今日もお姉ちゃんは同人誌を買ってきました。
毎日毎日、同人誌ばかり。そのせいでお肉を食べる日は一年に十日あるかないか。
おこづかいも少しはあるんだけど、本当に少し。
なのに……
「ね、ねえひかげちゃん。ちょっといい?」
「何? お姉ちゃん」
この場合、『ちょっと』じゃすまないのがお姉ちゃんだ。嫌な予感は見事的中した。
「えっとね、ひかげちゃん、貯金してるでしょ? 2500円くらい。だからそれを少し貸してもらえないかなーって」
「いや」
もちろん即答した。ていうか、自分の妹に金を借りるってどういう神経してんの!
「でも……買いたかった同人誌が買えなくって……」
「だからって、実の妹にそんなこと頼むの!?」
「んー……じゃあ、闇金から借りようかな……」
「それはもっと駄目!」
テレビとかでもたまにやってるけど、闇金とかああいうのはすごく怖い。なんか変な人が
「金返しやがれゴルァ!」とかいって扉をゴンゴン叩いてる人とか、想像しただけでいやになるよ……
「とにかく、お姉ちゃんは買いすぎ! もうすこし自粛してよ!」
「う、うん……」
なんか、すごく不安だけど……大丈夫だよね?
まさか本当に、妹からお金を借りるとか、そんなことするわけ無いよね?
そんなことを思いながら私は眠りについた。
そのまさかだった。
学校から帰ってきたとき、大切な買い物に出かけようとして貯金箱を開けたとき、私のお金がなくなっていた。
最近は使ってもいないし、そもそも貯金箱に触れてすらいない。
まさかそんな、と思った。本当にお姉ちゃんがお金を取るとは思えなかった。そう思いたくなかった。
でも現実はとても非情で、悲しいもの。
「ただいまー」
「……おかえり」
「どうしたの、そんな暗い顔をして」
また今日も同人誌を買ってきてる。でも、そんなこと……
「……ねえお姉ちゃん」
「な、なに?」
「私の貯金、知らない? 全部 無 く な っ て た ん だ け ど」
あくまで冷静に、と思ってもそうはいかない。ちょっと声が震えてたみたい。
「え、えっと……ごめんなさい。ちょっと借りちゃったけど、明日必ず返すから……」
そういった瞬間私はお姉ちゃんを叩いていた。無意識のうちに。
「お姉ちゃんのバカ! あれほど使わないでって言ったでしょ!?」
「つ、使ったことは悪いと思ってるけど……でも、ちゃんと明日返すつもりで……」
「明日じゃだめなの! 今日じゃないと……今日買わなきゃいけないものがあったのに!」
そう。今日じゃないとだめ。だって今日は……
「本当にごめんね。でも、明日……」
「明日じゃだめだって言ってるでしょ! お姉ちゃんのバカー!」
「ひかげちゃん!」
私はお姉ちゃんの制止を振り切って外に出た。どこか行こうと思ったわけじゃない。
やったことが許せなくて、外に逃げ出しただけ。
なのにいつの間にか私は、近くの公園に立ち寄っていた。
たぶん、三時間くらい過ぎてたと思う。辺りはすっかり暗くなっていた。
こんな時間に私みたいな子が一人でいたら巡回中のおまわりさんに捕まる時間になっていると思う。
よく考えたら、ご飯をなにも食べていない。夕食を食べずに逃げ出したから、おなかが大きな音を発している。
「お姉ちゃん……」
「ひかげちゃん、どうしたの?」
声がして、後ろを振り向いたら、お姉ちゃんがいた。
「お姉ちゃん!? どうしてここにいるってわかったの!?」
「ふふ。ひかげちゃんって、昔から家出するときはここにいるのから、ね?」
「あっ……」
「それと、ひかげちゃんから借りたお金を返しに来たの」
「えっ……?」
「ひかげちゃんが一生懸命貯めたお金なんだもの。勝手に使っていいわけないじゃない」
「そりゃそうだけど……って、どこからお金を工面してきたの!?」
「ああ、それはね、店長に無理を言ってバイト入れさせてもらったの。気の利く店長で助かったわ」
お姉ちゃん、そこまでしてくれたんだ……
「はい、お金。勝手に借りちゃってごめんね。ひかげちゃん」
「あ、うん」
お姉ちゃんからお金を受け取った。なんか申し訳ない感じがするけど……いいよね?
ま、まあ元凶はお姉ちゃんなんだし……
「それじゃあ、ひかげちゃんが買いたかったってものを買いに行きましょ」
「ううん、お姉ちゃんは先に帰ってて」
「でも、こんな時間に一人でいたら悪い人に誘拐されちゃうわよ」
「大丈夫だよ。見つから無いように帰るから。それに―――」
お姉ちゃんには内緒にしておきたいから。
「帰ってきてからのお楽しみってことで、ね?」
「そ、そう…気を付けてね、ひかげちゃん」
いってきます、と告げて私は目的の店へ走り出した。
店が閉まってなければいいけど……
私が走って――自転車なんて買えるわけ無い――たどり着いたのは、近くにあるケーキ屋さん。
急いで目当てのケーキを買った。今日はお姉ちゃんの誕生日だからだ。
ここ一年、全く使わないで貯めてきたお金。それは、お姉ちゃんに誕生日ケーキを買うためだった。
あんな同人誌ばかり買ってくるようなお姉ちゃんでも、私にとってはかけがえの無い大切な人。
同人誌を買ってくるのは……許せないけど、それでも私はお姉ちゃんが大好きだから。
急いで家に帰って、私はおねえちゃんを呼んだ。
「おかえりなさい、ひかげちゃん。あら、その手に持ってるのは?」
「ケーキ! お姉ちゃん、今日誕生日でしょ?」
「え……? そういえば、そんな気がしたかしら」
あちゃー……完全に自分の誕生日忘れちゃってる。
「自分の誕生日くらい覚えておこうよ……そんなことより、早くケーキを食べよ!」
「そうね。ケーキにカビが生える前に食べなきゃね」
「そんなになるまでけちけち食べたくないよ!」
一応、一切れとかのケーキじゃなくて、普通の一つまるまる買ってきたからとてつもなく値段が高かった。
でも、ケーキなんて久しぶりに食べた。だから、このケーキは本当においしく感じた。
いろいろあったけど、お姉ちゃんには一つだけいえることがあるよ。
「お姉ちゃん、誕生日おめでとう」
「ところでひかげちゃん、晩御飯は食べないの?」
「あ」
最終更新:2008年06月17日 02:15