ID:8sJ1r760氏:つかさの一人旅(ページ2)

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『ジリリリリー!!!』  家から持ってきた目覚まし時計の音で目が覚めた。スイッチを押して音を止めた。起き上がった一回大きく背伸びをした。ふと窓の外を見るとまだ暗い。今度は大荷物を持って あの階段を登る。だから少し早めに起きた。身支度を整えて早速出発。 女将さんは既に起きていて玄関の掃除をしてた。神社に行くって言うとまた自転車を貸してくれた。  考えてみればこれでもうこの階段を登るのは三回目になる。しかも三日連続で。何でだろう。普段なら運動なんて自分からはしないのに。頂上の景色が綺麗だから、 木洩れ日の風景が幻想的だから、まなちゃんが居るから……そんなの考えてもしょうがないか。でも昨日はあんなに早く登れたのに。荷物を持ってるとは言え一段一段登る事に 足が重くなっていく。息も切れて苦しい。空は明るくなってきた。もうすぐ日の出。急ごう。  頂上に着いた。林の奥にへと足を運んだ。居た。まなちゃんが居た。人間の姿で石の上に座っていた。私に気付くとにっこりと微笑んだ。 つかさ「おはよう、約束通り稲荷寿司作ってきたよ」 リュックから重箱を取り出した。まなちゃんは微笑んでいた。 つかさ「あっ!、そうそう、まなちゃんのその姿って辻浩子さんって人じゃないかな」 まなちゃんは黙って頷いた。 つかさ「やっぱり……私その人の友達と会ったんだよ、それでお供え預かったんだ……まなちゃん、聞き難いんだけど……その辻さんって人どこで亡くなったのか知ってる?」 まなちゃんは頭上を指差した。私はその先を目で追った。大きな枝がせり出している。枝にロープを結んで……まなちゃんが座ってる石を踏み台にしたみだいだ。 つかさ「まなちゃん悪いけどその石の上に預かったホットケーキ置きたいんだ……いいかな?」 まなちゃんはゆっくりと立ち上がって退いた。そういえばさっきから黙っちゃって。そうか昨日言ってた。変身したての時って体を上手く動かせないって。悪いことしちゃったかな。 つかさ「ごめん、変身したばっかりなんだね、すぐ終わるからちょっと待ってね」 三段目の箱を石の上に置いた。ホットケーキと稲荷寿司も一緒だけど、きっと彼氏、婚約者さんもきっと一緒に居ると思ってそのままにした。 つかさ「辻さんの友達、松本かえでさんって人が作ったホットケーキ……じゃなかったパンケーキ……どう違うんだろ……松本さんはパンケーキって……どっちでもいいかな……」 まなちゃんは笑った。ちょっと苦しそうだった。 つかさ「ちょっとの間冥福を祈らせてね……」 私は目と閉じて手を合わせた。まなちゃんの笑いが止まった。暫く静寂が続いた。 つかさ「ありがとう、一緒に祈ってくれて……あ!!、まなちゃん、今食べちゃったでしょ……まったく……あれ?」 まなちゃんの口の周りにパンケーキの欠片がついている。良く見ると目から涙が出ていた。パンケーキを食べちゃって辻さんに対する想いを読み取っちゃったのかな。 もらい泣きしそうになった。私の作った稲荷寿司はどうなんだろう。私の想いは伝わるかな。 つかさ「むやみに食べるからだよ……」 気を取り直そう。残りの二段の箱を同じ石の上に並べた。 つかさ「あまり自信がないけど……稲荷寿司だよ、中身は五目にしたり酢飯にしたりしてるから……まなちゃんならこのくらい食べられるよね……」 まなちゃんは私を見ていた。もう少し辻さんの事を聞いてみたい。 つかさ「私、辻さんの事もう少し聞きたいな……松本さんね、辻さんが自殺する前に喧嘩しちゃったんだって……まなちゃんなら分るよね、辻さんの気持ち……」 あれ、さっきから私を見てばかりで稲荷寿司に手を出そうとしてない。私の質問に答え難いのかな。それとも量が多すぎたかな。 つかさ「ごめん、食べに来たんだよね、もう何も聞かないから食べて」 さっきの涙で分った。少なくとも松本さんと辻さんの絆は喧嘩くらいじゃ切れないって。 まなちゃんは手を伸ばして稲荷寿司を掴んだ。次の瞬間、私の視界からまなちゃんが消えた。 『ドサ!!』 地面に何かが叩きつけられるような音が鳴った。見下ろすとまなちゃんが倒れていた。 つかさ「フフフ、まなちゃんまたそんな悪戯しちゃって……いくら私でももう騙されないよ……」 まなちゃんはピクリとも動かない。 つかさ「ちょ、ちょっと、まなちゃん……どうしたの」 私は腰を下ろしてまなちゃんを揺すった。だけど動かない。突然まなちゃんの体が白く光ったと思うと狐の姿に戻ってしまった。何がなんだか分らない。 つかさ「変身するのが早かったんだよね……失敗したの……ねぇ、返事して……」 全く反応がない。あれ、毛が少し赤くなってる。良く見ると全身から血が出てる……傷が、全身に傷がいっぱい付いてた。そして。首に大きな切り傷があった。 もしかしてこの傷の為に喋れなかった。私は慌ててハンカチを出して傷口を押さえた。ハンカチが少しづつ赤く染まっていく。 つかさ「何処で……なんで、こんな大怪我してるのに来たの」 このままじゃダメだ。下に降りて手当てしないと。まなちゃんを抱きかかえようとした。 『ガサガサ』 茂みが激しく揺れた。茂みを割るように狐が出てきた。大きい。まなちゃんよりひとまわり大きいくらい。私を睨みつけてきた。思わずまなちゃんを離して二、三歩後ろにさがった。 狐はゆっくりと私に近づいてきた。ちょうどまなちゃんの目の前まで近づくと止まった。 『ガルルル』 狐は唸ると前足でまなちゃんの頭を踏みつけた。そしてまた私を睨みつけた。この大きい狐。よくみると前足に血が付いている。口元にも血が付いている。もしかしてまなちゃんを 傷つけたのはあの大きな狐。どうして。仲間じゃないの。  眉間から鼻にかけて大きな皴が何本もつけ牙をむき出して私を睨んでいる。狐、違う、犬、狂犬、と言うより狼みたいだった。怒りをむき出しにしている。まなちゃんを踏みつけて こうなったのはまるで私のせいと言わんばかりだった。私を許してくれたんじゃなかったの……そうか……許してくれたのはまなちゃんだけだったんだ。 大きな狐は茂みの方を向きまた唸った。茂みが揺れるとまなちゃんと同じくらいの大きさの狐が何匹も出てきた。十匹くらいはいるだろうか。彼らも牙をむき出して私を睨んでいる。 私を取り囲もうとしている。逃げようとしたけど体が動かない。まなちゃんの時と同じ。  そうだよね。おめでたい考えだった。人間と狐。ましては神様とまで言われた狐さんと仲良くなること自体が無理なんだよね。狐狩りで殺された仲間の怨を晴らす為に私が 選ばれた。まなちゃんは私を殺すのを拒んだ。だから傷だらけになっちゃったんだ。御礼なんかしちゃいけなかったんだ。今朝一番の電車で帰らなきゃいけなかったんだ。 私はまなちゃんに甘えていただけだった。この狐さんたちは仲間が殺されて許さないんだ。 大きな狐は前足をまなちゃんから外すと石の上の重箱に移動した。クンクンと周りの臭いを嗅ぐと箱をひっくり返した。稲荷寿司が地面に撒き散らされた。大きな狐は 大きく唸った。他の狐達が近づき落ちた稲荷寿司を前足で踏み潰し始めた。私の作った稲荷寿司は誰も食べることなく踏み潰されていく。途中から大きな狐も潰し始めた。 私はそれをただ見ていた。違う。見せ付けられていた。もういいよ。こんな事したって悲しいだけだよ。そう言いたかったけど怖くて声が出なかった。  稲荷寿司を潰し終えると大きな狐は私に近づいてきた。もうまなちゃんのような事は期待出来そうにない。私はこのまま殺されちゃう。家族や友達の顔が脳裏に浮かんで来た。 もう逢えないんだね。目を閉じて祈った。帰りたい。もう一度皆と逢いたい……  どのくらい経ったか何も起きない。急に体が軽くなった。ゆっくり目を開いた。狐達の姿が見えない。目の前に傷だらけのまなちゃんが倒れていた。 つかさ「まなちゃん!!」 駆け寄った。まなちゃんは小刻みに呼吸をしている。傷からはもう血が出ていない。虫の息だった。私の出来ることはもうなにも無い。そう思った。 つかさ「なんで、なんで、言ってくれなかったの、私はバカだから何も分らないよ、説明して……私の代わりに……なんだよね……返事してよ、ねぇ」 何も言わない。言えるはずもない。そんなのは分ってた。まなちゃんの呼吸がみるみる弱まっていく。 つかさ「もう一度人間に戻ってよ、もう一回笑って……私の作った稲荷寿司食べて感想聞かせて……約束したでしょ……」 まなちゃんを両手で抱きかかえた。まなちゃんの目がゆっくりと閉じていく。 つかさ「まなちゃん、まなちゃん!!!」 何度も名前を呼んだ。何度も呼んだ。そしてまなちゃんの呼吸が止まった。 初めてだった。生き物が死んでいくのを目の当たりにするのは。こんなに簡単に……そして呆気なかった。涙すら出ない。 まなちゃんの体が白く、淡く光りだした。私の目のまで蒸発するようのまなちゃんの体が消えていく……そして、何も無くなった。  静寂が戻った。狐達の気配はない。もう茂みの奥に帰ってしまったみたい。両手にいたはずのまなちゃんも居ない。辺りを見回すと踏みつけられた稲荷寿司が散乱している。 さっき起こった出来事は本当だった。潰れた稲荷寿司を一つ一つ拾って一箇所に集めた。葉っぱを被せて埋めた。土に還って肥料にでもなるかな。 ふと石を見ると三段目の箱が置いてある。中身はそのままの状態だった。松本さんの作ったパンケーキ……私の作った稲荷寿司は食べる価値もなかった。きっとそうなんだね。 ひっくり返った箱をリュックの中に入れた。そして三つ目の箱の中のパンケーキを出して直接石の上に置いた。空になった三つ目の箱もリュックの中に入れた。 ここはもう私が来ちゃいけない所なんだね。まなちゃんの笑顔が頭から離れない。私も最後は笑顔で去ろう。 つかさ「さようなら……」 笑顔だったどうかは分らないけど今出来る精一杯の笑顔だったと思う。  突然階段を勢いよく登る音が聞こえてきた。音のする方向を見た。松本さんだった。私を見つけると駆け寄ってきた。息が切れている。 かえで「ハァ、ハァ……自転車が置いてあったから……まだ居ると思った……良かった……」 つかさ「どうしたの……」 かえで「どうしたのじゃないでしょ……もうとっくにお昼回ってるわよ……まだ戻ってこないから……淳子さんと話しててもしやとおもって来たのよ」 腕時計をみてみた。もうそんな時間になっていた。私ったら時間を過ぎるのも忘れていたんだ。 つかさ「淳子……さん?」 かえで「女将さんの名前よ……」 それって昨日の私と同じ。心配そうに私を見てる。昨日も私もそんなだったに違いない。そんな私を見てまなちゃんは言ったんだったね。 つかさ「私……自殺すると思った、それとも宿代を払わないで帰ったと思った?」 自然に出た言葉だった。普段の私ならこんな皮肉は言わないし思いも付かない。 かえで「……バカ……もうあの時のようなのは御免だよ……」 松本さんは私を抱きしめてきた。意外な反応だった。私はまなちゃんにそんな事はしていない。私もするべきだったのかな、恥ずかしいな。でもちょっと嬉しかった。 かえで「いままで何をしてたの?」 つかさ「……箱をひっくり返しちゃって稲荷寿司全部ダメにしちゃって……それを片付けてた……でも松本さんの作ったパンケーキは大丈夫……」 松本さんは笑った。 かえで「柊さんて意外とおっちょこちょいね、折角作ったのに……その程度で良かったわ……さあ、行きましょ、お昼作ってあるから食べてから帰って」 つかさ「松本さん、パンケーキは大丈夫でした」 帰ろうとする松本さんを私は止めた。 かえで「何?」 私を不思議そうに見ている。 つかさ「ここまで来たのだから辻さんに……会って行きませんか?」 かえで「……彼女は私を、この世を捨てたの……今はまだそんな気になれない」 つかさ「今しないで……いつするの?」 松本さんは黙ってしまった。 つかさ「辻さんは松本さんと喧嘩したから自殺したんじゃない、婚約者の事が忘れなくて……」 かえで「なんで貴女にそんなのが分るの、それにどっちだって同じよ……」 松本さんはそのまま階段を降りようとした。 つかさ「……自殺じゃなかったら会えたの、病死だったら、交通事故死だったら……」 松本さんは止まった。 つかさ「どんな死に方したって同じだよ、悲しいのは同じだよ……だから冥福を祈ってあげて……」 かえで「柊さん……さっきの喧嘩じゃないって言い切り方といい、どこからそんな自信が……昨日の時とは大違いね……」 別に自信なんてなかった。ただまなちゃんがそう言っているような気がしたから。それだけだった。 かえで「……突然だった、そう、突然だった、もう二年も経つのにまだ受け入れられなかった……死に方ね、病死だとしてもきっと今と同じだったかもしれない……ごめん、      少し時間くれるかしら……」 わたしは頷いた。松本さんは林の奥に入っていった。石の上のパンケーキの所で立ち止まった。 かえで「浩子……貴女はバカね、私よりも先に逝くなんて……放っておいたって老いで死ぬのよ……毎日来て言ってあげる……バカって……うう」 そのまま石のに崩れるように泣き出した。わたしも一緒に泣きたかったけど何故か涙が出てこない。 そういえばまなちゃんは辻さんを止められなかったって悔やんでた。それならばせめて、その友達に冥福を祈らせたい。 つかさ「まなちゃんこれしか出来なかったけど、良いよね……」 小さく呟いた。急に松本さんを照らすように木洩れ日が差し込んできた。最初にここに来たのと同じ……綺麗な光景だった。まなちゃんが私の問いに答えてくれたみたい。 松本さんはしばらく泣き続けた。いままでの分を取り戻すように…… つかさ「駅まで送ってくれてありがとう」 かえで「私こそ……ありがとうを言わさせて、何て言っていいか……」 松本さんは本当に駅まで送ってくれた。しかも仕事を休んでくれた。 つかさ「私は……何もしていませんし何も出来ませんでした」 かえで「つかさが居なくなると寂しいわ……昨日言ったの是非検討してみて」 つかさ「一緒にお店をって話ですか?」 松本さんは頷いた。 かえで「そうよ、昨日以上にそう思うようになったわ、貴女となら出来そう……決して浩子の代わりなんて思っていない、つかさ、柊つかさとして誘っている」 その言い方はとっても嬉しかった。でもはいともいいえとも言えなかった。決められない。 かえで「つかさが拒否したとしても安心して、店を出すのはもう決めているの……あとは貴女次第よ、だから……一ヶ月後返事をくれればいいわ」 私達は携帯電話の番号とメールアドレスをお互いに教えあった。 かえで「ところであの神社でお参りって何をしたの……つかさは神社の娘って言ってたけど……」 私は返答に困ってしまった。本当の事なんていえるわけもない。 かえで「いいわ、もう聞かないわよ人それぞれよね……一人旅してるのよね、今度は何処に行くの?」 つかさ「まだ……決めていません」 かえで「そう……それならこの電車で暫く行った所にいい温泉があるわよ……つかさは温泉好きそうだし……駅名はね……」 つかさ「あ、別に教えてくれなくてもいいです……」 かえで「そう、残念ね……あ、電車が来たわ……それじゃ……」 つかさ「ありがとうございました、女将さんによろしくって、旦那さんにも……」 私達は固い握手をした。  電車が離れるまで松本さんは私を見送ってくれた。窓の外を見た。田んぼの向こうに小高い山があった。きっとあれが神社の山に違いない。 まなちゃんにもう一度逢いたい。だけどまなちゃんの仲間が私を憎んでいる。もうあの神社には行けない。私は山が見えなくなるまで窓の外を眺めていた。  もう深夜近い時間だった。私は自分の家の玄関の前に立っていた。予定より一日早い帰宅だった。電車の中で地図を見てどこに行こうか迷っている間にいつの間にか 帰ってきてしまった。松本さんの教えようとした温泉でも良かったのかもしれない。でも私は断った。きっと教えてもらっても同じように帰ってきてしまったのかもしれない。 つかさ「ただいま」 かがみ「おかえり……って一日早いわね……さてはホームシックにかかったな」 長旅じゃなかったににお姉ちゃんの声が懐かしい。なんでだろう。おねえちゃんは今でテレビを見ていた。私に背を向けてる。 つかさ「お父さん達は……」 かがみ「なんだか知らないけどカラオケ行ったわよ……私はお留守番」 つかさ「こんな事滅多にないのに……一緒に行けばよかったのに」 かがみ「私はそうゆうの苦手だし……そろそろつかさが帰ってくると思ったのよ、鍵がかかってちゃ入れないでしょ」 私は家の鍵を持ってる。へんな言い訳。お姉ちゃんは振り返り私を見た。 かがみ「夕食は済ませてきたの、つかさ、あんた暫くみていなのに感じが変ったわね……何かしら、大人びているというのか……さては旅で何かいい事あったのね……」 良い事なんかなかった。急に松本さんが泣いている姿が脳裏に映った。目が急に熱くなった。涙が出てきた。なんで今頃になって。家に着いてほっとしからかな。 お姉ちゃんは驚いて私を見ている。 つかさ「お姉ちゃん……私……」 だめ、言葉が出ない。出るのは涙ばっかり。私は何も変ってない。まなちゃんに稲荷寿司さえ食べてもらえなかった。何も出来なかった。見てるだけだった。子供だよ…… 松本さんの誘いにも何も返事ができなかった。 私はまだまだ子供なんだ。 つかさ「うわーん」 かがみ「何があったのか知らないけど……とにかく無事でよかったわ……」 子供の頃と同じように私はお姉ちゃんに抱きついて泣いた。お姉ちゃんに甘えられるのも何回も出来ない。それでも今はただ泣いていたい。涙が枯れるまで…… 「つかさ」 誰か私を呼んでいる。 「つかさ」 誰?誰なの……もしかしてまなちゃん? 真っ暗だよ。 「おーい」 何処なの、分らないよ。ごめんね、私、来ちゃいけなかった。 どうしたの。なんで黙ってるの。私はどうしたら良かったの。教えて……黙ってちゃ分らないよ。 ねえ、どうしたら、良かったの……  耳元に生あたたい風が吹いた。 つかさ「ひゃ!!」 私は飛び上がった。周りを見渡した。ここは……そうだった。私、巫女の手伝いで御守り売り場に居たんだった。 まつり「こんな所で寝ちゃだめじゃない……参拝者が来たらどうするの……っと言ってもこの時間じゃ人も来ないわね」 私の真後ろにまつりお姉ちゃんが立っていた……私はこんな所で寝ちゃってたのか。耳に息を吹きかけられたみたいだった。 まつり「最近どうしたの、元気ないね……旅から帰ってきた辺りからさ」 つかさ「そんなことないよ、普通だよ」 まつり「……まぁいいか、交代しようか」 私は時計を見た。 つかさ「まだ交代時間には早いけど……」 まつり「つかさにお客さんだよ」 つかさ「私に、誰だろう……」 まつりお姉ちゃんの目線を追った。 みゆき「おはようございます、つかささん」 そこにはゆきちゃんが立っていた。突然の訪問だった。 つかさ「おはよう……あれ、今日来るって言ってったっけ?」 みゆき「今日はかがみさんと約束があったのですが……どうしてもつかささんと話したい事がありまして」 つかさ「あと少しで交代だから……先にお姉ちゃんに会ったらいいよ、お姉ちゃんならこの奥でお掃除してるから……」 まつり「はいはい、話の続きは売り場から出てからにしてちょうだい」 まつりお姉ちゃんは私にウインクで合図をした。ありがとうまつりお姉ちゃん。 私達は御守り売り場から離れて少し離れた休憩所のベンチに座った。 ゆきちゃんは私を見て心配そうな顔だった。 みゆき「眠れないのですか?」 さっきの私を見ちゃったのかな。ちょっと恥ずかしいな つかさ「うん……」 みゆき「無理もありませんね、旅先でのあの出来事を考えれば……」 旅から帰って数日後、私はゆきちゃんに旅先の出来事の一部始終を話した。別に誰でも良かった。お姉ちゃんでもこなちゃんでも。お母さんでも良かった。その時たまたま ゆきちゃんが近くに居たから話した。信じてくれないと思った。ゆきちゃんは真剣に聞いてくれた。それだけで嬉しかった。 つかさ「時々夢にまなちゃんが出てくるの、何も言わないまなちゃんが……私、あの時どうしたらいいのか分らなかった、あれで良いなんて思わないよ……眠れない……」 みゆき「そうですか夢にまで出てきているのですね……つかささんはあれで良かったのです」 つかさ「えっ……良かったって、何を言ってるのゆきちゃん」 良かったはずなんかないよ、あれでいいはずなんかない。 みゆき「真奈美さんはつかささんの稲荷寿司に全てを賭けたのです、だからつかささんと約束をした……」 つかさ「ちょっと待って、お話があるって……旅の話なの?」 ゆきちゃんは頷いた。なんで今になってそんな話をするんだろう。私は不思議に思った。 みゆき「つかささんはいろいろ思い違いをなされていると思いまして……私の出した結論と真奈美さんの想いが同じだという確証はありませんが……聞いてくれますか?」 つかさ「まなちゃんはもう居ない……勘違いしたって同じだよ、もう旅の話は聞きたくない……また思い出しちゃう……」 みゆき「……そうですか、残念です」 ゆきちゃんは立ち上がった。そして帰ると思ったけどそのまま私を見て言った。 みゆき「つかささんは松本さんに辻さんの冥福を祈らせたではないですか、その時につかささんが言った言葉……そのままつかささんに言ってもいいですか?」 あの時の……そうだった。私は松本さんに言った。私はあの時の松本さんと同じなのかもしれない。ゆきちゃんはじっと私を見つめて私の返事を待っていた。 つかさ「……今の取り消すよ……ゆきちゃん座って……聞かせて」 ゆきちゃんはにっこり微笑むとまた座った。 みゆき「えーと、何処まで話しました?」 つかさ「私の作った稲荷寿司……ゆきちゃん、稲荷寿司は全部潰されちゃったんだよ、全部……松本さんのパンケーキだけが残った、きっと松本さんの想いが強かったから」 ゆきちゃんは興奮気味も私を宥めるように話しだした。 みゆき「つかささん、稲荷寿司を作るっている時何を思っていましたか?」 つかさ「何をって……まなちゃんに美味しく食べてもらおうと思って……」 みゆき「一度でも殺意を抱いた者に対してそこまで親しく出来るでしょうか、誰にでも出来るとは思いません……真奈美さんは分っていた、つかささんがそうやって作るのを、      その想いの篭った稲荷寿司を仲間の狐さん達に……つかささんの優しさを教えれば怒りも鎮まると」 つかさ「それなら松本さんのパンケーキも同じだよ……私よりももっと想いは強かったと思う」 みゆき「松本さんの作ったパンケーキは真奈美さん以外食べていないと聞きましたが」 つかさ「私の作ったのも誰も食べていない……私の気持ちなんか誰も読み取れないよ……」 みゆき「それが思い違いです……食べる必要なんかないのです、つかささんは言いましたね、真奈美さんはどうやって辻さんの自殺した心情を理解したのですか?」 つかさ「辻さんの吊るしたロープを触れて……あっ!」 そうだった。私は勘違いをしていた。 みゆき「そうです、狐さん達は稲荷寿司を踏んで潰した、怒りに任せて……自分達に能力があるのを忘れるくらいの怒り……踏む度につかさんが真奈美さんを想う心情が      狐さん達に染みていったことでしょう……だから三つ目の箱に入ったパンケーキは潰せなかった……つかささんを殺めることができなかった、      つかささんと真奈美さんの絆が狐さん達の怒りを鎮めたのです」 つかさ「……それが本当だとしても……まなちゃんは帰ってこない……」 みゆき「そうですね、帰ってきませんね、死とはそうゆうものです、真奈美さん、辻浩子さん……そして七十年前に狐狩りをした人も狩られた狐さんも……今はただ祈るばかりです」 ゆきちゃんは手を合わせて祈りだした。私もつられるように祈った。 みゆき「今、一番辛いのは真奈美さんの仲間達かもしれませんね、私達人間を怨んでいたはずが自分の仲間を憎み、傷つけ……その果てに……皮肉ですね」 つかさ「ゆきちゃんそんな事言わないで……まなちゃんが可哀想だよ」 みゆき「すみません、失言でした……」 私と同じ気持ちに狐さん達がなったとしたら辛い気持ちになってるのは理解できる。しゅんと落ち込んでしまったゆきちゃん。ちょっと強く言い過ぎちゃった。 私は財布を取り出して中から葉っぱを取り出した。 みゆき「それは?」 つかさ「これ?これはね、旅館でまなちゃんが旅費代ってくれたんだよ……次の日見てみたらただの葉っぱ……まなちゃんは悪戯好きなんだよ……笑っちゃうでしょ」 みゆき「やはりつかささんは笑顔が一番ですね……そうでなくてはいけません……」  暫く私達は葉っぱを見つめていた。 ゆきちゃんの話を聞いたらすこしだけど引っかかりが取れたような気がした。でも、私には決めなければならない事があった。 つかさ「ゆきちゃん……聞きたい事があるんだけど……」 みゆき「松本さんの誘いの件ですか……期限が迫っていますね」 もう分っちゃってる、ゆきちゃんの意見を聞きたかった。 みゆき「私はまだ学生です、もう既に社会に出ているつかささんに私が言えることなんてありません……」 つかさ「そうな冷たくしなくても……私、どうしていいか分らないよ……」 でも実際はそうかもしれない。自分で決めないといけない。 みゆき「私はとっくに決めていると思いましたけど……違いますか?」 そんな笑顔で言われても…… みゆき「かがみさんから聞きました、最近夜食にパンケーキばかりだしてくると、嫌いではないけど毎日出されると困ると言ってましたよ……松本さんの作り方の研究ですね?」 材料の量、フライパンの温度、焼き時間、全てはかってどれがベストか調べてたんだった。 つかさ「お姉ちゃんそんな風に思ってたんだ、お姉ちゃん何もいわないから……もう大体分ったからもう作るの止めるよ」 みゆき「ふふ……もう答えは出てますね」 確かに私は松本さんと一緒に仕事がしたい。だけどその為に皆と別れるのは辛いな。 みゆき「ところで、その持たれてる物なのですが……つかささんは葉っぱと言ってましたけど私にはどう見ても一万円札にしか見えません」 私は手元を見た。私にはどう見ても葉っぱにしか見えない。空にかざしてみても葉っぱだった。 みゆき「お稲荷様の秘術ですか、不思議ですね……本当は葉っぱか、お札か、分りませんね……術を解かない限り」 かがみ「おーい、なに二人で話してるのよ……」 突然後ろから声がかかった。 つかさ「お姉ちゃん!!」 みゆき「かがみさん、おはようございます」 私とゆきちゃんは顔を見合わせた。 つかさ・みゆき「内緒のお話」 かがみ「……怪しいな、恋愛の話なら混ぜなさいよ」 私とゆきちゃんは首を横に振った。 かがみ「はー、私達にはそうゆう色気が無いのよね……がっかりするわ」 ため息をつくおねえちゃん。私たちの話は聞かれていないみたいだった。 つかさ「お姉ちゃん、掃除はもういいの?」 かがみ「もう片付けも終わった、みゆき待たせたわね」 みゆき「それでは行きますか」 ゆきちゃんは立ち上がった。 つかさ「ところでお姉ちゃんとゆきちゃん、何をするの?」 お姉ちゃんとゆきちゃんは顔を見合わせた。 かがみ「内緒にすることじゃないわね、こなたのやつが最近田村さんと組んでなにならコソコソとしててね、ちょっとお灸を据えないと思って、みゆきと日下部で作戦会議よ」 つかさ「日下部さんも来るんだ……それ、ちょっと私も興味あるかも……」 かがみ「つかさは甘いからダメよ……と言いたいけど興味があるならいいわ、いつもの駅前の喫茶店に居るから覗いてみて」 お姉ちゃんがこうゆうのに誘ってくれるのは初めてかもしれない。 みゆき「つかささん今から行きませんか?」 ゆきちゃんも私を誘ってる。私なんかあまり役に立ちそうにないのに。 つかさ「私はもう少しここに居るよ……頭の中を整理したいから」 みゆき「そうですか、それでは後ほど……」 お姉ちゃんとゆきちゃんは楽しそうに休憩所を出て参道を下っていった。皆まだ学生なんだなと思った。小さくなっていくお姉ちゃん達を見ながらゆきちゃんの話を思い出した。 私を励ますために言ったのかもしれない。ゆきちゃんなら私の話した事に後からいくらでも説明でそう。でも私は確かに生きて帰ってきた。あの狐さん達の怒りの表情からして 急に消えたのが不思議だった。ゆきちゃんの言うのも納得できる。真実を聞きたいけど……まなちゃんにはもう聞けない。目が潤んできたのが分る。もうあの時に泣き尽くしたと 思ったのに。まだ涙が残っていたみたい。まなちゃんを思い出すと笑顔しか思い浮かばない。笑顔。そうだよね。私が来るのが嬉しかったんだね。それだけ分ればいいよ。 旅館で初めて会ったときの笑い、稲荷寿司を持っていった時のあの笑顔。それが全てを語っている。私も私なりに結論した。  お姉ちゃん達が見えなくなった時だった。参道に日が差した。木々の間から淡い光が漏れている。木洩れ日の風景……綺麗……思わず見とれてしまった。 あの階段神社と同じ風景。初めて見たと思っていた。あの神社じゃないと見れないと思っていた。でもこの神社にも在った。不思議に思った。 日が差すのは珍しくない、私は子供の頃からこの景色を何度も見ていたのに何で今まで気が付かなかったんだろう。 旅をしたから気が付いた。普段この光景を見ていたから旅で気が付いた。 どっちでも構わない。もうこの光景は私にとっては掛け替えのないもの。それに気が付いた。もしかしたらそんなのがもっと沢山あるのかもしれない。 普段から満ち溢れて気が付かないで素通りしてしまう、あまりに当たり前で時には粗末に扱ったりする、だけど掛け替えのないもの……生命。 教えてもらっても気付かない。自分で気付かないと分らないんだね。今まで悩んでいたのがバカみたい。 まなちゃんも気付いたんだね。いつ気付いたの。もし私の出会いで気付いたのなら嬉しいな。  私は何をしていいのか分ったよまなちゃん。稲荷寿司を作ってもう一度階段神社に行くよ、そして狐さん達に食べてもらう。今度は踏みつけないでくれるよね。 もちろんまなちゃんの分も作るよ。お稲荷さんとして供えるよ……約束だもんね。あの大きな狐さんはまなちゃんより食べそうだから多めに作るよ。 それから帰りに旅館に寄って松本さん……かえでさんに私が試行錯誤して作ったパンケーキを食べてもらう。それが私の答え。辻さんに対する私の気持ち。  久しぶりに清清しい。風が私の涙を拭ってくれた。 私は手に持っていた葉っぱを財布にしまった。この葉っぱはまだまなちゃんの術がかかってる……そういえばこなちゃんが言ってった。ゲームの世界で呪いがかかった時、 その呪いを解くには呪いをかけた本人が解くか、死んだときだって。もしかしたら……ゲームと現実は違う、だけど希望があってもいいよね。 私の一人旅はやっと終わりそう。違う、これから始まるのかもしれない。  さてと、まなちゃん、駅前の喫茶店に行って来るよ。もう一人の悪戯好きの親友こなちゃん、自業自得かもしれないけど助けなきゃね。 終 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - 最高GJ!! &br()中盤涙腺崩壊した。 &br()これでつかさがもっと好きになれた。 &br() -- 柊つかさは俺の嫁。 (2011-02-21 23:30:24) - 面白くない -- 名無しさん (2011-01-07 19:53:50)
『ジリリリリー!!!』  家から持ってきた目覚まし時計の音で目が覚めた。スイッチを押して音を止めた。起き上がった一回大きく背伸びをした。ふと窓の外を見るとまだ暗い。今度は大荷物を持って あの階段を登る。だから少し早めに起きた。身支度を整えて早速出発。 女将さんは既に起きていて玄関の掃除をしてた。神社に行くって言うとまた自転車を貸してくれた。  考えてみればこれでもうこの階段を登るのは三回目になる。しかも三日連続で。何でだろう。普段なら運動なんて自分からはしないのに。頂上の景色が綺麗だから、 木洩れ日の風景が幻想的だから、まなちゃんが居るから……そんなの考えてもしょうがないか。でも昨日はあんなに早く登れたのに。荷物を持ってるとは言え一段一段登る事に 足が重くなっていく。息も切れて苦しい。空は明るくなってきた。もうすぐ日の出。急ごう。  頂上に着いた。林の奥にへと足を運んだ。居た。まなちゃんが居た。人間の姿で石の上に座っていた。私に気付くとにっこりと微笑んだ。 つかさ「おはよう、約束通り稲荷寿司作ってきたよ」 リュックから重箱を取り出した。まなちゃんは微笑んでいた。 つかさ「あっ!、そうそう、まなちゃんのその姿って辻浩子さんって人じゃないかな」 まなちゃんは黙って頷いた。 つかさ「やっぱり……私その人の友達と会ったんだよ、それでお供え預かったんだ……まなちゃん、聞き難いんだけど……その辻さんって人どこで亡くなったのか知ってる?」 まなちゃんは頭上を指差した。私はその先を目で追った。大きな枝がせり出している。枝にロープを結んで……まなちゃんが座ってる石を踏み台にしたみだいだ。 つかさ「まなちゃん悪いけどその石の上に預かったホットケーキ置きたいんだ……いいかな?」 まなちゃんはゆっくりと立ち上がって退いた。そういえばさっきから黙っちゃって。そうか昨日言ってた。変身したての時って体を上手く動かせないって。悪いことしちゃったかな。 つかさ「ごめん、変身したばっかりなんだね、すぐ終わるからちょっと待ってね」 三段目の箱を石の上に置いた。ホットケーキと稲荷寿司も一緒だけど、きっと彼氏、婚約者さんもきっと一緒に居ると思ってそのままにした。 つかさ「辻さんの友達、松本かえでさんって人が作ったホットケーキ……じゃなかったパンケーキ……どう違うんだろ……松本さんはパンケーキって……どっちでもいいかな……」 まなちゃんは笑った。ちょっと苦しそうだった。 つかさ「ちょっとの間冥福を祈らせてね……」 私は目と閉じて手を合わせた。まなちゃんの笑いが止まった。暫く静寂が続いた。 つかさ「ありがとう、一緒に祈ってくれて……あ!!、まなちゃん、今食べちゃったでしょ……まったく……あれ?」 まなちゃんの口の周りにパンケーキの欠片がついている。良く見ると目から涙が出ていた。パンケーキを食べちゃって辻さんに対する想いを読み取っちゃったのかな。 もらい泣きしそうになった。私の作った稲荷寿司はどうなんだろう。私の想いは伝わるかな。 つかさ「むやみに食べるからだよ……」 気を取り直そう。残りの二段の箱を同じ石の上に並べた。 つかさ「あまり自信がないけど……稲荷寿司だよ、中身は五目にしたり酢飯にしたりしてるから……まなちゃんならこのくらい食べられるよね……」 まなちゃんは私を見ていた。もう少し辻さんの事を聞いてみたい。 つかさ「私、辻さんの事もう少し聞きたいな……松本さんね、辻さんが自殺する前に喧嘩しちゃったんだって……まなちゃんなら分るよね、辻さんの気持ち……」 あれ、さっきから私を見てばかりで稲荷寿司に手を出そうとしてない。私の質問に答え難いのかな。それとも量が多すぎたかな。 つかさ「ごめん、食べに来たんだよね、もう何も聞かないから食べて」 さっきの涙で分った。少なくとも松本さんと辻さんの絆は喧嘩くらいじゃ切れないって。 まなちゃんは手を伸ばして稲荷寿司を掴んだ。次の瞬間、私の視界からまなちゃんが消えた。 『ドサ!!』 地面に何かが叩きつけられるような音が鳴った。見下ろすとまなちゃんが倒れていた。 つかさ「フフフ、まなちゃんまたそんな悪戯しちゃって……いくら私でももう騙されないよ……」 まなちゃんはピクリとも動かない。 つかさ「ちょ、ちょっと、まなちゃん……どうしたの」 私は腰を下ろしてまなちゃんを揺すった。だけど動かない。突然まなちゃんの体が白く光ったと思うと狐の姿に戻ってしまった。何がなんだか分らない。 つかさ「変身するのが早かったんだよね……失敗したの……ねぇ、返事して……」 全く反応がない。あれ、毛が少し赤くなってる。良く見ると全身から血が出てる……傷が、全身に傷がいっぱい付いてた。そして。首に大きな切り傷があった。 もしかしてこの傷の為に喋れなかった。私は慌ててハンカチを出して傷口を押さえた。ハンカチが少しづつ赤く染まっていく。 つかさ「何処で……なんで、こんな大怪我してるのに来たの」 このままじゃダメだ。下に降りて手当てしないと。まなちゃんを抱きかかえようとした。 『ガサガサ』 茂みが激しく揺れた。茂みを割るように狐が出てきた。大きい。まなちゃんよりひとまわり大きいくらい。私を睨みつけてきた。思わずまなちゃんを離して二、三歩後ろにさがった。 狐はゆっくりと私に近づいてきた。ちょうどまなちゃんの目の前まで近づくと止まった。 『ガルルル』 狐は唸ると前足でまなちゃんの頭を踏みつけた。そしてまた私を睨みつけた。この大きい狐。よくみると前足に血が付いている。口元にも血が付いている。もしかしてまなちゃんを 傷つけたのはあの大きな狐。どうして。仲間じゃないの。  眉間から鼻にかけて大きな皴が何本もつけ牙をむき出して私を睨んでいる。狐、違う、犬、狂犬、と言うより狼みたいだった。怒りをむき出しにしている。まなちゃんを踏みつけて こうなったのはまるで私のせいと言わんばかりだった。私を許してくれたんじゃなかったの……そうか……許してくれたのはまなちゃんだけだったんだ。 大きな狐は茂みの方を向きまた唸った。茂みが揺れるとまなちゃんと同じくらいの大きさの狐が何匹も出てきた。十匹くらいはいるだろうか。彼らも牙をむき出して私を睨んでいる。 私を取り囲もうとしている。逃げようとしたけど体が動かない。まなちゃんの時と同じ。  そうだよね。おめでたい考えだった。人間と狐。ましては神様とまで言われた狐さんと仲良くなること自体が無理なんだよね。狐狩りで殺された仲間の怨を晴らす為に私が 選ばれた。まなちゃんは私を殺すのを拒んだ。だから傷だらけになっちゃったんだ。御礼なんかしちゃいけなかったんだ。今朝一番の電車で帰らなきゃいけなかったんだ。 私はまなちゃんに甘えていただけだった。この狐さんたちは仲間が殺されて許さないんだ。 大きな狐は前足をまなちゃんから外すと石の上の重箱に移動した。クンクンと周りの臭いを嗅ぐと箱をひっくり返した。稲荷寿司が地面に撒き散らされた。大きな狐は 大きく唸った。他の狐達が近づき落ちた稲荷寿司を前足で踏み潰し始めた。私の作った稲荷寿司は誰も食べることなく踏み潰されていく。途中から大きな狐も潰し始めた。 私はそれをただ見ていた。違う。見せ付けられていた。もういいよ。こんな事したって悲しいだけだよ。そう言いたかったけど怖くて声が出なかった。  稲荷寿司を潰し終えると大きな狐は私に近づいてきた。もうまなちゃんのような事は期待出来そうにない。私はこのまま殺されちゃう。家族や友達の顔が脳裏に浮かんで来た。 もう逢えないんだね。目を閉じて祈った。帰りたい。もう一度皆と逢いたい……  どのくらい経ったか何も起きない。急に体が軽くなった。ゆっくり目を開いた。狐達の姿が見えない。目の前に傷だらけのまなちゃんが倒れていた。 つかさ「まなちゃん!!」 駆け寄った。まなちゃんは小刻みに呼吸をしている。傷からはもう血が出ていない。虫の息だった。私の出来ることはもうなにも無い。そう思った。 つかさ「なんで、なんで、言ってくれなかったの、私はバカだから何も分らないよ、説明して……私の代わりに……なんだよね……返事してよ、ねぇ」 何も言わない。言えるはずもない。そんなのは分ってた。まなちゃんの呼吸がみるみる弱まっていく。 つかさ「もう一度人間に戻ってよ、もう一回笑って……私の作った稲荷寿司食べて感想聞かせて……約束したでしょ……」 まなちゃんを両手で抱きかかえた。まなちゃんの目がゆっくりと閉じていく。 つかさ「まなちゃん、まなちゃん!!!」 何度も名前を呼んだ。何度も呼んだ。そしてまなちゃんの呼吸が止まった。 初めてだった。生き物が死んでいくのを目の当たりにするのは。こんなに簡単に……そして呆気なかった。涙すら出ない。 まなちゃんの体が白く、淡く光りだした。私の目のまで蒸発するようのまなちゃんの体が消えていく……そして、何も無くなった。  静寂が戻った。狐達の気配はない。もう茂みの奥に帰ってしまったみたい。両手にいたはずのまなちゃんも居ない。辺りを見回すと踏みつけられた稲荷寿司が散乱している。 さっき起こった出来事は本当だった。潰れた稲荷寿司を一つ一つ拾って一箇所に集めた。葉っぱを被せて埋めた。土に還って肥料にでもなるかな。 ふと石を見ると三段目の箱が置いてある。中身はそのままの状態だった。松本さんの作ったパンケーキ……私の作った稲荷寿司は食べる価値もなかった。きっとそうなんだね。 ひっくり返った箱をリュックの中に入れた。そして三つ目の箱の中のパンケーキを出して直接石の上に置いた。空になった三つ目の箱もリュックの中に入れた。 ここはもう私が来ちゃいけない所なんだね。まなちゃんの笑顔が頭から離れない。私も最後は笑顔で去ろう。 つかさ「さようなら……」 笑顔だったどうかは分らないけど今出来る精一杯の笑顔だったと思う。  突然階段を勢いよく登る音が聞こえてきた。音のする方向を見た。松本さんだった。私を見つけると駆け寄ってきた。息が切れている。 かえで「ハァ、ハァ……自転車が置いてあったから……まだ居ると思った……良かった……」 つかさ「どうしたの……」 かえで「どうしたのじゃないでしょ……もうとっくにお昼回ってるわよ……まだ戻ってこないから……淳子さんと話しててもしやとおもって来たのよ」 腕時計をみてみた。もうそんな時間になっていた。私ったら時間を過ぎるのも忘れていたんだ。 つかさ「淳子……さん?」 かえで「女将さんの名前よ……」 それって昨日の私と同じ。心配そうに私を見てる。昨日も私もそんなだったに違いない。そんな私を見てまなちゃんは言ったんだったね。 つかさ「私……自殺すると思った、それとも宿代を払わないで帰ったと思った?」 自然に出た言葉だった。普段の私ならこんな皮肉は言わないし思いも付かない。 かえで「……バカ……もうあの時のようなのは御免だよ……」 松本さんは私を抱きしめてきた。意外な反応だった。私はまなちゃんにそんな事はしていない。私もするべきだったのかな、恥ずかしいな。でもちょっと嬉しかった。 かえで「いままで何をしてたの?」 つかさ「……箱をひっくり返しちゃって稲荷寿司全部ダメにしちゃって……それを片付けてた……でも松本さんの作ったパンケーキは大丈夫……」 松本さんは笑った。 かえで「柊さんて意外とおっちょこちょいね、折角作ったのに……その程度で良かったわ……さあ、行きましょ、お昼作ってあるから食べてから帰って」 つかさ「松本さん、パンケーキは大丈夫でした」 帰ろうとする松本さんを私は止めた。 かえで「何?」 私を不思議そうに見ている。 つかさ「ここまで来たのだから辻さんに……会って行きませんか?」 かえで「……彼女は私を、この世を捨てたの……今はまだそんな気になれない」 つかさ「今しないで……いつするの?」 松本さんは黙ってしまった。 つかさ「辻さんは松本さんと喧嘩したから自殺したんじゃない、婚約者の事が忘れなくて……」 かえで「なんで貴女にそんなのが分るの、それにどっちだって同じよ……」 松本さんはそのまま階段を降りようとした。 つかさ「……自殺じゃなかったら会えたの、病死だったら、交通事故死だったら……」 松本さんは止まった。 つかさ「どんな死に方したって同じだよ、悲しいのは同じだよ……だから冥福を祈ってあげて……」 かえで「柊さん……さっきの喧嘩じゃないって言い切り方といい、どこからそんな自信が……昨日の時とは大違いね……」 別に自信なんてなかった。ただまなちゃんがそう言っているような気がしたから。それだけだった。 かえで「……突然だった、そう、突然だった、もう二年も経つのにまだ受け入れられなかった……死に方ね、病死だとしてもきっと今と同じだったかもしれない……ごめん、      少し時間くれるかしら……」 わたしは頷いた。松本さんは林の奥に入っていった。石の上のパンケーキの所で立ち止まった。 かえで「浩子……貴女はバカね、私よりも先に逝くなんて……放っておいたって老いで死ぬのよ……毎日来て言ってあげる……バカって……うう」 そのまま石のに崩れるように泣き出した。わたしも一緒に泣きたかったけど何故か涙が出てこない。 そういえばまなちゃんは辻さんを止められなかったって悔やんでた。それならばせめて、その友達に冥福を祈らせたい。 つかさ「まなちゃんこれしか出来なかったけど、良いよね……」 小さく呟いた。急に松本さんを照らすように木洩れ日が差し込んできた。最初にここに来たのと同じ……綺麗な光景だった。まなちゃんが私の問いに答えてくれたみたい。 松本さんはしばらく泣き続けた。いままでの分を取り戻すように…… つかさ「駅まで送ってくれてありがとう」 かえで「私こそ……ありがとうを言わさせて、何て言っていいか……」 松本さんは本当に駅まで送ってくれた。しかも仕事を休んでくれた。 つかさ「私は……何もしていませんし何も出来ませんでした」 かえで「つかさが居なくなると寂しいわ……昨日言ったの是非検討してみて」 つかさ「一緒にお店をって話ですか?」 松本さんは頷いた。 かえで「そうよ、昨日以上にそう思うようになったわ、貴女となら出来そう……決して浩子の代わりなんて思っていない、つかさ、柊つかさとして誘っている」 その言い方はとっても嬉しかった。でもはいともいいえとも言えなかった。決められない。 かえで「つかさが拒否したとしても安心して、店を出すのはもう決めているの……あとは貴女次第よ、だから……一ヶ月後返事をくれればいいわ」 私達は携帯電話の番号とメールアドレスをお互いに教えあった。 かえで「ところであの神社でお参りって何をしたの……つかさは神社の娘って言ってたけど……」 私は返答に困ってしまった。本当の事なんていえるわけもない。 かえで「いいわ、もう聞かないわよ人それぞれよね……一人旅してるのよね、今度は何処に行くの?」 つかさ「まだ……決めていません」 かえで「そう……それならこの電車で暫く行った所にいい温泉があるわよ……つかさは温泉好きそうだし……駅名はね……」 つかさ「あ、別に教えてくれなくてもいいです……」 かえで「そう、残念ね……あ、電車が来たわ……それじゃ……」 つかさ「ありがとうございました、女将さんによろしくって、旦那さんにも……」 私達は固い握手をした。  電車が離れるまで松本さんは私を見送ってくれた。窓の外を見た。田んぼの向こうに小高い山があった。きっとあれが神社の山に違いない。 まなちゃんにもう一度逢いたい。だけどまなちゃんの仲間が私を憎んでいる。もうあの神社には行けない。私は山が見えなくなるまで窓の外を眺めていた。  もう深夜近い時間だった。私は自分の家の玄関の前に立っていた。予定より一日早い帰宅だった。電車の中で地図を見てどこに行こうか迷っている間にいつの間にか 帰ってきてしまった。松本さんの教えようとした温泉でも良かったのかもしれない。でも私は断った。きっと教えてもらっても同じように帰ってきてしまったのかもしれない。 つかさ「ただいま」 かがみ「おかえり……って一日早いわね……さてはホームシックにかかったな」 長旅じゃなかったににお姉ちゃんの声が懐かしい。なんでだろう。おねえちゃんは今でテレビを見ていた。私に背を向けてる。 つかさ「お父さん達は……」 かがみ「なんだか知らないけどカラオケ行ったわよ……私はお留守番」 つかさ「こんな事滅多にないのに……一緒に行けばよかったのに」 かがみ「私はそうゆうの苦手だし……そろそろつかさが帰ってくると思ったのよ、鍵がかかってちゃ入れないでしょ」 私は家の鍵を持ってる。へんな言い訳。お姉ちゃんは振り返り私を見た。 かがみ「夕食は済ませてきたの、つかさ、あんた暫くみていなのに感じが変ったわね……何かしら、大人びているというのか……さては旅で何かいい事あったのね……」 良い事なんかなかった。急に松本さんが泣いている姿が脳裏に映った。目が急に熱くなった。涙が出てきた。なんで今頃になって。家に着いてほっとしからかな。 お姉ちゃんは驚いて私を見ている。 つかさ「お姉ちゃん……私……」 だめ、言葉が出ない。出るのは涙ばっかり。私は何も変ってない。まなちゃんに稲荷寿司さえ食べてもらえなかった。何も出来なかった。見てるだけだった。子供だよ…… 松本さんの誘いにも何も返事ができなかった。 私はまだまだ子供なんだ。 つかさ「うわーん」 かがみ「何があったのか知らないけど……とにかく無事でよかったわ……」 子供の頃と同じように私はお姉ちゃんに抱きついて泣いた。お姉ちゃんに甘えられるのも何回も出来ない。それでも今はただ泣いていたい。涙が枯れるまで…… 「つかさ」 誰か私を呼んでいる。 「つかさ」 誰?誰なの……もしかしてまなちゃん? 真っ暗だよ。 「おーい」 何処なの、分らないよ。ごめんね、私、来ちゃいけなかった。 どうしたの。なんで黙ってるの。私はどうしたら良かったの。教えて……黙ってちゃ分らないよ。 ねえ、どうしたら、良かったの……  耳元に生あたたい風が吹いた。 つかさ「ひゃ!!」 私は飛び上がった。周りを見渡した。ここは……そうだった。私、巫女の手伝いで御守り売り場に居たんだった。 まつり「こんな所で寝ちゃだめじゃない……参拝者が来たらどうするの……っと言ってもこの時間じゃ人も来ないわね」 私の真後ろにまつりお姉ちゃんが立っていた……私はこんな所で寝ちゃってたのか。耳に息を吹きかけられたみたいだった。 まつり「最近どうしたの、元気ないね……旅から帰ってきた辺りからさ」 つかさ「そんなことないよ、普通だよ」 まつり「……まぁいいか、交代しようか」 私は時計を見た。 つかさ「まだ交代時間には早いけど……」 まつり「つかさにお客さんだよ」 つかさ「私に、誰だろう……」 まつりお姉ちゃんの目線を追った。 みゆき「おはようございます、つかささん」 そこにはゆきちゃんが立っていた。突然の訪問だった。 つかさ「おはよう……あれ、今日来るって言ってったっけ?」 みゆき「今日はかがみさんと約束があったのですが……どうしてもつかささんと話したい事がありまして」 つかさ「あと少しで交代だから……先にお姉ちゃんに会ったらいいよ、お姉ちゃんならこの奥でお掃除してるから……」 まつり「はいはい、話の続きは売り場から出てからにしてちょうだい」 まつりお姉ちゃんは私にウインクで合図をした。ありがとうまつりお姉ちゃん。 私達は御守り売り場から離れて少し離れた休憩所のベンチに座った。 ゆきちゃんは私を見て心配そうな顔だった。 みゆき「眠れないのですか?」 さっきの私を見ちゃったのかな。ちょっと恥ずかしいな つかさ「うん……」 みゆき「無理もありませんね、旅先でのあの出来事を考えれば……」 旅から帰って数日後、私はゆきちゃんに旅先の出来事の一部始終を話した。別に誰でも良かった。お姉ちゃんでもこなちゃんでも。お母さんでも良かった。その時たまたま ゆきちゃんが近くに居たから話した。信じてくれないと思った。ゆきちゃんは真剣に聞いてくれた。それだけで嬉しかった。 つかさ「時々夢にまなちゃんが出てくるの、何も言わないまなちゃんが……私、あの時どうしたらいいのか分らなかった、あれで良いなんて思わないよ……眠れない……」 みゆき「そうですか夢にまで出てきているのですね……つかささんはあれで良かったのです」 つかさ「えっ……良かったって、何を言ってるのゆきちゃん」 良かったはずなんかないよ、あれでいいはずなんかない。 みゆき「真奈美さんはつかささんの稲荷寿司に全てを賭けたのです、だからつかささんと約束をした……」 つかさ「ちょっと待って、お話があるって……旅の話なの?」 ゆきちゃんは頷いた。なんで今になってそんな話をするんだろう。私は不思議に思った。 みゆき「つかささんはいろいろ思い違いをなされていると思いまして……私の出した結論と真奈美さんの想いが同じだという確証はありませんが……聞いてくれますか?」 つかさ「まなちゃんはもう居ない……勘違いしたって同じだよ、もう旅の話は聞きたくない……また思い出しちゃう……」 みゆき「……そうですか、残念です」 ゆきちゃんは立ち上がった。そして帰ると思ったけどそのまま私を見て言った。 みゆき「つかささんは松本さんに辻さんの冥福を祈らせたではないですか、その時につかささんが言った言葉……そのままつかささんに言ってもいいですか?」 あの時の……そうだった。私は松本さんに言った。私はあの時の松本さんと同じなのかもしれない。ゆきちゃんはじっと私を見つめて私の返事を待っていた。 つかさ「……今の取り消すよ……ゆきちゃん座って……聞かせて」 ゆきちゃんはにっこり微笑むとまた座った。 みゆき「えーと、何処まで話しました?」 つかさ「私の作った稲荷寿司……ゆきちゃん、稲荷寿司は全部潰されちゃったんだよ、全部……松本さんのパンケーキだけが残った、きっと松本さんの想いが強かったから」 ゆきちゃんは興奮気味も私を宥めるように話しだした。 みゆき「つかささん、稲荷寿司を作るっている時何を思っていましたか?」 つかさ「何をって……まなちゃんに美味しく食べてもらおうと思って……」 みゆき「一度でも殺意を抱いた者に対してそこまで親しく出来るでしょうか、誰にでも出来るとは思いません……真奈美さんは分っていた、つかささんがそうやって作るのを、      その想いの篭った稲荷寿司を仲間の狐さん達に……つかささんの優しさを教えれば怒りも鎮まると」 つかさ「それなら松本さんのパンケーキも同じだよ……私よりももっと想いは強かったと思う」 みゆき「松本さんの作ったパンケーキは真奈美さん以外食べていないと聞きましたが」 つかさ「私の作ったのも誰も食べていない……私の気持ちなんか誰も読み取れないよ……」 みゆき「それが思い違いです……食べる必要なんかないのです、つかささんは言いましたね、真奈美さんはどうやって辻さんの自殺した心情を理解したのですか?」 つかさ「辻さんの吊るしたロープを触れて……あっ!」 そうだった。私は勘違いをしていた。 みゆき「そうです、狐さん達は稲荷寿司を踏んで潰した、怒りに任せて……自分達に能力があるのを忘れるくらいの怒り……踏む度につかさんが真奈美さんを想う心情が      狐さん達に染みていったことでしょう……だから三つ目の箱に入ったパンケーキは潰せなかった……つかささんを殺めることができなかった、      つかささんと真奈美さんの絆が狐さん達の怒りを鎮めたのです」 つかさ「……それが本当だとしても……まなちゃんは帰ってこない……」 みゆき「そうですね、帰ってきませんね、死とはそうゆうものです、真奈美さん、辻浩子さん……そして七十年前に狐狩りをした人も狩られた狐さんも……今はただ祈るばかりです」 ゆきちゃんは手を合わせて祈りだした。私もつられるように祈った。 みゆき「今、一番辛いのは真奈美さんの仲間達かもしれませんね、私達人間を怨んでいたはずが自分の仲間を憎み、傷つけ……その果てに……皮肉ですね」 つかさ「ゆきちゃんそんな事言わないで……まなちゃんが可哀想だよ」 みゆき「すみません、失言でした……」 私と同じ気持ちに狐さん達がなったとしたら辛い気持ちになってるのは理解できる。しゅんと落ち込んでしまったゆきちゃん。ちょっと強く言い過ぎちゃった。 私は財布を取り出して中から葉っぱを取り出した。 みゆき「それは?」 つかさ「これ?これはね、旅館でまなちゃんが旅費代ってくれたんだよ……次の日見てみたらただの葉っぱ……まなちゃんは悪戯好きなんだよ……笑っちゃうでしょ」 みゆき「やはりつかささんは笑顔が一番ですね……そうでなくてはいけません……」  暫く私達は葉っぱを見つめていた。 ゆきちゃんの話を聞いたらすこしだけど引っかかりが取れたような気がした。でも、私には決めなければならない事があった。 つかさ「ゆきちゃん……聞きたい事があるんだけど……」 みゆき「松本さんの誘いの件ですか……期限が迫っていますね」 もう分っちゃってる、ゆきちゃんの意見を聞きたかった。 みゆき「私はまだ学生です、もう既に社会に出ているつかささんに私が言えることなんてありません……」 つかさ「そうな冷たくしなくても……私、どうしていいか分らないよ……」 でも実際はそうかもしれない。自分で決めないといけない。 みゆき「私はとっくに決めていると思いましたけど……違いますか?」 そんな笑顔で言われても…… みゆき「かがみさんから聞きました、最近夜食にパンケーキばかりだしてくると、嫌いではないけど毎日出されると困ると言ってましたよ……松本さんの作り方の研究ですね?」 材料の量、フライパンの温度、焼き時間、全てはかってどれがベストか調べてたんだった。 つかさ「お姉ちゃんそんな風に思ってたんだ、お姉ちゃん何もいわないから……もう大体分ったからもう作るの止めるよ」 みゆき「ふふ……もう答えは出てますね」 確かに私は松本さんと一緒に仕事がしたい。だけどその為に皆と別れるのは辛いな。 みゆき「ところで、その持たれてる物なのですが……つかささんは葉っぱと言ってましたけど私にはどう見ても一万円札にしか見えません」 私は手元を見た。私にはどう見ても葉っぱにしか見えない。空にかざしてみても葉っぱだった。 みゆき「お稲荷様の秘術ですか、不思議ですね……本当は葉っぱか、お札か、分りませんね……術を解かない限り」 かがみ「おーい、なに二人で話してるのよ……」 突然後ろから声がかかった。 つかさ「お姉ちゃん!!」 みゆき「かがみさん、おはようございます」 私とゆきちゃんは顔を見合わせた。 つかさ・みゆき「内緒のお話」 かがみ「……怪しいな、恋愛の話なら混ぜなさいよ」 私とゆきちゃんは首を横に振った。 かがみ「はー、私達にはそうゆう色気が無いのよね……がっかりするわ」 ため息をつくおねえちゃん。私たちの話は聞かれていないみたいだった。 つかさ「お姉ちゃん、掃除はもういいの?」 かがみ「もう片付けも終わった、みゆき待たせたわね」 みゆき「それでは行きますか」 ゆきちゃんは立ち上がった。 つかさ「ところでお姉ちゃんとゆきちゃん、何をするの?」 お姉ちゃんとゆきちゃんは顔を見合わせた。 かがみ「内緒にすることじゃないわね、こなたのやつが最近田村さんと組んでなにならコソコソとしててね、ちょっとお灸を据えないと思って、みゆきと日下部で作戦会議よ」 つかさ「日下部さんも来るんだ……それ、ちょっと私も興味あるかも……」 かがみ「つかさは甘いからダメよ……と言いたいけど興味があるならいいわ、いつもの駅前の喫茶店に居るから覗いてみて」 お姉ちゃんがこうゆうのに誘ってくれるのは初めてかもしれない。 みゆき「つかささん今から行きませんか?」 ゆきちゃんも私を誘ってる。私なんかあまり役に立ちそうにないのに。 つかさ「私はもう少しここに居るよ……頭の中を整理したいから」 みゆき「そうですか、それでは後ほど……」 お姉ちゃんとゆきちゃんは楽しそうに休憩所を出て参道を下っていった。皆まだ学生なんだなと思った。小さくなっていくお姉ちゃん達を見ながらゆきちゃんの話を思い出した。 私を励ますために言ったのかもしれない。ゆきちゃんなら私の話した事に後からいくらでも説明でそう。でも私は確かに生きて帰ってきた。あの狐さん達の怒りの表情からして 急に消えたのが不思議だった。ゆきちゃんの言うのも納得できる。真実を聞きたいけど……まなちゃんにはもう聞けない。目が潤んできたのが分る。もうあの時に泣き尽くしたと 思ったのに。まだ涙が残っていたみたい。まなちゃんを思い出すと笑顔しか思い浮かばない。笑顔。そうだよね。私が来るのが嬉しかったんだね。それだけ分ればいいよ。 旅館で初めて会ったときの笑い、稲荷寿司を持っていった時のあの笑顔。それが全てを語っている。私も私なりに結論した。  お姉ちゃん達が見えなくなった時だった。参道に日が差した。木々の間から淡い光が漏れている。木洩れ日の風景……綺麗……思わず見とれてしまった。 あの階段神社と同じ風景。初めて見たと思っていた。あの神社じゃないと見れないと思っていた。でもこの神社にも在った。不思議に思った。 日が差すのは珍しくない、私は子供の頃からこの景色を何度も見ていたのに何で今まで気が付かなかったんだろう。 旅をしたから気が付いた。普段この光景を見ていたから旅で気が付いた。 どっちでも構わない。もうこの光景は私にとっては掛け替えのないもの。それに気が付いた。もしかしたらそんなのがもっと沢山あるのかもしれない。 普段から満ち溢れて気が付かないで素通りしてしまう、あまりに当たり前で時には粗末に扱ったりする、だけど掛け替えのないもの……生命。 教えてもらっても気付かない。自分で気付かないと分らないんだね。今まで悩んでいたのがバカみたい。 まなちゃんも気付いたんだね。いつ気付いたの。もし私の出会いで気付いたのなら嬉しいな。  私は何をしていいのか分ったよまなちゃん。稲荷寿司を作ってもう一度階段神社に行くよ、そして狐さん達に食べてもらう。今度は踏みつけないでくれるよね。 もちろんまなちゃんの分も作るよ。お稲荷さんとして供えるよ……約束だもんね。あの大きな狐さんはまなちゃんより食べそうだから多めに作るよ。 それから帰りに旅館に寄って松本さん……かえでさんに私が試行錯誤して作ったパンケーキを食べてもらう。それが私の答え。辻さんに対する私の気持ち。  久しぶりに清清しい。風が私の涙を拭ってくれた。 私は手に持っていた葉っぱを財布にしまった。この葉っぱはまだまなちゃんの術がかかってる……そういえばこなちゃんが言ってった。ゲームの世界で呪いがかかった時、 その呪いを解くには呪いをかけた本人が解くか、死んだときだって。もしかしたら……ゲームと現実は違う、だけど希望があってもいいよね。 私の一人旅はやっと終わりそう。違う、これから始まるのかもしれない。  さてと、まなちゃん、駅前の喫茶店に行って来るよ。もう一人の悪戯好きの親友こなちゃん、自業自得かもしれないけど助けなきゃね。 終 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3) - 良かったです! &br()つかさ主役の長編に外れはない! &br()つかさの成長過程が本当に良かった! -- 名無しさん (2011-08-07 04:29:37) - 最高GJ!! &br()中盤涙腺崩壊した。 &br()これでつかさがもっと好きになれた。 &br() -- 柊つかさは俺の嫁。 (2011-02-21 23:30:24) - 面白くない -- 名無しさん (2011-01-07 19:53:50)

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