ID:E3OCL3Gn0氏:ある日曜の朝

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日曜の朝。それは用事のない限り昼間まで眠っている私にとって、滅多に存在しない時間だった。 しかし、その日の朝は普段と何かが違っていて、目覚まし時計は止めているというのに騒がしい。 「ほら、こなた。いい加減に起きなさいよ」 今日は学校が休みなのだから、もう少し眠らせて欲しい。 私がそう文句をつけると、声に振動が加わった。 「なに言ってるのよ。こういうのは習慣にしておかないと辛いって、いつもお母さんに言われてるでしょ」 ……お母さんに言われている? 揺すられてもぼんやりしていた寝起きの頭は、その一言で覚醒した。 私のお母さんはもう死んでいるのに、まるで生きているように話すのは冗談でも許せない。 「かがみ。いくらなんでも、酷いよ」 私はベッドから勢いよく身体を起こすと、すでにパジャマから着替えているかがみを睨んだ。 「……いや、私に敵意を向けられても困るわよ。姉として妹を起こすように頼まれただけなんだから」 「私が、かがみの妹?」 はっきりしたはずの思考は再び混乱を始めて、相手が何を言っているのかわからなくなる。 「やっぱりまだ寝惚けてるみたいね。いつもは『お姉ちゃん』って言うのに、今日は呼び捨てだし」 かがみは本気で私と姉妹だと言っているようだった。 あらためて部屋を見回してみると、確かにそこは見慣れた自分の部屋ではない。 何が起きているのかわからない。 夢ではないのかと頬を抓るが、小さな痛みはこれが現実であると告げていた。 考えを整理するための時間が欲しい。 私は、まず寝癖を直すようにと言う、かがみの促されるままに洗面所へ足を運んだ。 私が椅子に座ると、続いてかがみも向かいに座り、残りの四人も同じテーブルについた。 この家では家族が全員揃ってから食事を始めるらしい。 つかさの姿だけはこの場になかったが、私はそう確信した。 現在の私の配役は『つかさ』なのだ。 昨日の時点では、かがみの家に泊まりに来た私は『泉こなた』で、この一家にもそう認識されていた。 それが一夜明けた今では、つかさの姿は消え、代わりに私が柊つかさのポジションで扱われている。 じゃあつかさは? いなくなったつかさは、どうなってしまったんだろう。 そんな私の疑惑とは別に、朝食は和やかな空気で始まっていた。 考え事をしながらトーストにジャムを塗る私に、柊家の母は微笑みながら言葉をかける。 「こなた、今日はちゃんと起きられたのね。偉いじゃない」 「…………っ」 娘に対して言うような母の口調に、拭い去れない違和感が纏わりつく。 私がその衝撃で言葉に詰まっていると、正面の側から否定する声が上がった。 「あれで、ちゃんと起きたとは言わないでしょ。今日も私がどれだけ苦労したことか」 「えー、双子なんだから連帯責任だよ。妹の寝坊は姉の責任、ってね」 「なにその理屈。というか、お姉ちゃんこそ次女として末女の監督を頑張ってよ」 「ふふーん、私は料理を教えてあげたもんね。かがみと違って」 「くっ、そんな昔話を持ち出して……。今では逆に教えられる立場のくせに」 「まあまあ、二人とも。話してばかりいると、せっかくの料理が冷めてしまうぞ」 交わされる家族の会話は楽しげで、だからこそ、そこに自分も参加しているという事実が気持ち悪い。 私の皿にのったトーストは一口かじったきりで、オムレツなどの品にはまるで手がつけられていなかった。 「こなた、全然食べてないけど、どうかしたの?」 それを不自然に感じたのか、長女が心配そうに私の顔を覗き込んだ。 よく観察して、私が偽者だと気づいてくれれば、どれだけ心が楽になるだろう。 しかしその願いは届かず、次々と気遣いの言葉が飛んでくる。 「大丈夫なのか、こなた」「風邪でもひいたの、こなた?」「こなた」 ああ、駄目だ。今ここにはいられない。 私は優しい言葉を全て無視して立ち上がった。冷静に取り繕うことなどは出来ない。 「ごめん……あとで食べるね。それじゃ」 ただ一刻も早く、この場所から逃げ出したかった。 逃げ込んだ『私の部屋』は、漫画やアニメグッズの代わりに女の子らしい物がいくつも配置されていた。 家族の写真も飾られている。 つかさらしいな。そう思ったが、つかさの代わりに写っているのは私だった。 「はあ……どうしてこんな事になったんだろ」 事態は飲み込めても、それで納得できるわけではない。 みんなに騙されているのではないかと古いアルバムを探したが、嘘を暴きたてる証拠の品にはならなかった。 どの写真も私にすり替えられていて、私の知っている事のほうが間違っているのではと疑わさせられる。 徒労に終わった事に落胆してベッドの上に座り込んだとき、机の上で充電をしている携帯電話が目に付いた。 私の持っている物よりだいぶ新しい――そんな無意味な感想を浮かべた後に、私は重要なことを思い出す。 立ち上がり、充電器から引き千切るような勢いでそれを手にすると、そこに登録されている人間を確認した。 「泉……つかさ」 携帯電話のアドレス帳には、私の苗字でつかさが登録されていた。 考えてみれば、その可能性は十分にあった。 私が他人と入れ替わっているのなら、泉こなたの存在は空席になっているはずだ。 柊家から消えてしまったつかさがその位置に移動していても、おかしくはない。 「つかさ……」 私は携帯のディスプレイを見つめながら、どう行動するべきか悩む。 つかさと連絡を取るべきなのだろうか……。 状況は把握できているのだから、いまさら確認行為は必要ない。 むしろ、これ以上に誰かに奇異に思われないよう注意するのならば、無闇な行動は慎むべきだ。 「だけど」 頭ではそうわかっている。 それなのに感情が、淡い期待でしかない「もしかしたら」という甘言に誘惑される。 これが壮大なイタズラであったとして、つかさならば会話をしている内にボロを出すかもしれない。 きっと誘導尋問も有効だろう。さあ、電話をかけてしまおう。と。 登録された番号に電話をかけようと指が動きかけたとき、ようやく理性がその行動のリスクを提示した。 ここで真実の確認をしてしまえば、新しい疑問が見つかっても二度目は話半分に聞かれてしまう。 お父さんに『娘の友人』扱いされるのは恐ろしくて出来ないし、従姉妹とつかさの接点は少なすぎる。 失敗が許されないことに気づいた私は、どうすればいいかもわからないまま呆然と立ち尽くした。 そうして携帯を握り締めたまま、どれだけの時間が経ったのだろう。不意にノックの音が耳に届いた。
 日曜の朝。それは用事のない限り昼間まで眠っている私にとって、滅多に存在しない時間だった。  しかし、その日の朝は普段と何かが違っていて、目覚まし時計は止めているというのに騒がしい。 「ほら、こなた。いい加減に起きなさいよ」  今日は学校が休みなのだから、もう少し眠らせて欲しい。  私がそう文句をつけると、騒がしい声に揺さぶりが加わった。 「なに言ってるのよ。こういうのは習慣にしておかないと辛いって、いつもお母さんに言われてるでしょ」  ……お母さんに言われている?  揺すられてもぼんやりしていた寝起きの頭は、その一言で覚醒した。  私のお母さんはもう死んでいるのに、まるで生きているように話すのは冗談でも許せない。 「かがみ。いくらなんでも、酷いよ」  私はベッドから勢いよく身体を起こすと、すでにパジャマから着替えているかがみを睨んだ。 「……私に敵意を向けられても困るわよ。姉として、妹を起こすように頼まれただけなんだから」 「私が、かがみの妹?」  はっきりしたはずの思考は再び混乱を始めて、相手が何を言っているのかわからなくなる。 「やっぱりまだ寝惚けてるみたいね。いつもは『お姉ちゃん』って言うのに、今日は呼び捨てだし」  かがみは本気で私と姉妹だと言っているようだった。  あらためて部屋を見回してみると、確かにそこは見慣れた自分の部屋ではなかった。  何が起きているのかわからない。  夢ではないのかと頬をつねるが、小さな痛みはこれが現実であると告げていた。  考えを整理するための時間が欲しい。  私は「まず寝癖を直すように」というかがみの言葉に従って、洗面所へと足を運んだ。  私が椅子に座ると、続いてかがみも向かいに座り、残りの四人も同じテーブルについた。  この家では家族が全員揃ってから食事を始めるらしい。  つかさの姿だけはこの場になかったが、私はそう確信した。  現在の私の配役は『つかさ』なのだ。  昨日の時点では、かがみの家に泊まりに来た私は『泉こなた』で、この一家にもそう認識されていた。  それが一夜明けた今では、つかさの姿が消え、代わりに私が柊家の四女として扱われている。  じゃあつかさは?  いなくなったつかさは、どうなってしまったんだろう。  そんな私の疑惑とは別に、朝食は和やかな空気で始まっていた。  考え事をしながらトーストにジャムを塗る私に、柊家の母は微笑みながら言葉をかける。 「こなた、今日はちゃんと起きられたのね。休みの日なのに、偉いじゃない」 「…………」  娘に対して言うかのような母の口調に、拭い去れない違和感が纏わりつく。  私がその衝撃で言葉に詰まっていると、正面の側から否定の声があった。 「あれで、ちゃんと起きたとは言わないでしょ。今日も私がどれだけ苦労したことか」 「えー、双子なんだから連帯責任だよ。妹の寝坊は姉の責任、ってね」 「なにその理屈。というか、お姉ちゃんこそ年上として、監督責任があるんじゃない?」 「ふふーん、私は料理を教えてあげたもんね。かがみと違って」 「くっ、そんな昔話を持ち出して……。今では逆に教わる立場のくせに」 「まあまあ、二人とも。話してばかりいると、せっかくの料理が冷めてしまうよ」  交わされる家族の会話は楽しげで、だからこそ、そこに自分も参加しているという事実が気持ち悪い。  私の皿にのったトーストは一口かじったきりで、オムレツなどの品にはまるで手がつけられていなかった。 「こなた? 全然食べてないけど、どうかしたの?」  それを不自然に感じたのか、長女が心配そうに私の顔を覗き込んだ。  その観察で私が偽者だと気づいてくれれば、どれだけ心が楽になるだろう。  しかしその願いは届かず、次々と気遣いの言葉が飛んできた。 「大丈夫なのか、こなた」 「風邪でもひいたの、こなた?」 「こなた」  私を心配する顔は、すべて真剣なものだった。  駄目だ。ここにはいられない。  冷静に取り繕うことなど出来ず、私は優しい言葉を全て無視して立ち上がった。 「ごめん……あとで食べるね。それじゃ」  ただ一刻も早く、この場所から逃げ出したかった。  逃げ込んだ『私の部屋』は、漫画やアニメグッズの代わりに女の子らしい物がいくつも配置されていた。  家族の写真も飾られている。  つかさらしいと思ったが、そこに写っているのは、つかさではなく私だった。 「どうしてこんな事になったんだろ」  事態は飲み込めても、それで納得できるわけではない。  騙されているのではないかとアルバムを探したが、嘘を暴きたてる証拠の品は見つけられなかった。  どの写真にもつかさは写っていなくて、私の記憶のほうが間違っているのではと疑ってしまう。  落胆してベッドの上に座り込んだとき、机の上で充電をしている携帯電話が目に付いた。  私の持っている物よりだいぶ新しい――そんな無意味な感想の後に、私は重要なことを思い出した。  立ち上がり、充電器から引き千切るような勢いで手に取ると、そこに登録されている人間を確認した。 「泉……つかさ」 携帯電話のアドレス帳には、私の苗字でつかさが登録されていた。  考えてみれば、その可能性は十分にあった。  私が他人と入れ替わっているのなら、泉こなたの存在は空席になっているはずだ。  柊家から消えてしまったつかさがその位置に移動していても、おかしくはない。 「つかさ……」  私は携帯のディスプレイを見つめながら、どう行動するべきか悩んだ。  つかさと連絡を取るべきなのだろうか。  状況は把握できているのだから、いまさら確認行為は必要ない。  むしろ、これ以上の怪しい行動は今後の活動の障害となる可能性さえある。  無闇な行動は慎むべきだ。 「だけど」  頭ではそうわかっている。  それなのに感情が、淡い期待でしかない「もしかしたら」という甘言に誘惑される。  これが壮大なイタズラであったとして、つかさならば会話をしている内にボロを出すかもしれない。  きっと誘導尋問も有効だろう。さあ、電話をかけてしまおう。と。  登録された番号に電話をかけようと指が動きかけたとき、ようやく理性がその暴走のリスクを提示した。  ここで真実の確認をしてしまえば、新しい疑問が見つかっても二度目は話半分に聞かれてしまう。  お父さんに娘の友人扱いされるのは恐ろしくて相談できないし、他の親戚とつかさとの接点は少なすぎる。  失敗が許されないことに気づいた私は、どうすればいいかわからないまま、呆然と立ち尽くした。  そうして携帯を握り締めたまま、どれだけの時間が経ったのだろう。不意にノックの音が耳に届いた。  部屋の床から天井までを移ろっていた私の視線は、その音によってドアに固定される。  私が返事をできずにいると、再びノックが二回、三回。  音に合わせて私の心拍数も上がっていった。 「……こなた、ちょっといい?」  この声は、たしか、まつりという二番目の姉のものだ。  私は鍵をロックしておかなかった事を後悔したが、声の主は扉を開けようとはしなかった。 「顔は見せなくていいから、そのままで聞いて」  それは、朝食の時間にかがみと冗談を言い合っていた姿を想像できないほど穏やかな、優しい声だった。  私の心を落ち着かせられるようにと、配慮しているのだろう。  だが、そのために聞き取りにくい音量になっていた。  警戒を緩めた私は、足音を立てないように慎重に扉へと近づいた。 「お母さん達は一人にしてあげたほうが良いって言うけどさ、やっぱり放っておけないよ。……家族だもん」  私は彼女の言葉を「違うよ」と、心の中で否定した。  私は本当の家族じゃない。  しかし、そう思うと同時に、それは関係が無いのだとも理解した。  この人とは知り合って間もないけれど、私が赤の他人あったとしても、力になろうとするのだろう。  これが思い込みだったとしても、一度そう思ってしまったことを覆すのは難しい。  自分に責任がないにも関わらず、そんな優しい人を騙しているという罪悪感が私を襲った。  心が痛むが、真実を告げたとしても苦しめるだけなのは目に見えている。 「どうするのが正しいかなんて、私にはわからないよ。でも、そんなことで諦めたくない」  私が何の反応もしないでいるのに、扉越しの言葉は続いていた。 「こっちのほうが食べられるかも知れないと思ったから、おにぎりを一緒に作ったんだ」  誰と、という言葉が抜けたが、すぐにその人物の正体に気づいた。  かがみはきっと扉の前に立っている。 「ここに置いておくから、良かったら食べて」  私は次女の言葉を聞きながら、かがみのことを考えた。  彼女は、何も言うべきではないと思っているのかもしれない。  心配でも、そうすることで私が余計に辛くなると考え、その気持ちを押さえ込もうとしているのだ。  私が、拒絶しなければいいのだろうか。  私がこの変化を受け入れれば、全員が幸せになれるのだろうか。  私は開いたままだった携帯電話を片手で折りたたみ、空いているほうの手を動かした。  扉は内側から、私の手によって開かれた。 「大丈夫だよ……お姉ちゃん。かがみ。変な夢を見たせいで、今の世界が嘘のように思えただけだから」  二人の驚く顔が見えたあと、私は双子の姉に強く抱きしめられた。 /  入れ替わりが起きてから初めてになる学校は、驚くほど何も変わっていなかった。  問題といえば席を間違えそうになったくらいで、あとは呼ばれ方の変化だけだ。  たったそれだけの事なのに、私は朝から同じ失敗を繰り返していた。 「もうすぐ泉さんの誕生日ですね」 「うん。そうだよ」  答えてから、自分ではなかったのだと気がつく。これで四度目だ。  授業もすべて終わり、あとは帰るだけという状態が油断を生んだのかもしれない。 「なんで、あんたが自分のことみたいに言うのよ」  かがみは呆れたように言い、他の二人は私達を眺めて微笑んでいた。  見られている事に気づいたかがみは、つかさへと向き直って早口気味に言った。 「えっと、その日って日曜よね。みんなで集まってどこかに遊びに行かない?」  こういったイベントで、最も積極的になるのはかがみだ。  物事を決められないままでいるのを放っておけない、世話焼きな性格がそうさせているのだろう。  彼女のそうした一面は、たぶんつかさの姉だったおかげであり、私が妹の場合でも、同じだったと思う。 「みんなと遊びに……」  つかさは口元に指で触れながら呟いた。  かがみは楽しそうに返事を待っている。  みんなで遊びに行くことには私も賛成で、つかさも笑って同意すると思った。  だが――。 「きょうちゃんの考えている予定だと、何時ごろに終わりそう?」 「あれ。もしかして先約で、えっと……おじさん達と出かけたりする予定があった?」  迷っている様子のつかさを不思議に思って、私は尋ねた。 「ううん。お父さん達も祝ってくれるらしいけど、今年はちょっと違うの」 「もしかして、彼氏と一緒とか?」  かがみの言葉に、つかさが耳まで赤くなる。 「……驚きました。泉さんに恋人がいたとは」 「ち、違うの! 恋人とかじゃなくて。ほら、バイト先の人たちがお祝いしてくれるって言うから」 「なんだ。抜けがけかと思ったわよ」  ――どうして。 「考えてみれば、みゆきよりも早く、つかさに彼氏ができるはずないわよね」 「いえいえ。私よりも、かがみさんの方が人気があると思いますよ」  残りの会話を聞くことも出来ず、つかさの言葉が私の頭の中で反響し続けていた。  今のは深く追求するような話じゃない。  友達よりもバイト仲間を優先するのか、というように冗談混じりで怒って、つかさの反応を楽しむところだ。  そのはずが、どうしてなのか、目の前にいる友達に苛立っている。 「つかさは家族よりも、バイトの人たちを優先するの?」 「こなた? 行き成りどうしたのよ?」 「だって、おかしいよ。つかさは。おかしい」  かがみは心配げにこちらを見たが、私が同じ言葉を繰り返していくと、今度は困ったようにつかさを見た。  自分でも言おうとしている事はわからない。  同じ立場であったなら、きっと私もバイト関係の人付き合いを優先していたはずだ。  それなのに――当然のようにそちらを選ぶつかさを――間違っていると思った。 「よくわからないけど、ごめんね。こなちゃん」 「謝らないでよ。どうして私が怒っているのかすら理解していないくせに」  本気で申し訳なさそうにしている友達を見たことで、私の怒りは却って強まった。  つかさは何も理解していない。  お母さんがいない生活のことや、それでも私が幸せな人生を送ってきたこと。  それがお父さんだけの力ではなく、お母さんからの愛も影響しているのだと私が信じている事も、全部。  なにひとつ理解していない。  だから、つかさのふりをする苦労は我慢できても、つかさが私の居場所を奪っている事だけは許せない。 「こなちゃん、落ち着いて話そうよ」 「うるさい!」  咄嗟に出てしまった手は、つかさの顔を捉えていた。  一瞬あとには、呆然としながら頬を押さえるつかさと、言葉を失った二人が私を見ていた。 「あ……」  理由はどうであれ、暴力を振るったという事実は変わらない。  教室に残っていた生徒達も、私が何度も叫んでいたために私達の方を見ており、その瞬間を目撃していた。  しかし、つかさに謝ることは出来なかった。  叩いてしまった事についてだけを謝罪すればいいのだろうが、余計な言い訳が口から出そうだと感じた。  発言を取り下げてしまったら、私の悲しみも、怒りも、悔しさも、気づいたことが全て嘘になってしまう。  だから私は逃げた。  教室を出て、人が疎らに歩いている廊下を駆けた。 「あっ、待ちなさいよ。こなた」  遠くでかがみの呼ぶ声が聞こえたが、それを無視して私は走った。  電車に乗っている間などのことは、殆ど覚えていなかった。  何もわからないまま、気がついた時にはかがみ達の家に帰り着いていた。  玄関の扉をくぐった私は、すぐにつかさの部屋へ逃げ込んだ。  制服のままベッドに転がり、毛布に包まる。  徒歩で移動する区間ではずっと走り続けていたらしく、呼吸が大きく乱れていた。 「私がいるべきなのは、ここじゃない」  目を閉じて、呪文のように呟いた。  このまま眠りに落ちて、起きたときには元に戻っているようにと祈った。  そうして、どれだけ時間が経ったのだろう。  廊下から足音がして、続いてノックの音が聞こえた。  かがみの声だったが、何を言っていたのかはわからなかった。  だが、私が夢の世界に落ちる前に、ただ一言だけ。 「私はこなたの味方だから」  ――そう聞こえたような気がした。

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