ID:ZpMhSBlm0氏:私が氷姫だった頃

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十二月二十日――この日、小早川ゆたかは生まれてきた。 ゆたかと、ゆたかを愛するすべての人間にとって最も大切な日である。 ただ、母親のゆきが語るところによれば、予定日より幾分早かったとのことだ。 それゆえゆきは、ゆたかに持てる限りの愛情を注いだ。「ゆたか」という名前からも察することができる。 おかげでゆたかは体が弱かったが、明るく優しい性格に育った。 学校は休みがちになるが、幸い友達もできた。 ゆたかが休んだ日は友達がプリントを持ってきたりしてくれる。 最初はゆたかもうれしく思い、部屋にも呼んでいた。 だが、いつの頃からか、ゆたかの中には病弱な自分に対する憎悪が芽生えた。 自分とは違って元気な周りの人間に対する嫉妬が生まれつつあった。 友達が自分を気遣ってくれているのも、自分に対して優越感を示したい、善人であることを見せ付けたいだけではないか、そうした歪んだ感情がゆたかを支配していた。 ゆたかの鬱屈が暴発するのは時間の問題だったのだろう――。 ある時、ついにゆたかは、見舞いに来てくれた友達に向かって心無い言葉を浴びせてしまった「らしい」。 「らしい」というのは、ゆたか自身がその時のことを覚えていなかったからである。 それほどまでにゆたかの心は荒んでしまっていた。以来、友達が来ることは二度となかった。 その日を境にゆたかは変わった。 自分のために身を粉にしているゆきに罵声を浴びせ、当り散らした。 それでも嫌な顔もせずにゆたかに尽くす態度が余計に気にさわった。 「ゆたかー、ご飯持ってきたわよー」 今日も学校を休んだゆたかのためにゆきが食事を運ぶ。小早川家の「日常」の風景。 「いらないよ……」 ゆたかは冷たく突き放す。これも小早川家の「日常」の風景。 「ちゃんと食べなきゃ駄目よ」 「食べたくないの、放っといて」 「ゆたか……」 ゆきは悲しそうな顔を見せたが、ゆたかはまったく意に介さない。 ゆたかは暴力を振るうことはなかったが、誰も寄せ付けない閉ざされた心は、より深く人を傷つけるものであったのかもしれない。 「仕方ないわね」 そう言い残してゆきは部屋を後にした。ゆたかは一人残される。一人の時間こそがゆたかの一番安らぐ時間となる。しかしゆきは何度でもゆたかの元へ、ゆたかの唯一の「安息」を破壊しに来るだろう。 そのことをゆたかは分かっていた。なぜならこれが小早川家の「日常」だからだ。 (どうしてこんな苦しまなきゃならないの? いつまで続くの?) 今のゆたかには何もかもが無意味なものの繰り返しとしか映らなかった。 悪意に満ちた何者かが、自分を絶望の中に突き落としたとしか思えなかった。 そうやって後ろ向きな物思いに耽っているところで声がした。 「ゆたかー、入るよー」 声の主は小早川ゆい。ゆたかのたった一人の姉である。 学校から帰ると決まってゆたかの様子を見に来る。 この姉に対してもゆたかは屈折した感情を抱くようになっていた。 「お姉ちゃん……」 面倒くさそうに返事をする。 「お姉ちゃんは……どうして私のためにいつも来てくれるの?」 嫌味を交えながらゆたかは尋ねた。別に嫌われても構わなかった。 所詮自分は、優しいふりをしたいと思っている他人に支えられているだけに過ぎないのだから……。 「私はねー、ゆたかのために来てるんじゃなくて、ゆたかに会いたいから来てるんだよー」 「え?」 ゆたかがその言葉の意味を理解するのに少々時間を要した。 ゆたかの「ため」なら、ゆたかが困っていなければ誰も向き合ってはくれない。 だがゆいはどのような時でもゆたかと一緒にいたいと言っているのだ。 口だけなら誰でも言えることである。しかしその言葉が凍りついた心を融かしていくのをゆたかは感じた。 一人だけの安らぎの時間――それがまやかしだと気づかされた。 「お姉ちゃん、ありがと……」 そう言ったゆたかの顔は穏やかな顔だった。 その後ゆたかはゆきに今までのことを謝った。 ゆきは何も言わずにゆたかを抱きしめ、頭をなでた。 ゆいもゆきもゆたかを大切にしているということがひしひしと伝わってきた。 しばらくしてゆたかは再び学校へ行くことができた。 学校でゆたかは真っ先に友達に謝った。 「ゆたかちゃん……私、これからもゆたかちゃんのお友達でいられるんだね?」 これが返事だった。 こうしてすべて元通りになった。 ゆたかは相変わらず体調を崩すことが多かったが、学校に通い続けることができた。 自分が辛い時に同情してくれる「いい人」は多い。 だが、同情から一歩先に進んだ人間関係を築くためには自分から努力しなくてはならない。 そう思うと自然に元気が出てきたのだった。 月日は流れ、ゆたかは中学校三年になり、志望校を決める時期が来た。志望校はいとこが通う陵桜に決めた。 猛勉強と受験のプレッシャーで心身ともに疲れきっていたゆたかは、試験終了後気分を悪くしてトイレに入った。 この大事な日に体調を崩してしまい、しかも陵桜を選んだのはゆたかのみである。 (どうしよう……私やっていけるのかなぁ) そう不安にさいなまれながら洗面台に突っ伏すゆたかの背後から声が聞こえた。 「大丈夫?」 振り返るゆたかの前にはハンカチを差し出す少女。 どこの誰かは分からないが、確実に分かることがある。 自分を助けてくれたということだ。 もしかしたら同情なのかもしれないが、ゆたかは素直にうれしいと感じた。 ここにいるということは、四月からは自分と同じこの学校の生徒、つまり友達となり得る存在になる。 自分とこの少女の距離がどうなるかは自分次第。 それなら出来る限りのことをしようとゆたかは強く思った。 このハンカチの持ち主――岩崎みなみがゆたかにとってかけがえのない存在になるのはしばらく後、四月のことである。

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