「SIRS~サムデイ インザ レイニー シーズン」 ID:u3modVl20氏

「このところ雨続きよね~」
「ねー」

同じ紫色の髪をした姉妹が顔を見合わせた。

昼休み。
運動場の手前、手を洗ったりするのに使う水場が目の前に見える。
雨の当たらない屋根の影にひっそりと身をひそめる4つの影があった。

「ここの掃除ってさー、ぶっちゃけ手洗い場の掃除がなかったら全然することないよね~」
「ってぇ、あんたは学校行事全てにおいてサボりまくってるでしょーが!!」

今日は雨。
ここの掃除当番の仕事は主に2つ。このあたり一帯のゴミ掃き、そして水場の掃除だった。
しかし、今日は見ての通りの雨。せっかく持ってきたたわしも今日は全く出番なしに終わってしまいそうだ。

「大体またすぐに汚れるんだし、ほっといてもこうやってたまに降ってくる雨で綺麗になるじゃん。
なんで定期的にたわしでわっしわっしやんなきゃなんないんだろうねぇ」
「まぁ掃除と言いましても、こうやって何百人もいる生徒が学校中を掃除するわけですから、もしかしたら掃除させる場所が無いだけなのかもしれませんね」
「みゆき‥‥そのキャラでそんなこと言われると何だかとっても腹黒く見えちゃうからやめた方がいいと思うわよ」
「あはは…」

梅雨という季節のせいもあってか、じとじとと湿った雨が降り続いている。空気もすっかり雨に支配され、生々しい草と水の匂いが漂っていた。


「‥‥とゆーかかがみん、1つ聞きたいことがあるんだけど」
「ん、何よ?」

すっと人差し指を立てると、

「かがみんって私達と違うクラスなのに、なんでこうして一緒に掃除してるわけ?」

降り続く雨に混じって、小さな爆弾が投下された。

「それは~えっと、そのっ‥‥」
「何なに、もしかしてアレ?急にさみしくなって私たちと一緒に掃除したくなった、とか?
あまつさえ本当なら授業中でも飛び出して会いに行きたいわよー!とか?ねぇ、ねぇ、かがみんー??」
「うるさいっっ!!そんなわけ無いでしょ!ただ‥‥」

勢いに任せて口から出た言葉は続かなかった。と同時に、少し顔を赤らめてばつが悪そうに俯くかがみ。
他2名が頭にはてなマークを浮かべる中、一人だけは何か悪ガキがトラップを仕掛けてきた時のような笑みを浮かべていた。

「かーがみんの寂しがり屋さん~にゅふふ~っ」
「だーかーらぁ!違うって言ってんでしょー!!普通に掃除しようとしてたんだけど、その‥‥友達に「なんかソワソワしてない?」って聞かれて‥‥」

ふむふむ、と頷く3人。

「ほ、ホラ‥‥つかさってそそっかしいから階段とかで滑って転んだりしないかなぁーって‥‥ほ、ホントに何となくなんだけどね!今日は雨降ってるし!
で、ふと考えてたらそんな風に言われて‥‥そしたら「じゃあ行ってきたら」って。「優しいお姉ちゃんがいてつかさちゃんは幸せ者だね~」とかって気付いたらクラスの皆に言われてて…」

「で、雰囲気的にも行かざるをえなくなった、というわけですね‥‥」
「お、お姉ちゃん‥‥」

最初はそんな、ちょっとした心配をしてくれる姉の気持ちに素直に喜べたつかさだが、次第にその微笑みは苦笑に変わっていった。

「(それで話が通じてしまう位、私って皆からそそっかしいって思われてるのかなぁ‥‥私もぅお姉ちゃんのクラスには行けないかも…)」

確かに自分でもドジで少し周りが見えないところがある、というのは把握していた。
しかしそれが仲間内でしか知られていないのと、違うクラスの人たちが心配している姉を皆して笑顔で頷いて送り出してしまうほどに知られているのとでは全く扱いが違う。
というよりぶっちゃけ恥ずかしすぎる。

「ほほぉ~つまり、かがみんは周りから見てもすぐにわかっちゃう位つかさのことを心配してた、って話だよね?かがみんにもそんな一面があったとは、意外、意外」
「アンタはいちいちうるっさいわねぇ‥‥」

呼吸をするかのようにいつも通りで、他愛の無い会話。
もはや本来の義務を忘れ、4人はよどんだままの空を見つめる。

「そーいえばこないだの雨、凄かったよねぇ~」
「うんうん、雷がどかーん!どかーん!って。私もう怖くて怖くて…」
「バケツをひっくり返したような雨、というのはああいうのを言うんでしょうね…」
「でもさ~、雷のせいでテレビが綺麗に写んなくってさ~」
「ぁ、わかるわかる!」
「その日は折角1時間のスペシャル特番アニメだったのに、結局全然綺麗に録画出来てなかったから消しちゃったんだよね。そんで憂さ晴らしにネトゲーでもしようと思ったんだけど、またしても雷のせいでなっかなか接続できなくてさぁ~」
「それはわからんわっ」

「で、かがみんはどうしてたの?」
「へ?どうしてた、って?」
「雷が鳴って~、つかさみたいに怖いとか思わなかった~?」
「なっ、なんで雷が怖いのよ?!あんなの自然現象の1つじゃない!」
「私は怖かったよ~。お姉ちゃんが部屋に来てくれたからなんとか泣かずに済んっ」

不意に会話が途切れる。
姉の手のひらが、妹の口を蹂躙していた。

「ほ、ほへえはん、はにふんほっ!」
「へえぇ~~~っ、今のタイミングでつかさの口を封じにいった、ってことは‥‥」
「ぁ、いや、こ、これは別に‥‥そう!つかさが心配だったから部屋に行ってあげ…」
「とか言って~、本当は自分が怖かっただけなんじゃないの?女の子はたまには素直になった方が可愛いよ?
かがみんツンデレなんだし~」
「ツンデレちゃうわっ!」

「それはともかく、雨の日と言ったらやっぱこれっしょ~」

そう言うと、こなたは急に雨の中にも関わらず水場へと駆けていった。

「ちょ、何してんのよこなた!」
「こなちゃんどうしたの?!」
「いやいや、ちょっとキミ達に大自然的芸術を見せてやろうと思ってね~」
「こんなコンクリートに囲まれた学校内で大自然とか言われても全然説得力ないけどね」
「だからこそこれをする意義があるのだよ~。それ~っ!」

戻ってきたこなたの手に握られているのは、水場の蛇口に繋がれているホース。
「ジョロ」や「シャワー」など複数の使用法があるホースを「キリ」に設定すると、それを空に向けて噴出した。

「ちょっ、せっかく屋根があるのに中までビショビショにしてどーすんのよっ!!」
「まぁまぁ、いいから大人しく見てたまへ~」


そしてそのまま1分が経過した。

「………」
「‥‥ねぇ、結局アンタは何がしたいわけ?」
「あれ~おっかしぃなぁ。そろそろ出てもいいと思うんだけど…」
「あの~、こなたさん」

半分蚊帳の外だったみゆきが、ここぞとばかりに身を乗り出した。

「もしかして虹を出したいんじゃないですか?ほら、よくプールのシャワーとかで見る‥‥」
「なるほどね~」
「うっ…」
「でも‥‥虹というのはそもそも光の屈折から起こるものでして、こんな曇り空では多分無理なのではないかと‥‥その、スミマセン…」

控えめにも正しい知識を述べるみゆきの顔に、当然ながら嘘を言ってるような様子は無い。
こなたは「ちえっ」と舌打ちしながらも、水を止めようと握りのところにあるダイヤルを回し‥‥

「うわっ!?」
「ぶおっ!!?」

その間約1秒。だが状況はさっきの和やかなムードをいっぺんに消し去るものに変わっていた。

説明すると、まず、
こなたが「ストップ」のところに設定しようとダイヤルを回しているうちに「ストレート」のところに設定してしまい、
「ストレート」の時のあまりの水の強さに驚き、
その反動でホースを思わずあさっての方向へ向けてしまい、
向けられた場所には運悪くかがみの顔があって、

‥‥以下略。

「お、お姉ちゃん‥‥」
「あ゛あぁあ‥‥」
「か、かがみさん‥‥」

3人の目線が1つのものに集中する。雨の中を傘もささずに走り抜けてきたかのようなかがみの上半身。
だが、これだけのことをされたというのに、彼女の十八番であるいつものツッコミが無い。それと引き換えに、ただならぬ雰囲気をその場に漂わせていた。
リアクションがないのがかえって怖かったりするもので、「いつもみたいにわめき散らしながら怒ってくれたらどんなに楽だったろう」とこなたは密かに思った。


「あははははは!!」

「お、お姉ちゃん‥‥?」
「か、かがみんが、壊れた…」

何の前ぶりもなく、解き放ったような高笑いがその場に響き渡る。

いつもの会話の流れだったとはいえ、さり気なく弄り倒された後のトドメの一撃だった、というのもあるかもしれない。
普段は激しく突っ込みながらも辛抱強く耐えるかがみの堪忍袋の尾が、まるで鋭利なハサミでちょっきんとやってしまったかのように勢い良く切れた。

「あははははー!!こなた~、ところでさ~私って委員長やってるんだよね~」
「う、うん、知ってるけど…」
「どっかのアニメでさ~、いつも優しかった委員長に呼び出されて急にナイフで襲い掛かられるーっていうの、あったわよね~」
「ま、まぁ言わんとしてることは何となーくわかるんだけどさ‥‥」

そこまでいってこなたの頭に浮かぶのは、そのアニメの顛末。そしてその筋書き通りになるのだとしたら。

「ってまさか…か、かがみん、ねぇ、やめよーよ、かがみんってばぁ‥‥」


めったに無いこなたの必死に哀願する姿に目もくれず、かがみは着々と手はずを進めていく。
俯いているせいで鼻から上が確認できないが、ぐにゃりと歪んだ口元だけはしっかりと確認できた。怖い。

「うん、それ無理。だって私は本当に貴方に死んでほしいんだもの」

しゅるっ、と音がした。
チャームポイントのツインテールがほどけ、2つのリボンがそれぞれ一筋のテープになって宙を舞う。
ホースの水を吸った髪は綺麗に地面に向かって垂れ、ストレートに変化する。

髪色は若干違っているとはいえ、腰まで届くストレートの髪。その姿は、まるで‥‥

「死ぬのって嫌?殺されたくない?私には有機生命体の死の概念がよく理解できないんだけど‥‥」
「か、かがみん、言ってる意味が全然わかんないんだけど‥‥っていうかモノマネ?即席コス…」

こなたの言葉を断ち切るかのようにポケットからかちかちっ、と小気味のいい音をさせて。
ひゅっ、と風を切る音がするとその手にはカッターナイフ。

途端につかさとみゆきは「ひっ」と喉を鳴らせてざざざっ、と後退した。しかしこなただけは自分に発せられている強大なオーラのせいか身動きすることが出来ず、冷や汗を額に浮かべたままその場から逃げ出せずにいる。

ふら、と操り人形の如くかがみが顔を上げた。
その目に写るのは、どす黒くまるで獣が狩りをする時に放つような本気の殺意。「さすがにあんなカッコいいナイフは持ってないけど‥‥」と呟いたのが密かに聞こえるが、カッターナイフの方が生々しく、かえって怖い。
梅雨のジメジメとした湿気を吹き飛ばすような殺気を放ちながら、前屈姿勢になってこなたに狙いを定める。

そして、かっ、と目を見開いたその時、開始の合図となる言葉がその口から告げられた。

「‥‥死になさい!!!」

「ぎにゃああああぁああぁあぁあぁぁ!!!!」
「お、おねえちゃあん!!」
「きゃあああぁあぁあぁあぁっ!!」


もはやどう見ても遊びには見えない、無論おふざけにも見えない。
もうそれしかない、という明確な殺意を感じ取ったこなたは、半泣きで糸の切れたタコのように遁走する。
4人ともビショビショになって、ある者はおたおたとその場を彷徨い、ある者は約1名だけを本気で追い。

とはいえ、幾らかがみも運動神経が良くてもこなたには適わない。
ワールドレコードを叩きだせるんじゃないかと言うほどの突出した運動神経と、常人よりも少し上を行く程度の運動神経。
追いかけっこの結末は見えていた。


‥‥はずだった。

「無駄むだムダぁ!!諦めてよ、結果はどうせ同じなんだしさぁー!!あははははははー!!!」

カッターナイフをかざし、鬼の形相でこなたの後ろをホーミングでも付けられてるかのように追うかがみ。
鉛のような殺気を浴びせられ、無我夢中で逃げつつも「スピードでは負けない」とまだ心のどこかで安堵していたこなた。
だがあろうことか、2人の距離は少しずつ縮まってきている。

「ぇ‥‥うそ?!冗談でしょっ‥‥だーれーかー!!たーすーけーてえぇぇえぇっ!!!」

普段仲良くしてるとか、今の日本で顔に水かけられた位で殺しにいく人はいないだろうとか、そういった考えはもはやこなたの頭に浮かばなかった。
捕らえられれば喰われてしまう、シンプルで残酷な弱肉強食の世界。

ふと、目の前に曲がり角が見えた。まっすぐ逃げるか思い切って曲がってみるかの選択肢。だが曲がった先に何か姿を消すことの出来る材料があるかもしれない。短い時間でこなたは考えた。
ちょうど角にあるポールを掴むと、それを軸にして減速を最小限に抑える。
上手く曲がり角を曲がると、そこには‥‥


「ぇ…つかさっ?!」

つかさはボーっとしていたのだろう。こなたもいかに減速せずに曲がりきれるか、ということで頭が一杯で気づくのに遅れたせいもあり、この時の2人の距離は既に2メートルだった。
ようやく振り向いたつかさだが、まだ自体を把握出来てない彼女はいつものきょとんとした表情を変えず、微かに「ぁ…」と声を漏らす。その頃には2人の距離は1メートルにまで縮まっていた。

走馬灯が見えているかのように、時の動くスピードが遅く見える。だが身体の反応はその速度に全く追いつけない。
必死に減速し、ブレーキをかける。脳内で「止まらなきゃ」という信号を全身に送ってはいるが、もはやどうやったって衝突までに間に合いそうも無い。
ふと見ると、つかさの後ろにあるのは‥‥‥階段という名の断崖絶壁。


どふっ。
マットを思いっきり叩いたような音がした。

宙を舞って、やがて階段のしたへと落下していくであろうつかさの身体。このまま落ちていけば、最初に地面に当たるのは‥‥後頭部。
数メートルの落下とはいえ、頭から落ちればつかさはどうなってしまうのか。

浮かんでくるビジョンは、血まみれになってぴくりとも動かない親友の姿。

「危なっ‥‥」

その声を発したのは、つかさを階段へと突き落とした後だった。
顔面蒼白のこなた。その後ろから、


「つかさああぁあぁぁああぁぁっ!!!!」

魂の叫びがこだまする。
かしゃん、とカッターナイフを落とす金属音が聞こえた。
その頃には既に階段の手すりまでたどり着き、その手すりを右手に掴んで全力で身を乗り出す。その先には妹を救うべく極限までのばされた左手。
差し伸べた手の向こうには、衝突して吹き飛ばされるたった数秒の間に反射神経の鈍い妹が精一杯繰り出した「たすけて」という意思表示である左手。

全ては一瞬の出来事。
瞬間移動でもしたかのようなダッシュ。そしてぱしん、と肌同士が強くぶつかる音がして。
姉妹は、しっかりと手を握り合っていた。


「おねえちゃああぁん、うえぇ、ひっく、ひっく」
「ぁーもぅ、いい加減泣き止みなさいってば」

こなたとかがみの追いかけっこルートはちょうど校舎をぐるりと1周するような形で、「すぐに戻ってきますよ」とみゆきにアドバイスされたつかさは、床に落ちている姉のリボンを拾って、2人の逃げた方と真逆に歩いていった。
そこにちょうどこなたが現れ、あとは今の通り。

「ったく、ホント私が見に来て正解だったわよ」
「原因を作ったのもかがみんだけどね…」
「うるさい」

ふと横を歩くアホ毛の少女を見てみれば、顔に疲労の色をペンキで塗ったくったかのように浮かべて。

「大体幾ら友達でもカッターナイフ持って追いかけてこられたら普通逃げるよ~。あの時のかがみんすんごぃ怖かったし‥‥」
「まぁーアレはさすがにちょっとやりすぎたかな、って思うけど。でもこなたのことだし、こん位しないと全然怒ってるようには見えないんじゃないかなーって」
「怖いに決まってるぢゃん‥‥私だけならともかく、つかさとみゆきさんまで脅しちゃってどーすんのさ‥‥ってゆーかそもそも脅しに見えなかったんだけど‥‥」
「まぁ本気で怒ってたのは確かだしね。そもそも私に水をかけたアンタが悪いっ!」
「う゛ぅ‥‥何かもう反論する気も起きない‥‥」

そのままベッドでもあれば突っ伏してしまいそうなこなたをよそに、未だ姉の胸で泣きすがるつかさが顔を上げた。

「でも私は嬉しかったよー。助けてもらった時も「本当にお姉ちゃんは私のことが大切なんだなー」って伝わってきて、凄く嬉しかったもん」
「ぁ、当たり前でしょ‥‥妹なんだから」

少し照れながらもやっぱり妹に頼りにされて満更じゃないと思うかがみ。
妹の頭に置いてある手で、その濡れた髪をくしゃくしゃと梳くように撫でた。

気づけば予鈴が鳴り、さっきまで永遠に続くんじゃないかという位降り続いていた雨も止んでいる。
やつれた顔でとぼとぼと歩くこなたと、お互いを想って抱き合う姉妹を優しく見守りながら、みゆきは天を仰いだ。

「皆さん、見てください」

少しずつ雲が晴れて、そこから後光のような薄日が差し込む空。
そこには大きく放物線を描いた、七色の虹があった。



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