ID:99QIxS2o氏:お祭りの、そのあとは(ページ1)

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ID:99QIxS2o氏:お祭りの、そのあとは(ページ1)」(2010/10/08 (金) 21:22:14) の最新版変更点

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いかにも梅雨らしい、今日はそんなぐずついた空模様の日だった。<br /> 予報通りの曇り空からは雨がぽつぽつと控えめに落ちてきている。<br /> 雨に濡れないように、苦心して歩く人々の視線が空に向くことはない。<br /> そんな、どこか物憂げな大気に包まれた街のファミリーレストラン。<br /> その一角で、私は怒りに声を荒げていた。<br /><br /> 「……でも!そんなのってないじゃない!」<br /><br /> 「ま、まあまあかがみん、落ち着いて。ここ、外、外」<br /><br />  時刻はそろそろランチタイムも終わろうかという頃。<br /> 平日のせいか雨のせいか閑散として、それでも親子連れやカップルで<br /><br /> それなりに賑わう店内、気がつけば私は全員の注目の的となっていた。<br /> キッチンの奥からも、エプロン姿の渋い男性が苦い顔を覗かせている。<br /> 当然、私は意気消沈して、握り締めた拳からは力が抜けていき、続いて耳の熱くなる音が聞こえた。<br /><br /> 「よろしいよろしいー、羞恥に戸惑うかがみんもかわいいよ」<br /><br />  テーブル対面のこなたがニヤニヤと私を見つめる。<br /> 蛍光灯に照らされた肌はひどく不健康な色をしていた。<br /> 聞けば、大学も2年目に入って手の抜き方を完璧に覚えたらしく、<br /> 最近はネトゲ三昧の生活を送っているとのことだ。<br /> しかし、試験期間になると他大の私に泣きつくのはどうかと思う。<br /><br /><br /> 「……気色わるい言い方すんな」<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />          お祭りの、そのあとは<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /> 「―――さて、それでは話を整理しようか………どったの?かがみん」<br /><br /> 「いや…アンタがそんな物言いをするなんて、って……」<br /><br /> 「ああこれ?いやー!最近ハマってる探偵物のアニメがあってねー」<br /><br /> 「…………」<br /><br /> 「あれ?もしかして呆れてる?」<br /><br /> 「……いや、アンタのことだからどーせそんなとこだと思ってたわよ」<br /><br /> 「さっすがかがみん!あたしのことよーーっくわかってるねえ」<br /><br /> 「もう、いいから続けて」<br /><br /> 「りょーかーい。さて、それでは話を整理しようか……」<br /><br /> 「もういいって……」<br /><br /><br /> 「で、かがみんがそんなに怒ってる理由だけどさ」<br /><br />  そう、とにかく私は怒っている。<br /><br /> 「つかさが一人暮らしを始めることにしたから、じゃなくて」<br /><br />  つかさは次の春に専門学校を卒業する。<br /> 早々と都内で就職先を見つけたつかさは、その近くで一人暮らしをすると言い始めた。<br /> まあ、都内と言っても職場から家まで1時間もかからないし、<br /> わざわざ引っ越さずに実家から通えばいいとは思った。<br /> でも自立するのは悪いことじゃないし、それは怒った理由じゃない。<br /><br /> 「急な話だったから、でもなくて」<br /><br />  つかさは、夏休みに入ったら、つまりあと一ヶ月もしたら一人暮らしを始めると言った。<br /> そして、それを聞かされたのが今朝。<br /> まあ、今の学校もバイト先も引っ越せば近くなるし、<br /> 早くから生活の基盤を作っておくのも悪くないと思う。<br /> 急な話だったけど、つかさは働いて自力でお金も貯めてたみたいだし、<br /> 無計画なわけじゃないから、それも違う。<br /><br /><br /> 「ひとえに……なんの相談も無かったから、ってこと?」<br /><br /><br />  ……そうよ。<br /> そんな話、つかさは一言も私には話してくれてなかった。<br /> お母さんやお父さんに、いのり姉さんまつり姉さんにだって相談していたのに。<br /> そんなのって、あんまりじゃない。<br /><br /> 「つかさはかがみんに話したら止められる、って分かってたんじゃない?」<br /><br />  たしかに、そうかもしれない。。<br /> 私ならたぶん…ううん、絶対にまず反対したと思う。<br /> それでも、つかさが本気で考えてることなら、私だって一緒に考えたい。<br /> キツいこと言うかもしれないけど、手助けもしてあげたい。<br /> けど……だけど、つかさがそれを拒むんだったら……私……<br /> 本当は、つかさに嫌われてるんじゃないかって思えて。<br /> そう思うと、頭ん中がぐしゃぐしゃになって……<br /><br /> 「で、つかさとケンカして家を飛び出して、愛する私に頼ってきたんだね」<br /><br />  愛する、は余計よ。<br /> 呟いて少し目線を上げると、いつものようなどこか泰然とした笑顔で、こなたが私を見澄ましていた。<br /> 不意に、その少し細めた瞳に心臓が衝き動かされ、私は慌ててコーヒーカップに手を伸ばした。<br /> カップの中でスプーンがカラカラと音をたて、一口にも満たない冷めたコーヒーが喉を通り過ぎていく。<br /> そうして平静を装った次の瞬間にはもう、こなたの表情はいつもの剣呑なものに戻っていた。<br /><br />  雨音が、少しだけ耳に障る。<br /><br /> 「でも、かがみんは仲直りがしたいんだよね?<br /> なら今言ったことをつかさにも話せばいいじゃん」<br /><br />  かがみんの気持ちを素直に伝えればいいんだよ、と芝居がかった調子でこなたは言う。<br /><br />  たしかに、それを伝えればきっとつかさは私を許してくれるし、<br /> つかさが理由を話してくれたらきっと私だって理解できる。<br /> 姉妹なんだから、ずっと一緒だったんだからそれくらい分かってる。<br /> でも、なぜだろう。<br /> わからないけれど。<br /><br /> 「……それは、イヤなの」<br /><br />  心底驚いた、というようにこなたは目を見開いた。<br /> 構わず私は続ける。<br /><br /> 「なんでだろ、わかんないわよ。<br /> 頭の中ぐちゃぐちゃで全然わかんない……だけど……だけど、イヤなのよ」<br /><br />  私の気持ちが、その素晴らしい解決策を良しとしなかった。<br /> 胸の中のモヤモヤが疼いて、心がざらついて、私は自分の本音をつかさに伝えることを拒んでいた。<br /> 隠していたつかさが悪いと思ってる?<br /> ひょっとして、自分が姉だからなんて思ってる?<br /> それは一体なぜなのか、次々に仮定を浮かべてはそれを否定していく。<br /> 初めての戸惑いに、私の感情は闇に囚われたように出口を見失っていた。<br /><br /> 「なるほどねー」<br /><br />  そんな苦悩もどこ吹く風といった調子で、こなたは妙に納得したように頷いていた。<br /><br /> 「……は?」<br /><br />  当然、ワケが分からず私の口からは疑問の声が洩れる。<br /><br /> 「いやーかがみんがなんで怒ってるのかわかっちゃったのだよ。それはもう、ピコーンと」<br /><br />  こなたは口を猫のように丸めながら、人差し指を立てた両手を頭の上でぐるぐると回している。<br /> その動作にツッコむ気力は、今の私には無い。<br /><br /> 「聞きたい?ねえ、聞きたい!?」<br /><br />  楽しくてしょうがない、そう顔に書いてある。<br /> その屈託の無い笑顔は、まあ嫌いじゃないけど。<br /> けど、今はムカつく!<br /><br /> 「……自分で考える」<br /><br />  その答に満足したようだったこなたは、すぐに震える携帯を手に席を外した。<br /> 私はと言えば、まるで見当もつかない答を探してさ迷っていた。<br /> 今までの会話を探っても、あらためて自分に問いかけても、それらしいものを見つけることはできない。<br /><br />  なんでつかさに謝れないのだろう、このモヤモヤは一体なんなのだろう。<br /><br />  頭を抱えても抱えても思考の道筋すら見つけられず、ついに、私は震える左手を伸ばした。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /> 「すいません……この豆乳仕立てのミルクレープを一つお願いします」<br /><br /> ケーキがテーブルに届けられ、私が紅茶を淹れたところでこなたが席に戻ってくる。<br /> 黙ってテーブルに着くと、フォークを片手にした私をじっと見つめた。<br /><br /> 「……言いたいことがあるなら言えばいいじゃない」<br /><br />  なんというか。<br /><br /> 「……それで頭が回るなら、いいと思うよ」<br /><br />  見透かされてるなあ、私。<br /><br /> 「…ちょっと食べる?」<br /><br /> 「うん、ありがとー」<br /><br />  心持ち大きめににケーキを切り分けて差し出す。<br /> それを一口でほおばって、こなたは喋り始めた。<br /><br /> 「…ひょっと……聞ひたいんあけど……」<br /><br /> 「いや、どっちかにしなさいよ、ほら」<br /><br />  紅茶でケーキを飲み下し、再びこなたは喋りだす。<br /><br /> 「いやごめんごめん……んでさあ、かがみんとつかさってケンカしたことあるの?」<br /><br /> 私が目をぱちぱちさせていると、少し慌てたようにこなたは続ける。<br /><br /> 「いやーだって私の知る限り二人のケンカなんて初めてだったからさ。<br /> そこんとこ、どーだったのかなーって思って」<br /><br /> 「ケンカねえ…」<br /><br />  何か拾い物もあるかもしれないし、糖分が頭に回るまで時間もかかるし、<br /> 少しくらい脱線してもいいかな。<br /> そんなことを、考えていた。<br /><br /> 「どうだったかな……あ!そうそう、一度だけあったわね」<br /><br /> 「おおー!聞かせて聞かせて!ね、ね!」<br /><br />  身を乗り出して、目を輝かせてこなたは私につっかかる。<br /> その姿を視界に収めながら、私の意識は既に記憶の海へと没入していた。<br /> あれはたしか……<br /><br /> 「えっと……あれは、ちょうど今くらいの季節で、たしか小1だったかしら……私は……」<br /><br /><br /><br />  …………<br /><br /> あたしは、つかさが嫌いだった。<br /><br />  このかわいらしい妹はどこへ行くにも後ろからついてきて、<br /> でも一緒にいたらかわいがられるのはつかさばっかり。<br /> あたしがお守りしないといけないし、そのせいであたしは好きなことできないし。<br /> こないだだって、あたしがかわいいって言われた髪形マネされて、けっきょくつかさがほめられてた。<br /> だからね。<br /><br /> 「おねえちゃーん、おまつり楽しいね!」<br /><br />  絶対に、今日は一緒にいてあげないんだから!<br /><br /> 「…お母さん、あたしちょっと一人で色々見てくるね!」<br /><br /> 「ま、待ってよお、おねえちゃーーん」<br /><br />  お母さんの注意する声からも、追いかけてくるつかさからも逃げて、あたしは走り出す。<br /> 待って、待ってというつかさの声も遠くなり、あたしはお祭りの騒ぎの中でやっと一人になれた。<br /><br /><br />  おこづかいの1000円を握りしめて、<br /> どんな楽しいことをしてやろうかと考えると胸がドキドキする。<br /> 射的とか、わなげとか、かたぬきとか…くじびきじゃちょっともったいないな。<br /> わたあめもおいしそう、だけどたぶん後でお母さんが買ってくれる。<br /> お祭りの魔法があたしの胸をいっぱいにして、見える景色がぜんぶキラキラかがやいていた。<br /><br />  そしてそんな中であたしの心はいつしか、ある屋台に吸い寄せられていた。<br /><br /> 「おっ!お嬢ちゃん一人?一回三百円だよ!やってくかい?」<br /><br />  勇気を出して、期待に心おどらせて、あたしのチャレンジが始まる。<br /><br />  初めての金魚すくい。<br /> もらった一枚のアミはすぐ破けてしまい、あたしのチャレンジは終わった。<br /><br /> 「やったあ!取れた!取れたよおかあさん!」<br /><br />  となりで、あたしと同じか少し小さいくらいの女の子が大声をあげた。<br /> 彼女はお母さんに頭をなでられながら、幸せそうに笑っている。<br /> あたしはその姿を、自分と重ねていた。<br /><br /> 「おじさん、もう一回やります!」<br /><br /> アミとおわんを両手に抱いて、あたしは注意深く水面を見つめた。<br /> さっきの失敗でわかった。<br /> やみくもに振り回してたら、アミはすぐに破けてしまう。<br /> だから、アミは横にしてなるべく水とぶつからないように、狙いを定めてすぐに金魚をつかまえる!<br /> さっと水中にアミを差し込むと狙い通り、あたしは金魚をすくい上げた。<br /><br /> 「やった―――あ!」<br /><br />  小さな水音を残して、金魚はプールへ帰って行った。<br /><br /> 「惜しかったねえ、お嬢ちゃん!掬ったらすぐお椀に入れないとな!」<br /><br /> 「おじさん、もっかい!」<br /><br />  すぐにあたしは最後の300円を差し出す。<br /><br /> 「毎度あり!特別だ、お嬢ちゃんに教えてやろう!お椀はもっと水に近づけたら簡単だぜ!」<br /><br />  おじさんの言葉にしたがって水面ギリギリまでおわんを近づける。<br /> 再び狙いを定めて、さっきよりも鋭くアミを水の中へ。<br /> 一匹の金魚をアミからおわんのなかへ滑り込ませる。<br /> アミは破けたが、もう金魚が落ちていくことはない。<br /> そしてあたしは勝者のようにおわんを掲げた。<br /><br />  あたしはとうとう、金魚をすくったのだ!<br /><br /> 「おめでとう、お嬢ちゃん!今袋につめてやるからな!」<br /><br />  おじさんが金魚をビニール袋に入れている間に、あたしの頭はぐるぐると回っていた。<br /> 名前はどうしようか。<br /> どこで飼おうか。<br /> 池がいいかな?<br /> 水槽のほうがいいかな?<br /> あ、お母さんもお父さんも許してくれるかな?<br /> みんななんて言うかな?<br /> ほめてくれるかな?<br /> ほめてくれたら…いいな!<br /><br /> 「はいよお待たせ……おや、またかわいらしいお嬢ちゃんが来たな!」<br /><br /><br />  ……?<br /><br /><br /> 「おねえちゃん、やっと見つけたー!」<br /><br /><br /><br />  ……つかさ。<br /><br /> 「わあー、金魚、おねえちゃんが取ったのー?すごいね!」<br /><br /> 「……ま、まあね」<br /><br /> 「いいなー、わたしもやってみたいなー!」<br /><br /> 「じゃ、じゃあコツを教えてあげる!」<br /><br /> 「ホント!?ありがとう、おねえちゃん!」<br /><br /> 「いい?アミはこう、横にして…おわんは水に近づけるの…」<br /><br /><br /> 「ははは、毎度あり!お姉ちゃんはすっかり金魚掬いの達人だな!妹ちゃんもがんばれよ!」<br /><br />  このときあたしは喜びのあまり、いつも抱いていたつかさへの気持ちをすっかり忘れていた。<br /> 全てが楽しいことにさえ思えていた。<br /> つかさにほめられることも、頼られることも。<br /> あたし自身がつかさにお姉ちゃんとして接するのも。<br /> 屋台のおじさんの軽口さえも。<br /><br /> そしてつかさはすぐに3回のチャレンジに失敗して、あたしに泣きついてくる。<br /><br /> 「おねえちゃん、わたしダメだったよー!」<br /><br /> 「あはは、しょうがないわねー」<br /><br />  あたしが取った一匹がいるから。<br /> そう口に出す、その瞬間だった。<br /><br /> 「ははは、しょうがない!たくさん遊んでくれた、かわいらしい妹ちゃんにサービスだ!」<br /><br />  そう言って、おじさんは金魚を2匹ビニール袋に入れてつかさに押しつける。<br /><br />  つかさがとまどいながら嬉しそうに、とてもとても嬉しそうにそれを受け取ると、<br /> あたしの中で何かが弾けた。<br /><br /> 仲良くやれよー、とあたしたちを見送るおじさん、手に持った金魚、<br /> となりを歩くつかさ、全てが遠くに感じた。<br /> あたしには1匹、つかさには2匹。<br /> あたしはすくって、つかさはもらって。<br /> つまりは、そういうことなのだと思う。<br /><br /><br /> ―――つかさちゃんお姉ちゃんと同じ髪にしたの?やっぱりかわいいわね―――<br /><br /><br /> ―――つかさちゃんまたかわいくなって、浴衣も似合うのねえ―――<br /><br /><br /><br />  かがみちゃんはしっかり者で偉いわ。<br /><br /><br />  お姉ちゃんなんだからつかさちゃんを守ってあげないとね。<br /><br /><br /> 「―――あ!お母さん、お父さん!」<br /><br />  気がつけば、あたし達は両親のもとへ帰り着いていた。<br /> かけ足でつかさはお父さんに飛びつき、お父さんはつかさの頭をなでる。<br /><br /> 「見て見てお父さん!かわいいでしょー」<br /><br />  お父さんは2匹の金魚とつかさを交互に見て、ほほえんだ。<br /><br /> 「ああ、かわいい金魚だね。二匹も取るなんてすごいぞ」<br /><br />  いつの間にかそばにいたお母さんが、あたしに喋りかける。<br /><br /> 「かがみも、かわいい金魚ね。つかさのこと見てくれてありがとう」<br /><br /><br />  耳鳴りの向こうで、つかさの声が聞こえる。<br /> 違うよお父さん、お姉ちゃんは取ったけど、わたしは取れなかったから…<br /><br />  お父さんがあたしを見てほほえむ。<br /> つかさはお日様のように笑う。<br /> あたしの手から、ビニール袋がこぼれ落ちていった。<br /><br />  水がざあっと流れ出して、石畳に広がっていく。<br /> お母さんは、何か喋りながら慌ててしゃがみこんだ。<br /><br /> 「―――ない……!」<br /><br />  金魚が水を求めて必死に跳ね回り、みんなが疑問の顔をあたしに向ける。<br /><br /><br /><br /> 「―――いらないよ!そんなの!」<br /><br /><br /><br />  やがて金魚は力尽きて、その動きを止めた。<br /><br /><br /> 「なんで!なんでいっつもつかさばっかり!そんなのずるいよ!」<br /><br />  お父さんお母さんが何か言っていたが、何も耳に入らなかった。<br /><br /> 「やだ、もうやだ!お父さんもお母さんも嫌い!嫌い!」<br /><br />  あたしはただ、つかさを睨み続けていた。<br /><br /> 「……つかさなんて、つかさなんて……」<br /><br />  その顔は驚き、そして怯えていた。<br /> そして次の瞬間のつかさの表情を、たぶん、私は一生忘れられない。<br /><br /><br /><br /><br /> 「つかさなんて、大っ嫌い!」<br /><br /> あたしは走り出した。<br /> お祭りの人波から人波をぬって、お父さんお母さんから逃げるように。<br /> 誰よりも、つかさから逃げるように。<br /><br />  つかさは涙をぽろぽろとこぼしながら、あたしを見つめていた。<br /> あたしには、それが何よりも恐ろしかった。<br /> 何か大切なものを壊してしまったような気がして、胸がずきずきと痛んだ。<br /> その気持ちの正体を知るのは本当に怖くて、<br /> 瞳に焼きついたつかさの泣き顔を忘れるために、あたしはただ走り続ける。<br /> でも、どれだけ走ってもそれはあたしの心から離れない。<br /> そのうちに疲れきってしまったあたしは、川のほとりでフェンスに背中を預けて腰を下ろした。<br /><br />  泥まみれの足にスリ傷がたくさんついていて、じわじわと痛む。<br /> 買ってもらったばっかりの浴衣は、すそが破けてしまっていた。<br /><br />  なんだか不意に泣けてきたので、上を向いて鼻をすする。<br /> すると、あんまりにも星空が綺麗で、なぜかあたしはつかさのことを思い出していた。<br /> そのうちに視界がぼやけてきたので、浴衣の袖で顔を拭う。<br /> 拭っても拭っても涙は止まらないので、あたしは体育座りになって膝に顔をうずめた。<br /> 喉から声が漏れ出して、止まらなくなる。<br /> 我慢できなくなって、あたしは大声をあげて泣きだした。<br /><br />  遠く遠くのほうからお祭りの声が聞こえる。<br /> 夜の静寂とかすかな喧騒に包まれながら、<br /> いつまでも、いつまでもあたしはその場所で泣きじゃくっていた。<br /><br /><br /><a>次のページへ</a><br /><br />
<p>いかにも梅雨らしい、今日はそんなぐずついた空模様の日だった。<br /> 予報通りの曇り空からは雨がぽつぽつと控えめに落ちてきている。<br /> 雨に濡れないように、苦心して歩く人々の視線が空に向くことはない。<br /> そんな、どこか物憂げな大気に包まれた街のファミリーレストラン。<br /> その一角で、私は怒りに声を荒げていた。<br /><br /> 「……でも!そんなのってないじゃない!」<br /><br /> 「ま、まあまあかがみん、落ち着いて。ここ、外、外」<br /><br /> 時刻はそろそろランチタイムも終わろうかという頃。<br /> 平日のせいか雨のせいか閑散として、それでも親子連れやカップルで<br /><br /> それなりに賑わう店内、気がつけば私は全員の注目の的となっていた。<br /> キッチンの奥からも、エプロン姿の渋い男性が苦い顔を覗かせている。<br /> 当然、私は意気消沈して、握り締めた拳からは力が抜けていき、続いて耳の熱くなる音が聞こえた。<br /><br /> 「よろしいよろしいー、羞恥に戸惑うかがみんもかわいいよ」<br /><br /> テーブル対面のこなたがニヤニヤと私を見つめる。<br /> 蛍光灯に照らされた肌はひどく不健康な色をしていた。<br /> 聞けば、大学も2年目に入って手の抜き方を完璧に覚えたらしく、<br /> 最近はネトゲ三昧の生活を送っているとのことだ。<br /> しかし、試験期間になると他大の私に泣きつくのはどうかと思う。<br /><br /><br /> 「……気色わるい言い方すんな」<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /> お祭りの、そのあとは<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /> 「―――さて、それでは話を整理しようか………どったの?かがみん」<br /><br /> 「いや…アンタがそんな物言いをするなんて、って……」<br /><br /> 「ああこれ?いやー!最近ハマってる探偵物のアニメがあってねー」<br /><br /> 「…………」<br /><br /> 「あれ?もしかして呆れてる?」<br /><br /> 「……いや、アンタのことだからどーせそんなとこだと思ってたわよ」<br /><br /> 「さっすがかがみん!あたしのことよーーっくわかってるねえ」<br /><br /> 「もう、いいから続けて」<br /><br /> 「りょーかーい。さて、それでは話を整理しようか……」<br /><br /> 「もういいって……」<br /><br /><br /> 「で、かがみんがそんなに怒ってる理由だけどさ」<br /><br /> そう、とにかく私は怒っている。<br /><br /> 「つかさが一人暮らしを始めることにしたから、じゃなくて」<br /><br /> つかさは次の春に専門学校を卒業する。<br /> 早々と都内で就職先を見つけたつかさは、その近くで一人暮らしをすると言い始めた。<br /> まあ、都内と言っても職場から家まで1時間もかからないし、<br /> わざわざ引っ越さずに実家から通えばいいとは思った。<br /> でも自立するのは悪いことじゃないし、それは怒った理由じゃない。<br /><br /> 「急な話だったから、でもなくて」<br /><br /> つかさは、夏休みに入ったら、つまりあと一ヶ月もしたら一人暮らしを始めると言った。<br /> そして、それを聞かされたのが今朝。<br /> まあ、今の学校もバイト先も引っ越せば近くなるし、<br /> 早くから生活の基盤を作っておくのも悪くないと思う。<br /> 急な話だったけど、つかさは働いて自力でお金も貯めてたみたいだし、<br /> 無計画なわけじゃないから、それも違う。<br /><br /><br /> 「ひとえに……なんの相談も無かったから、ってこと?」<br /><br /><br /> ……そうよ。<br /> そんな話、つかさは一言も私には話してくれてなかった。<br /> お母さんやお父さんに、いのり姉さんまつり姉さんにだって相談していたのに。<br /> そんなのって、あんまりじゃない。<br /><br /> 「つかさはかがみんに話したら止められる、って分かってたんじゃない?」<br /><br /> たしかに、そうかもしれない。。<br /> 私ならたぶん…ううん、絶対にまず反対したと思う。<br /> それでも、つかさが本気で考えてることなら、私だって一緒に考えたい。<br /> キツいこと言うかもしれないけど、手助けもしてあげたい。<br /> けど……だけど、つかさがそれを拒むんだったら……私……<br /> 本当は、つかさに嫌われてるんじゃないかって思えて。<br /> そう思うと、頭ん中がぐしゃぐしゃになって……<br /><br /> 「で、つかさとケンカして家を飛び出して、愛する私に頼ってきたんだね」<br /><br /> 愛する、は余計よ。<br /> 呟いて少し目線を上げると、いつものようなどこか泰然とした笑顔で、こなたが私を見澄ましていた。<br /> 不意に、その少し細めた瞳に心臓が衝き動かされ、私は慌ててコーヒーカップに手を伸ばした。<br /> カップの中でスプーンがカラカラと音をたて、一口にも満たない冷めたコーヒーが喉を通り過ぎていく。<br /> そうして平静を装った次の瞬間にはもう、こなたの表情はいつもの剣呑なものに戻っていた。<br /><br /> 雨音が、少しだけ耳に障る。<br /><br /> 「でも、かがみんは仲直りがしたいんだよね?<br /> なら今言ったことをつかさにも話せばいいじゃん」<br /><br /> かがみんの気持ちを素直に伝えればいいんだよ、と芝居がかった調子でこなたは言う。<br /><br /> たしかに、それを伝えればきっとつかさは私を許してくれるし、<br /> つかさが理由を話してくれたらきっと私だって理解できる。<br /> 姉妹なんだから、ずっと一緒だったんだからそれくらい分かってる。<br /> でも、なぜだろう。<br /> わからないけれど。<br /><br /> 「……それは、イヤなの」<br /><br /> 心底驚いた、というようにこなたは目を見開いた。<br /> 構わず私は続ける。<br /><br /> 「なんでだろ、わかんないわよ。<br /> 頭の中ぐちゃぐちゃで全然わかんない……だけど……だけど、イヤなのよ」<br /><br /> 私の気持ちが、その素晴らしい解決策を良しとしなかった。<br /> 胸の中のモヤモヤが疼いて、心がざらついて、私は自分の本音をつかさに伝えることを拒んでいた。<br /> 隠していたつかさが悪いと思ってる?<br /> ひょっとして、自分が姉だからなんて思ってる?<br /> それは一体なぜなのか、次々に仮定を浮かべてはそれを否定していく。<br /> 初めての戸惑いに、私の感情は闇に囚われたように出口を見失っていた。<br /><br /> 「なるほどねー」<br /><br /> そんな苦悩もどこ吹く風といった調子で、こなたは妙に納得したように頷いていた。<br /><br /> 「……は?」<br /><br /> 当然、ワケが分からず私の口からは疑問の声が洩れる。<br /><br /> 「いやーかがみんがなんで怒ってるのかわかっちゃったのだよ。それはもう、ピコーンと」<br /><br /> こなたは口を猫のように丸めながら、人差し指を立てた両手を頭の上でぐるぐると回している。<br /> その動作にツッコむ気力は、今の私には無い。<br /><br /> 「聞きたい?ねえ、聞きたい!?」<br /><br /> 楽しくてしょうがない、そう顔に書いてある。<br /> その屈託の無い笑顔は、まあ嫌いじゃないけど。<br /> けど、今はムカつく!<br /><br /> 「……自分で考える」<br /><br /> その答に満足したようだったこなたは、すぐに震える携帯を手に席を外した。<br /> 私はと言えば、まるで見当もつかない答を探してさ迷っていた。<br /> 今までの会話を探っても、あらためて自分に問いかけても、それらしいものを見つけることはできない。<br /><br /> なんでつかさに謝れないのだろう、このモヤモヤは一体なんなのだろう。<br /><br /> 頭を抱えても抱えても思考の道筋すら見つけられず、ついに、私は震える左手を伸ばした。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /> 「すいません……この豆乳仕立てのミルクレープを一つお願いします」<br /><br /> ケーキがテーブルに届けられ、私が紅茶を淹れたところでこなたが席に戻ってくる。<br /> 黙ってテーブルに着くと、フォークを片手にした私をじっと見つめた。<br /><br /> 「……言いたいことがあるなら言えばいいじゃない」<br /><br /> なんというか。<br /><br /> 「……それで頭が回るなら、いいと思うよ」<br /><br /> 見透かされてるなあ、私。<br /><br /> 「…ちょっと食べる?」<br /><br /> 「うん、ありがとー」<br /><br /> 心持ち大きめににケーキを切り分けて差し出す。<br /> それを一口でほおばって、こなたは喋り始めた。<br /><br /> 「…ひょっと……聞ひたいんあけど……」<br /><br /> 「いや、どっちかにしなさいよ、ほら」<br /><br /> 紅茶でケーキを飲み下し、再びこなたは喋りだす。<br /><br /> 「いやごめんごめん……んでさあ、かがみんとつかさってケンカしたことあるの?」<br /><br /> 私が目をぱちぱちさせていると、少し慌てたようにこなたは続ける。<br /><br /> 「いやーだって私の知る限り二人のケンカなんて初めてだったからさ。<br /> そこんとこ、どーだったのかなーって思って」<br /><br /> 「ケンカねえ…」<br /><br /> 何か拾い物もあるかもしれないし、糖分が頭に回るまで時間もかかるし、<br /> 少しくらい脱線してもいいかな。<br /> そんなことを、考えていた。<br /><br /> 「どうだったかな……あ!そうそう、一度だけあったわね」<br /><br /> 「おおー!聞かせて聞かせて!ね、ね!」<br /><br /> 身を乗り出して、目を輝かせてこなたは私につっかかる。<br /> その姿を視界に収めながら、私の意識は既に記憶の海へと没入していた。<br /> あれはたしか……<br /><br /> 「えっと……あれは、ちょうど今くらいの季節で、たしか小1だったかしら……私は……」<br /><br /><br /><br /> …………<br /><br /> あたしは、つかさが嫌いだった。<br /><br /> このかわいらしい妹はどこへ行くにも後ろからついてきて、<br /> でも一緒にいたらかわいがられるのはつかさばっかり。<br /> あたしがお守りしないといけないし、そのせいであたしは好きなことできないし。<br /> こないだだって、あたしがかわいいって言われた髪形マネされて、けっきょくつかさがほめられてた。<br /> だからね。<br /><br /> 「おねえちゃーん、おまつり楽しいね!」<br /><br /> 絶対に、今日は一緒にいてあげないんだから!<br /><br /> 「…お母さん、あたしちょっと一人で色々見てくるね!」<br /><br /> 「ま、待ってよお、おねえちゃーーん」<br /><br /> お母さんの注意する声からも、追いかけてくるつかさからも逃げて、あたしは走り出す。<br /> 待って、待ってというつかさの声も遠くなり、あたしはお祭りの騒ぎの中でやっと一人になれた。<br /><br /><br /> おこづかいの1000円を握りしめて、<br /> どんな楽しいことをしてやろうかと考えると胸がドキドキする。<br /> 射的とか、わなげとか、かたぬきとか…くじびきじゃちょっともったいないな。<br /> わたあめもおいしそう、だけどたぶん後でお母さんが買ってくれる。<br /> お祭りの魔法があたしの胸をいっぱいにして、見える景色がぜんぶキラキラかがやいていた。<br /><br /> そしてそんな中であたしの心はいつしか、ある屋台に吸い寄せられていた。<br /><br /> 「おっ!お嬢ちゃん一人?一回三百円だよ!やってくかい?」<br /><br /> 勇気を出して、期待に心おどらせて、あたしのチャレンジが始まる。<br /><br /> 初めての金魚すくい。<br /> もらった一枚のアミはすぐ破けてしまい、あたしのチャレンジは終わった。<br /><br /> 「やったあ!取れた!取れたよおかあさん!」<br /><br /> となりで、あたしと同じか少し小さいくらいの女の子が大声をあげた。<br /> 彼女はお母さんに頭をなでられながら、幸せそうに笑っている。<br /> あたしはその姿を、自分と重ねていた。<br /><br /> 「おじさん、もう一回やります!」<br /><br /> アミとおわんを両手に抱いて、あたしは注意深く水面を見つめた。<br /> さっきの失敗でわかった。<br /> やみくもに振り回してたら、アミはすぐに破けてしまう。<br /> だから、アミは横にしてなるべく水とぶつからないように、狙いを定めてすぐに金魚をつかまえる!<br /> さっと水中にアミを差し込むと狙い通り、あたしは金魚をすくい上げた。<br /><br /> 「やった―――あ!」<br /><br /> 小さな水音を残して、金魚はプールへ帰って行った。<br /><br /> 「惜しかったねえ、お嬢ちゃん!掬ったらすぐお椀に入れないとな!」<br /><br /> 「おじさん、もっかい!」<br /><br /> すぐにあたしは最後の300円を差し出す。<br /><br /> 「毎度あり!特別だ、お嬢ちゃんに教えてやろう!お椀はもっと水に近づけたら簡単だぜ!」<br /><br /> おじさんの言葉にしたがって水面ギリギリまでおわんを近づける。<br /> 再び狙いを定めて、さっきよりも鋭くアミを水の中へ。<br /> 一匹の金魚をアミからおわんのなかへ滑り込ませる。<br /> アミは破けたが、もう金魚が落ちていくことはない。<br /> そしてあたしは勝者のようにおわんを掲げた。<br /><br /> あたしはとうとう、金魚をすくったのだ!<br /><br /> 「おめでとう、お嬢ちゃん!今袋につめてやるからな!」<br /><br /> おじさんが金魚をビニール袋に入れている間に、あたしの頭はぐるぐると回っていた。<br /> 名前はどうしようか。<br /> どこで飼おうか。<br /> 池がいいかな?<br /> 水槽のほうがいいかな?<br /> あ、お母さんもお父さんも許してくれるかな?<br /> みんななんて言うかな?<br /> ほめてくれるかな?<br /> ほめてくれたら…いいな!<br /><br /> 「はいよお待たせ……おや、またかわいらしいお嬢ちゃんが来たな!」<br /><br /><br /> ……?<br /><br /><br /> 「おねえちゃん、やっと見つけたー!」<br /><br /><br /><br /> ……つかさ。<br /><br /> 「わあー、金魚、おねえちゃんが取ったのー?すごいね!」<br /><br /> 「……ま、まあね」<br /><br /> 「いいなー、わたしもやってみたいなー!」<br /><br /> 「じゃ、じゃあコツを教えてあげる!」<br /><br /> 「ホント!?ありがとう、おねえちゃん!」<br /><br /> 「いい?アミはこう、横にして…おわんは水に近づけるの…」<br /><br /><br /> 「ははは、毎度あり!お姉ちゃんはすっかり金魚掬いの達人だな!妹ちゃんもがんばれよ!」<br /><br /> このときあたしは喜びのあまり、いつも抱いていたつかさへの気持ちをすっかり忘れていた。<br /> 全てが楽しいことにさえ思えていた。<br /> つかさにほめられることも、頼られることも。<br /> あたし自身がつかさにお姉ちゃんとして接するのも。<br /> 屋台のおじさんの軽口さえも。<br /><br /> そしてつかさはすぐに3回のチャレンジに失敗して、あたしに泣きついてくる。<br /><br /> 「おねえちゃん、わたしダメだったよー!」<br /><br /> 「あはは、しょうがないわねー」<br /><br /> あたしが取った一匹がいるから。<br /> そう口に出す、その瞬間だった。<br /><br /> 「ははは、しょうがない!たくさん遊んでくれた、かわいらしい妹ちゃんにサービスだ!」<br /><br /> そう言って、おじさんは金魚を2匹ビニール袋に入れてつかさに押しつける。<br /><br /> つかさがとまどいながら嬉しそうに、とてもとても嬉しそうにそれを受け取ると、<br /> あたしの中で何かが弾けた。<br /><br /> 仲良くやれよー、とあたしたちを見送るおじさん、手に持った金魚、<br /> となりを歩くつかさ、全てが遠くに感じた。<br /> あたしには1匹、つかさには2匹。<br /> あたしはすくって、つかさはもらって。<br /> つまりは、そういうことなのだと思う。<br /><br /><br /> ―――つかさちゃんお姉ちゃんと同じ髪にしたの?やっぱりかわいいわね―――<br /><br /><br /> ―――つかさちゃんまたかわいくなって、浴衣も似合うのねえ―――<br /><br /><br /><br /> かがみちゃんはしっかり者で偉いわ。<br /><br /><br /> お姉ちゃんなんだからつかさちゃんを守ってあげないとね。<br /><br /><br /> 「―――あ!お母さん、お父さん!」<br /><br /> 気がつけば、あたし達は両親のもとへ帰り着いていた。<br /> かけ足でつかさはお父さんに飛びつき、お父さんはつかさの頭をなでる。<br /><br /> 「見て見てお父さん!かわいいでしょー」<br /><br /> お父さんは2匹の金魚とつかさを交互に見て、ほほえんだ。<br /><br /> 「ああ、かわいい金魚だね。二匹も取るなんてすごいぞ」<br /><br /> いつの間にかそばにいたお母さんが、あたしに喋りかける。<br /><br /> 「かがみも、かわいい金魚ね。つかさのこと見てくれてありがとう」<br /><br /><br /> 耳鳴りの向こうで、つかさの声が聞こえる。<br /> 違うよお父さん、お姉ちゃんは取ったけど、わたしは取れなかったから…<br /><br /> お父さんがあたしを見てほほえむ。<br /> つかさはお日様のように笑う。<br /> あたしの手から、ビニール袋がこぼれ落ちていった。<br /><br /> 水がざあっと流れ出して、石畳に広がっていく。<br /> お母さんは、何か喋りながら慌ててしゃがみこんだ。<br /><br /> 「―――ない……!」<br /><br /> 金魚が水を求めて必死に跳ね回り、みんなが疑問の顔をあたしに向ける。<br /><br /><br /><br /> 「―――いらないよ!そんなの!」<br /><br /><br /><br /> やがて金魚は力尽きて、その動きを止めた。<br /><br /><br /> 「なんで!なんでいっつもつかさばっかり!そんなのずるいよ!」<br /><br /> お父さんお母さんが何か言っていたが、何も耳に入らなかった。<br /><br /> 「やだ、もうやだ!お父さんもお母さんも嫌い!嫌い!」<br /><br /> あたしはただ、つかさを睨み続けていた。<br /><br /> 「……つかさなんて、つかさなんて……」<br /><br /> その顔は驚き、そして怯えていた。<br /> そして次の瞬間のつかさの表情を、たぶん、私は一生忘れられない。<br /><br /><br /><br /><br /> 「つかさなんて、大っ嫌い!」<br /><br /> あたしは走り出した。<br /> お祭りの人波から人波をぬって、お父さんお母さんから逃げるように。<br /> 誰よりも、つかさから逃げるように。<br /><br /> つかさは涙をぽろぽろとこぼしながら、あたしを見つめていた。<br /> あたしには、それが何よりも恐ろしかった。<br /> 何か大切なものを壊してしまったような気がして、胸がずきずきと痛んだ。<br /> その気持ちの正体を知るのは本当に怖くて、<br /> 瞳に焼きついたつかさの泣き顔を忘れるために、あたしはただ走り続ける。<br /> でも、どれだけ走ってもそれはあたしの心から離れない。<br /> そのうちに疲れきってしまったあたしは、川のほとりでフェンスに背中を預けて腰を下ろした。<br /><br /> 泥まみれの足にスリ傷がたくさんついていて、じわじわと痛む。<br /> 買ってもらったばっかりの浴衣は、すそが破けてしまっていた。<br /><br /> なんだか不意に泣けてきたので、上を向いて鼻をすする。<br /> すると、あんまりにも星空が綺麗で、なぜかあたしはつかさのことを思い出していた。<br /> そのうちに視界がぼやけてきたので、浴衣の袖で顔を拭う。<br /> 拭っても拭っても涙は止まらないので、あたしは体育座りになって膝に顔をうずめた。<br /> 喉から声が漏れ出して、止まらなくなる。<br /> 我慢できなくなって、あたしは大声をあげて泣きだした。<br /><br /> 遠く遠くのほうからお祭りの声が聞こえる。<br /> 夜の静寂とかすかな喧騒に包まれながら、<br /> いつまでも、いつまでもあたしはその場所で泣きじゃくっていた。<br /><br /><br /><a href="http://www34.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/1671.html">次のページへ</a></p>

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