ID:bxJz7cDO氏:それでもきっと思いは伝わる

「ん~……」

その少女は、おもちゃ屋の中のある一角を、指をくわえて見つめていた。

「ん、どうした?」

そんな娘の様子に気付き、父がガ○プラから娘に視線を移した。
すると娘は顔を上げ、右手で父の袖をくいくいと引きながら左手で今まで見ていたものに指を差す。

「あれほしい……」

彼女が指差す先にあったのは、一体のフランス人形だった。
それを見て、最近娘の間で『お人形遊び』が流行っていることを思い出す。
だが……彼は悩んだ。あんまりお金を使いたくないのだ。
小説家として働いている彼。いくつか賞は取っていて少しはお金があるのだが、連載作家等ではないためいつ売れなくなってもおかしくないのだ。
そのため収入の半分近くを貯蓄に回し、趣味であるゲームやプラモデルを我慢してるうえで生活を切り詰めている。
そんな状態なので、1ヶ月の生活もギリギリ。無駄な出費は極力抑えたい。
だが、最愛の娘が瞳を潤ませているのを見ると……

「……よし、わかった。買ってあげる」
「ほんと!? おとーさん、ありがとー!!」

フランス人形を手に取る父に、目を輝かせて抱きついてくる。つくづく甘いなぁと自嘲しながらも、足はそのままレジに向かっていた。
 
 
 
 
 
 
 
「う~……片付けめんどくさい……」

自室の押し入れを見つめながら、泉こなたは呟いた。
夏休みももうすぐ終わり。新しい気持ちで新学期を迎えようという従妹の提案で、夏の大掃除が執り行われていたのである。

「まあまあ。俺達も手伝うからさ」
「はやく終わらせちゃおうよ」
「はぁ……仕方ないか……」

父の泉そうじろうと、この話を持ちかけた従妹の小早川ゆたかに急かされ、しぶしぶ了承。
押し入れの扉に手をかけて、ゆっくりと開ける。

「うわ~……すっご~い……」

中はカオスな状況になっていた。
うず高く積み上げられた物の数々が押し入れの高さいっぱいにまで積まれている。
押し入れの扉ギリギリからそのような状態。奥はもっとカオスになっていることが容易に想像できる。

「そういえば場所が足りないって前に言ってきたよな」
「これでも整理したんだからっ。……だいぶ前だったはずだけどネ……」

最初こそ威張るような口調だったが、いつ片付けたのか思い出して最後はかなり小さな声になってしまった。
と、そんな時、ゆたかが押し入れの一番前を陣取っていたものに手を伸ばした。

「これって、ガンダ○のプラモデルだよね」
「うん。ちょっと前にハマって……ってゆーちゃん危ない!!」

こなたの忠告も虚しく、ゆたかはガ○プラの一つを手に取ってしまった。

「うひゃあああ!!?」

うず高く積み上げられていたガン○ラが雪崩を起こし、巻き込まれたゆたかは○ンプラの山に埋もれてしまった。
それを横から見ていたそうじろうは、横にいるこなたに白い目を向けていた。

「……いくらギリギリだったからって、こんな某野原家の押し入れみたいにしなくても……」
「いや、本当にパンパンだったからネ。ちょっと動かしただけでも崩れちゃうんだよ……」
「なんでもいいから早く助けてよ~!!」


・・・


ゆたかをガンプ○の山から救出し、その山を整理してから再び押し入れに取り掛かる。
かなりの量が入っている。これだけのものを片付けるのは相当苦労しそうだ。


「わっ、箱いっぱいにカードが……」
「あ、トレカだ。そういえばコンプしたんだっけ」
「すごい、ほとんどダブりがないよ!!」
「まあプロになれば、どこに何が入ってるかすぐにわかるようになるからネ」
「……トレーディングカードにプロとかアマってあるの……?」


・・・


「今度は手作り感たっぷりのロボットのフィギュアが出てきた」
「それは……こなたが小学生の時、図工の時間に作ったマジ○ガーZだな」
「こなたお姉ちゃんが作ったんだ……すごいね」
「苦労したヨ~。放課後も使ったくらいだからね」


・・・


押し入れの中身もだいぶ少なくなってきた。あともう少し。
そんな時、ゆたかが何かを発見した。

「わ、お人形だ……」
「あれ、ホントだ。こんなの持ってたんだ」

古ぼけたフランス人形だった。
本体は色褪せているだけだが、服はなぜかちぐはぐ。『一生懸命作ったけど失敗した』という感じだ。

「ああ。それはこなたが本当に小さい時に俺にねだった人形だよ」
「これを?」

そうじろうに言われ、また人形に視線を落とす。
本当は別として、服はいくらなんでもボロすぎる。こんなものをねだるとは……

「いや、もともとその人形が着てた服は押し入れの中にあると思うぞ。その服は俺が仕立て直したやつだからな」
「おじさんが……この服をですか?」
「ああ。初めて裁縫したから傷だらけになったけどな」

笑い事のように言う父だが、父が裁縫をしたところなど見たことがない。悪戦苦闘したんだろうなと思いながら、ふと疑問が湧き出てきた。

「なんで裁縫? 人形用の服とかって売ってない?」
「いやぁ……俺がまだ売れてすらない時だったからな。買う金もないから、かなたの服を新しく仕立て直したんだ」
「えっ……」
「おばさんの服を……?」

そうじろうはどこか遠くを見るように目を細め、語り始めた。

「これを買ってから1ヶ月くらいしてからだったかな……」
 
 
 
 
 
 
 
「う~ん……」

そうじろうは、次のコンクールに出す小説を考えていた。
次のコンクールで賞を取ればプロとしてデビューできるかもしれない。そうすれば連載の仕事が来て、安定した収入を望める。
今の生活から脱出するためには……なんとしても賞を取らなければ。
と、その時、

「おとーさん……」

幼稚園に入りたてのこなたは、フランス人形を大事そうに抱えながら父の部屋へと入ってきた。

「おう、どうした?」
「あのね? えっと……このおにんぎょうさん……」

そう言って、抱えていたフランス人形を見せるように身体の角度を変えた。

「それが……どうした?」
「……いっつもおなじおよーふくでかわいそう……あたらしいおよーふくをきせてあげたい……」

なんとも純粋で心優しいお願い。叶えてあげたいのはやまやまだが……『あたらしいおよーふく』は店に行って買わないといけないのだ。
あまりお金のない今だからこそ、余計な出費をしたくないのだ。
次のコンクールまで待ってもらっても、賞が取れなければ買ってあげることはできない。
かといって、今まで大事に貯蓄してきたお金を切り崩すわけにも……

「……よし、お父さんがなんとかしてあげよう」
「ほんと!? ありがとう!」

フランス人形をそうじろうに託し、ルンルン気分で飛び跳ねながら部屋を後にした。
それに手を振り……こなたが部屋から出てすぐに頭を掻き毟る。

(あ~もう……! なんで俺はこなたに甘いんだ……!!)

実を言うと、そうじろうは後先考えずに返事をしていた。
娘のお願いとなると……どうしても叶えてあげたくなる。それが親バカだ。

(くそ……どうすればいい……?)

こなたから託されたフランス人形とにらめっこする。
『手に入らなかった』と言えばこなたは確実に機嫌を損ねる。下手すりゃ将来不良になるかもしれない。
買ってあげたら買ってあげたで、今度は家計が苦しくなる。そこまでの額ではないだろうが、最悪の事態も想定しておく。
娘を不良にさせたくないが、今以上にひもじい思いもさせたくない。
実家にお願いして……というわけにもいかない。駆け落ち同然でここまで出てきたのだ。いまさら頭をさげるわけには……

「……」

駆け落ちという単語で、ふと思い出した。今は亡き妻――泉かなたのことを。
小さい頃からの幼なじみだった。学校でも、私生活でも、常に一緒にいた。それがいつのまにか恋愛に発展して……
だが、お互いの両親が、二人の結婚を認めてくれなかった。こうなることを予測していたのかもしれない。

(そういえば、『駆け落ちしよう』って言ったのはかなたからだったよな……あの時はびっくりしたよ……)

ついこの間のように思えるその出来事も、もう何年も前。愛する妻は、娘を産んですぐに旅立ってしまった。
もしかなたがここにいたなら、どうしてやるのだろうか。自分が想像できないようなことをして切り抜けるだろう。
かなたがやりそうなこと……

(あいつなら、自分の服を仕立て直して着せてやるんだろうなぁ……)

この娘のように、心優しい妻のこと。きっと自分を犠牲にしてでも、こなたに喜んでもらいたかっただろう。

(……そうか!!)

フランス人形を机に置いて立ち上がると、勢いよく部屋を出ていった。


・・・


「こなた!!」

翌日、そうじろうは片腕を背中に隠したままこなたの部屋に勢いよく突入した。
こなたはクレヨンでなにやらお絵描きしていた。色使いや形から○ンダムであることが伺える。

「なぁに? おとーさん」
「ほらっ、あたらしい服だぞ!」

背中に回していた腕を前に出す。
フランス人形だった。昨日お願いした、あのフランス人形。
確かに、着ている服は今までのと違っていた。

「おとーさん、これ……」
「ごめんなー。お金が無くて買えなかったんだ。お父さんの手作りで勘弁してくれ」

父親の顔と人形を何度も何度も視線を往復させる。
シンデレラ(初期状態)を彷彿とさせる、ある意味斬新なデザインだった。
実際はデザインなどではなく、かなたの服を裁断して縫い合わせただけのもの。フランス人形だから余計に似合わない。
逆に『おにんぎょうさん』が可哀想で泣きそうになってしまったが……

「……!」

その時、こなたは見た。そうじろうの手が絆創膏だらけになっているのを。
家にある古い服を仕立て直し、慣れない裁縫で傷だらけになりながらも、一生懸命作ってくれたことを、こなたは小さいながらに理解した。

「ありがとう、おとーさん」
「え……」
「これ、わたしのたからものにするっ!!」

満面の笑みを浮かべ、こなたは父親に飛び付いた。
 
 
 
 
 
 
 
「――…あれが俺が今までに見たこなたの最高の笑顔だったな」
「そうなんだ……」

いつしかこなたの目は人形の服に釘付けになっていた。
父親が苦労して作ってくれた、今は亡き母の服。なぜ今までこんなところに放置していたのだろうか。

「あの時は可愛かったこなたが、いつのまにか中身が俺と同じオヤジに……」
「それはお父さんの教育方針が悪い」
「うぐっ!!」

トゲのある言葉を吐きながらも、内心は父親に感謝しているのだ。
面と向かってそれを言えないこなたの照れ隠しなのである。

「これ、おじさんとおばさんの温もりがこもってるんだね」
「うん……そうだね」

古ぼけたフランス人形としばらく目を合わせ、そして固く抱き締めた。
 
 
 
 
 
 
 
「おいーっす」
「こなちゃーん」
「おー、いらっしゃー」
「うっわ、またあんたの部屋は……」
「いやー、夏休みが終わる前に片付けはしたんだけどねぇ」
「あれ? これ、お人形さん?」
「あれ、ホントだ。あんたもこんなの持ってたのね」
「まぁね」
「でも、服がなんかボロボロだね……」
「ええ……初期状態シンデレラを彷彿とさせるわ……」
「ああ、これはねぇ。お父さんが――」

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最終更新:2008年09月05日 23:54
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