泉こなたの消失 第四章

「ところで」

細い路地を抜け、いつもの駅前に出たところで誰かが独り言のように呟いた。
駅前は通行人の歩行音やバスのエンジン音、選挙を控えた立候補者の街頭演説の声などで賑やかだ。
だが、その声だけは何故かはっきりと私の耳に届いた。

「柊先輩がゆーちゃんの家に行く本当の理由は何なんですか?」

さっきは周囲のざわめきにせいで声の主が不明確だったが、今の声でわかった。田村さんだ。
疑うのも無理はない。パトリシアさんが勢いで私を同行させてくれたものの、彼女たちに本当の理由を説明していないからだ。
しかし、本当の理由を説明したところで、私は脳のどこかに異常を来した変人ととられてお終いだろう。
何とか有耶無耶にする方法は無いだろうか……。

「ん……と、さっきの理由じゃだめ? 『重大な使命を……』ってやつ」
「駄目ッス」

田村さんの目がキツくなる。こりゃ適当なこと言っても納得してはくれなさそうだな。

「『失われたものを取り戻しに』……でどうかしら」
「……本当に教えてくれる気あるんスか?」

田村さんが小さな声を出して笑う。つられて私も笑った。

「……まぁ、いいッス。そんなに深い意味ないですから、気にしないでください」

彼女は視線を私から外した。私は、その真っ直ぐ伸びる長い髪を見つめた。
こなたほどではないが、彼女も相当に長い。所々パサついていて、夜な夜な漫画を描き続ける彼女の苦悩が見て取れた。



昔、こなたにそんなに髪が長くて困らないのか、と訊いて見たことがある。



「んー? そうだね、こんだけ長いと手入れが大変だよー」
「例えば?」
「シャンプーするだけでも10分はかかるね。それに使う量が多くなっちゃってさ」
「10分はすごいな。乾かすのも大変なんじゃない?」
「いかんせん、腕疲れるんだよねー。でも最近いいドライヤー見つけてさ。すっごく軽いの。280グラムだったかな?」
「相当軽いじゃない。それならラクそうね」
「そうそう、他にもさ――」



考えてみれば、こなたと女らしい会話をしたこと、あまりなかったな。



「――柊先輩?」

田村さんが私の顔を覗き込んで、手を振る。

「あ、あぁ、ごめんなさい」
「大丈夫ッスか? 何か考え事……」

そこで田村さんは口を噤んだ。

「どうしたの?」
「いや、先輩の顔を見てたら、やっぱり先輩は何か重大な使命というか、やらなきゃいけないことがあるんだろうな、って。私、疑うのやめます」
「そう、ありがとう」

理解者を一人得て、私は何となく心が軽くなるのを感じた。







「ここです」

ゆたかちゃんを先頭に、私たちは「泉」の表札の前に立った。
家は全く変化が無い。こなたの部屋も健在であった。
今にもあそこからこなたが顔を出して手を振りそうな気がしたが、すぐにこなたはいないことが解った。
窓際にフィギュアが立っていない。
本来あるべき場所にフィギュアが無いだけで、突然泉家ではない気がしてくるから不思議だ。

ゆたかちゃんがインターホンを押す。

「あぁ、お帰りゆーちゃん」

低い声がした。顔を見なくても、こなたのお父さんだということは一目瞭然、もとい、一聞瞭然だ。

「ただいま、伯父さん。お友達連れてきたんだけど、上がってもらってもいいよね?」
「おぉー、いいともいいとも。入りなさい」

その快い返事が、本当に私たちを歓迎しているものなのか、それとも何らかの疚しい意味を兼ねているのか定かではない。
ともかく、私たちは泉家への入り口を開いた。玄関にまで暖房が効いていた。

ゆたかちゃんの部屋に案内され、少し待っていると、ゆたかちゃんはお盆にお菓子とジュースを載せて戻ってきた。
小さい体でお盆を一生懸命抱えているので私は不安になったが、お盆は無難にテーブルへと着陸を成功させた。
それから私たちは他愛もない会話に花を咲かせた。
学校のこと、田村さんの同人誌のこと、次のコミケのこと、アニメ、ゲームの話……。
放っておくとどんどん話がオタクな方向へ逸れていく。しかも、田村さんとパトリシアさんの二人だけで盛り上がっているからたまったもんじゃない。
無論、ゆたかちゃんとみなみちゃんは目を点にしている。ついていけるわけがない。私ですら80%理解不能なんだから。
――20%理解できた自分が妙に情けなく感じもしたが。
しかしあくまでも初対面の私が静止にかかるわけにもいかず、ずっと正座をしていたせいで痺れる足を何とか動かして私は部屋を出た。
まぁ、アレだ。「トイレに行く」というベタかつ最も疑われない理由を言って。

で、私はその隣の部屋、こなたの部屋に入った。

――前言撤回。こなたの部屋は、物置と化していた。
物置というよりは、おじさんの私物倉庫、と言ったところか。薄暗い。
一人分の歩道が確保されているだけで、それ以外の場所は段ボール箱や本棚が隙間なく陣取っていた。
この中に、おじさんの趣味がたくさん詰まっているのだろう。よくこんなに集めたな……。

感心してる場合じゃない。
私は部屋に忍び足で入り、部屋の捜索を始めた。

しかし……これは凄い。感心してる場合じゃないのはわかっているのだが、それでもつい感心してしまう。
何故かって、知らないタイトルの漫画はもちろん、その同人誌、ゲーム、アニメDVD、サウンドトラックまで何でも揃っていたからだ。
フィギュアも未開封のまま、飾られている。これがオタクの真髄か。
おじさんだけでもこんなに集められるなんて……こなたが居たらもっと大量に、それこそこの部屋だけじゃ収まりきらないほどグッズを集められるんだろう。
奥さんも相当苦労したんだろうなぁ……。

会った事もない人間のことを偲びつつ、私はホコリまみれの部屋を物色していった。

と、一冊の本が目に付いた。
こなたが居なくなる前、こなたから借りていた本。私の部屋で突然消息を絶った本が、そこにあった。
無意識のうちに手が伸びる。全部読みはしたが、内容がまだ把握できていない。
つい本来の目的を忘れて熟読してしまう。

適当にページを捲ると、途中でしおりが挟まったページを見つけた。
そこは、私が途中で読むのをやめたページ。印象的なシーンだったので、鮮明に情景が蘇る。
しかし、私の目は本文ではなく、しおりのほうに吸い込まれるかのように移っていた。
そこには、こんなことが書いてあったからだ。



『タスケテ カガミ』



ワープロで打ち込まれたような、たったの7文字。
こなたからのメッセージだ。いや、こなたが書いたかどうかは定かではないが、これを残したのはこなただという妙な確信が、私の中で強く輝いている。
こなたが私に助けを求めている。こなたは、この世界にいないわけではない。どこかに閉じ込められているのだ。
どこなのか皆目見当もつかないが、私にしかわからない場所で。たった一人で。
そうじゃなければ、私宛にメッセージを残さないし、本の間にそれを挟むという行為はしないだろう。発見される可能性が格段に低いからだ。



――助けて、かがみ……!



こなたの声が聞こえたような気がした。

私はしおりを握り締め、物置を出た。







ゆたかちゃんの部屋に戻ると、田村さんとパトリシアさんが立ち上がって何かを力説していた。

「オタクがこの世で生きていく為には、世界中の人々にオタクというものを理解してもらわなければならない!」
「そうデス! そしてオタクというもののシンピさ、セイジュンさというものを感じてもらうのデス!」

はぁ、とつい溜め息が出る。
私が一人で相当の苦労をしているというのに、それを知らないコイツらは呑気なもんだ。
あんた等の悩みに比べたら、私の悩みなんか地球と銀河系の大きさぐらい差があるっつーの。
二人は顔を赤くさせ、右手に握り拳を作って高々と掲げ、顔は何故か勝ち誇っている。
しかも、どれだけ力説したか知らないが、息が上がっている。

「あぁ、叫んでたら喉渇いたッス」

田村さんがコップに手を伸ばす。

「あ、空っぽだ」
「Oh~、ヒヨリ、私タチはこのミニクく枯れ果てた大地で死んでいかなければならないのでショウか?」
「大丈夫、パティ。私が何とかする。私たちは、ここで死ぬわけにはいかないんだからッ!」
「はい、そこまで。何だ? また何かのアニメネタか?」

私は二人の頭を小突き、二人の向かいに座った。
二人の顔を見ると、まるで熱せられる鉄のように赤々と染まっていった。

「ひ、柊先輩、いつからそこに」

俯き加減で、田村さんが言う。相当恥ずかしかったのか、声が小さい。だったら最初からやるな。

「オタクがこの世で生きていく為にはー、ってとこから」
「一番盛り上がってたところを聞かれたんスね……」

ははは、と田村さんが笑う。パトリシアさんも、照れ笑いを浮かべた。

「……まぁ、いいわ。ところで、ゆたかちゃんとみなみちゃんは?」
「二人は飲み物とかお菓子を買いに行きました。まぁあの二人なんですぐには帰らないッスよ」

田村さんがニヤニヤする。何故か納得してしまう私が居た。
ゆたかちゃんが疲れたから公園のベンチで休憩して、つい手と手が触れて顔を赤らめたり……って、何考えてんだ、私。

「喉渇いたんでしょ? 私が貰ってきてあげるわよ」
「本当ッスか? ありがたやありがたや……」
「Oh、ウラメシヤウラメシヤ……」
「パトリシアさん、それ違う」
「ナンマイダー、ナンマイダー」
「お前も乗らんでよろしい」

こういう風につっ込むのも、何故か久しぶりに感じる。
私の周りには天然が二人。オタクもいるし、つっ込むどころ満載の面子だ。
そいつらが好き放題ボケるものだから、私も一日何十回つっ込むかわからない。
だから、お笑いの道に進んでも結構いいセン行くんじゃないかと自負している。……ごめん、流石に今のは冗談だけど。

「じゃ、ちょっと待ってて」
「よろしくッス」

ドアをゆっくりと閉め、私は階段を下りた。







こなたによれば、おじさんは有名作家とまでは行かないが、それなりに売れている作家なんだという。
泉家がとても大きく、内装も綺麗なのはそのお陰なのだろう。
それに、そうじゃなきゃあんなにオタクなグッズも大量に購入できるはずがないし、奥さんがそれを認めてたってことは金銭的な余裕もあるってことだ。

「すいませーん、お水を頂いてもいいですか?」

おじさんの部屋の前で、声を掛ける。返事はない。いないのだろうか。

「すいませーん」

一階をウロウロして、おじさんに向かって呼びかける。依然として返事はナシ。
作家という仕事は詳しく知らないが、こういう時間帯に出かけるってことは資料集めか?

「誰かいませんかー」

やはり出かけているようだ。返事がない。結構大きい声で呼びかけているのだが。
仕方ない、勝手に水を汲ませてもらうか。
リビングに入り、すぐ傍のキッチンへ向かう。と、リビングの扉が開いた。

「ごめんなさいね、ちょっと取り込んでて」

おじさんの声ではない、若い、女性の声が聞こえた。
その声に思い当たる節がなく、私は声のほうに振り向いた。

「お水ね? ちょっと待ってて。今入れてあげる」

声の主は、やはり私が知り得ぬ女性。
しかし、その風貌は、こなたにそっくりであった。
こなたよりも落ち着いた雰囲気で、大人しそうな表情。

「部屋で待ってて。あとで持っていってあげるから」

だが、彼女はこなたではない。
そう、私は覚えている。
一度、ここに泊まらせてもらったとき、こなたが見せてくれたアルバムでおじさんと仲良く写っていた女性。





こなたの母、かなたさん。既に亡き人物であるはずの彼女が、そこにいた。
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