「あー、失敗したなあ」 その日は、そんなそうじろうの一言で始まった。「何?失敗って?」 こなたがそう聞くと、「ああ、こなたおはよう。朝飯出来てるぞ」 と、普通に挨拶を返してリビングの方に行ってしまった。「…変なお父さん」 多分、独り言だったんだろう。そうこなたは納得して、父の後を追ってリビングに向かった。
- 失敗の日 -
「ちょっと、失敗しちゃったかな」 こなたが朝食の席に着くと、ゆたかが何の前触れもなく、こなたの方を向いてそう言った。 独り言じゃない。明らかにわたしに聞かせようとしてる。こなたは少し不気味に思いながら、一応ゆたかに聞いてみることにした。「ゆーちゃん。何を失敗したの?」「あ、こなたお姉ちゃん、おはよう。今日はちゃんと目玉焼き、半熟にできたよ」 ゆたかもまた、そうじろうと同じように普通な会話を返してくる。 わけが分からない。二人して自分をからかっているのだろうか。「ねえ、二人とも朝から何?失敗ってなんなのさ?わたしに言えない事?」 少しイラついた感じで、こなたが二人に向かってそう聞いた。「お姉ちゃん。わたし、今日日直だから先に出るね。それじゃ叔父さん、いってきます」「おう、気をつけてな」 完全に無視された。ゆたかはこんな風に他人をからかう子では無かったはず。 なにかがおかしい。こなたは気持ち悪い違和感を感じていた。「ねえ、お父さん。今日は晴れそう?」「ああ、降水確率10%だし、まあ降らないだろうな」 普通の会話は普通にできる。「で、失敗って何?」「ゆーちゃんも随分料理がうまくなったなあ」 しかし、失敗という単語が混じると、途端に会話が噛み合わなくなる。「…じゃあ、わたしもそろそろ行くね」「ああ、いってらっしゃい」 玄関を出て、こなたは大きく溜息をついた。本当にわけが分からない。悩んでいても、答えは出そうにない。しょうがなく、納得いかないままこなたは学校に向かった。
駅の改札口を出たところで、こなたは二人の友人を見つけた。つかさとみゆき。珍しい組み合わせだ。かがみはどうしたんだろうと思いながら、こなたは二人の方に向かった…が、声をかけるのを躊躇した。 この二人も、お父さんやゆーちゃんみたいに…そう思うと少し怖かったのだ。「失敗だね」「失敗ですね」 こなたはゾッとした。いつの間にか目の前にいた二人が、口々にそういったのだ。「…な…あ…」「あ、おはよう、こなちゃん」「おはようございます、泉さん。つかささんともそうですけど、朝にここで会うのは珍しいですね」 こなたが何も言えないでいると、二人は普通に挨拶をしてきた。「お、おはよう…」 こなたもかろうじて挨拶を返す。落ち着こう。普通の会話はできるんだ。わたしが気にしなければ普通に過ごせる。こなたはそう思った。「つかさ、かがみはどうしたの?」「うん、お姉ちゃん今日は遅刻するみたい…」「お体の具合でも悪いのですか?それなら無理せず休まれたほうが…」「いやいや、きっと昨日わたしが貸した本にはまって夜更かししちゃって、朝起きられなかったんだよ」 大丈夫だ。普通に過ごす分には何もない。こなたはすっかりもとの調子を取り戻していた。
「あー失敗したなー」 教室に入ってきた黒井先生が、閉口一番に自分の方を見てそう言ってきたが、こなたはすでに気にならなくなっていた。
しかし、一時間目の授業が始まると、こなたは自分の周囲に違和感を覚えた。 みんながわたしを見ている。そう感じて周囲を見渡しても、いつもと変わらない授業風景。顔を戻すと、またみんなが見ている感覚。 気にするな。こなたは自分にそう言い聞かせて、授業に集中する事にした。
二時間目になると、違和感どころじゃなくなってきた。声が聞こえるのだ。ひそひそと、聞きなれたクラスメイトたちの声で。内容はよく聞き取れないが、失敗と言う単語が混じっているのははっきりと分かった。 気にするな。気にしちゃ駄目だ。こなたは必死に自分を抑えていた。
三時間目になると、ソレはもはやひそひそ声では無くなっていた。こなたに向けてはっきりと放たれる、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗…。 こなたは耐え切れずに、机に突っ伏して耳を塞いだ。それでも聞こえてくる失敗の声。つかさやみゆきの声も混じっているのが分かる。 限界だ。気が狂いそうだ。こなたは授業中にもかかわらず、鞄を引っつかんで教室を飛び出した。家に帰って、今日一日をやり過ごそう。きっと明日になれば元に戻っているはずだ。根拠の無い決めつけだけを頼りに、こなたは走り続けた。
学校から駅までの道でも、電車の中でも、失敗の声は聞こえ続けた。もはや周囲にいる誰も彼もが、隠す素振りも見せずにこなたを見て失敗を口にする。 失敗した失敗よね失敗なんだよ失敗かしら失敗じゃないか失敗だ失敗だけど失敗ですか失敗したな失敗かも失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗…。 やめて。もう言わないで。わたしがなにをしたの。なんでそんなことを言うの。心の叫びで声を打ち消しながら、一秒でも早く家に着くことだけをこなたは祈っていた。
家に着くと、こなたは自分の部屋に飛び込み、頭から布団を被ってベッドに転がった。 この部屋には自分以外に誰もいない。失敗の声は聞こえない。こなたは安堵すると、急に襲ってきた眠気に、そのまま身を委ねる事にした。明日になればきっと元に戻る。授業中に飛び出した事は怒られるだろうけど、それぐらい大したことは無い。こなたは瞼を閉じ、眠りの中に落ちていった。
不意にスカートのポケットに入れていた携帯が振動し、こなたは目を覚ました。携帯を開き時間を確認する。お昼を過ぎた辺り。思ったより短い時間しか寝ていなかったようだ。 受信ボックスを見ると、メールの差出人はかがみだった。そういえば、今日はかがみに会っていない。でも、会えばかがみもきっとあの言葉を口にしてただろう。 それでも、こなたはメールの内容が気になった。もしかしたら、かがみだけでも普通なんじゃないか。淡い期待が起きる。こなたは意を決して、そのメールを開いた。
from:柊かがみ件名:大丈夫?本文:お昼にあんたの教室に行ったら、三時間目に急に飛び出していったって聞いたわ。こんな事今までなかったから、流石に心配よ。なにかあったの?悩み事があるなら話だけでも聞かせて。わたしじゃ力になれないかもしれないけど、話すことでスッキリすることもあると思うから。とりあえず、学校が終わったらつかさとみゆきも一緒に、あんたの家に行くからね。ちゃんと家にいててね。それと、あんたはいつ失敗するの?
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。
下から選んでください: