その日の放課後。こなたとみゆきは、二人で教室に残っていた。
もちろん、理由はそれぞれに違う。こなたは居残り、みゆきは委員長の仕事で。
不意に、こなたは言う。
「ねぇねぇ、みゆきさん」
「なんでしょう? 泉さん」
「むぅ」
呼ばれたから返事をしたというのに、こなたはむくれた顔をした。
おかしな所があっただろうか? と、一瞬思案するが、特にない。
「何か?」
「いや、みゆきさんってさ、私のこと名前で呼ばないよね? 今更だけど」
「そう……ですね、はい」
「なんで?」
「はい?」
「どうして名前で呼ばないの?」
正直、こなたが何が言いたいのか、みゆきには分からなかった。
なにせ、自分が苗字で呼ぶのは、一部を除きほとんど全ての人に対してだ。性格と言ってもいい。
思い当たる事がないと言えば嘘になるけれど。
「どうしてと言われましても、そういう性格ですし」
「かがみたちは名前だよね?」
やはり。確かに、彼女たちを名前で呼んでいる。しかし、それにはれっきとした理由がある。
「それは、お二人とも苗字が“柊”ですから。他意はありませんよ」
「まぁ、そうだよね」
心の中でつぶやく。
答えが分かっているなら、それを聞く必要はなかったのでは? と。
もっとも、こなたがその答えを既に持っていることを、みゆきは知っていたのだが。
単純に考えてもそうだし、なにより、この質問をされるのは初めてではなかった。
その時は、みゆき自身の口からそれを聞くことで納得したのか、ここで話は終わった。しかし、今回はそうではなかった。
「でも、んー、なんていうか距離を感じるよ」
「距離、ですか?」
「そりゃ、かがみとつかさを名前で呼び始めた理由は、そうかもしれないけど。私たち付き合い始めて結構経つのにさ」
そう。みゆきがこなたたちと付き合うようになって、既に二年以上経つ。
その間、時間を共にしておきながら未だに苗字で、というのは少し違和感があるかもしれない。
が、それを言い出すなら――。
「では、泉さんはどうして私をさん付けで呼ぶんですか?」
「え? えーと……んー特に意味は」
「そうですか? でも、泉さんは私がそう言ったら納得しませんでしたよね」
珍しく。みゆきは反論した。いや、反論自体は珍しくないのだが、その主張の仕方が普段と違う。
「む。……強いて言うなら雰囲気かな」
「雰囲気?」
「うん。こうオーラというかなんと言うか」
「近寄りがたいですか?」
「は? なんでそんな」
「委員長でお金持ちだから?」
「ちょっと待ってってば!」
「……すみません」
みゆき自身、子供じみたことを言ったと思った。
質問を質問で返し、あまつさえ、貴女が私の答えに納得しないなら私もしない。
などと言ったのだ。いつもなら相手の言い分をしっかりと理解し、間違っているところを正し、当たり障りない様に伝える。
それが常だったし、もっとも賢く、どちらのためにもなるやり方だ。
だが、今のみゆきにはそれが出来なかった。
その理由――半分は図星だったからだろう。
親友という存在に憧れながら、その一線を越えることをためらっている。
柊姉妹にしても、苗字が同じだから、ともっともらしい理由を付け、それを越えないようにしている。
そして残りの半分は、そう思いつつも、親友でありたい、彼女たちは自分の親友だと。
そんな願いにも似た想いを、疑われたことが悔しくて、悲しかったのかもしれない。
「……」
「……」
数秒か、数分か。辺りを包んだ静寂を破ったのは、こなただった。
「まぁ、でも安心したかな」
「え?」
「今みたいなみゆきさん初めて見たし、なんていうか――本気だと思った」
「えと……私そんなに?」
「うん。みゆきさんのレアな表情も見れて得した気分♪」
「か、からかわないで下さい、泉さん……」
頬を赤らめるみゆきに、こなたは二度の質問をしたワケを話した。
「時々ね、不安になるんだ」
「不安?」
「うん。みゆきさんが、かがみたちを名前を呼ぶ理由は分かってる。でも、自分だけ名前で呼んでもらえないのが、たまらなく不安だった」
「泉さん……」
みゆきにはこなたの気持ちがよく分かる。痛いほどに。
自分は彼女の親友でいられるのか。そう思っているのは自分だけで、彼女はそう思っていないんじゃないか?
こなたはそれに直面し、みゆきはそれと向き合うことを恐れた。似たもの同士、なのかも知れない。
「でも……もう大丈夫。みゆきさんの気持ちは分かったし、それに……」
「それに?」
「みゆきさんがどう思おうと、みゆきさんは私の親友だもんね!」
「……それは、こちらの台詞です。あなたがどう思おうと、あなたは私の親友です。こなたさん」
「!」
そういって向けられた、最高の笑顔に、こなたも同じく、最高の笑顔で返す。
既に下校時刻。居残りも委員長の仕事もここまで。
「じゃあ、また明日。みゆき!」
「ええ、また明日!」
「おはよう、みゆき」
「ゆきちゃんおはよう~」
「おはようございます、かがみさん、つかささん」
「ちょっと、二人とも置いてくなんてひどいよぉ」
「あ、おはようございます――」
「おっはよ~ぅ――」
「泉さん」「みゆきさん」
「「ぁ――」」
重なる名前は、いつもの日常である証。ただ違うのは、お互いの心のつながり。
「ぷ、ぷぁはははははははは」
「くす、ふふふふふふふふふ」
「私たちにはこっちの方が性にあってるのかもね。くくく」
「そうですね。ふふふ」
笑いあう二人。それを眺め、困惑しているかがみとつかさ。
その笑い声は、教室の喧騒の中へと、溶けていった――。
「なんで? なんでよ? あのポジションは普通私でしょ! なんでみゆきなのよ!」
「まぁまぁ、お姉ちゃん」
「ちょっと作者! 放課後、体育館裏に来なさいよ!」
「どんだけ~」
最終更新:2008年06月24日 18:53