「the EDGE of the WORD ~月光~」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
「どう? うまくできてる?」<br>
「うん! 前にお姉ちゃんに教えてもらった通、り……?」<br>
<br>
私を見上げたゆーちゃんが固まった。何が起きたのかわからず、私は首を傾げた。<br>
<br>
「お、お姉ちゃん……? な、んで……泣いてる……の……?」<br>
<br>
頬に手をやって初めて、その事実に気が付いた。<br>
<br>
「あ、あれ? 本当だ……なんでだろ……」<br>
<br>
私はふらふらと歩きながら洗面台へ歩き、顔を洗う。<br>
少しだけさっぱりして、だけど心は晴れなくて。<br>
<br>
なんで泣いてるのか、か……。多分、予想がつく。<br>
私、悔しいんだ。諦めなくちゃいけないことが。<br>
本当は諦めたくない。どうしても、かがみとずっと一緒にいたい。<br>
この思いを伝えたら、曇った心も、少しは楽になるだろう。<br>
でもそれは、私を取り巻く世界の終わりを意味する。<br>
だから私は、絶対に言わない。言うつもりもない。<br>
<br>
<br>
<br>
私はただ、かがみの世界の周りを回るだけの小っぽけな星。<br>
遠くはないけど近くもない。この位置にいることが、一番いいんだ。<br>
『友達』でいる、今のままが……<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
――かがみ、愛してる――<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
それは、決して伝えてはならない言葉。<br>
<br>
少し触れただけで、相手を簡単に傷つけてしまう、言葉の刃。<br>
<br>
その言葉の刃を強く抱えながら、私はこの気持ちを深い心の海に沈めた。<br>
<br>
深く斬り込んでいる見えない傷の痛みを、癒すこともできないまま――
<p>恋をするということが、こんなにも辛いものだとは思っていなかった。<br>
好きなのに、好きと言えなくて。それがこんなにも辛いものだとは。<br>
言葉にしたらたった二文字、容量としては二バイトしかない言葉なのに、それは、私の許容範囲を大きく越えている。<br>
<br>
――好き。<br>
<br>
たったそれだけなのに、言えない。言ったら、相手を傷つけてしまう。相手にだって、好きな人がいるはずなのに。<br>
……いや、それ以前の問題だろう。だって、私が好きなのは――<br>
<br>
<br>
<br>
〈the EDGE of the WORD ~月光~〉<br>
<br>
<br>
<br>
「危ない、こなた!!」<br>
<br>
その声で我に返った時、私は赤信号を渡ろうとしていた。<br>
前進行動を続ける私の身体をなんとか止め、バックステップで歩道まで戻る。<br>
その瞬間、私の目の前を四tトラックが走り抜けていった。<br>
<br>
「もう、危ないよぉ」<br>
<br>
黄色いカチューシャ型リボンを揺らしながらつかさが心配そうに言ってきた。<br>
<br>
「ごめんごめん、ちょっとボーッとしててさ」<br>
<br>
――言えない。<br>
考えてた内容なんて、絶対に言えない。<br>
<br>
「また夜中までゲームやってたのか? 仮にも私達は受験生なんだからゲームばっかりは……」</p>
<p>多分、お母さんがいなかったからだと思う。<br>
自分をちゃんと叱ってくれる人を、私は欲していたんだ。<br>
ゆい姉さんとも、ゆき叔母さんとも違う、自分だけのお母さんとなり得る人を――<br>
<br>
「……こなた……?」<br>
「……ごめんね。もう大丈夫だからさ。行こっ」<br>
<br>
私はなんでもないような顔をしながら少し早足で歩きだす。<br>
でも、勘のいいかがみのこと。多分、私の微妙な変化に、気付いていただろう。<br>
案の定かがみが何かを言ってきたが、聞こえないふりをして柊姉妹の家を目指す。<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
かがみは良く、私のことを見てくれている。<br>
私の悩んでることにすぐに気付いて、悩みの内容も言っていないのに的確なアドヴァイスをくれる。<br>
かがみは本当に、私のことを見てくれている。私のことをわかってくれる。<br>
それが嬉しくて、それが……<br>
<br>
ううん、ダメ。<br>
そんなの、絶対に許されない。言葉にするなんて、もってのほか。<br>
言葉は、人を救うことができる。でも言葉は時として刃となって、大切な人にも無闇に切り掛かる。<br>
それに、私のこの思いは、この言葉は――ただ傷つけるだけでは、終わらないんだ。<br>
言葉にすることなんて、絶対にできない。<br>
そう、絶対に――<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
「こなた、あんた今日やっぱり変よ」<br>
「こなちゃん、どうかしたの?」<br>
<br>
柊家にて。ベッドに腰掛けている柊姉妹がそう尋ねてくる。<br>
『やっぱり』って言ってるあたり、なにかしらの変化を感じ取ってはいたんだね、予想どおり。</p>
<p>なぜかがみの疑惑が確信に変わったのかと言うと、私の目の前にある光景。<br>
私はあるRPGをやらせてもらっているのだが、画面には『その後、彼らの行方を知る者はいなかった』の文字。<br>
そう、私のパーティーが全滅したのである。<br>
普段なら軽くクリアしているそれを、今日は何故か全滅。おかしいと思って当然だ。<br>
<br>
「なんか、気分が乗らなくってね」<br>
<br>
適当に返事をしてゲームの電源を切り、振り返る。<br>
<br>
「それよりも、かがみの方が変じゃない? っていうより、苦しそう」<br>
<br>
今日出会ってすぐ、私がかがみに抱いた疑問だった。<br>
そしてかがみは、驚いたように私を見た。「なんでわかったの?」って言いたげな顔で。<br>
ちなみにつかさは気付いてなかったのか、かがみの方を見て「本当なの!?」と尋ねていた。<br>
<br>
「いつもより歩幅が狭く感じたんだよね。それに、声にも元気がなかったし」<br>
「……こなたって、洞察力凄かったのね」<br>
<br>
かがみだって凄いと思うよ?<br>
<br>
「こなたの言う通り……よ。実は今日、ちょっと……風邪気味……で……」<br>
「かがみ!?」<br>
<br>
言い掛けて、崩れ落ちるかがみの身体をなんとか抱き抱える。<br>
どうやって我慢していたんだろう。呼吸が荒くなり、顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。<br>
熱を測るため、私はかがみの額に手を……熱っ!!<br>
<br>
「かがみ、風邪気味どころの騒ぎじゃないよ!?」<br>
「ごめんね、こなた……せっかく、久しぶりに遊べたん、だから……風邪引いたくらいで……断念したく、なくって……」<br>
<br>
……ああもう、これだからかがみは……。<br>
変なところで大人っぽくて、変なところで子供っぽくて……。</p>
<p>とりあえずつかさに、氷枕と汗をかいてるから飲み物を持ってくるように指示。<br>
私はかがみに尋ねながらタオルと着替えをタンスから出す。<br>
すでにかがみの身体は汗でびしょびしょだった。こんなにひどいのに我慢してたなんて……。<br>
<br>
「いい、よ、こなた……自分、で……着替えるから……」<br>
「だめだって! 無理に身体を動かしたら余計に悪くなるから、私がやる!」<br>
<br>
ベッドから起き上がろうとするかがみを制止する。<br>
こういうのはゆーちゃんで慣れてるから、いつの間にか知識として身についてる。<br>
私の言いたいことが伝わったのか、かがみは身体をベッドの上に横になった。<br>
私はそんなかがみの身体を動かしながら、少しずつ服を脱がせる。</p>
<p>かがみの衰弱した顔を見て、ふと、邪(よこしま)な気持ちが頭に浮かんだ。<br>
――今なら、かがみの唇を奪える。今のかがみは、抵抗できないだろうから。<br>
って、何を考えてるんだ私は!?<br>
<br>
「こ……こなた……早く……寒い、よ……」<br>
<br>
かがみの言葉でなんとか我に返った私はかがみの服を脱がして、汗まみれの身体をタオルで拭く。<br>
途中で我を失いそうになる度に、理性という名のストッパーが跳ね返してくれた。<br>
そして新しい服を着させ、ベッドの中にかがみを入れた。<br>
<br>
「こなた……ありがと、ね……」<br>
<br>
そう呟くと、かがみはすぐに眠りについた。相当辛かったんだろう。<br>
その後すぐにつかさが戻ってきて、枕を氷枕に変えた。<br>
飲み物はポカリを持ってきてくれた。汗をかいた時にはスポーツドリンクがいいんだよね。つかさ、GJ。<br>
けど、かがみは寝ちゃったし、これは一旦机の上に置いておこう。<br>
<br>
「こなちゃん、ありがとー。私だけじゃ、パニックになってたよ」<br>
<br>
つかさがお礼を言ってきたけど、私はお礼を言われる筋合いなんかない。<br>
私は何度も何度も、かがみの唇を奪いそうになった。<br>
次にあんな状況になったら、あの衝動を抑えられそうもない。<br>
無理だって、わかってるのに……今まで自分に、そう言い聞かせてきたのに……!!<br>
<br>
「こなちゃん?」<br>
「……つかさ。私、帰るね……」<br>
<br>
持ってきたゲームをカバンに詰め、立ち上がる。</p>
<p>「かがみ」<br>
<br>
私はドアの前に立って、かがみに振り向いた。<br>
<br>
「……お大事にっ」<br>
<br>
<br>
<br>
――違う。<br>
<br>
本当は、もっと別のことを言いたかった。<br>
でも、それを伝えることはできない。絶対に。<br>
<br>
私は伝えたい。この気持ちを、かがみに。<br>
だけど、伝えたら、かがみを傷つけるかもしれない。<br>
かがみだけじゃない。つかさも、みゆきさんも、そして……自分自身も。<br>
私の気持ちを、言って良いのか、良くないのか……。<br>
<br>
<br>
考えなくたってわかる。良くないに、決まってる。そんなのわかってる!<br>
だって私は女で、かがみも女で、その上かがみは私のことを、友達としか思ってなくて……!!<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
気が付いたら、私は自分の家の前にいた。どうやってここまで来たのか、覚えていない。<br>
とりあえず家に入ると、お味噌汁のいい匂いが漂ってきた。<br>
時計を見ると、午後五時半。ゆーちゃんが晩ご飯の準備をしてるのかな。<br>
<br>
「あれ、もしかしてお姉ちゃん? 今日はかがみさんの家に泊まる予定じゃ……」<br>
<br>
案の定、台所から聞こえたのはゆーちゃんの声。玄関を開ける音と足音だけで判断したようだった。<br>
お父さんは部屋で仕事してるはずだし、家の中にまで入ってくるのは私しかいないからね。<br>
<br>
「うん。かがみが風邪引いちゃったらしいから、帰ってきたんだ。迷惑になるだろうから」<br>
「そうなんだ……」<br>
<br>
荷物を階段に置いて、ゆーちゃんのお味噌汁の出来具合を見るために台所に入った。</p>
<p>「どう? うまくできてる?」<br>
「うん! 前にお姉ちゃんに教えてもらった通、り……?」<br>
<br>
私を見上げたゆーちゃんが固まった。何が起きたのかわからず、私は首を傾げた。<br>
<br>
「お、お姉ちゃん……? な、んで……泣いてる……の……?」<br>
<br>
頬に手をやって初めて、その事実に気が付いた。<br>
<br>
「あ、あれ? 本当だ……なんでだろ……」<br>
<br>
私はふらふらと歩きながら洗面台へ歩き、顔を洗う。<br>
少しだけさっぱりして、だけど心は晴れなくて。<br>
<br>
なんで泣いてるのか、か……。多分、予想がつく。<br>
私、悔しいんだ。諦めなくちゃいけないことが。<br>
本当は諦めたくない。どうしても、かがみとずっと一緒にいたい。<br>
この思いを伝えたら、曇った心も、少しは楽になるだろう。<br>
でもそれは、私を取り巻く世界の終わりを意味する。<br>
だから私は、絶対に言わない。言うつもりもない。<br>
<br>
<br>
<br>
私はただ、かがみの世界の周りを回るだけの小っぽけな星。<br>
遠くはないけど近くもない。この位置にいることが、一番いいんだ。<br>
『友達』でいる、今のままが……<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
――かがみ、愛してる――<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
それは、決して伝えてはならない言葉。<br>
<br>
少し触れただけで、相手を簡単に傷つけてしまう、言葉の刃。<br>
<br>
その言葉の刃を強く抱えながら、私はこの気持ちを深い心の海に沈めた。<br>
<br>
深く斬り込んでいる見えない傷の痛みを、癒すこともできないまま――</p>