ID:ehCdtTs0氏:いぬがみつかさっ!

洗面所に入ると、バスタオル1枚の妹が鏡の前でヘンなポーズをしていた。

「あ、お姉ちゃん。お風呂先にいただいたよ」
「つかさぁ~……何よ、その奇怪なポーズは……新手の首の運動か/?」
もしこの場に、彼女……こと、柊かがみの友達がいたら、
『首に星型のアザでもついてるのかと思ったよ』と
言ってそうなくらい、腰に負担がかかる姿勢だった。
「あのね、ココ、首のところにキズみたいなのがあるの。
 今まで全然気がつかなかったけど」

そう言って襟足の髪の毛をかき上げると、たしかに後頭部から
うなじの部分にかけて縦に一筋の傷痕が見える。
数センチはあるだろうか……傷自体はかなり大きいが
盛り上がっているようには見えない。
ほとんど治りかけているあたり古いもののようだ。
「へぇ……コレは明るいところでよく見ないと、気がつかないんじゃない?
 普段は髪の毛がかかって完全に隠れちゃってるし」
「うん。触っても、全然分からないし」
「それにしても、よく気がついたわね。こんなところにあるキズ」
「今日美容室に行ったら、美容師さんが『痛くなかったですか?』って聞いてきて
 私もね、最初、何のこと言ってるのか全然分からなくって」
「うん……私も今までちっとも……」
先ほどから少し陰のある表情を見せていたかがみは、突然何かを
思い出したように口をつぐんだ。
やがて、しばらくの沈黙のあと、申し訳なさそうに小さく一言呟いた。
「あの時の痕、残ってたんだ……」

「ねえ、お姉ちゃん。ホントは知ってるんでしょ?」
「何のこと?」
ベッドで寝転がりながら、ラノベの新刊を読むかがみ。
つかさの問いにそっけなく答える。
「ココのキズのことだよ。何か知ってるよね?」
そう言って風呂上りの濡れた髪を撫でて、かがみを促す。
「さっさとドライヤー使いなさいよ」
かがみは読書中に話しかけられるのを極端に嫌がる。
普段のかがみなら、つかさのことを軽く一蹴しているだろう。
しかし、この時は読書に身が入らず、上の空といった感じで
ベッドのそばに腰掛けたつかさの質問を、気にかけているようだった。
「ねえ……気になるよ……」
つかさを横目で見ながら、やがてかがみは諦めるように呟いた。

「しょうがないわね……あんた、そういうとこって昔から頑固よね……
 話せばいいんでしょ? まあ、もう『時効』だろうし……」
「『時効』って?」
「だってもう10年くらい前の話よ。私たちが小学校に行ってた時だと思うから、
 8、9歳の頃。もっと前かもしれないわ」
「へぇ、そんなに前なんだ。どうりで私、全然覚えてないはずだよ」
「私はよく覚えてるわよ。すごく怖かったから……
 それに、元はと言えば私が原因だしね」
「えっと……私がココ怪我したのって、お姉ちゃんのせい?」
「そうだとも言えるし、仕方が無かったとも言えるわね」
「なにそれ? 全然答えになってないよー?」
「話は最後まで聞きなさいよ……その頃のあんたってね、
 今以上にすごーく甘えんぼでね。お父さんもお母さんも、お姉ちゃんも、
 親戚の人もみんな、つかさのことばかり可愛がってたの」
「わ、わたし、そんなに甘えんぼじゃないよぅ……」
つかさが顔を赤らめて言う。
「でもね。あの頃は本当に、みんながつかさの方ばかりかまってたのよ。
 少なくとも、その時の私にはそう思えた。
『かがみはしっかりしてて偉い』とは言ってくれたけど、
 同じ双子なのに……って、子供心にとても寂しかった……」
トゲをふくんだ言葉尻には、少しばかりの嫉妬と羨ましさが見え隠れしていた。
以前、友達に言われた「かがみは寂しがりやのウサちゃん」という言葉は
実は、思った以上に当たっているのかもしれない、とかがみは思った。
「あ、あの……なんていうか。ごめんなさい、お姉ちゃん」
かがみは大げさにため息をついてみせる。

「だからぁ~……そ~ゆ~風にすぐ謝っちゃったりするところとか、
 その性格だからなのよねぇ……みんなに可愛がられるのはさ
 ま、今は全然気にしてないからね……とにかく、話を戻すわよ」
「そうそう、私のキズのことと全然関係ないよー」
「あんたがいちいち話を腰を折るから悪いのよ。最後まで黙って聞いてなさい」
「むー……」

「あれは、夏のすごい暑い日の昼下がり。たぶん気温は35度を超えてたかしら
 本当に気が滅入るほど暑かったのを覚えてる。
 確か、お父さんは仕事で関西の方に行ってて、お母さんは町内会の何かの集まりに行ってた。
 だからお姉ちゃん達に『私たち2人の面倒を見るように』って言ってたはず。
 でもお姉ちゃん達は『かがみ、つかさのことよろしくね』とかなんとか、友達と一緒に
 遊びに行ったりとかしてたの。まったく。いいかげんよね、ウチの姉妹って。
『なんでこのクソ暑いのに、手のかかるコイツの面倒を見なきゃ……』って、
 私は内心毒づいてた……って。ちょっ、何その今の小動物が怯えるような目は!?
 凶暴なのか? 今の私そんなに凶暴だった?

 ……とにかくね、その日の午後は、家に私たち2人だけだった。
 それで境内でかくれんぼとか鬼ごっことかして、遊んでた。全く、子供ってホントにバカよね。
 そんな日は、おとなしく家の中で遊んでればいいのに。
 で、そんなことをしてるうちに、裏のお堂のところへ言ってみようって
 私が言い出したの……ほら、裏庭を竹林のほうに抜けてたとこ、
 そこに小っちゃいお堂があったの、覚えてる? 昔あそこで遊んだじゃない。
 今はもう壊されちゃってて無いけど。
 あそこの軒下のとこにミツバチの巣があるから、見に行こうって誘ったのよ。

 まったく、救いようが無いくらいバカよね、子供の考えることって。
 あんたはすごく嫌がってたのを、私が無理やりに連れてった。あんたのこと、
 少し怖がらせてやりたかったんだと思う。
 真夏の炎天下の下、草がぼうぼうの小道をしばらく歩いって、開けたところに古い祠があった。
 なんの神様を祭ってたんだっけなぁ……昔お父さんに聞いたんだけど。
 犬神だったっけ?

 何か、あそこは今まで歩いてきた来た道と空気が違った。私はそう思った。
 なんとなくひんやりしてるというか、じとっと湿った感じがするというか……
 セミがうるさいのに、ひっそりとしてて静かで……全然そんなことは無いはずなのに。
 お目当ての蜂の巣はちゃんとあったわよ。それもすごく大きな立派なの。

 近くに行かなくても、あの蜂の羽音がぶんぶん聞こえて。周りを飛んでる蜂は数匹なんだけど。
 すごい威圧感ってヤツよ。しばらく遠くから見てたんだけど、私はさ、よせばいいのに
 石とか投げ始めた。

 もうね、出てくるのよ、蜂が。ものすごい数の。
 私のやってるシューティングの弾幕よりたくさんの。
 黒い雲が音を立てて襲いかかってくるみたいだった。
 私は逃げたわ、あんたを放っといて。ひどい話よね。

 とても怖かったからよく覚えてないんだけど、転びそうになりながらも、必死で
 家の中まで逃げ込んだ。気がついたら、足とか擦り傷や切り傷だらけだった。
 落ち着いたら、つかさのことが気になりだした。
 どうしよう、つかさに何かあったらすごく怒られるに違いない。
 お母さんやお姉ちゃんたちが帰ってくる前に、つかさを連れてこないと、って……

 しばらくして、暑さのピークを過ぎて陽が陰りはじめた、
 夕暮れも近くなった頃、あのお堂へ恐る恐る行ってみた。
 蜂はもう大人しくなってたけど、私は近寄らないようにした。
 つかさの姿は何処にも無かった。

 何処いったんだろう……あの子はドンくさいから、逃げ遅れたのかな……
 家の方に戻ったはずは無い、一本道だから出会ってるはずだし、
 そもそもこんな時間だ。とっくに家にたどり着いているはずだ……。
 子供の頭で、私は必死に考えた。そして1つの恐ろしい結論にたどり着いた。

 あのお堂からは、もう一本の道が開けているの。
 その道をしばらく進むと、急な崖に出るわ。
 崖といっても、3、4メートルだから、たいした斜面じゃないのよ。
 子供の足でも、気をつければ降りられるくらいだもの。
 とはいえ、蜂の大群をかわしながら駆け足で降りられるかどうか、さすがに
 その保障はなかった。

 それが運動神経ニブくてドンくさい子供だったら……
 あまり想像したくなかった……

 私は最初、つかさが逃げるときにその崖から落ちて、足でもひねって
 動けないんじゃないかと考えた。もし蜂に刺されてたりでもしたら大変だし。
 なんにしろ、たいしたことは無いだろうって、
 何のコンキョの無い希望的観測をしてたわ。
 さっさと助けに行って、家に連れ帰って、私の分のお菓子でもあげて、
 家族には黙っててもらおう。それで万事OK! そんなことを考えてた。

『背筋が凍る』って言うでしょ。そういう光景を見るとね、
 背中に凍ったミミズを入れられたみたいに、体温がスゥーって下がるのよ、ホントにね。
 つかさはそういう経験ある?

 崖の下で、つかさは冷たくなってた。
 
 すぐ思い直した。きっと足を滑らせて崖を転げ落ちて気絶してるだけだ、って。
 でもね、死人ってのは、寝てるだけの生きた人間とは全然違うのよね。
 呼吸とか、肌の色とかだけじゃなく、周りの空気がそこだけ違うのよ。
 でも私は、そんなのはただの錯覚に違いないって、しつこく思い続けた。

 つかさの顔のまわりをまとわりついて蠢いているハエは、黒い塊みたいになったし、
 片足は、膝あたりから変な方向に曲がってたけど。
 また、希望的観測というヤツ。
 でも、そんな私のささやかな希望も
 すぐに音を立てて崩れたわ。

 つかさの頭を起こそうとした瞬間、耳からドロッて赤い液体が流れて落ちた。
 血って言うより、すごく赤黒かったから、ブルーベリーのジャムみたいだなって思ったけど、
『あ、これ血なんだ』って気づいてらびっくりして、つかさの頭を離してた。
 ゴンッて地面に落ちて頭を打ったけど、あんたは全然反応が無かった。

 かわりに何処からってくらい、ものすごい量の血ががドバーッて出たわ。
 アレの日なんて目じゃないくらい。砂場にジュースを落としたみたいに、
 あたりの乾いた土にすぐ吸い取られて、まわり一面赤黒くなった。

 ……ヒトの血の量はね、体重の13分の1。その3分の1の出血が致死量なの。
 それで小学校低学年の子の体重って30キロぐらいでしょ……
 致死量は……770ml……250ml缶3本ちょっと、ってとこでしょ?
 2lペットボトルぐらい真っ赤な血がドロドロって噴き出してた。
 
 どうしたの? つかさ? 顔色が悪いわよ?
 冗談でしょ、だって? まあ待ってよ。

 ここまで話したんだから、最後まで聞きなさいよ。
 じゃあ続きを話すわよ。

 それでね、もうだめなんだ、つかさは死んでるんだ、
 血が止まらなくて、全く動かないつかさを見て、私はそう判断した。
 でね、次に何を考えたと思う?

『つかさがいなくなったから、みんな私のことをかまってくれるようになる』
 一瞬そう思った。それくらいあんたは大切にされてたから。
 でもそんな大切なつかさを殺した私はどうなるのかしら? そう考えた。
 みんなすごく怒るだろう。神社の神具を悪戯したときより怒るだろう。
 きっと謝っても許してもらえない。私も殺されちゃうんだ。

 私はつかさの死体を隠すことにした。

 ところで、あの崖から離れたところに『墓地』があるのって知ってる?
『ヒト』のお墓じゃないわ、ペット専用の墓地よ。
 鳥とか猫とか、でも犬が一番多かったみたい。

 誰が始めたのか知らないけど、すごい数のお墓があって、
 墓標があるのだけでも100以上かしら。ネットでもすごく有名なのよ。
 私はそこにつかさを埋めることにした。

 同じくらいの体格の人間を運ぶのは、すごく大変だったわ。
 意識の無い人間はね、おんぶするときみたいに、バランスを取ってくれないから。

 何度も転びそうになって、汗だくだくになりながら、
 血生臭さで吐きそうになりながら、つかさを背負った私は墓地にたどり着いた。
 最近切られたような切り株があったから、座って一息ついた。

 ところでその墓場には、ちょっとした怪談ってか都市伝説みたいなものがあってね。
 埋めたペットが生き返る、のよ。ふふ、笑っちゃう話でしょ。
 でも私のクラスメイトの子が、ペットの犬が生き返ってったって言ってたのを思い出したの。
 まあ私は、似たような犬を親が買ってきたんだ、って言い返してやったけど。
 昔っからそーゆーオカルトなのは信じないのよ、私は。

 あーでもぎょぴちゃんやタマが死んだら、私だって『ペットの墓地』で生き返らせたいかも。
 大人だってそんな迷信に頼りたくなるくらい、哀しいのよね。ペットロスってのは。

 ……都合がいいことに、墓にはちょうど、掘り返したような大きな穴が開いてた。
 あ、もしかしたら、あの穴はすでに何かが『出てきた跡』だったのかもね…… 
 つかさを穴に下ろして、その辺の板切れか何かで土をかぶせた。
 何だか息苦しそうで可哀想だな、って思いながら。

 それから……あまり覚えて無いけど、家に帰った頃にはもう夕方だったはず。
 服は汗びっしょりで、つかさの血がすこし付いてたけど、
 着替えもせずに、すぐにベッドの中にもぐって、ずっと震えてた。
 つかさは一人で遊びに行った、だから何も知らない。そう答えれば大丈夫だ。
 たとえ死体が見つかっても、自分が殺したなんてバレるはずは無い……

 そんなことを考えながら……あとは、今日の出来事の夢を見ていたと思う。
 夢の中で、崖から落ちるつかさを、私が映画みたいに助けたりして、
 ああ、こっちが現実なんだって思ったらそこで目が覚めて、またすぐ眠って……
 それを何度も繰り返してた、時間の感覚が無くなるくらい。

『ご飯だよー』ってお姉ちゃんの呼ぶ声がした。目が覚めたら夜だった。
 私はいつもどおりにキッチンへ行ったけど、内心ブルブル震えていた。
 心臓も鼓動が聞こえるんじゃないかってくらいドクドクしてた。
 お母さんはまだ帰ってきてなかった。

 そこには、いのり姉さんとまつり姉さん、そして……つかさがいた。
 マジでビックリしたわ。だって、あんたヘーゼンとご飯を食べてるんだもの。
 もしかして、昼間の出来事は本当に私の夢だったんじゃないかって疑うくらい。

 寒いの? つかさ?
 さっきからずっと震えてるわよ?
 お風呂入ってそんな格好してるからよ。

 でも夢なんかじゃなかったわ。私の服には血が付いてたままだし、洗濯機の中には
 血だらけで赤黒くなったつかさの服が放り込んであった(これは私が始末した)
 次の日見に行ったら、昨日死体を埋めた場所はぽっかり穴が空いてた。

 昨日、つかさは確かに死んで、ソレが生き返った証拠ってわけよ。
 それだけなら、土の中で、仮死状態とか何かで意識を失った状態から回復して
 ただ戻ってきただけかもしれないわね。

 といっても、あれだけ大量の血を失っても平然としてるなんて絶対おかしいでしょ?
 それに何と言ってもね、その日からあんたの様子がちょっと変になったの。
 犬っぽくなった。

 べつにシッポふったり、舌出したりとかじゃなくて
 ちょっとしたしぐさで、子犬を連想するみたいな感じ。
 たとえば人との接しかたとか、お母さんと一緒にいるところなんか
 飼い主とペットみたいでね。

 でも、もともとつかさってさ、そういうところがあったし
 私も最初は気にしてなかったのよ、あんたがあんなことをするまではね。

 ところで、昔、私たち文鳥を飼ってたの知ってる?
 覚えてないの? あんたって忘れっぽいわね。
 物置に鳥かごがあるじゃない。あれで飼ってたの。
 真っ白で可愛くてね。よく懐いてたわ。
 こうやって手を出すと、腕に乗ったりしてね。

 あ、言うの忘れてた。さっき言った、私の友達の生き返った犬、
 柴犬かなんかの雑種の子犬だったかな、見せてもらったんだけど、
 普通の犬にしか見えなかった。

 友達が言うには、ペットを生き返らせてもね、半分しか戻らないんだって。
『魂』が半分しかないのよ。

 魂が半分だと、目つきがどこ見てるのか分からなくなったり、鳴き声が変になったり
 歩き方がすごく変だったり、食べる量が異常に減ったりとか、
 とにかく半分なの。元通りには戻らないの。
 犬でさえそうなんだから、人間が元通りになるかなんて分からない。

『何が』半分入ってるのかだって知らないし。
 
 文鳥の話はどうなったかって?
 突然いなくなったのよ。私が学校から帰ると、かごが倒れて扉が開いてて
 あの子はいなくなってた。
 縁側に置いておいたから、たぶん猫かなにかに襲われて扉が開いたんだろう、
 お父さんはそう言ってた。

 でも本当は違うの。

 あの日、私はあきらめきれずにあの子を探しに出かけた。
 逃げた鳥を追うなんて、見つかるはずも無いのにね。
 でもね、あの文鳥はすぐ見つかったの。裏庭の草の茂みで、つかさがあの子を握り締めてた。
 ちょっと正確じゃないわね。あんたが『文鳥だった』物体を持ってたのよ。
 赤い何か、ひもだか布みたいなものが垂れ下っていた。

 口の周りとブラウスが真っ赤で、周りの草もケチャップかけたみたいだった。
 あたりにはぷんと鉄のにおいがした。そばに噛み千切られた鳥の頭が落ちてた。
 濁ったガラス玉みたいな、焦点の合ってない目で、私を見てた。
 あんたが持っていたのは、首の無い鳥の死体。真っ白だった体が血で赤くまだらになってた。

 私はつかさを平手で殴った。手が痛かった。
 それでも、あんたは悪びれもせずに『なんで?』って顔をしてた。
 叱られた犬みたいだった。

 この子には、半分しか魂が無いんだ。きっと心は獣同然なんだ。私はそう思ったわ。
 器のせいで、今は人間みたいだけど、きっとそのうち本性を現すに違いない。
 だから、私はその前になんとかすることにした。

 ねえつかさ? 私の話、聞いてる?
 さっきから苦しそうだけど?
 息ができないほど怖がらなくてもいいんじゃない?

 私のクラスメイトの子の犬は、どう見ても普通の犬だった。
『半分なのに、どうして普通なの』って聞いたら、『もう一回埋めたから』って言ってた。
 1/2+1/2。その時、まだ分数はやってなかったけど。
 その子の犬はまだ子犬だったからね。生き埋めにするのも、それほど難しくなかったみたい。

 中型犬とかでも、大人の男だって無理なんじゃないかしら、生きて埋めるなんて。
 同じくらいの体格の妹なら、もっと難しいに違いない。

 だから私は武器を持ってったの、あんたを例の墓地まで連れ出す時に。

 一振りの鉈。古いけどつくりはしっかりしてるし、
 重心が扱いやすいようになってて、子供でも振り回せるのよ。

 ついでに冷蔵庫から豚肉のパックを持ってった。
 真夏の昼さがり、やっぱり暑い日、墓場についたら、
 せがむつかさに生肉を放り投げてやった。
 がつがつとむさぼり食う姿は、私の妹ではなく、ただの一匹の獣に見えた。

 それを見たから、罪悪感は沸かなかった。
 峰で殴って気絶させるだけのつもりだったのよ。
 肉にむしゃぶりつくつかさの後ろに回って、私は鉈を振り上げた。

 つかさはすばやく振り向いた。太陽に背を向けてたのが失敗だったわ。
 殺気立った影で気付かれた。つかさは私に飛び掛ってきた。
 それからしばらくは取っ組み合いが続いた。服は土で汚れるし、
 身体のあちこちを打って、上下左右もわからないくらい、
 お互いに掴みかかりながら転がり続けた。

 つかさは細い身体に、どこにこんな力があるんだってくらい、
 私の首を締め上げてきた。
 本当に殺されると思って私も必死だった。

 殺し合いは突然、耳をつんざくようなつかさの悲鳴で、終わりを告げた。
 気がつくと、私はつかさの頭をなにかに叩きつけたらしかった。
 私の服に血がべったりとついてる。つかさの吐いた血だった。
 つかさの動きは、生きている人間のそれと違う。
 手を離しても、つかさは起き上がってこなかった。
 切り株の、切られた鋭い枝が首を突き破って、つかさののどから生えていた。
 不規則な痙攣、目を見開いて、血を吐いて、やがて動かなくなった……

 私はつかさを引きずって、元の穴に埋める作業を始めた。
 心臓は動いてるから、どうやらまだ死んではいないようだったわ。
 刺さった枝は抜かなかった。また出血するかもしれなかったし……

 あんたの頭の傷は、その時の傷ってわけ」

「どう?」
かがみはつかさに問いかけたが、反応が無い。
涙とヨダレを流して目を空ろにしている。
「あんたって結構、抜けてるでしょ? きっとアタマが3/4しかないのよ
 だって私が『半殺し』にしたから! あははっ! なんちゃってねっ!」
反応無し。

「あの……つかさ……?」
「……んおねぇええちゃあああんんんんんあqwせdrf!!!!!1
 やだああああ!!!わだじいぬやだああああ!!!!」
「ちょwwおまwwwフィクションですから! この物語は」

恐怖で幼児化していたつかさは泣き止まなかったし、納得もしてくれなかった。
例の傷は、小さいころに境内の石段でぶつけたと言っても信じてくれなかった。
(私は覚えていたが、つかさはサッパリ忘れていたようだ。
 怪我の時も、頭から血を流しているつかさ本人はヘーゼンとしていて、
 私のほうが怖くて泣いていたという始末だった)
両親にも説得してもらって、ようやく落ち着いた。

「しかし、作り話であれだけ怖がるとは……
 私もなかなか物語を作る才能があるんじゃないかな?
 (某映画と小説のパクリだけど)
 それにこれじゃあ、ラノベというか、角川ホラー文庫だ。
 私はもっとファンタジーなのが書きたいんだが……

 でも、ちょっと怖がらせてやろうと思っただけなのに、失敗だったな……。
 作り話って言ったけど、「つかさのことが羨ましかった」のは本当だよ。
 ずっと大切にしてもらって、幸せだね。
 羨ましかったから、ちょっと悪戯したかったんだ」


「こわがらせて、ごめんね。おやすみなさい、つかさ」

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最終更新:2008年09月09日 02:25
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