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誰かの不注意というわけではなく、交通事故でお姉ちゃんが死んでしまった。 私は重症を負ったものの、庇ってくれた姉のおかげで一命を取り留めた。 しかし助かった私もまた、病院から出ることが出来ずにいた。 カチ カチ カチ 電池を交換すると、姉の時計は再び働き始めた。 一秒、また一秒と静かに刻まれる音は、自分ひとりの病室ではとても大きな音のように感じる。 短針と長針はちょうどヒゲのように角度を作り、丸みを持ったその形は、目を付ければ人の顔に見えないこともない。 「うーん。名前をつけてあげたいんだけど、どんなのがいいかな?」 いくつか名前を声に出してみるが、どれもしっくりこない。 人の愛称ならばすぐに思いつくのに……そう考えたところでひとつの名前が浮かんだ。 私のほうが姉であったならば、かがみお姉ちゃんをそう呼んでいたかもしれない愛称。 「きょうちゃん……。うん。きょうちゃんでいいかな」 名前を気に入らなかったのか、彼女は口をへの字に曲げて怒っているようにも見える。 カチ カチ カチ 古びた時計は正確に時を刻んでいた。 「ねえ、きょうちゃん。私がいつ死ぬのか、知ってる?」 カチ カチ カチ 当然のことながら、返事はない。 白い病室には命を削る音だけが響いた。 「きょうちゃんはいいよね。電池を換えれば死なないから。私も簡単に予備の臓器と換えて欲しいよ」 カチ カチ カチ カチ カチ カチ 「なんだかいつの間にか、セミの声が無くなったよね」 もしかすると、もうみんな死んでしまったのだろうか。 そう考えると恐ろしくなる。 次は自分ではないのか。自分はあとどれだけで死ぬのだろう、と。 「時計って、時の番人とか、時間の管理人とかイメージされてると思うんだけど」 「案外、死神だったりして?」 カチ カチ カチ その後、幸運にも私は移植手術を受けることが出来た。 しかしそれからまた数日後の夜、医師が恐れていたように免疫抑制剤の弊害によって私の容態は急変した。 一卵性双生児からの移植ならば薬を必要としないらしいのだが、私は半日ごとに薬を飲む必要がある。 移植のためには病気の耐性を下げなければいけないらしいのだ。 部屋は個室であり、術後すぐの数日と違って、家族が常に付き添うという事もなくなっている。 だからナースコールを押せないぐらいに弱った私は、手を震えさせるだけで死ぬはずだった。 それなのに何故だか、恐怖を感じない。 ジリジリとうるさい音が、遠くで聞こえたような気がした。 カチ カチ カチ 「私……目覚ましのタイマーなんてセットしたっけ?」 「してないよね。ずっと眠っていたって、誰にも怒られないんだし」 カチ カチ カチ 「あの時に鳴ったのは……私を助けてようとしてくれたの?」 自分で言ったことでありながら、私はその夢見がちな考えを笑った。 姉が床に落とした際に外装が砕けたほどなのだから、その衝撃で不具合が出ていてもおかしくはない。 「そうだよね……そんなわけないか」 カチ カチ …カチ 「きょうちゃん?」 …カチ カチ …カチ 「きょうちゃん、また時間遅れてるよ。私も天然ボケって言われるけど、きょうちゃんもボケてるよね」 「たまには正確な時間も知りたい時あるんだから、しっかりしてね」 私はテレビに映る時刻を見ながら、彼女の時間の遅れを修正した。 「ほら、これが正しい時間だよ。覚えた?」 カチ カチ …カチ …カチ …カチ …カチ ……カチ 「ねえ、きょうちゃん。謝らないといけないことがあるんだ。私さ……すごく、くだらないこと考えてた」 「漫画で読んだの。大切にしていた物が、自分を犠牲にして持ち主の死に際に奇跡をおこす――みたいな話」 「もう高校生だっていうのに、そんなのを信じるなんて笑えるよね」 ……カチ ……カチ ……カチ 「最初のうちは、結構本気でその期待を持ってたと思う」 「だって私を守って死んだお姉ちゃんの遺品だもん。期待されても仕方ないよね」 …カチ ………カチ 「ごめん。付喪神とか、物に心が宿るとか、やっぱり私は作り話だと思う」 「だけどね。きょうちゃんなら、心や霊魂とかを持っていてもおかしくない、って思うよ」 ……カチ ………カチ 「だからごめん。謝る。そんな奇跡なんて、もう起こして欲しいと思ってない」 「そばに居てくれるだけで嬉しいんだ。きょうちゃんは、私の四人目のお姉ちゃんだよ」 「だからお願い。お姉ちゃん、私より先に死なないで」 そこまで言って、私は異変に気づいた。 私の耳はきっと壊れてしまったのだろう。 自分の声は聞こえるのに、彼女の音が聞こえなかった。 両親が見舞いに来ないのは手術の費用を集めるのに必死だったからだと、いのりお姉ちゃんから聞かされた。 「そうなんだ」 それ以外に答える言葉は思いつかなかった。 私はずっと四人目の姉と一緒にいて、寂しいわけではなかったから。 それよりも……と、私は時計を直せるかを訊いてみた。 姉の部屋から運び出した時点で、既に少し壊れていた時計だ。 いのりお姉ちゃんは怪訝そうな顔をしながらそれを持ち帰った翌日、修理は不可能だと私に言った。 随分と古い時計だったらしく、メーカーが潰れてしまっていて部品の在庫は無かったというのだ。 私の部品は手に入ったというのに。 私よりずっと死なないような顔をしていたきょうちゃんの部品は、どこにもない。 退院をしてかなりの時間が経った今も、動かなくなったきょうちゃんは私の机の上にいた。 もう自力では動いてくれないのだけれど、たまに手動で針を動かしてみる時がある。 彼女が生きていた日のことを、思い出せるから。 完

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