「これってさあ、『嘱託魔導士 永森☆やまと』の同人だよね」 日の暮れる前から灯りの点いている部室にて、こうは後輩の描いている漫画のネームを見て言った。 彼女が話しかけたのは一つ年下の一年生で、名前は田村ひよりという。 ひよりは新入部員の中でも同人誌に関するイベントの経験値が高い人物として、多くの期待を集めていた。「ねえ、自分がどんな作品を基にして描いているのか、わかってる?」「もちろんッスよ。……あの。楽屋ネタや身内限定で通じる部分は無いと思うんですけど、何か問題でも?」「問題、ね。本人が自覚していないことが一番の問題かな」 八坂こうは溜息こそ吐かなかったものの、その声には普段の覇気が欠けていた。「ひよりはこの漫画を即売会に持ち込むつもり?」 部長が何を知りたがっているのかわからず、ひよりは曖昧な笑みを浮かべながら答えた。「いや、自分で楽しむ専用と言うか。少なくとも売り物にするつもりはないッス」「そっか」 手に持ったままだった原稿の束をこうは机に置いた。わずかな音も立てなかった。「でもね、製本をして売り物にするわけじゃない。そう言えば許されるってわけじゃないよ」「どういう意味ですか?」「完成させないでいい、というか……描かなくていいよ。こんな話、妄想だけで終わらせておいて欲しかった」 彼女の過激な発言に、二人の近くの机を使っていた部員が顔を上げた。 自分に向けられた視線を一瞥して返すことで跳ね除けると、こうは改めてひよりを見つめた。「私の言っていること、わからない?」「当たり前ですよ。どうして否定されなきゃいけないのか、さっぱりです」「じゃあ、教えてあげるよ」 こうは左手を突き出すと、三本の指を立てた。「この漫画は別作品の台詞を使ったネタが中心。というか殆どで、全編を通してキャラの口調がおかしい」 指が一本曲げられる。「物語を進行させるためとはいえ、家族を失ったなんていう原作には無い悲劇を捏造している」 二本。「みっつ。ううん、最期まで言わなくても十分だよね。この話は二次創作である必要性が無い」 言い切った後、こうは手を下ろす。 脈拍が速まっているのを感じた彼女は胸に手を当て、呼吸を整えようとした。 ペンから手を離していたひよりはしばらく呆気にとられていたが、やがて反論を思いついて口を開いた。「二次創作で、その作品である必要性なんて言い出したら、半数以上は失格になるじゃないッスか」「そうよ。別にそうした同人が悪いとは言わないけれど、ひよりには描いて欲しくないの」「自分でそういった話を書いてくださいよ。他人にまで強制するのはおかしいッス!」 机を叩いて叫んでしまってから、ひよりはしまったと思った。 自身の描いた物を否定されて感情的になってしまったが、部長の言葉にも一理ある。 自分のためを想って言ってくれたのなら、もう少し柔らかに答えるべきではないかとひよりは後悔した。 ひよりが様子を窺がおうと顔を持ち上げた瞬間、こうは背を向けた。その勢いにより微風が生まれる。 机から落ちそうになった原稿を慌てて手で支えたひよりに、声が。「ごめん」 小さな呟きが聞こえた気がした。だが、ひよりが確認できたのは部室から出て行くこうの後ろ姿だけだった。
こうは歩く。走る。疲れてまた歩く。階段を上って、また上る。 しかし、屋上へと通じる扉には鍵がかけられており、力だけで開ける事は不可能だった。 仕方が無く引き返そうとして、こうは最も会いたくない後輩の顔を見た。「どうして来たの?」「なんとなくです。気になって」 言いながら、ひよりは残りの数段を上りきった。「へえ。はっきりとした理由は無いけれど追いかけるなんて……『主人公』みたいだね」「そうッスね。相手の逃げた先を直感で見つけ出すところも、そんな感じかな」 同類の間でしか通じない言葉を交わし、二人は微かに笑った。「ごめんね、ひより。本当にごめん」 開かない扉に背中を預け、こうは謝罪の言葉を繰り返した。「ひよりの絵が好きなんだ。でも、せっかく絵が上手いのに適当な話を作っているように見えて、悔しくって」「あはは……。そう思われても仕方が無いような内容の漫画を描いてましたから」 苦笑いをしたひよりは、こうの影が映る壁に視線をやりながら言った。「こーちゃん先輩の言うように。私も、そのアニメの世界観でやる必要は無いと思いながら描いていたんです」 屋上の扉についた窓からの光は、こうが首を上下に揺らす動きをひよりに伝える。「だけど、オリジナルの人物じゃダメなんです。私が愛しているキャラクターで描きたかったので」「ひより。それは、たとえ容姿と名前を借りているだけの状態になってでも?」 こうの質問。それはひよりに対してのものであり、同時に彼女が一年以上考えていることでもあった。 絵を使わず、文字だけで表現をする彼女にとって、わずかな違いが出来損ないを生んでしまう。 全身全霊をかけて書いた物語が「紛い物」扱いされてしまうことを、彼女は恐れていた。 そんなこうの質問に、ひよりはしばらく考え込んでから答えた。「間違ってはいないと思います。最終評価をするのは他人でも、一次作品を解釈して描くのは私達ッスから」 他の誰に否定をされても、作者自身が良いと思えば、迷わず描くべきだとひよりは言う。「自分でもやりすぎだと感じたら修正する必要はあると思うんですが、そうでなければ自由じゃないかと……」 自信が最期まで持続せずに、徐々に弱々しくなってしまったが、こうはひよりの言葉を全て受け止めた。「ひよりって実は、私よりも真摯に同人活動について考えてたんじゃない?」「紳士? 変態と言う名の紳士の、あの紳士ッスか?」「いや、やっぱり取り消す。なんだか、色々と変なことを言っちゃって悪かったね」「そんな。気にしないでくださいよ。こういう事を考えるのも、大切だと思うんで」「うん。――あっ、そうだ。良かったら今度、私が考えたネタを漫画にしてみてくれない?」「おおっ。原作つきの漫画というわけですか。面白そうッスね」 文字だけで自身のイメージを伝えて、絵に変換してもらえるように。 文章から、書かれている以上のことを読み取って絵にできるように。 二人は合同で同人誌を一冊作り上げる約束をした。「それじゃ、アニメを愛するオタク同士。結束を高めるために夕陽に向かって叫ぼうか。ハッピーエンドらしい最後の言葉を!」「ここからじゃ夕陽を見られないとは突っ込みませんよ。えっと、決め台詞っぽいやつというと、あれッスね」「うんうん。じゃあ、タイミングを合わせていくよ。一、二の、三」
「「この番組は、ご覧のスポンサーの提供でお送りしました!!」」>>320>>323
完
315 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2008/07/05(土) 20:31:49.63このスレ的にアウトだったらまとめなくて良いです。
320 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2008/07/05(土) 22:18:56.10ここはらき☆すたスレです^^
322 :315 :2008/07/05(土) 22:32:36.75>>320だからまとめなくて良いって書いてあるじゃん
323 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2008/07/05(土) 22:48:20.72 ID:blD5wcDOまとめなくて良いというよりこのスレで書かなくていいです^^
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