ID:Pd.ycOw0氏:かがみの誕生日

「ふう」
私は持っていたシャーペンを置き、晩御飯を食べた午後6時30分以来開いていなかった携帯電話を取って時間をチェックする。もう、深夜2時。夜更かしには慣れたけど流石に少し眠たい。
 弁護士を目指してとある大学の法学部に入った。家からはかなりの距離があったから独り暮らしをしている。
「家では何をしてるんだろうな・・・」
つかさは料理学校に進んで実家から通ってる。いのり姉さんも、まつり姉さんも実家で暮らしてる。
 私は机の引き出しから1枚の写真とブレスレットの代わりにもならない貝殻でできた小さな輪を取り出す。
 あれは、10年以上前だったかな・・・ そして私は回想にふけることにした。
・・・・・・

波の心地よい音が辺りを包む。私の足元からは砂を踏みしめる音が聞こえる。埼玉に海はない。ここは千葉県九十八里浜。夏休みに旅行として来た。
「わぁーっ。お姉ちゃん、海だよ!」
つかさが先陣を切って走り出す。
「早くお姉ちゃんたちもおいで・・・きゃっ」
 そしてすぐに転ぶ。天然はこの頃からあったのね。つかさは即起き上がって海に突撃した。飛ぶ練習をしている雛鳥でもここまで羽は動かさないだろうという勢いではしゃぐ。
「お姉ちゃんたち~。水、冷たくて気持ちいいよ。早くー」
「はいはい」
 倦怠感がこもった私の声とは裏腹に、気持ちはハイテンションだった。
「じゃ、遊びましょ」
いのり姉さんが手に持っていたビーチボールを私に投げる。私は不意にきたのできょとんとする。
「また、鳩が機関銃食らったような顔してさ」
 いや、それ首から上確実に飛んでってるよね。いのり姉さんはつかさを横目で見つつ続けた。
「せっかく遊びに来たんだから、あそこまでとは言わないけど、はしゃがないと」
私は大きく首を縦に振ってつかさの元にダッシュする。私に続くいのり姉さんは砂浜で待機しているまつり姉さんを振り返る。
「まつりは入らないの?」
「私はパスするわ」
まつり姉さんはパラソルを立てているお父さんたちの方を見ながら言う。私たち3人はビーチボールのあてあいを開始した。

昼食後、つかさの提案で砂のお城を作ることになった。いのり姉さんが車からバケツとかを取ってくる。つかさがパラソルの下から出て行こうとしたまつり姉さんを呼び止めた。
「お姉ちゃんはやらないの?」
「私はパス。やりたいこと他にあるし」
その一言を聞いたせいか残念そうな顔をしているつかさの肩に私は手を置く。
「姉さんにもやりたいことがいろいろあるんでしょ」
 ふといのり姉さんの方を見ると海水を砂浜にまき始めた。ビーサンをはいているから足は保護できるにしても、砂をいじる手を焼きいも状態にしちゃっては後が大変になる。私とつかさもパラソルの下から出た。
 海水は砂を冷ます以外の効果もあった。砂の強度を上げること。そのためには大量の海水が必要になる。姉さん、お疲れ様。
 姉さんの頑張りによって材料としての質を向上させた砂をさっきまで姉さんの手中にあったバケツに放り込む。ある程度たまったところで逆さにひっくり返すと、土台ができているって言う寸法。うん、いい出来ね。
つかさといのり姉さんの笑顔がまぶしい。ふと、まつり姉さんの方を見ると、波打ち際でしゃがんで砂をいじってる。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
つかさが見るには私はよそを向いてぼーっとしていたのだろう。私に心配そうな声をかけてくれる。
「あ、いや、なんでもない」
 私はお城作りということに専念することにした。まつり姉さんのことは気にはなったけどすぐにそのことは頭から忘却した。
 細かい削り作業とかを終え、いよいよ完成が目の前にある。最後の仕上げにつかさが砂をつめたプリンカップを逆さにして、城のてっぺんに落とす。
「完成!」
 3人で完成を祝いハイタッチをする。
「お母さん、写真とって」
 いつの間にか近づいていたお母さんがポケットからカメラを取り出して振り返ると言った。
「まつりもちょっと来なさーい。写真撮るから」
「はーい」
 時々気になって振り返っても場所を変えているだけで砂をいじり続けていたまつり姉さんが私の後ろに入る。4人で城を囲んでピースサインを出す。
「はい、チーズ」
シャッターを切る音は波の音を押しのけて私の鼓膜に届いた。

海から帰ってきて1週間ぐらいたった日に、サプライズが待っていた。別にその日は誰かの記念日というわけではなかった。けど、日曜のゴールデンタイムの相乗効果か家族全員がリビングに集合している。
まつり姉さんが部屋の外から紙袋を持って戻ってきた。
「ちょっと、注目」
お世辞にもその声は大きいとはいえないものだったけど、今はちょうどテレビは番組の変わり目でCMがたくさんある時間帯。その声だけで全員が視線を集める。
 まつり姉さんが紙袋からさらに袋を取り出してきてみんなに配り始める。スーパーの袋だけど、そこは気にしちゃダメ。
「お姉ちゃん。これ、なに?」
 つかさが聞く。まつり姉さんが返事を返す。
「ふっふっふっ。開けてみなよ」
 その声を聞いて、みんないっせいに袋の中身を取り出す。
 袋から出てきた手には貝殻でできたブレスレットが掴まれていた。
「これはどうしたんだい。まつり」
 お父さんが驚きの様子を声色に全く混ぜずに聞く。
「この前の海で拾ってきたので作ってみたの。ちゃんと入ればいいけど・・・」
 私はそれを腕にはめてみる。まだ幼かったあの頃の私の細い腕は小さなわっかにもすんなり適応していた。
「ありがとう」
 家族の声がひとつになった。まつり姉さんは頭をかきながら言った。
「貝殻とれないように、丁寧に扱ってね」
私は内心思ったことがあった。『自分の手も丁寧に扱ってね。姉さん』
私は姉さんの手に絆創膏が張ってあるのを見逃さなかった。
・・・・・・
 私は写真を見る。そこには姉妹が笑顔で砂のお城の周りに陣取ったあの時の一瞬がキャプチャされていた。
 そして、貝殻ブレスレットを見る。今じゃ小さくてとても入らないけど。
 あれ、視界がぼやけてくる。目尻から出た一筋の液体が頬を伝う。たまねぎを切ったわけじゃないのに。
「うっ・・・ひっ・・・う・・・うわぁぁ・・・」
 私は耐えられなくなった。写真に涙の粒が落ちる。私は深夜であることを忘れて泣き続けた。
ちなみに、今日は7月8日。
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。