartの制服だし、あいつならマジでやりかねん。
「つかささんの好物はどうでしょう? 以前、果物が好きと言っていましたので、それなら容易に手に入りますよ」
無難な提案を出してきそうだけど、それなら姉さん達が既にやってるだろうし、そんな“いかにも”なプレゼントは私が納得いかない。
「悪いけど、それも却下かしら……」
「そっか……。じゃあ、歩きながら探さない? 良いのが見つかるかもしれないわ」
「それもそうね。峰岸はどうするの?」
「特に予定はないわ。もう帰るつもりだったから、柊ちゃんに付き合ってあげる」
「ありがと。じゃあ行きましょ」
その後、峰岸と一緒に色々店を廻ったわ。峰岸はあれが良いとか、妹ちゃんにピッタリじゃない? とか言ってたけど、私からしてみればどれも納得がいかないっていうか……。
峰岸のセンスを疑ってる訳じゃないんだけどね。じゃあこれでいいやー、なんて気持ちであげてもつかさに悪いじゃない?
かといってどんな物を上げれば喜んでくれるのか、つかさならどんな物でも喜びそうだけども……あぁん! 正直、プレゼントにこんなに悩むなんて思わなかったわ。
「ごめんね峰岸。さっきから選んでくれてるのに」
「うぅん、柊ちゃんの気持ち、私も凄く解るから気になんてしてないよ」
「ん、ありがと」
そういえば峰岸には彼氏が居るんだったわね。なるほど、こーゆーのには手慣れてるって事ね。
っと、もうこんな時間か。
行きも一緒なら帰りも勿論一緒。つかさとの待ち合わせ時間が後30分を切っている。
まずいわね、早くなんとか納得のいくプレゼントを買わないと……。
そんな事を思っているときだった。峰岸が私に問い掛けた。
「柊ちゃんはプレゼントって何だと思う?」
突然の問いに不意を突かれたが、すぐに答を出す方向に頭を働かせる。
プレゼントとは何か。
何なんだろう。
誕生日プレゼントなんてものは、幼いときからこの七夕の日にずっともらい続けたもの。
ある年はぬいぐるみ、ある年は服、またある年はCD。
それが、何かと言われても……
「あ、ごめんね、わかり辛いよね」
黙って考え込んでいると峰岸が声をかけてきた。
「ちょっとだけ、私の話していい?」
私は首を縦に振った。すると峰岸は何かノスタルジックな表情で語り始めた。
「丁度、1年くらい前かな。
みさちゃんのお兄さんとお付き合いを始めたばっかりの時のことなんだけど。
その彼がお誕生日を迎えたんだけど、まだお互い好みとかはっきりしない頃だったから、
どうしてもお誕生日のプレゼントが決まらなかったのね。
それでプレゼントって何なのかなって、私考えてね」
私は真剣に耳を傾けた。峰岸は続ける。
「そもそもプレゼントなんていう物を渡すのは、
その誕生日を迎えた人へのお祝いの気持ちの証なんだなって。
例えば自分が誕生日を迎えたら、『おめでとう』って言ってくれるだけでも嬉しいんだけど、
その上でプレゼントとして何かをもらえたら、もっと嬉しいじゃない。
それだけ、お祝いしてくれる気持ちが強いってことだから。
つまり、大事なのは誕生日を迎えた人、柊ちゃんの場合は妹ちゃんに対する
お祝いの気持ちだと思うの」
……うん、なるほど。その意見は確かに納得できるものだった。
そういえば、今まで誕生日プレゼントという物を、単なる習慣のようにしか考えていなかった。
誰かが誕生日を迎えたら、何かを買ってプレゼントとして『あげなければならない』と。
それは『当たり前のこと』だと。そう考えていた。
しかし、それは違うのだ。
大切なのは気持ち。
つかさの誕生日を祝う気持ちが大事。
そう思った瞬間、何となく気が楽になった。
今まで、あんなにプレゼントに何を買うか悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しく思えた。
気持ちに素直になればいいだけだったんだ。
「そうね……言うとおりね。ありがと、何するか決まったわ」
「峰岸、今日はホントにありがとね」
「ううん、私も結構楽しかったから」
私の手の中には綺麗に包装された小さな箱がひとつ。中にはつかさへのプレゼントが入っている。
とは言ってもこれはただの道具に過ぎない。私の気持ちを伝えるための、それだけのための道具。本当のプレゼントは、つかさを大事に思うこの気持ちなのだ。
だから私は、これを渡した後つかさにもうひとつのプレゼントを渡すつもりだ。渡すといっても、モノじゃあないんだけどね。
「プレゼントが決まったからかな?柊ちゃん、さっきまでとは違っていい顔してるわ」
「え?そ、そうかしら?」
「うん。改めて思ったけど、柊ちゃんは本当に妹ちゃんのこと大切に思ってるのね」
「そりゃ、まあ、生まれてからずっと一緒だった訳だし」
「ふふ。ちょっと羨ましいかな、そういうのって」
「んー・・・でも、いい事ばっかりだったって訳でもないわよ?」
峰岸と一緒につかさとの待ち合わせ場所に向かう。峰岸はいつの間にか―私がいろいろと悩んでいる間だろうけど―私達へのプレゼントを買っていた。
こういうところは本当に侮れないヤツだと思う。たぶんこういった細かい気遣いが出来ていれば、私にも彼氏の1人や2人・・・まあ、それは置いといて。
せっかくだからつかさにも直接プレゼントを渡したい、とのことで行動を共にしている。つかさにはお勧めの調味料のヴァ・・・なんとか・・・酢?を贈るそうだ。
双子の悲喜こもごもについて語っているうちに駅が見えてくる。つかさは駅前広場のベンチにちょこんと腰を掛けていた。
駅から道路一本を挟んだ位置まで近づくと、つかさがこちらの姿に気が付き笑顔で手を振り始める。
信号待ちで周りに人がたくさんいたこともあり、何となく気恥ずかしくて、私は手を振り返さなかった。
すると私が気付いていないと勘違いしたようで、最初は片手を大きく、そのうち両手をぶんぶん降り始めた。・・・仕方がないので小さく手を振り返す。
「妹ちゃんって、ホントにかわいいね」
「子供っぽいって言うのよ、アレは」
「うふふ。本当に柊ちゃんを鏡に映したような感じね」
「・・・かわいくなくて悪かったわね」
「あら、私は柊ちゃんも子供っぽいところがあってかわいいと思ってるわよ?」
「ちょ、変な冗談言うのはやめてよ、峰岸」
「うふふ。ごめん、ごめん。でも、60%くらいは本気よ?」
「もう。恥ずかしいから本当にやめ―うわっ!?」
信号を渡りきる寸前、すれ違う人の荷物が私の肩に当たった。
おしゃべりに気をとられていた私はバランスを崩すが、峰岸が咄嗟に腕をつかんで支えてくれたため転びはしなかった。
「あっ・・・」
「ダメっ!危ないよ、柊ちゃん!」
転びはしなかったが、その代わり大切に持っていたはずの箱が私の手から飛び出し、アスファルトの上で2・3回跳ねる。
車道の真ん中へと転がっていく箱を体は反射的に追いかけようとしたが、峰岸に腕をつかまれ阻止されてしまう。
歩行者灯器は点滅を早め今にも赤に変わろうとしていていた。駅前の交通量を考えると、峰岸の言うとおり、あの箱をとりに行くのは極めて危険だ。
―あの箱はただの道具。危険を冒してまで取りに行かなくてもいいじゃないか。
心の声、おそらくは理性を司る部分が私にそう語りかける。
確かにそう。あれは私の気持ちを伝えるための道具に過ぎない。それだけのための道具。本当のプレゼントは、つかさを大事に思うこの気持のはず。
・・・でも、例えそうだとしても、あれがつかさへのプレゼントだという事実にかわりはない。
ただの道具だからと言っても、決していいかげんに選んだわけではないのだ。つかさに笑顔で受取ってほしくて、今日一日をかけて一生懸命選んだ。
あれには私がつかさを祝う気持ち、つかさを大事に思う気持ちが少なからず込められている。
その気持ちの込められたものが、目の前で車に轢かれ、粉々に砕け散っていくなんて嫌だ。つかさへの気持ちが踏みにじられ、壊されてしまうようで嫌だ。
「大丈夫だった、柊ちゃん?・・・きゃっ!?」
峰岸の手を乱暴に振り払う私の目には、路上に寂しそうに転がっている箱しか映っていなかった。
そして、道路に向かって飛び出そうとした瞬間――声が聞こえた――
『お姉ちゃん!!』
つかさ、そうだ。ここでもし死にでもしたらそれこそ意味がない。つかさから笑顔も失くなるし、人生最悪の誕生日になってしまうだろう。
そんなのは嫌。私だって嫌。だから、絶対に死なない!
勢いよく飛び出した私は後戻りしたら当然危険だ。ならば勢いに任せて向こう側へ行くしかない。
私は道路の真ん中にある小さな箱を前屈みになって拾うと、それを両腕で包み込むように抱えてそのまま前方へジャンプし、対向車線へ転がり込んだ。
運よく対向車は来なかった事が幸いだった。私を今まさに跳ねようとしていた車は既に消えていた。止まって声を掛けるくらいの事はしなさいよね。といっても私が悪いのだが。
私がそこでうずくまっていると私に駆け寄る足音が二つ。見なくても分かる峰岸とつかさだ。
「柊ちゃん!」「お姉ちゃん!」
ほぼ同時に放つ二人の声を聞き、私は何かと重い身体を起こしてその場に座り込む。どうしよう、何て言おうか? などと考えていると、
「柊ちゃ、」
「お姉ちゃんの馬鹿! 何考えてるの!? 身体も傷だらけだしっ」
峰岸、ではなくつかさに叱られてしまった。横目でチラリと峰岸を見てみると呆気に取られたのか、口を半開きにしてつかさを見ていた。
「とりあえず向こうのベンチへ」と峰岸。
ベンチに座り込んだ私は峰岸に簡単な手当を受けていた。横ではつかさがわんわん泣いている。
「お姉ちゃんの馬鹿バカばか……プレゼントよりもお姉ちゃんの方が大事なんだよ? お姉ちゃんが死んじゃったら……私……うぅ」
「悪かったって、私もこうして無事なんだし、もう泣かないでよっつ!?」
峰岸が私の傷口を濡れティッシュで少し強めに抑える。あぁ、峰岸もそうとう怒ってるんだなぁと思いつつ、心の中で謝罪しておく。ごめん。
「これでよし。後は家に帰ってちゃんとした手当を受けるのよ?」
「ありがと、峰岸」
峰岸は泣いているつかさを見た後。
「柊ちゃん、これに懲りたらもうあんな無茶なことしちゃダメだからね?」
「分かってるって。反省はしてるわよ」
「絶対、絶対だよお姉ちゃん!」
「う、うん。絶対、絶対よ」
そんな私たち姉妹を見て峰岸がクスッと笑っていた。とりあえずこの場の空気は治まった。
「ハッピーバースデー、柊ちゃんに妹ちゃん」
あの後、峰岸から誕生日プレゼントを貰った。つかさは「みこすー」だかよく分からない単語を発していたけど、凄く喜んでいた。
私はというと、なんともかわいらしいリボンが出てきた。嬉しいけどこれは学校では付けられないわね。休みの日にでも付けさせてもらうわ。
ありがとう峰岸。今日一日の感謝も含めてね。
そして時はこなた達が家に来て誕生日パーティーをして帰った後。今は夜だ。
「お姉ちゃん見て、綺麗な天の川だよ」
「そうね、ホントに綺麗」
こんなに綺麗な天の川が見れるなんて何年振りかしら? この天の川を見れたのもあの時つかさが私を呼ばなかったら見れなかったのかもしれない。なぁんて私が余韻に浸っていると、
「じゃあお姉ちゃん、そろそろ」
「ん、そうね」
私は後ろ手に持っていた小さな小箱をつかさに差し出す。ちょっと気恥ずかしい。つかさも顔に朱を入れながら私に小箱を差し出していた。
「お姉ちゃん」
「つかさ」
「「ハッピーバースデー」」
こうして私の、私たち姉妹の人生最高とも言える誕生日は幕を閉じた。
fin
最終更新:2008年10月12日 10:18