ID:7WyV3G4m0氏:タイトル不明

―――朝。いつものように1日が始まる。
「ほら、つかさ、遅刻するわよ!」
―――これはお姉ちゃんの声。いつものように、遅刻しそうな私に声をかけてくれてる。
「つかさ?ちょっと聞いてるの?」
―――あ、今行くから……。よっこいしょっと……

ドサッ

―――あれ?
「つかさ?いい加減にしないとマジでヤバいわよー」
―――あ、お姉ちゃんの声が、遠く……。
「つかさ、入るわよー」

ガチャッ

「つ、つかさっ!?」

かがみの目に飛び込んできたのは、ベッドから崩れ落ちて動かなくなっているつかさの姿だった―――


―――3ヶ月前―――
「つかさー、早くしないと遅刻よー」
「あーっ、お姉ちゃん、ちょっと待って!」
つかさが頭のリボンを結びながら部屋から飛び出てきた。
「あーあー、ちょっとえらいことになってるわよー」
相当慌てていたのか、つかさのリボンはかなり崩れている。
「ちょっと貸しなさい……っと。はい出来た。」
「ありがとうお姉ちゃん」
「さって……、急いでいくわよ!」
「あ、待っ……」

…ドクン

「んんっ!!?」
突然、つかさの体を痛みが襲った。思わず顔を顰めるつかさ。
「どうしたのよ、つかさ?」
つかさの異常に気づいたのか、かがみは振り返った。
「ちょっと、私、忘れ物を思い出したから、先、行って、て……」
「何言ってんのよ、それくらいなら待ってるから……」
「いいから行ってて!!」
普段あまり声を上げることのないつかさの叫びに驚き、思わずかがみは2、3歩下がった。
「わ、分かったわよ……。直ぐに追いつきなさいよ!」
そう言い残すと、かがみはぱたぱたと走っていった。
「んっ…!」
つかさは急いでトイレに向かう。
「げほっ、ごほっ……。何これ、私どうしちゃったの?」
咳き込むつかさの口から出てきたのは、

紛れもない、

血液 だった。


『彼女』が初めて自身の異常に気づいたのは、この時であった―――


「キーンコーン……」
朝の予鈴が学校に鳴り響く。
ここ、3年B組の教室には生徒が集結していた。
「ほんなら、出席をとるでー」
担任の黒井ななこ先生が、いつものようにダルそうに出席を取り始める。
「……柊。柊ー?なんや、あいつは遅刻かいな。」
つかさは結局朝のSHRには来れなかった。
「めずらしいな、つかさが遅刻なんて……」
こなたは呟いた。
(まぁ、休み時間にでもかがみに聞いてくるか……)
そうこうしているうちに、朝のSHRは終わった。

「かがみ、かがみー!」
休み時間、こなたは廊下でかがみを見つけた。
「何よ、大きな声出して」
「今日、つかさは何で来てないの?」
こなたの質問に、かがみは少し考えてから、
「うーん、私もちょっと分かんないのよねぇ……。何か“忘れ物した”とか言って、私に先に行くように、って。」
「忘れ物って、こんなに時間かかることじゃないよねぇ」
「私もそう思ったんだけど……。そのうち追いついてくるかな、って思ってて。」
「なるほどー……って、あっ!」
こなたが廊下の彼方に見覚えのある人を見つけた。
「えへへ、ごめんね、お姉ちゃん……」
つかさだった。
「もぉう、何してたのよあんたは!直ぐに追いつくように言ったじゃない!」
「ごめん、ちょっと忘れ物が見つからなくて……」
「んー、つかさらしいっちゃあ、つかさらしいねぇ~」
こなたは何やら腕組みしながら頷いている。
「で、何を忘れたの?」
「えっ……」
暫しの間、その場を支配する沈黙。
「……まぁいいわ。さっさと黒井先生んとこ行って、遅刻って報告してきなさい」
「あ、うん!」
言われて、つかさは職員室へと向かっていった。
「……何か、つかさ変じゃなかった?」
つかさの姿が見えなくなってから、こなたが口を開いた。
「変って、何がよ?」
「態度がちょっと変じゃなかった?」
「うーん、私はそうは思わないけど……。」
かがみは首を傾げる。
「まぁいいや。きっと私の思い違いだね。さて、それは置いといて。1限に古典があるんだけど、宿題見せて欲しいなー」
「だぁぁッ!たまには自分でやって来いっつーの!!」


結局、その日はつかさは学校で変な動きを見せることは無かった。
朝突然襲ってきた発作のような現象も、夢であったかのようにパタリと止んでしまっていた。
(あれは何だったんだろう……。夢?いやいや、あれはどう考えても現実だし……)
皆と一緒に帰りながら、つかさは1人で考えていた。
「それじゃあ、今日は皆でゲーセンに行こー!」
「まぁたそんなこと言ってー。たまには真っ直ぐ帰って宿題でもしたらー?」
「そんなこと言ってかがみんや、自分だって結局毎回楽しんでるじゃん?」
「ううううるさいっ!!」
「……」
「あれ、つかさ?」
さっきから黙りっぱなしのつかさが気になり、こなたは声をかけた。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してて……」
「何、どうしたのー?悩みがあるなら溜め込んじゃだめだよー。体に悪いよ」
「いつも悩みとは無縁のあんたに言われてもねぇー」
かがみがすかさずツッコミを入れる。
「あいたーっ!かがみ様、今日も手厳しいですねぇ」
「“様”とか言うな!」
「それじゃ行こう、つかさ!」
こなたはつかさの方を振り向いて走り出す。
「あ、まってよこなちゃーん!」
つかさもそれにつられて走り出す。
(きっと、アレは何かの間違い。疲れてたんだよ、きっと……)
つかさは心の中で、そう呟いていた。


それからというもの、つかさが発作を起こすことは無かった。
一体あれはなんだったのか、つかさは時々考える。でも、答えは出ない。
(あれから結構経つけど、なんだったんだろう……。あれ以来何も起きないし、私自身、普通に健康だし……。)
つかさは机に向かいながら考えていた。しかし、それに対する明確な答えは出てこない。
「つかさー、ご飯よー」
自分を呼ぶ姉の声を聞いて、つかさは考えるのをやめた。
「はーい、今いくよー!」
スタンドを消し、部屋から出るつかさ。
(考えたって答えは出ない。でも、大丈夫だよ!特に何か異常があるわけじゃないし)
そう思いながら、つかさは食卓へ向かっていった。

しかし、事は着々と進行していた。
つかさに仕掛けられた時限爆弾のタイマーは、その針を休めることも無く、確実にゼロへ向かっていた―――



そして時は流れ、最初の発作から3ヶ月。
ついにタイマーはゼロを指す。



―――物語は 冒頭へ戻る―――


「彼女の病状は、極めて深刻です。」
つかさが担ぎ込まれた先の病院で、医師は色々な書類を見ながらそう言った。
「これまで表には症状が出ていなかったようですが、彼女の内側で症状は進行していたようです。」
「つかさは、つかさはどうなるんですか!?」
思わず声を上げる柊父。
「現代の医療技術では、これを治すことはかなり難しい、いや、ほぼ不可能でしょう。病気の進行を遅くすることは出来ますが、
完治させることは出来るかどうか……。手術をするという手もありますが……」
「そ、そんな……」
柊父はその場にへたり込んでしまった。
「……あと、2ヶ月。」
「え?」
「持ってあと2ヶ月です。彼女の命の期限は……」
「ふざけんじゃないわよ!!!」
これまで沈黙を保ってきたかがみが、急に声を上げた。
「あんた医者なんでしょ!?この道のプロなんでしょ!?それなのに、なんでそんな事いうのよ!!
手術っていう手が残ってるんでしょ!?だったら、つかさが死ぬこと前手前提で話すんじゃないわよ!!!」
かがみは医師に掴みかかっていた。
「かがみっ、止めなさい!!」
柊父が、かがみの体を掴む。
「確かに手術という手は残っていますが、この手術が出来るのは、ごく僅かの医師だけなんです。
そして成功確率は0.000001%。万に1つもありません。
日本中、いや世界中で、成功の報告は数えるほどでしょう。医師や設備の関係で、当院では何とも……」
悔しそうに顔を顰め、ドンと、医師はデスクを拳で叩いた。
かがみは医師を掴んでいた手を離し、
「う、ううっ……、わぁぁぁああーっ!!」
その場に座り込んで泣いた。

かがみが病室に向かうと、つかさは寝ていた。
たくさんの機械が周りに並んでいる。
「つかさ……」
かがみが呼びかけると、つかさはゆっくりと目を開けた。
「あ……、お姉、ちゃん……。」
「つ、つかさ……。」
「ごめんね、お姉ちゃん……。迷惑かけちゃって。」
「ううん、気にしなくていいのよ」
思わず溢れて来た涙を、かがみはつかさに見つからないように拭った。
「私、直ぐに、治るよね……?直ぐにいつもみたいに、お姉ちゃんや、こなちゃん、ゆきちゃん達と、遊べるよね……?」
「つかさ、あの……っ」
かがみは言おうとして、言葉を飲み込んだ。


―――あなたの命は、持ってあと2ヶ月だ―――

そんなこと、言える訳が無い。
だから、かがみは嘘を言った。
「ええ、そうよ!こんなの、直ぐに治るわよ。早く元気な顔を見せてよね!」
かがみは今出来る精一杯の笑顔をつかさに向けた。
「うん、私、頑張って直ぐに元気になるからね……。」
つかさはそう言うと、目を瞑った。
「つかさ……?つかさ!?」
かがみは一瞬驚いたが、直ぐに落ち着いた。
「すぅ……すぅ……」
「何だ、寝てるだけか……」
ふと振り向くと、そこには父、母、そして姉達が居た。
「事情はお父さんから聞いたわ……」
柊母が口を開いた。
「とにかく、つかさに出来る限りのことをしましょう。」
「でも、確率は0.00001%って……。こんなの、奇跡が起こらない限り……」
「……奇跡は自分で起こしてこそ、意味があるのよ。あなたがそんなでどうするの……。
皆で、全力でつかさを支えていきましょう……」
そう言うと、柊母はかがみを抱きしめた。
「うん、分かったよ……。お母さん。」
母親の腕の中で、かがみは瞳に涙をためて頷いていた。


「……さて、ここは私達に任せて。あなたは学校へ行ってらっしゃい」
かがみから離れると、柊母はそう言った。時計は10時30分を指している。
「確かに今なら遅刻で行けるけど……。でも……」
「つかさの事なら心配しないで。私たちが見てるから。あんたは学校へ行ってらっしゃい。」
私は大学が休講なのだ、と次女は胸を張った。
「……分かったよ。それじゃあ、行ってくるから。つかさのこと、お願いね……?」
そう言うと、かがみは病院を後にした。

かがみが学校に着いたのは、丁度4限目が始まる直前だった。
とりあえず遅刻ということで担任に報告しに行き、授業に参加した。
そして、4限が終わり、昼休み。
「お、かがみん。今日遅刻したらしいね?」
3年B組の教室にやってきたかがみを見つけ、こなたはチョココロネをくわえながら言った。
「今日はつかさも休みだし、どうしちゃったのかなー、柊姉妹さんは。風邪でもひいた?」
「ん……まあね、そんなところよ。」
椅子によっこらしょと腰掛け、机の上に置いた弁当を開けながら、かがみは考えていた。
(どうしよう……。こなたやみゆきには本当の事を話そうか?)
そんなことを考えていると、こなたやみゆきの話は頭に入ってこなかった。
そして、気が付くと昼休みは終わりを迎えていた。
「……あのさぁ、こなた、みゆき」
席を立ち、かがみは声をかけた。
「なーに?」「何でしょう?」
「今日、放課後になったらさ、屋上に来てくれる?話したいことが、あるからさ……」
「なんでー、ここじゃ言えない事?」
「そんなところよ。じゃ、私行くから……。」
そう言うと、かがみはそそくさと自分の教室へと帰っていってしまった。
「何でしょう、ここじゃ言えない事って……」
みゆきは不思議そうに首をかしげている。
「さあ……。でも、何かありそうだよね」
こなたは腕を組みながら考えていた。


そして放課後になった。
「そんじゃ、皆気ぃ付けて帰りー」
いつもの様に帰っていく生徒たちに声をかけるななこ。
その中にこなたとみゆきもいた。
しかし、今日はいつものように学校外へは出ない。かがみに呼び出されているからだ。
「ほーんと、何なんだろう、かがみ……」
そう呟きながら、2人は屋上へと続く階段を上っていく。
ガチャン……
屋上へのドアを開けると、そこには既にかがみがいた。
「……来たわね」
2人の姿を確認し、かがみが口を開いた。
「来たよー。さあ、話ってなんだい?」
「……あんたたちには、本当のことを教えておこうと思ってね……」
「何でしょう?かがみさん」
「実は、つかさのことなんだけど……」
かがみは、今朝起こった出来事、そしてつかさが今どんな状況に置かれているかを説明した。
「……ということよ。」
「そ、そんな……」
予想外のかがみの言葉に、こなたとみゆきはただ絶句していた。
「信じられないようだけど、これは本当なのよ……」
「嘘だッ!!」
突然こなたが声を上げた。

「つかさが、つかさが死んじゃうなんて嘘だ!そうでしょかがみ、嘘なんでしょ!?」
「そんなわけないでしょう!!」
かがみが声を上げ、こなたは一瞬怯んだ。
「これが嘘だったら、嘘だったら……、どれだけいいことか……。でも、嘘でも夢でも何でもないのよ!!
これは、紛れも無い現実なのよ!!」
そう言って、かがみは泣き崩れてしまった。
「う、嘘でしょ……。どうして、つかさが……」
こなたも脱力していた。
「どうして、何でなんだよ……。つかさが、つかさが何をしたって言うんだよ……」
みゆきはというと、虚空を眺め、ぼーっとしている。

暫く静寂が流れた。
それを破ったのは、こなたの言葉だった。
「……私達がこんなんじゃ、ダメだよ……」
「こなた……」
「そのお医者さん、言ったんだよね?手術の成功確率は0.00001%だって」
「う、うん」
「それって0じゃない。0%ならどうしようもないけど、まだ可能性が残ってる。」
「泉さん……」
「だったら、その0.00001%に賭けてみるしかないじゃない!」
「こなた……。そ、そうよね。つかさを支えなきゃいけないのに、その私がこんなんじゃ、ダメよね……」
「そうですね。私も全力で協力させていただきます!」
「みゆき……」
かがみは涙を流していた。
「この話は、他の人には内密にお願いね……」
「はい、分かりました、かがみさん。」
「かがみ、私達に出来ることがあったら何でも言ってよ!絶対だよ!」
「うん……。ありがとう、こなた、みゆき……!」
西日に照らされる屋上で、少女達はいつまでも抱き合っていた。

かがみが家に戻ると、長女と次女が居た。
両親は病院でつかさに付き添っているらしい。
「あ、おかえりー」
「つかさ、どうだった?」
「ううん、あれから何にも。特に異常は起きなかったよ。」
次女は首を振って答えた。
「そう……。あ、つかさのことなんだけどさ、今日友達にも言っておいたよ……」
「マジ?」
長女と次女の顔が強張った。
「言おうか言うまいかかなり悩んだ。でも、いつも付き合ってる、親友のあの子達に嘘をつくなんて出来ないから。」
「……それは、そうよね……。」
長女は頷きながら言った。
「二人とも事実を受け入れてくれた。出来ることがあれば協力してくれるって……」
「そう……。かがみ、あなたいい友達を持ったわね……」
長女の言葉に、かがみは笑顔で答えた。

それからというもの、学校が終わるとかがみ・こなた・みゆきの3人はつかさの元へ直行した。
つかさの容態は安定していて、いつも笑顔で3人を迎えた。
「おいーす、遊びに来たよー」
「あーっ、こなちゃん!それにゆきちゃんとお姉ちゃんも!」
「お元気そうで何よりです。あ、これ今日配られたプリントです。お体に障らない程度に目を通していただければ……」
「うんっ!ありがとう、ゆきちゃん!」
「ねーねー聞いてよつかさー、この間ネトゲでねー」
「そうそう、この間こなたがさー」
「あはははっ!」
4人が集まっている時、病室には笑顔が絶えなかった。

ある日のこと、3人がいつものように病室に行くと、つかさが笑顔で待っていた。
「あ、こなちゃん、ゆきちゃん、聞いてよ!」
「何?どしたの?」
「私の病気ね、手術する日が決まったんだよ!」
「手術ねー。つかさは怖くないの?」
「それは勿論怖いけど……。手術が終わったら、病気も治るんだよ!そしたら、また一緒に遊べるね!」
つかさは弾ける様な笑顔を向けて言った。
「はい。早く良くなるといいですね。」
「そうそうゆきちゃん、この間ね……」
つかさとみゆきが話している隙に、こなたはかがみと内緒話をしていた。
(手術の日が決まったってことは、手術出来るお医者さんが見つかったってこと?)
(そうよ。この病院の人が手を尽くしてくれて、見つけたらいいわ)
(機材とかはどうなってるの?)
(詳しくは知らないけど、他のとこから持ち込むらしいよ)
(ふぅん……。で、つかさには病気のこと、言ったの?)
(……まだ。あの子には、手術の日が決まったとしか知らされて無いわ)
(……そうか……)
こなたは微妙な心境で、みゆきと話しているつかさを見ていた。

これまでは元気だったつかさだったが、医師が宣告したタイムリミットに近づくにつれ、次第に弱っていった。
この間まであんなに元気に話していたつかさが、立てないようになり、ベッドから出られなくなってしまった。

そして、手術まで1週間、タイムリミットまで3週間を迎えた。

つかさは、起きている時間よりもベッドで寝ている時間の方が長くなっていた。
先に迫っているつかさの手術に備え、病院には数々の機材が運び込まれた。
そして、つかさの元にある男性医師がやってきた。
「君が柊つかさちゃんだね?」
「ん……、はい、そう、です……」
つかさは薄目を開けて答えた。
「私は君の手術を担当させていただく、奥村といいます。つかさちゃん、手術は怖いかい?」
「はい……」
「そうかそうか。怖い気持ちはよく分かるよ。でも、私に任せて欲しい。私は君のために、全力で頑張る。よろしくお願いします」
そういうと、奥村医師は手を差し出した。
「こちら、こそ……、よろしく……お願いし……ます……」
つかさは布団から手を出し、奥村医師の手を握った。


手術前日の夜のこと。
次の日は休日ということで、かがみはこなた、みゆき達が帰った後病院に残ることにした。
消灯時間を迎え、かがみはベッド横の椅子に座り、スタンドを付けて本を読んでいた。
不意に、声がかかった。
「おねえ、ちゃん……?」
「つかさ?」
かがみは本を置いて、つかさの方を向いた。
「なぁに?眠れないの?」
「ううん、そういうんじゃ、なくて……」
「どうしたのよ?」
「私の、病気の、ことね……」
言われて、かがみは何故かドキッとした。

「私の、病気、とても、難しい、治せない、病気なんだって、ね……」
「な、何言ってるのよ!そんなこと無いわよ、手術すれば絶対に……」
聞いて、つかさはふるふると首を振った。
「ううん、もういいの……。私、この前聞いちゃったんだ……。看護師さんたちが話してるの……。」
「くっ……」
かがみは言葉を失った。看護師の話を聞かれていたとあっては、自分が何を言っても無駄だと思ったのだ。
「ごめん、つかさ……。騙すつもりじゃなかったんだけど……」
「気にしないで、お姉ちゃん。そんなことで、恨んだりしないよ……」
「つかさ……」
「今まで私を支えてくれて、ありがとうね……」
「ちょっと、何言ってるのよ……」
「こなちゃんやゆきちゃん、他の皆にも、“ありがとう”って、伝えてね……」
「ちょっと、つかさ!」
まるで自身の死を受け入れたかのような言葉を耳にし、かがみは思わず声を上げた。
「ごめん、お姉ちゃん……」
「……じてる……」
「え?」
「私は、信じてる。つかさはきっと良くなるって。」
「お姉ちゃん……」
2人とも、知らない間に涙が流れていた。
「お姉ちゃん、ありがとう……。私、頑張る、ね……」
そう言って、つかさは眠りに付いた。


手術当日を迎えた。
つかさはストレッチャーに移され、手術室へと連れて行かれている。
そこに、かがみを初め、家族、こなた、みゆきが付き添っている。
「つかさ、頑張るんだよ」
「つかさ頑張って!」
「負けないでね!」
「つかさ、絶対勝つんだよ!」
「頑張ってくださいね」
「つかさ、待ってるからね!」
「絶対に勝つのよ!」
皆の声を受けながら、つかさは手術室に入っていく。
「皆、ありがとう……。私、絶対に、帰ってくる、からね……。行ってきます……」
ストレッチャーが完全に手術室内に入り、バタンとドアが閉められた。
『チンッ』
手術中ランプが点灯した。

一同は、手術室の前で待ち続けていた。
「ん―――、んん―――」
こなたは落ち着かないのか、うろうろと歩き回っていた。
「ちょっとこなた、落ち着きなさいよ。」
「だって、だって心配で……。この状況で落ち着けって言われても……」
「つかささんは、今この扉の向こうで戦っています。」
不意にみゆきが口を開いた。
「私達に出来ることは、つかささんを応援すること、そして……信じることです。」
「みゆき……」
一同は、ただただ手術が終わるのを祈りながら待っていた。


手術は予想以上に難航したようで、予想終了時刻を遥かに過ぎていた。
その時だった。
『カチン』
手術中ランプが消灯した。ドアが開き、手術服を着込んだ奥村医師が出てきた。
「先生、つかさは、つかさはどうなったんですか!?」
最初に口を開いたのは柊父だった。
奥村医師はマスクを外し、
「手術は成功です。成功なんですが……」
話し始めた。
奥村医師の話をまとめると、途中でつかさの容態が急変。何とか手を尽くし一命は取り留めたものの、
意識が戻らず昏睡状態になっているとのことだった。
続いて手術室からストレッチャーに乗せられて出てきたつかさは、まるで眠っているかのようだった。
「つかさの、つかさの意識が戻るのはいつなんですか!?」
かがみは奥村医師に問いかけた。
「……何とも言えません。後は、本人の気力次第です。」
奥村医師はそういうと、廊下を歩いていった。
「……」
かがみは俯いて黙っている。
「か、かがみ……」
こなたが声をかける。と、かがみは顔を上げた。
「私は信じてる。」
「か、かがみ?」
「つかさは、あの時“行ってきます”って言った。あの子は約束を破るような子じゃない。きっと、いつか帰ってくる。」
かがみはこなたの目を真っ直ぐ見つめ、言った。
「うん……、そうだよね。つかさは、つかさはきっと戻ってくる。」
こなたは目に涙を浮かべて頷いた。


―――あれから10年の歳月が流れた。

―――皆高校を卒業し、大学を出て、就職した。

―――『運良く』なのか分からないけど、私もいい人を見つけて、結婚した。今は子供もいる。

―――でも、まだなんだ。

―――私の妹は、まだ目を覚まさない。


ある、晴れた日曜日の事。
かがみはいつものようにつかさの部屋に入り、点滴を変えたりしていた。
「おはよう、つかさ……。今日もいい天気だよ」
返事は返ってこないけど、こうして呼びかけることが、かがみの日課になっていた。
すると。

―――おかあさーん!

子供の声が響いた。
「はいはい、今行くよー!」
かがみはそれに大声で答え、そしてつかさの方に向き直った。
「ちょっと、子供と外へ行って来るね……。」
そう言い残し、かがみは部屋を後にした。

子供は、境内でゴムボールを手にして待機していた。
「行くよお母さん!えいっ!」
子供が放ったボールは、放物線を描いてかがみの手の中に収まった。
「へぇ、結構投げられるようになったわね」
そう言いながら、かがみは子供に向けて軽くボールを投げ返す。
「もう1回、それっ!」
と、すっぽ抜けてしまったのか、ボールは明後日の方向へ飛んでいってしまった。
「あっ、バカっ!」
かがみは声を上げた。と言うのも、ボールの着弾点には人が……。
ぽこん。
ゴムボールは、そこにいた少女の頭に当たって地面に落ちた。

「ごめんなさいね。大丈夫だった?」
かがみは慌てて駆け寄り、少女の安否を気遣った。
少女は首を振り、
「大丈夫、です……。」
と答えた。
はて?とかがみは思った。
(私、この子に会ったことあったっけ?)
色々と考えているかがみに、少女が話しかけた。
「あの、これ……」
ボールを手に持ってこちらを見ている、少女のその顔を見て、かがみは言葉を失った。
「え……」
無理も無い。そこに居たのは、紛れも無い彼女の妹だったのだから。
「つ、つかさ……?」
かがみの問いかけにこくんと頷き、そして言った。



「ただいま、お姉ちゃん……!」




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