ID:jwno1.AO氏:制限時間

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「昨日が私の、『制限時間』だった」 いつも通りの声。 いつも通りの表情。 いつもとは少しだけ違っていた、一日のあと。 ―― 変わらない日常。受験生になる、というのは、思っていたほど私たちに影響を与えることでもないらしい。……まあ、こんなことを言えるのも、今がまだ五月だからなんだろうけど。 五月といえば、相変わらずこなたは五月病でやる気が出ない、などと言っている。やる気が無いのは一年中のくせして……。あいつにやる気が無いのは、五月に産まれたからなんじゃないだろうか。でもその考え方でいくと、七夕産まれの私はもう少し夢見がちなはずよね。 ……なんて、そんなとりとめの無いことを考えるくらいに、私の頭は日常ボケしていた。――そしてそれは、悪くない感覚だった。 このありふれた毎日の中でも、特別と感じる日は当然ある。 5月28日もその中の一つ。親友、こなたの誕生日。 特別とは言っても、私にとっては本来何らかの意味を持つ日ではない。でもこなたにとっては、確かに、何か特別な意味を持つ日。だから私も、その日を特別と思う。 そんな風にして、彼女とは付き合っていたい。 そんな風にして、私は彼女の隣にいたい。 それが、私の日常を彩るから。私に、心地よさを与えてくれるから。 ―― 5月27日。私はこなたと二人きりで、放課後の教室にいた。 「急にどうしたの? 二人で話がしたいなんて」 「かがみ、明日ひま?」 明日。それが何を意味するかは、言われなくても分かった。 「特に用事は無いけど。誕生日だから、何かやる気?」 「まあそんなところだね」 そこで私は、違和感を覚える。何でこの話を、二人きりでするのか? つかさとみゆき。この場にいて然るべき二人が、ここにはいない。 「それならみゆきとつかさにも残ってもらえば良かったのに。 誘うんでしょ?」 私の言葉に、こなたは視線を下へと向ける。……なぜ? 少しの、間。沈黙を破ったのは、私のほうだった。 「……どうしたの?」 それに反応して、こなたが、そのつぶらな瞳をこちらに向ける。そしてためらいがちに、言葉を、紡ぐ。 「明日は、かがみだけに来てほしいんだ。そして――」 ―― 5月28日、夕方。私は、親に「友達のところに泊まりに行く」と伝えて、家を出た。つかさには、日下部のところに行く、と言ってある。嘘をつくのは抵抗があったが、本当のことを言うよりはマシだろう。つかさも、こなたの親友なんだから。 それにしても、私にはこなたの真意が掴めない。 私だけを呼んだ理由もそうだが、何より、彼女のあの言葉。 「そして、少なくとも日付が変わるまでは、一緒にいてほしい」 日付が変わるまで。そこに、どんな意味があるのか。そもそも意味があるのか。考えても答えは見つからない。結局、その時が来れば分かる、と無理矢理自分を納得させた。 ――本当は、私なら分かるはずのことだった。彼女と私の心が求めていたのは、根本では、同じものだったから。 ……分かったからといって、別に何かが変わることは無かっただろうけど。 ただ、こなたの心の奥底を、心で見通せなかったのが、ちょっと悔しいだけ。 彼女の家には、思っていたより早く着いたような気がした。考えることが、多かったからだろう。 とりあえず、チャイムを押す。こなたが、出迎えた。 「おお、かがみん。とりあえず上がってよ。今日は私しか家にいないからさ」 促されるままに、こなたの部屋へと入る。鞄から取り出したプレゼントを渡しながら、私は言う。 「誕生日、おめでとう」 「ありがと」 短い言葉。それでも、お互いの思いが詰まっている。 今ここにいることへの、祝福が。 今ここにいることへの、感謝が。 確かに、そこにあった。 「ところで……」 私は、昨日から抱いていた疑問を、こなたにぶつける。 「なんで私だけを呼んだの?」 「……それは、後で話すよ。とりあえずご飯食べて、ゲームでもやろ。ね?」 うまくはぐらかされた気もするが、後で話すと言っている以上、これ以上追求しても仕方が無い。 ……それにしても、こんな日にまでゲームか、この娘は。まあ、それも“らしさ”ではあるけど。 結局こなたの提案に乗って、私たちは対戦を繰り返した。それは、いつもと変わらない“日常”。少なくとも私は、そう感じた。 「おっと、もうこんな時間」 時計を確認したこなたはそう呟くと立ち上がり、そしてデジカメを持って戻ってきた。 「かがみ、写真撮ろう、写真。もうすぐ今日が終わっちゃうからさ」 言って、こなたはタイマーをセットしてそれを机に置く。私が表情を作る間もなく、シャッターが切られた。 「あはは、かがみ、目閉じちゃってる」 見てみると、確かに私は完全に目を瞑ってしまっている。でもその顔は、どこか安心しているような、そんな表情な気がした。 少なくとも、こなたの隣にいて、無様ではない。それが、妙に嬉しかった。 「さて……」 カメラの操作を終えて、こなたが切り出す。 「さっきの質問に、答えようか。日付も変わっちゃったしね」 「なぜ私だけを呼んだか……それと、何で日付が変わるまで、なんて言ったかも、聞かせてほしいわね」 「まず最初の質問だけどね……それは簡単。私にとって、かがみが特別だからだよ。他の誰とも違う、かけがえのない存在」 予想していなかった言葉に、一瞬思考が停止する。 こなたが私を特別だと言ってくれた。たまらなく嬉しいはずなのに、言葉が出てこない。黙っている私に向かって、こなたは続ける。 「改めて言うと恥ずかしいね……。でも、本心だよ。そして、次の質問だけど――」 「かがみはさ、時間ってなんだと思う?」 また、予想していなかった言葉。私は、答えられない。 「私はさ、人が確かな記憶を紡いでいく、その過程だと思うんだよ」 「あんたらしくないセリフね。また何かの影響?」 ようやく出てきたのがこんなセリフか、と半ば自分に呆れながら、私は次の言葉を待った。 「まあ、どっちでもいいじゃん」 「それもそうね。それで、その時間と、日付に何の関係が?」 「記憶って言ったってさ、やったこと全部覚えてられるわけ無いじゃん? 忘れちゃうことの方が多い。だから、私は『制限時間』を設定した」 「制限時間?」 「そう。昨日が私の、『制限時間』だった」 いつも通りの声。 いつも通りの表情。 なのに何を言っているのか分からない。 「……どういうこと?」 「私たちは高校三年。もしかしたら、私たちが一緒に過ごせる誕生日は今年で最後になるかもしれない。だから、昨日という日を絶対に忘れない日にしたかった。だから、日付が変わるまでは、かがみにいてほしかった」 ――ようやく、理解出来た。こなたは、紛れもなく、私を選んでくれていた。 「そして、かがみにも、昨日という日を忘れてほしくない。私にとっての特別な日が、かがみにとっても特別である。私はそれを願ってる。それを信じてる」 清々しいほどに、私の心は見透かされていた。そう、こなたにとっての特別は私にとっても特別。 でも、でも――唯一間違いがあるとするなら。 私たちの関係に、時間制限は無い。だからこそ、制限時間も無い。私はそう信じてる。 何が起きても、私はこなたと過ごした日常の全てを、忘れない。特別な日しか覚えてないなんて、損だと思うから。これは私の自己満足。それで、私は満たされる。前を向いていられる。 そうやって、私はこれからも生きていく。きっと――。

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