「皆で行こう!」: ID:WDkxB > KI0氏

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 卒業を間近に控えた柊かがみには、企みがあった。  それは、親友たちを、卒業旅行に誘うというものだった。  友人たちだけで企画し、友人たちだけで行く。想像するだけで、楽しくなる。柊かがみは高校を卒業してしまう最後の思い出として、その企みを何としても成功させたかった。  しかし、柊かがみのその企みは、滞っていた。  といっても、何も問題はないのだ。妹のつかさも、高良みゆきも、泉こなたも、どこかへ引っ越してしまうとかいうことはないし、新しい生活が始まるまでの時期は、とても暇になるものだ。  何も、問題はないのだ。  ないのだが。 「はあ~」  柊かがみは、自室で人知れず、溜息を吐いた。机の上で頭を抱える。  自分の頬が、熱を持っていくのがわかる。手を当てると、ひんやりして気持ちいいぐらいだ。耳まで赤くなっているだろうことが、容易に想像できた。頭がぼうっとして、鼓動が速まる。  別に、風邪を引いているという訳ではない。すこぶる健康体だ。  柊かがみは悩んでいた。企みが上手く進まない。早く皆に話さないと、予定が合わなくなってしまうこともある。焦燥する。  彼女を悩ましているのは、卒業旅行に誘おうと思う友人の一人、泉こなただった。 「……普通に誘えば、いいだけじゃない。馬鹿ね、私」  泉こなた。彼女にとって、大切な友人の一人である。それはきっと、親や、姉妹らと同じほどなのだろう。とても、大切だ。  しかし、その感情が近頃、別のものに変わってきているのを、柊かがみはひしひしと感じていた。そして困っていた。  つまり、卒業旅行企画の進行が遅れているのは、極個人的な、柊かがみのその感情に、起因する。  柊かがみは、想像してみる。泉こなたを旅行に誘う姿を。近頃、そんなことを何回も繰り返していた。彼女なりのイメージトレーニングなのだが、意味があるのかどうか、彼女自身もわからない。 「――ああ、駄目だ~! 恥ずかしいっ!」  旅行に誘うなんて、まるで恋人か何かだ、柊かがみはそう思う。友達同士で旅行に行くことは、自然なことなのだろう。彼女も、それは理解している。  しかし、どうしても、意識してしまうのだ。  談笑しているとき、何気ない感じで卒業旅行を提案すればいい、そうわかっていても、無理だ。赤面は避けられない事態だろう。 実際、こうしてイメージトレーニングをするだけで、赤面してしまっている。  皆と談笑しているとき、卒業旅行をしよう、と切り出せばいいのだが、それでも、難しいかもしれない。皆は、赤面する自分を不思議がるだろう。 「はあ……」  何度目か知れない溜息を吐く。頭を抱えているのに疲れて、机の上に突っ伏した。そうすると、頬が冷えて、気持ち良かった。  感情は、日々膨れ上がっていた。  誰も聞いていないのをいいことに、ぽつりと呟く。 「……好きよ、こなた」  その時、背後の扉が、急に開いた。心臓が破裂しそうになる。  胸を押さえながら振り向くと、妹のつかさだった。平静を装うが、失敗する。 「ど、どうしたのよ」  我ながら分かりやすく動揺していると、柊かがみは終わった。せめて赤面はばれないようにと、顔を背ける。 「うん、ちょっとお喋りしたくて」  つかさの顔は背けているのでよく見えないが、その声が何だか暗いことに、彼女は気づいた。 「どうしたの?」  同じ台詞を、もう一度繰り返す。双子の妹の様子がおかしいことに気づくのは、自分の体を動かすより、容易いことだった。赤面はすっかり覚めた。  後ろを振り向き、妹の顔を見ると、やはり、声色同様暗かった。腰を落とそうとしないで、思いつめた顔で、俯いている。 「あのね、お姉ちゃん、もう少しで卒業だよね」  唇は重たげに動いて、辛うじて言葉を紡いでいるようだった。 「うん、そうね。もう少しね」  本当に、あと少しだ。残りの学校生活は、きっと驚くぐらい短い。どこか沈んでいる彼女を元気つけようと、明るい声で言った。 「こなちゃんや、ゆきちゃんと、離れ離れになっちゃうのかな」  俯くつかさの顔は影をたたえており、よく見ると、伏目がちの瞳には、涙が浮かんでいた。自身を守るみたいに、つかさは自分の手を強く握っていた。 「そんな訳ないじゃない。卒業しても、みゆきやこなたとは、ずっと友達よ」  立ち上がり、つかさの白くなった手を握る。俯くつかさの額に、自分の額を当てた。 「まあ、こなた何かとは、縁を切ろうとしても、難しいでしょうけど。きっとあいつ、卒業しても、『勉強教えて~』何て言って遊びに来るわよ」  冗談を飛ばすと、くすりとつかさは笑った。額を離すと、俯かせていた顔を上げて、瞳には涙を溜めながらも、にっこり微笑んでいた。 「そうだよね、ありがとう、お姉ちゃん」 「しょうがないわね、あんたは」  つかさは、こういうところがたくさんあった。優しすぎるから、たくさん傷ついてしまう人間なのだ。しかし、そういう人間は、とても美しい。それは彼女の弱さでもあり、魅力なのだ。だからこそ、姉としてずっと、彼女を守ってやろうと、柊かがみは、思った。  傍、と思いつく。 「あのね、つかさ、私ね、皆を誘って、卒業旅行に行きたいと思うの。自分たちだけで計画して、自分たちだけで楽しむのよ。それってとても素敵じゃない。きっとすごく楽しいわよ。つかさ、行きましょうよ、卒業旅行」  目を細めんばかりに、ぱあ、っとつかさの顔は輝いた。 「いいね! 行こうよ卒業旅行! うわぁ、楽しそう!」  つかさは握り合っていた手を顔の前まで上げ、ぴょんぴょんと跳ねだした。らんらんと目を輝かせて、まるで、幼い子のようだ。妹のそんな姿に苦笑しながらも、柊かがみも卒業旅行への期待が膨れた。  と同時に、憂鬱に圧し掛かられた。こんな風に泉こなたを誘えれば、どんなに楽だろうか。 「ど、どうしたのお姉ちゃん」 「いや、な、何でもないわよ。楽しみね、本当に」 「そっか。じゃあさ、さっそくこなちゃんとゆきちゃん誘おうよ。私、電話するね」  ごそごそと、つかさは携帯電話を取り出した。  あ。 「ん、なぁに?」 「その手があったか……」 「え?」 「あ、いや、何でもないのよ、あはは」  柊かがみは、偉大な発明、文明の利器のことを、すっかり失念していた。携帯電話、その手があった。  自分の間抜けさ加減に、ほとほとあきれ果てた。泉こなたを意識するあまり、こんなにも身近で手軽な手段を忘れていたとは。  しかし、これで泉こなたをちゃんと誘える。卒業旅行に行ける。 「ええっと、まずこなちゃんに電話するね」 「ああーっとぉ! ちょっと待って!」 「う、うお……どうしたの」 「わ、私が、私が、電話するわ」 「もう、変なお姉ちゃん」  からからとつかさは笑う。引きつった笑みで誤魔化しながら、柊かがみも携帯電話を取り出した。 「えっと、まずこなたからね……」  携帯電話を操作し、電話帳のメニューから泉こなたを選ぶ。後は、ボタンを一つ押せば、胸中の友人に、電話がかかる。  どうしたものだろう。電話をかけるだけなのに、顔は見えないのに、手が震え、汗ばみ、鼓動が速まった。どんどん顔が赤くなっていくのが自分でもわかり、つかさに変に思われないか、心配になる。 「大丈夫、お姉ちゃん? 熱でもあるの?」  顔を覗き込まれ、慌てる。 「大丈夫、大丈夫よ」  気合を入れて、携帯電話の画面を睨みつける。ぐぐっ、と携帯電話を持つ手に力を込める。みしり、と基盤が軋んだが、気にしない。  さあ、さあ。  ――ぱたん、と携帯電話を閉じる。 「……ねえつかさ、明日、学校で言わない?」 「え、どうして?」 「ほら、驚かせようかな、と……」 「うん、それは楽しそうだね!」  苦しい言い訳だと思ったが、のほほんとした妹は、不自然な言動に気づかず、大喜びで賛同してくれた。つかさの純粋さを利用したようで、若干心が痛む柊かがみであった。  携帯電話でも、駄目だった。幾らなんでも、意識しすぎである、自覚はあるのだが、あるのだけど、どうにもならない。この感情はコントロールできない。操ることも、……抑えることも。  同性に恋をしているという時点で、既に自分の気持ちを抑えられていないのだ。土台無理な話なのかもしれない。  ――もし、この思いを泉こなたに伝えたとして、私たちの関係は、どうなるだろう。考えると、体が震えた。  でも、しょうがないじゃない、好きなんだから。心の中でそう叫ぶ。  つかさはすっかり笑顔で部屋から出て行き、その数秒後、姉がベットの中でのた打ち回るとは、思いもしないだろう。  高良みゆきに卒業旅行の旨を伝えるのは至極簡単だった。何だか眠れず、朝早く学校に登校すると、高良みゆきにばったり会ったのだ。そこで、こういうことなのだけど、と伝えた。 「それは楽しそうですね。是非、ご一緒します」  高良みゆきは笑顔でそう言ってくれた。大人しい彼女だが、少しばかりはしゃいでいるように見えた。  後は、泉こなたを誘うだけになった。それが一番問題なのよ、と心の中で溜息を吐く。  ところが昼休みになっても、柊かがみは泉こなたを卒業旅行へ誘えないでいた。それまで休み時間の合間に何度か顔を合わせて、会話もしたのだが、赤面を抑えるのに必死で、伝えるどころではなかったのだ。  このままではいけない。既に妹のつかさも、高良みゆきも誘えているのに、泉こなただけ誘えないなんて。  まるで、仲間外れにしているようだった。ちくり、と胸が痛む。本当に、このままではいけない。  お弁当は、いつも皆で一緒に食べている。その時に伝えよう、と柊かがみはやっと、決心した。顔が赤くなっても、構わない。大切な友達なのに、一人だけ誘えていないなんて、そんなの、あんまりだ。  三人のクラスに入る。三人は柊かがみを見つけると、手を振ってきた。こちらも手を振りながら近づき、机を囲む。皆、楽しそうに笑っている。  今だ、今しかない。  すうっ、と空気を吸い込む。言葉を発しようとした、その瞬間だった。 「卒業旅行、楽しみだね~」  妹のつかさが、無邪気な笑顔で、そう言った。高良みゆきも、そうですね、と笑った。柊かがみだけは、笑えなかった。 「え、卒業旅行って……?」  恐れていたことが、起きてしまった。 「え?」  つかさは不思議そうな顔で、泉こなたの顔を見た。途端、彼女ははっとした表情を作った。 「あ、ううん。何でもない」  と寂しく笑った。いつも愛しさすら感じる笑顔なのに、胸にナイフが刺さったようだった。  慌てて、泉こなたも卒業旅行に誘おうとしていたことを、話そうする。  しかし、できなかった。 「私、ちょっとトイレ言ってくるね」  泉こなたはそそくさと、教室を出て行ってしまったからだ。  つかさも高良みゆきも、不思議そうな顔をしながらも、いってらっしゃい、と彼女の背中に投げた。泉こなたは返事をしなかった。そのまま、駆けて行ってしまった。 「どうしたのかな、こなちゃん」  首を捻るつかさを無視して、柊かがみも、教室を飛び出した。 「こなた!」  彼女のその言葉にも、泉こなたは止まらなかった。  泣き出してしまいそうになるのを必死で堪えて、友人の後を追った。廊下が酷く長く感じられた。胸が苦しくて、簡単に息が上がった。  こんなのは、まるで虐めだ。自分がいつまでも言いだせなかったせいで、大切な人を、傷つけてしまった。 「馬鹿、私の馬鹿」  廊下を駆けながら、弱々しく呟いた。  友人たちが知らない約束をしていた。それは本当は、些細なことかもしれない。  けれど、私たちは親友だ。きっと、世界で一番大切な人たちだ。だからこれほど傷つくのだ。  彼女は仲間外れにされて、傷ついただろう。それは計り知れないぐらい。 「好きなのに、もう、何でよ」  その言葉は、永遠に、その人に伝えられないかもしれない、そう思った。  同刻、黒井ななこは、隣の個室に、溜息混じりに声をかけた。 「なあ泉、何で職員用トイレに篭ってんねん」 「だって、ここなら見つからないじゃないですか。皆真面目だから、こんなところ来ないんです」 「生徒は来ちゃいかんて、わかっとるやないか……」  先刻のことである。黒井ななこが職員用トイレの個室で格闘していると、隣の個室に、誰かが物凄い勢いで入ってきたのだ。 マナーの悪さに少しばかり腹が立ったが、その後、しきりに吐かれる溜息で、泉こなただとわかった。彼女の幼い声は特徴的である。  一体、泉こなたに何が合ったのか、黒井ななこは考える。泉こなたは担任しているクラスの生徒だ。力になってやりたい、と彼女は真摯に思うが、状況把握ができなければ、また問題解決案の提示もできない。  ならば何が起こったのか訊けばいいのだが、 「なあ、泉」 「何でもないです、本当に」  と、こればかりだった。何も無い訳がないだろう、と黒井ななこは青筋を浮かべるが、ここで怒鳴ってはどうしようもないし、トイレの中では格好もつかない。  どうしたものか。個室の中の、狭い天井を仰ぎ見る。  意外と、教師は無力なものだ、そう思う。  何だか、自身を喪失してきた。赤くなった次は、青くなる。忙しいものだ、苦笑する。はあ、と溜息を吐いたとき、気を使った訳ではないだろうが、泉こなたが壁を隔てて声をかけてきた。 「先生、もし先生の、……本当に大切な友達が、自分とは知らない約束で、楽しそうにしていたら、どうしますか?」  キノコでも生えそうなほど、じめっとした声だった。薄い壁の向こうで、泉こなたは実際にキノコになっているかもしれなかった。 「仲間外れにされた、と思いますか……?」  言葉の最後は、震えていた。  黒井ななこは、大体の事情は把握することができた。もし、という前提で自分に訊いてきたそれは、泉こなた自身が体験したものなのだろう。 「うーんそうやなぁ……」  把握したももの、難しい問題だと思った。泉こなたの大切な友人とは、あの三人だろう。こちらが笑顔になるほど、彼女たちは仲が良い。泉こなたの言うことが本当だとしたら、それは……。  ――いいや、違う。  黒井ななこは、笑いかけるように、答えを返した。 「うちなら、友達を信じるな」  はっと、息を呑む音が聞こえた。次の瞬間、ばたん、と隣の個室の扉は、開かれた。  そして、 「先生、ありがとうございました!」  扉の向こうで、いつもの元気な泉こなたの声が、聞こえた。 「――おう、頑張れ」  そのままばたばたと、泉こなたは職員用トイレから出て行った。トイレの中は急に、しんと静かになる。  残された黒井ななこは、個室の中一人、ふふ、と笑った。 「何や、うち、中々良い先生やなぁ」  教師は思ったより、無力などではなかった。元気が湧いてきた。 「うちも頑張らないかんな!」  その時、誰かが職員用トイレに入ってきた。 「黒井さん、何騒いでいるんですか」  桜庭ひかるの、呆れたような声だった。 「あ、いや、……忘れてください」  いつも一緒にいた。だから、離れたとき、泉こなたが学校のどこに行くかなんて、柊かがみにはわからなかった。灯台下暗し、と呟こうとして、やめた。  昼休みの終わりを告げる、チャイムが鳴った。もう、自分の教室に戻らなくてはいけない。頭ではそう理解していても、できる訳がなかった。今、彼女に伝えないと、心が壊れてしまいそうだった。  でも、見つからない。  廊下の真ん中に、蹲る。とうとう、涙が零れてしまった。  自分が早くと伝えていれば、泉こなたは傷ついたりはしなかった。その思いばかりが胸に渦巻いていた。  自分が、彼女を傷つけてしまった。  友達以上に、大事な人だったのに。  その時、頭上から声が降ってきた。 「授業をさぼって泣くなんて、青春してるねぇ、かがみん」  驚き、顔を上げると、思わず息が詰まった。泉こなたが、にやにやと笑いながら、見下ろしていた。  恥ずかしいよりも、嬉しかった。  柊かがみは、この時ばかりは、何の意識も持たず、感情のまま行動した。立ち上がり、泉こなたを抱きしめたのだ。背の低い彼女は、抱きしめやすくて、女の子同士でもいけるじゃない、とぼんやり思った。 「ごめんね、こなた。私……」  必死で伝えようとするが、言葉が詰まり上手くいかない。すると、制された。 「わかっているよ、かがみん。――卒業旅行、勿論私のことも誘うつもりだったよね?」 「――うん、勿論、勿論そうよ。当たり前じゃない。ちょっと、伝えるのが遅れただけよ」  こくこくと頷いて、繰り返した。涙が止まらなかった。知らず知らず、抱きしめる力が強くなった。 「ちょ、かがみん、少し苦しいんだけど」  その言葉で、柊かがみは我に返った。そして、この状況を、把握した。  意中の人、泉こなたと、抱き合っているこの状況を。  みるみる、顔に熱が集まっていくのを感じた。今なら顔でお湯も沸かせるかもしれない。 「あ、ああ、ごめん」  力は弱めたものの、体を離すきっかけを失ってしまった。  抱きしめ合っている、抱きしめ合っている、抱きしめ合っている!  柊かがみは緊張と羞恥に無言になったる。すると、何故だか泉こなたも、何も話さなくなった。妙な雰囲気が流れる。  もしかして、こなたも私のことを意識しているのかな。そんな考えが茹った脳裏に過ぎる。  だとしたら……。 「ね、ねえかがみん。ちょっと抱きしめ合う時間が、長すぎないかな」  泉こなたの困惑した声色。それを無視して、ごくり、と柊かがみは生唾を飲み込んだ。 「あのね、こなた……」  すう、っと空気を吸い込む。吸い込んだ空気さえも、熱を持った顔には冷たく感じられた。 「私……」 「おいこら! もう授業始まっとるで!」  心臓が、口からはみ出たかもしれない。突然の背後からの怒声に、二人は飛び上がった。振り返ると、こめかみに青筋を浮かべた黒井ななこが、腰に手を当ててこちらを睨んでいた。何だか似たようなことがさっきもあったなぁ、と柊かがみは思う。  そこでようやく、二人は離れた。 「あのなぁ、そういうのが悪いとは、言わんけど、授業が始まる前までに、済ませなあかんよ」  黒井ななこはどこか赤面しながら、そんなことを言った。 「ちっ……違いますよ、そういうんじゃないですよ、本当に」 「そそ、そうです、友情の誓いって奴です、これは」  二人して手を猛烈に振り、慌てて否定した。しかし、言いながら、柊かがみは少し寂しい気分だった。  ふと、泉こなたを見ると、彼女も、柊かがみ同様、赤面していた。  黒井ななこの背中につき、自分たちの教室に戻るため、三人で廊下を歩く。その途中、柊かがみは泉こなたに言った。 「こなた、私ね、すぐに信じて貰えて嬉しかったよ」  あの状況では、仲間外れにされたと、泉こなたが思ってもおかしくなかった。だが、彼女はすぐに、彼女のことも卒業旅行に誘おうとし ていたことを、信じてくれた。それは本当に嬉しかった。  泉こなたは、照れ笑いを浮かべながら、言った。 「友達なんだから、当然だよ」 「と、友達……」  柊かがみは、がっくりと肩を落とした。だが、この自分たちの絆の強さに、項垂れながらも、微笑んだ。  永遠に伝えられないかもしれない、そう思ったあの言葉は、まだ、胸の中にしまっておこう。柊かがみは、そう思った。  先頭を歩く黒井ななこもまた、二人に知れず、微笑んでいた。  終わり

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