ID:bWOYnLc50氏:柊かがみ法律事務所──仮想現実規制法

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 かがみは、飛翔魔法の呪文を唱えると、上空50mほどに急上昇した。見下ろせば、凶悪なモンスターたちが群れをなしている。  現時点でマスターしている火炎系魔法の最強呪文を唱えた。あたり一面が、地獄の業火に包まれる。  モンスターを一掃して、かがみは再び地上に降り立った。周囲の空気には、まだ熱気が残っている。 「かがみん! 私もいっしょに燃やすなんてひどいよ!」  マンガやアニメのごとく髪の毛が燃えてボサボサになったこなたが、かがみに抗議した。 「あんたには、たいしたダメージじゃないでしょ」  ショック死防止のため、仮想空間(ヴァーチャルスペース)における苦痛の再現度には上限が設けられている。全身火達磨になったところで、たいして熱くはない。  ステータス的にも、これぐらいのダメージはたいしたことないはずだ。  かがみは、視覚をステータスアイモードに切り替えて、こなたのHPを確認したが、実際たいしたダメージは受けてなかった。冷熱系に対して防御力が高い防具を身につけているということもある。  かがみは、回復魔法の呪文を唱えた。こなたのHPが回復し、髪が元通りに戻っていく。  チャララ、ラッラッラー♪  聞きなれたファンファーレが鳴り響き、二人の前に黒い半透明ボードが現れた。白い文字が流れていく。 "かがみんは、レベルが上がった。賢者レベル117。最大HPが3上がった。最大MPが6上がった。賢さが7上がった。力が2上がった。身の守りが1上がった。すばやさが5上がった" "こなこなは、レベルが上がった。勇者レベル124。最大HPが7上がった。最大MPが3上がった。賢さが4上がった。力が7上がった。身の守りが6上がった。すばやさが3上がった"  文字を流し終えると、ボードは自動的に消滅した。  ここは、VRMMORPG(Virtual Reality Massively Multiplayer Online Role Playing Game; 仮想現実多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム)の『ドラゴンク○ストVR』の仮想空間。  そして、こなたとかがみは、このゲームではレベルランキングトップ20に名を連ねる熟練プレイヤーであった。 「今回は、ステータスアップだけかぁ。そろそろ新しい特技でも覚えたいとこだよね」 「レベルも100を超えたら、新しい特技ってのもなかなか難しいわよ。ゲームバランスもあるんだし」  二人の前方に城壁に囲まれた町が見えてきた。  陽は地平線の下に没しようとしている。 「今日は、あの町で時間切れってとこね」  仮想現実規制法施行規則で、仮想空間の滞在時間には上限が定められている。仮想体験型ゲームの場合は、1日あたり6時間、1ヶ月あたり60時間が上限だ。  これは、仮想現実依存症や現実感覚失調症を防止するための規制であった。  ただし、仮想空間における体感時間は調整が可能である。これも規制があって仮想体験型ゲームの場合は2倍が上限。仮想空間で12時間をすごしても、現実空間(リアルスペース)では6時間しかたってないというわけだ。  つまり、体感時間的には、この仮想空間には1日あたり12時間滞在できるということになる。 「ここは、ゲレゲレ城下町だよ」  町に入って最初に話しかけた町人が、町名を教えてくれた。まあ、お約束というやつである。  町人たちの額には、薄く"NPC"と刻印されている。こうでもしないと、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)とプレイヤーのアバターとの区別がつかない。 「ゲレゲレって、明らかに狙ってる名前だよな」 「ここのプレイヤーはオールドファンも多いからね」  宿に入って料金を前払いしたあと、食堂で夕食をとる。二人がたのんだのは、『ブラックドラゴンもも肉の香草焼き』だ。 「レッドドラゴンよりクセがなくておいしいわね」  かがみは、そういいながらガツガツと食っていた。 「かがみん。そんなにがっつくと太るよ」 「リアルスペースの身体に影響はないわよ」  仮想空間でいくら食べようと、現実空間の自分にとっては脳内だけの体験であり、太ることはない。 「一応、ここでも、食えばアバターが太るんだけどね」 「魔法はカロリー消費するから問題なし」  かがみはそう言い切り、またモグモグと肉を咀嚼し始めた。  そこに、 「おお、おまえらも来とったか」  二人が視線を上げると、ななこが立っていた。彼女は、ここでは、戦士レベル136といったところだ。 「黒井先生、しばらくでしたね」 「そうやな。新大陸一番乗りは、うちらがもらったで」 「次は負けませんよ。ところで、ほかのパーティメンバーは?」 「ちょっとバラけて情報収集してるとこや」 「何かめぼしい情報はありました?」 「きな臭い話はちらほら聞こえてきとるな。大規模イベントがありそうやで」 「例によって、プレイヤーズカウントスイッチですかね。トップ20プレイヤーが集まるまで待ちってところで」  プレイヤーズカウントスイッチとは、ある場所に到達したプレイヤーが一定人数を超えないとイベントが発動しない仕組みを指す。  一番乗りのパーティがイベントを独占してしまわないようにするための仕組みだった。 「たぶんな。まあ、遅れてるやつもそのうち来るやろ」 「それまでは、小イベント探しで暇つぶしってとこですね」  かがみは、黙々と肉を食っていた。 「そうそう、先生。かがみんったらひどいんですよ。今日の戦闘なんか、私をモンスターごと焼き尽くそうとしたんですから」 「泉のレベルなら、大丈夫やろ」 「先生までそういいますか。もう、なんか嫁にDV受けてる気分ですよ」 「誰が嫁だ」  かがみのパンチが、こなたの顔面に入った。  こなたに1ポイントのダメージ。 「私のアバターは男だよ。ついてるものもついてるんだからね。ヤることはヤれるのだよ、かがみん」 「ヴァーチャルセックスは仮想現実規制法違反だ」 「それっておかしくない? 愛があれば、ヤっちゃったっていいじゃん」 「少なくても、私の方に愛(そんなもの)はない」 「ひどいなぁ。私はかがみんへの愛でいっぱいだというのに」  かがみは、背筋がぞわっとした。  こなたのその言葉の、どこまでが冗談でどこからが本気なのか。  リアルとヴァーチャルをすっぱり切り分けて考えられるこなただけに、リアルでは同姓趣味はないにしても、ヴァーチャルではどうだか分からない。  いや、ここ(ヴァーチャル)では、こなたは男なのだから、同姓ですらないわけで。  少なくても、ここに滞在している間は、自らの貞操を守ることについて常に気を配らねばなるまい。 「相変わらず仲ええな、おまえら。しかし、なんでいかんのやろな? ここに来れるのは大人だけなんやし、別にいいやろって気もするけどな」  未成年者は、仮想現実規制法によって、原則として仮想空間への潜入(ダイブイン)が禁止されている。例外は、総務省の認可を受けた教育目的仮想空間だけだ。 「政府は善良な性道徳の確保が目的だと表明してますけど、事情通の間では本当の目的は少子化対策だってもっぱらの噂ですね。どっちにしても、最高裁で合憲判決が出ちゃいましたから、法改正する以外にはどうしようもないですよ」  国を被告にしたその訴訟で最高裁まで原告弁護人を務めたのは、かがみにほかならないのだが。 「まあ、確かに、ここでいくらヤっても、リアルのガキはできんわな」  ななこも席につき、ビール片手に二人と近況を語り合った。  食堂の壁に取り付けられたテレビをふと見ると、ニュース番組が始まっていた。  ニュースキャスターNPC『DQローズ』(設定は女性)が、ニュースを読み上げ始める。 "ドラ○エワールド、夜のニュースをお送りします" "まずは、お祭り開催のニュースです。 毎年恒例となっているプレイヤー有志による『リア充爆発しろ クリスマス廃止大決起祭り』が、12月24日、アリエナイ大陸ホゲゲ村北東草原において行なわれます。 今年も、数多くの屋台が立ち並び、6時間にわたる花火の打ち上げや、カスタムNPCアイドル萌実ちゃんによるコンサートなど、数多くの催し物が行なわれる予定です。 当日は会場周辺のモンスターエンカウント率を0にするなど、運営も全面的に協力します。 なお、運営はこの祭りによるヴァーチャル経済効果を1億6270万ゴールドと発表しています"  カスタムNPCとは、NPCをカスタムメイドできる有料オプションまたはそのオプションで作成されたNPCを指す。  リアルでの恋人や友人がいないプレイヤーが、ヴァーチャルでのそれを求めてカスタムメイドに手を出すという事例も結構多い。  一時期は、アニメキャラなどを模したカスタムNPCが大量に作られたため、著作権侵害で訴えられる事例が多発し、かがみも弁護士として大忙しだったことがある。 「ほほぉ。今年は、萌実ちゃんのコンサートがあるのか。これは是非とも行かないとね」 「私は行かんからな」 「かがみんも行こうよ。萌実ちゃんの歌はいいの多いよ」 "続いて、アカウント剥奪のニュースです。 プレイヤー名『RMMAN』は、常習的にリアルマネートレードを行なったため、運営によりアカウントを剥奪されました。 なお、運営は『RMMAN』をリアルスペース警察に告発しています。 リアルマネートレードは違法行為です。絶対にやめましょう" 「懲りんやっちゃなぁ。ゲーマーの風上にもおけへんで」  ななこは、ビールのツマミの『謎の豆類の塩茹で』を口に放り込んだ。 「需要があれば供給があるのが世の常ですからね」  仮想現実規制法によるリアルマネートレード規制の範囲は広い。  まず、ヴァーチャルアイテムをリアルマネーで買うという本来の意味での『リアルマネートレード』。  リアルな財貨・サービスを、ヴァーチャルマネーで買う『ヴァーチャルマネートレード』。  ヴァーチャルアイテムとリアルな財貨を交換する『リアル・ヴァーチャル間物々交換』。  リアルマネーとヴァーチャルマネーを取引する『リアル・ヴァーチャル間為替行為』。  これらはいずれも違法行為とされている。  仮想空間経済(ヴァーチャルエコノミー)を隔離して、現実空間経済(リアルエコノミー)に影響が出ないようにするための規制で、これも最高裁で合憲判決が出ていた。  この後、ななこのパーティメンバーが来たので、ななこは席をたっていった。  こなたとかがみも、それぞれ宿の部屋で眠りについた。  やがて、総務省仮想空間滞在監視プログラムが規制上限時間超過を検知し、二人を仮想空間から強制離脱させた。    ・    ・    ・    ・    ・  かがみは、目を開けた。 「柊かがみ、50歳」  そんなことをつぶやいてみる。リアルとヴァーチャルをきちんと意識して区別するための儀式のようなものだ。  仮想空間では18歳当時の自分の姿をアバターとして使っているだけに、この辺の意識をきっちりしておかないと、ギャップの激しさで感覚が狂うことがある。  電極がついた帽子のようなものを取り外し、仮想空間接続端末の電源を落とす。  時計を見ると18時。予定どおりの時間だ。  作りおきしておいた料理を冷蔵庫から取り出し、電子レンジで暖めて夕食とする。  明日は月曜日。最高裁大法廷での口頭弁論がある。  事案は、規約違反を理由としてアカウントを剥奪されたVRMMORPGプレイヤーが運営を被告として損害賠償を請求している訴訟で、かがみは原告弁護人を務めていた。  正直、勝ち目は薄い。  それでも、「仮想空間におけるアバターはプレイヤーの人格的権利の一部を構成するから、それを消去するアカウント剥奪措置は、正当な理由がなければ認められない」という主張が受け入れられて判決の中で言及されれば、今後の同種の訴訟に影響するところは大だ。  このほかにもヴァーチャルがらみで担当している事件はいくつかあった。  その中には、『ヴァーチャルスペースにおけるヴァーチャルな紛争に対して下されたヴァーチャル裁判所のヴァーチャル判決は、リアルな仲裁判断としての法的効力を有するか』といった頭を抱えそうな事案もある(現在、東京高裁で係争中)。  かがみは、夕食を食べ終わると、明日に備えて早めに眠りについた。 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3)

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