昼休み。
「おーす、ふゆき」
そういいながら、保健室に入ってきたのは、桜庭ひかるだった。
「学校では、せめて先生をつけてください」
天原ふゆきの全く気合の入ってない抗議を、ひかるが受け入れるわけもなかった。
「固いこというな。誰も聞いてないんだし」
二人は、向かい合って、弁当を広げた。
「今日もコンビニ弁当ですか? 毎日それでは健康に悪いですよ」
「なら、ふゆきが作ってくれ」
「なぜ、私が桜庭先生の分まで作らなきゃならないんですか?」
「私とふゆきの仲だろ」
「理屈になってません」
保健室は、ほんわかな雰囲気とだらけた空気が入り混じる異空間と化していたが、二人は全くいつもどおりだった。
幼いころからずっとこうしてきたのだ。二人にとってはそれは空気のようなものだった。
「その玉子焼き、うまそうだな。一個くれ」
ふゆきは、箸で玉子焼きをつまむと、ひかるの口元にもっていった。
ひかるはぱくりと口に入れる。
「うむ。うまい」
田村ひよりあたりが喜びそうな光景がそこにあったが、観客は誰もいない。保健室にいるのは二人だけだ。
「外見もよくても性格もよくて料理もうまくて、ふゆきなら男なんて選び放題だろうに、なんでみんなフッてるんだ?」
「私が結婚したら、桜庭先生の面倒は誰がみるんですか?」
「ふゆきだろ? 結婚したって、今までどおりで何が悪い」
ひかるはあっさりそう答えた。
「男性に嫉妬される女性というのは、あまり気分のよいものとは思われませんよ」
「なるほど。確かにうざいかもな」
ふゆきの反論にあっさり同意するひかる。
「そういう桜庭先生こそ、もう少し努力されてはいかがですか?」
「なんつうか、そういうのはめんどくさくてな。ふゆきみたいに面倒みてくれる主夫がいるんなら、考えないこともないが」
「困難な道のりですね」
「ああ、そんな男なんかめったにいないからな。まあ、潔くあきらめるのが妥当だろう」
「なら、私も一生独身ですね」
「いっそのこと、二人で、同性婚が認められてる国にでも移住するか?」
「私には同性趣味はありません」
「愛がなくたって、結婚ぐらいはできるだろ」
「教師の発言とは思えませんね」
「教師も生活の糧を得るための手段の一つにすぎないからな」
「そういう発言は、生徒の前では控えてくださいね」
「ああ」
そんな危ない会話をかわしていても、二人は何一つ変わることはない。
親友以上ではなく、もちろん、親友以下でもない。
幼いころからずっとそうだったし、これからもきっとそうだ。
二人はそのことを疑ってもいなかった。
だからこそ、そんな危ない会話を平然とかわしていられるのだった。
「邪魔したな」
ひかるが近くのゴミ箱にコンビニ弁当の容器を捨てる。
「きちんと分別してください」
ふゆきが、ゴミ箱から容器を取り出して、容器包装プラスチックの分別ゴミ箱に入れなおした。
「ゴミ捨てるのもめんどくさくなったもんだな」
ひかるがそういいつつ、ドアノブに手をかけたとき、
「ひかるちゃん」
ふゆきの呼びかける声に、ひかるは振り向いた。
「明日はコンビニ弁当はもってこなくていいよ。私が作ってくるから」
「ありがとさん」
ひかるはそれだけ言い残すと、保健室を出ていった。
二人は親友である。
それ以外ではない。
終わり