「時の川で溺れて」ID:uKtx7Yg0氏

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ピンクに咲く梅の花を見ていると、妙に寂しく感じちゃうな。 のんびりした高校生活だったけどさ、たったの三年間に凄くたくさん思い出が出来たんじゃないかな? まだこのままでいたいって願っても、絶対に叶わない事。社会の成り行きや物理の法則をくつがえす事が出来ないって事は、十八年の年月の間にしっかりと実感してきたことじゃん。 もうすぐ卒業式かあ。 つかさやみゆきさん達は両親ともに来るらしい。うちも、お母さんはいないけど、お父さんが来る。 もう、そんな時期なんだよ。 時間だけは全ての人に対して平等だ。 んーと、確か校長のお話の中の一文だったっけ?それともテレビで? まあいいや。とにかくその事をこれだけ思い知るのは初めてだよ、まったく。 なにをどうしたって時間は止まらないからね。 そんなことよりも、早く帰らないとアニメが見れないし。走って帰ろうかな? 友達とはもう別れて、一人で帰宅をしている途中だった。 太陽はどっぷりと沈んで、薄暗い道が暗闇の先まで続いている。夜道の一人歩き。 でも私には武術が出来るからそんなの平気。 ただ、私みたいな容姿だと狙われやすそうなんだよねぇ。 おっと、あの街灯の下に、早速人影が……。 いや、何か違う。違和感がある。 「ひっ……」 その姿を見た瞬間、一気に私の周りの空気が冷たくなったように、嫌な鳥肌がたった。 多分、女なんだろう。 青くて長い髪の毛が、顔を隠すように垂れている。 それから多分、裸なんだ。 でもまるで柄の入ったタイツを着ているみたいに、全身に入れ墨が刻まれている。 白い肌、青黒い模様、群青の髪、それら全部が異様な雰囲気をかもしだす。 今までに感じたことのない、圧倒的な存在感。 顔が見えないから目線がわからない。 でもわかる。そいつが、私を、見た。 何これ!? 不味い、不味いよ。 よく分かんないけど、早く離れなきゃいけない! なのにどうして!? あいつが私の所に向かって歩いているって言うのに、私の体がマネキンにでもなったみたいに、どんなに脳からの命令を足に送っても、一向に最初の一歩すら出すことが出来ない。 私がまごついている間にも、あいつは私の目の前三メートルまで近づいて来ている。 動け、私の足。動け私の体。動け、動け、動け、動け、動けっ!! 「わーっ!!」 私が叫び声を上げると同時に、地面を強く蹴ってあいつとの間合いを素早く離した。 なんだよあれ!幽霊? 鬼の手も射影機も持ってないよ! いや実態があるみたいだし、ゾンビかも知れない。 だったらレイズかヘッドショットで一撃でっ! って私は何を考えてるんだっ、冷静なんだか冷静じゃないんだか。 振り向いて見るとアイツは追って来ていない。 このまま走り続ければ逃げ切れるはずだ。なのになんでだろう、逃げられる気がしない。 私は角を曲がった。 すると何か柔らかいものに当たって弾かれてしまった。 尻餅をつきながら見上げてみると、入れ墨の女が私を見下ろしていた。 なんで。 ほんの一瞬前まで私の後ろで突っ立っていたはずなのに! 女が私に覆い被さる。 体がまた動かない。 女が私の左二の腕に噛み付く。 痛い痛い痛い痛いっ! その傷みで体が動いた。 右手をばたつかせていると、道路に落ちていた何かに触れた。 とっさにそれを握りしめて、力の限りで女の頭に叩きつけた。 それが砕けて、遠くで爆竹が弾けたような、湿った破裂音がした。 街灯に照らされて、私が握りしめていたものが、割れたビール瓶だと言うことがわかった。 相変わらず女は私の腕にかじり付いている。 痛さに身を捩りながら気が付いた。こいつ、私と同じような身長で体格だ。 もう、痛さに耐えられないよ! 私の手に握られた割れた瓶は、先端が凶刃と化していた。 必死の思いでそれを女の首に突き刺した。 女は私の腕から離れ、声をあげずに無言でのたうち回っている。 私、殺しちゃったのかな。やりすぎたかな。 ひょっとしたら、変わり者の人間だったかも知れない。 私はとうとう動かなくなった女を見下ろしながら、取り返しの付かない事をしてしまったかも知れないという後悔が生まれているのを感じた。 でも、やっぱり人間じゃなかったんだね?ほら、首から血が流れてない。 女の体は砂のように崩れて、煙たい匂いを漂わせながら風に混じって舞っていった。 ――――――― 今日はネトゲをする気にならなかった。たまにはこんな日もあるさ。 そっとテレビの上を見ると、私が生まれてすぐの頃の写真が寂しそうに立っていた。 私を抱くお父さんと、私をあやすお母さんが、笑いながらこっちを見ている。 お母さんの見た目は私とそっくりで、似た身長と体格、私と同じ青くて長い髪。 「違うよね?」 どうしてもお母さんがどうなったのかを知りたくて、お父さんに聞いてみる。 女の事も気になっていた。お母さんと関係があるのかないのかハッキリさせたくなったわけだ。 「そりゃあ幸せに過ごしたさ。かなただって幸せだったよって言ってたからな」 「それなんだけどさ、なにか、普通じゃないことってあった?」 「普通じゃないこと?なんでそんなことを聞くんだ?」 「いや~、幽霊になって会いに来てくれた~っとかさ、あるかなと思ってさ」 「幽霊か……。こなた、信じてくれよ。あれはな、かなたが逝っちまった時のことなんだ」 やっぱり何かあったんだ。 お父さんの顔は正直、真面目には見えないんだけど、これは私が信じてくれないんじゃないかと不安だと思ってる証拠だ。 これで私が信じなかった場合、笑ってごまかせる様に、あらかじめはっちゃけた様に見せる、お父さんなりのやり方なわけだ。 「俺が見舞いを終えて病院を出て行くときに、病院の前の道路の向こう側、俺から見ても道路を挟んで向こう側をかなたが走って行ったんだ。 俺はそれを追いかけたんだが、赤ん坊のお前を抱いているって事もあって、町の角を曲がった所で見失っちまった。ただ、かなたが曲がった道路は一本道で、隠れるところもない筈なんだ。 俺は見失うはずのないところでかなたを見失った、って訳だ。かなたはその時は寝たきりになってて、走れる訳もない。その時は他人の空似か、見間違いだったんだと思った。 そうは言っても、もしあれがかなただとしたなら、病院を飛び出して何をしてるんだって事になる。だから俺は病院に戻った。 すると、かなたの寝ている病室の辺りに、沢山の看護師さんとお医者さんが集まっていて、心配になって俺がその病室に入ると、お医者さんにこう言われたんだ。 努力はしました。しかし、つい先ほど、お亡くなりになりました。 お医者さんの言っていることは正しかった。息をしていないかなたが、そこで眠っていたんだ。 かなたが逝っちまった。その時はそのことでいっぱいいっぱいで、ほかの事は考えられなかった。でも暫くたって思うようになった。道路で見たあれは、やっぱりかなただったんじゃないかって。 そうさ。直前にかなたの見舞いへ行っている時、俺と赤ん坊のお前に、かなたは言ったんだ。幸せだったよ。ってな」 私はベットで横になりながら、お母さんの事を思っていた。 幸せだったよ、か。私だったらそんな事言えるかな。 あれはやっぱりお母さんの幽霊なのか……。 私は目をギュッとつぶって頭を真っ白にしてから、照明の電源をきった。 ―――――― 左腕が疼(うず)く。 「いたたたたたっ!」 なんだ!?ドリームか!? 目が覚めると私が河辺にいることがわかった。あんれ~? さっきから腕が疼く。 昨日、女に噛まれた部分。 袖を捲ってみると傷口を中心にして青黒い入れ墨が、私の腕に広がっていた。 でも時間が立つにつれて入れ墨は薄くなっていき、三分ほどたった頃には完全に消えていた。 いったい何だったのかを寝ぼけた頭では考える事は出来ず、とにかく河辺から土手に向かって歩いた。 何となく見覚えがある。この川は石川県を流れる川で、ここはお父さんの実家の近くのはず。多分。 まだ夢でも見てるのかね。私は確かに自分の部屋のベッドで寝たはずなのに。 あそこで座ってるのは誰だろう? その姿を見て、私は少し後ずさった。 だって、私と同じような髪型で身長で体格で……。 あっ、こっち見た。 こっち見んな。 「あら?あなたは?」 なんだか凄くやさしい声。昨日の女とは正反対の雰囲気と言うか存在感と言うか。 「ど、どうも」 ただ、これもまたあり得ない事だった。 母とのぎこちない再会だった。 「うわあ、すごいわね。あなた、私とそっくりじゃない?髪とか顔とか」 そりゃあもちろんそっくりですよ。何せあなたの娘ですから。 まさかこの川、三途の川じゃないよね 「あ、あのー。この川って○×川だよね?三途の川じゃないよね」 「三途の川?まさか。ここは○×川であってるわよ」 「じゃあ今って平成何年だっけ?」 「へいせー?Hey say?ごめんなさい、よく分からないわ」 「あははぁ……、なんでもない、なんでもない」 うわ、これはひょっとしてタイムスリップしたって事になるのかな? うーんこの場合どうしたらいいんだろう。タイムパラドックスを起こさないように大人しくしてた方がいいのか。 「ねえ、あなたのお名前を教えてちょうだい?きっとこれも何かの縁よ」 「わ、私はこなただよ」 「こなたちゃんね?私はかなたって言うの。よろしくね」 それから暫くお母さんと私は、世間話を楽しんだ。……こんな事してていいのかね? どうして私がこんな所に来ちゃったのか、考えてみるまでもなく昨日の女に関係しているに違いない。 私が目を覚ました時、噛まれて出来た傷から入れ墨が浮き出た。 きっと直接の原因があれだろうと思う。 考えたくないけど呪いとかそんな類かも知れない。 ゲームやアニメなら当たり前みたいに登場してるけど、リアルでこんなものに関わるなんてあり得ないと思ってた。 ……ちゃんと解けるのかな? こんな物とずっと付き合うつもりはさらさらない。 問題は呪いの事だけじゃなくて、もとの時代に戻る方法も考えなくちゃいけない。 手がかりはある。 私が目を覚ました所に、お母さんがいた事は偶然なんかじゃなく、何かの意味があるのかも知れない。 それに関係して解決の糸口は掴めるかも知れない。 お母さんとの会話は幼なじみについての話題になっていた。 いわく、幼馴染のそうじろうが関東に引っ越してしまったと言う。 「そう君はね、いっつもアニメやゲームの事ばっかり話すんだけど、私はよく分からなくてたまに付いて行けなくなっちゃうの」 「ああ、それはね、付いてい来れてないこと前提で喋ってるのかもね。意味が通じちゃうとかなり恥ずかしかったりする内容を、あえて意味が通じないように話してるのかも知れないよ?」 「そうだったのかしら?でもそんな恥ずかしい話って何かしら。それにしてもこなたちゃん、詳しいのね」 「むっふっふっふ。そりゃあねえ。それで……、そうじろう君の所に行きたいと?」 「どうなのかしら」 「あれ?そうじろう君の事が好きなんじゃないの?」 「わからないわ……。本当はね、異性としてそう君を見てなかったの。ただ、なんとなく、隣にいてくれると安心できる。そんな関係……」 「そうじろう君がそばにいてくれなくて、さびしくない?」 「少し……寂しいかな」 私は今までに現実の人間相手に恋なんてした事ない。人を恋する気分ってどんなだろう。 こんな私が、何をアドバイスが出来る?儚い希望を抱いたお母さんが、天の人みたいに見える。 「でも、我慢できる」 「あれ?じゃあ、ここに残るって事?」 お母さんは将来、お父さんと結婚をする事になる。どうやって二人が付き合うようになったのかは良く知らないけど、このままで本当にいいのか不安だ。 お母さんがここに残れば、二人が付き合うことなく終わっちゃいそうだからだ。 目の前にいる人は、間違いなくお母さんなんだけど、お母さんは私が物心付く前に死んじゃったから、お母さんがどういう人なのかを私は知らないでいた。 そのせいか、かなたさんがお母さんだって言う実感が湧かなくて、かなたさんはかなたさんであって、ただ恋に悩む一人の少女として、私はとらえている。 未来がどうとか、時間がどうとか、そんなことは関係なくて、私がこうなって欲しいと願うことは、ただ純粋に二人が幸せになって欲しいと言うこと。 私のお父さん、そうじろうがどんな人なのかを、私はかなたさんよりもある意味良く知ってるつもりだ。 だから、私の答えは、これなんだと思う。 「私が関東に行っても、そう君に迷惑かけちゃうだけだし、それから家族にも……。だから……」 「……違うよ。迷惑なんかじゃない。かなたさんを一番思ってるのは、間違いない、そうじろう君だよ。 だから行ってあげてよ、関東に、お願いだから……。お父さん、あれでも結構、寂しがり屋なんだから……。きっと、待ってるから……」 「こなたちゃん?」 「ごめん。うーんと、その……。そうじろう君とかなたさんが幸せになれることは、この私が保障するよ!」 「……」 「……」 「こなたちゃん、運命って信じる?」 「運命?あんまり信じてないかな」 「私もいままでほとんど信じてなかったの。だけど、今日、ここで、こなたちゃんと会えたことって、運命なんじゃないかなって思うの」 運命って、なんだかそういうのを口にすると、背中の辺りがむずがゆくて苦手だな。 ただ、お母さんが言ってる事もなんとなく分からないでもない。 ……運命か……。 「決めたわ、私、関東に行くことにするわ」 私たち二人が顔を合わせると、ニィッ、とはにかみ合う。 ふと、昨日の……、違うか、二十年くらい未来の話になるのかな?とにかく例の女のことを思い出した。 かなたさん、もとい、お母さんとは全然雰囲気が違う。やっぱりあれはお母さんじゃなかったんだよね。 一時は化けて出てきたのかと思ったけどさ……。 もし仮に本当にお母さんだとしたら、この先何かの恨みができて、それで……? その時だった。突然痛みが走った。 場所はやっぱりと言うのか、左の二の腕だった。 ここで目が覚めた時と同じように、傷が疼く。 袖をめくってみると、あの時と同じ、くもの巣のような複雑に絡み合った模様が浮き出している。 ただ、前回よりも範囲が広くなっていた。もう私の首筋にまで達していて、刺青に喰われるんじゃないかという錯覚におちいる。 お母さんが心配そうにこっちを見ている。不幸中の幸いか、私はお母さんの左側に座っているから、お母さんからはこの傷や刺青は見えないはず。 「こなたちゃん!どうしたの?しっかりしてっ!?腕が痛いの?」 「大丈夫……、だから……。ごめん、私……。もう帰るね!」 お母さんが、走って逃げる私を追いかけてくるのが足音で分かる。でも振り返ることすら出来なかった。 走って走って走り続けて、お母さんを振り切り町の中へと飛び込んだ。 意識が朦朧として、立っていることさえままならない。 頭がくらくらして、私は……。 ――――――――― 目が覚めるとそこは、何の変哲もない私の部屋だった。 朝だ。 もうこんな時間。起きなきゃ。 違う。そうじゃない。 そうだ、私はお母さんに会ったんだ。 夢じゃない。確かに会った。喋った。 うは、すごいや、お母さんと話したんだ! その日の登校は足が軽い。 友達には全部秘密にしているけど、自分だけが知っていると言う、変な優越感を楽しんだ。 もう一度、お母さんに会ってみたい。 数日が過ぎた夜のこと。 二度目のタイムスリップが起こった。 私が目を覚ましたところは、とある病院の駐車場の脇にある、荒れた芝生に生える植木のすぐ下だった。 傷が痛い。正直見たくはないけれど、袖をめくって様子を見てみた。 うわ、やっぱり見なければ良かった。刺青は左の腕の全部を覆い尽くして、首筋から指先まで複雑な模様が浮き出ている。 上半身も、左の胸までが覆われている。見えないけれど、きっと顔まで刺青が浮いてると思う。 前回と同じで、時間が立つと刺青は跡形もなく消えた。 この病院には見覚えがあった。ここは市営の病院で、現在ならば改装されていてもっと綺麗なはずだった。 ただ、目の前に見える病院は改装される前の姿のままで、少しくすんだ外装が余計に病院を古臭く見せている。 病院が改装されたのが、私が小学生になったばかりの頃だから、それよりも以前の時間に私がやって来たわけだ。 でも、なんとなく、わかる。かつてここはお母さんが入院していた病院だからだ。 つまり、お母さんが入院している頃に、私はタイムスリップしたんだろうなあ、と。 そんな直感は当たるもんなんだなと、我ながら感心する。 病院の受付の人に聞いてみると、お母さんの入院する病室を教えてくれた。 ここで間違いなし。泉かなたって書かれた個室だ。 そっと扉を開くと、お母さんが眠っていた。 目を覚まさないように、私は静かに部屋に入ろうとした、のに、なんてこった。 ガタっと、ベットの隣に置かれた椅子を蹴っちゃったよ。 「んん。あ、あなたは……?」 「ごめん、起こしちゃった」 「あっ、あなた……、こなたちゃん。久しぶりね」 私にとっては数日ぶりの再開な訳だから不思議なもんだ。 「ははは、久しぶり」 「ゴメンね、こんな格好で。ちょっと病気をこじらせちゃったみたいで」 「かなたさんに会えれば、それでいいよ」 「こなたちゃんは変わらないわね」 そう言われて気が付いた。以前に会った時のお母さんの姿よりも、年をとった様に見える。 それが単に年のせいだけじゃなくて、お母さんは酷くやつれて見えて、病気がそれだけ酷いんだってことを物語ってる。 「私、あの後、関東までそう君を追いかけたのよ。それがきっかけで、そう君と付き合う様になったの」 「そう、なんだ。良かった」 「こなたちゃんの言ったとおり、私の事を一番に考えてくれてるのは、そう君だったみたい」 「そうだよ。絶対そうだよ。だって……」 お父さんだもん。……言いそうになって私はやめた。 「そう君が、あなたのお父さんだから、こなたちゃんはなんでも知ってるのよね?」 あれれ?今、なんて言った? 「私とそう君は結婚したのよ。それから暫くして、私たちの間に、赤ちゃんが出来たの。 私に似た青い髪で、そう君と同じ泣きボクロがある女の子。その子の名前は、泉こなた。あなたとおんなじ名前なのよ」 「わ…………」 私、どんな顔をしてるだろう。驚いてる?笑ってる? きっと、どれでもない。驚きすぎて表情が変わってないと思う。 そんな私を見つめるお母さんが、何かを読み取ったのか、すごくやさしそうな顔をした。 その顔はお母さんが病気だって事を感じさせないくらい、晴れやかで、穏やかで、太陽に見えたくらいだ。 「私の赤ちゃん。私のこなた……。こっちにおいで……、私があなたのお母さんよ」 「……」 戸惑い半分、嬉しさ半分。私はお母さんに抱きついた。 暖かくて柔らかい感触。心の奥までじんわりと届く安心感。 ああ、これがお母さんなんだな、って実感する。 「お母さん。柔らかい……」 「こなた……、ごめんね」 何の事を謝ってるの? あ、そっか。お母さんがもう直ぐ死んじゃう事は、自分でも分かってるんだよね。 私と一緒に過ごせない事を、謝ってるんだよね。 「お父さんがいたから、大丈夫だったよ。でも、もう少しこうしていたい……」 お母さんは黙ったまま、私を強く抱いてくれた。 どれだけ時間がたったのか、ノックの音が部屋に響いた。 「あら、そう君が来た見たいね。こなた、ベットの下に隠れて」 言われた通り、ベットの下に隠れた。そこには本や雑誌の入ったダンボールが所狭しと並べられていて、これじゃあ私くらいの体格じゃなかったら隠れられない所だ。 足音が聞こえて来て、お父さんの声が聞こえてきた。 暫くの間、二人はなにやら話し合っていた。 その合間に、赤ん坊の声が聞こえてくる。多分、私だ。 そして、お母さんが言う。 「幸せだったよ」 十分ほどたつと足音が遠のいて、扉が閉まる音がした。 「もう大丈夫よ」 もぞもぞと私はベットの下から這い出る。 なんだか格好悪いなあ。 「今のってお父さん?」 「そうよ。お見舞いに来てくれたの。いつも来てくれてるの」 「お母さん、私は―――」 こんなことはお母さんの、しかもこんな時でなかったら、絶対に言わないだろうものすごく恥ずかしい言葉だ。 でも、今言わなくちゃいけない。 今言わなくちゃいけないのに! まただ!腕が痛い! こんな時にっ! 「ゴメン、もうダメだ。お母さん、ねえ、お母さん。」 がんばって顔を髪で隠す。こんな顔、こんな姿、お母さんに見られたくなんかない! 「私も幸せだよ!」 それだけを言い残すと、走って病室から逃げ出した。 病院から走り去り、道路を横断して町の角を曲がった所で、私の意識は途切れた。 ―――――――――― 卒業式は淡々としていた。中学と違って、あまり泣いている人がいない気がする。 お父さんが私を見て泣いている。でも私は泣いていない。 友達と別れることの心配事よりも、この呪いのほうが心配で頭がいっぱいだ。 「つかさ、お払いって出来る?」 「私はやったことないけど、お父さんはたまにやってるよ。どうしたの?」 「ちょっと、お払いをしてもらいたいんだけど……。あ、かがみには内緒にしてくれない?かがみ、結構心配性だから……」 「う、うん、わかった。お父さんに相談してみる」 私はそのまま家に帰った。お払いはかがみがいない日を見つけてする事になった。 何もしていないと、あれこれ考えていけない。 お風呂に入って、気分を良くしようと思った。 実際はお風呂の中でも、何も変わらなかった。 裸になって湯船に浸かって……。 あの女は、私が殺しちゃったのか……。 この呪いがなんなのかさっぱり分からない。 傷を見てみても、刺青は見えない。 今日は疲れた……。 眠い……。 ――――――――――― 疼く。傷が……。 目が覚めると、そこは近所の梅の見える道路だった。 寒い……、お風呂にいたから、私、裸なんだ……。 いや、熱い。体中が熱い。 刺青が……、指の先からつま先まで……、全身に……。 ヤバイ。こんなの、ヤバイ。刺青に喰われる……。 私を見る人影。青い髪で、私と同じ体格で……。 あれは……。 待って、逃げないで……。逃げないでよ。 傷が疼く……。 ――――――――――― な、なんだ!? ここはお風呂。私、今、タイムスリップしてた? あの人影は……、違う。あの人影は、私だ。 私が私を見ていた。 あの場所は……。 まさか、まさか……。 分かった。 あの女の正体が。 考えたくなんてない。 でも……。 ごめんお母さん。今までお母さんを疑ってたんだよ。 違ったんだね。 運命って、やっぱりあるのかも知れない。 私自身が生まれてくるために、お母さんに私は会った。 これは、まさに運命。 お父さんの怪談話を私が聞くために、お母さんに私は会った。 これは、まさに運命。 この呪いがいつ始まりいつ終わるのか。 お払いなんて意味がない。 この呪いこそ、運命そのものなんだ。 これがなければ、お母さんに会えなかったし、私がお母さんに会ったから、私が存在できて、そしてこれが存在できる。 お母さんにお父さん、もう一つ謝らなくちゃいけない事があるんだ。 私、お母さんよりも長生きできないや……。 もう直ぐ、私は、自分に……コロ……サ……。 レ……意識が途切れ……。

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