ID:0iQIzeE0氏:柊かがみ法律事務所──とある未来のせちがらいコミケ

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 かがみは、コミケ運営主体の顧問弁護士として、事務局に待機していた。  待機といっても休んでるわけでもない。パソコンを持ち込んで、訴訟案件の草稿をまとめていた。最近はネット経由で法令データも判例データも簡単に得られるので、ネットにつながってさえいればどこだって仕事はできる。  短期間に大量の人ごみでごった返すコミケとはいえ、弁護士が表に出なければならないような大事件はめったに起きるものではない。例年であれば、特に何事もなくすごせるはずであった。  コミケ運営主体の顧問弁護士としての仕事は、むしろ、コミケ開催前の方が忙しかった。  近年、中高生参加者の増大に伴い、当局からいわゆるアダルトコーナーの完全隔離と年齢確認の徹底を厳しく行政指導されている。  法的拘束力はないのでバックレるという手もないではないが、それをやると当局から会場提供者に遠まわしに圧力がかかる可能性もあるので、運営主体としては従わざるをえないのが実情だった。  そのため、18禁の選定を行なわなければならず、かがみはその最終判定員を委嘱されていた。  18禁をめぐる訴訟を多くこなしているかがみが適任なのは確かであったが、はっきりいって気分のいい仕事ではない。それでも、仕事と割り切って、エロ同人誌ばかりを眺める日々をすごした(報酬が高いことだけが救いであった)。  同人誌の場合、18禁の選定は、各サークルから運営主体に納本される2冊のうちの1冊をもって行なわれる。  残り1冊は、国立国会図書館に納本されることになっている。コミケ運営主体が国会図書館への納本を代行するこの体制は、かがみが顧問弁護士になったあとに確立したものだった。国会図書館からかがみに働きかけがあったのだ。  同人誌の納本率をあげるにはコミケというビッグイベントを押さえるのが最も効率がよいという国会図書館の判断は、妥当なところではあろう。  著作権法的にグレーな部分が多い二次創作本を納本することに法的問題がないのかという心配もないではない。二次創作分野を広く支配している「好意的黙認の慣習」の法的効果をめぐっては、学会でも実務家の間でも議論があり、裁判所の判断も揺れている。そのため、この分野はいまだに著作権法的グレーゾーンが広いままだ。  とりあえず問題があれば閲覧・複写等の利用を制限すればよいということで、国会図書館による収集・所蔵は続行されている。  それはともかくとして、運営スタッフたちが18禁的にグレーだと判定したものを、かがみが改めて確認し最終判定を下す。18禁指定を受けた同人誌などを売るサークルはアダルトコーナーの区画に割り当てられ、隔離されることになる。  なお、万が一、刑法のわいせつ物頒布罪に抵触するものが見つかった場合は、販売禁止を通告することになる。  アダルトコーナーへの入り口は一ヶ所だけに限られる。そこにはゲートが設けられて、スタッフの年齢確認を受けないと中に入れない。年齢確認は運転免許証などの写真付きの身分証明書で行なわれる。  そのゲートは、麗しくも「天国への門」と通称されるようになっていた。ゲートを通過したあとにある階段も「大人への階段」と呼ばれている。  反発するサークルもないわけではない。そのようなサークルに対しては、まず運営主体のスタッフが説得にあたり、それでも駄目ならかがみが直接交渉して説き伏せた。  かがみ本人は認めたがらないが、オタク界における柊かがみ弁護士のネームバリューには大きなものがあるのが実態だった。  クーラーの効いた部屋で静かに仕事をしていると、運営スタッフがやってきた。 「先生、すみません。ちょっとご足労願えませんか?」 「何かありましたか?」 「身分証がなくて『天国への門』で引っかかった参加者が、駄々こねてまして。とありえず事務局に連行したのですが、『通してくれないと、かがみん弁護士を呼ぶぞ』とわめいてましてね。先生ご本人に説得していただければ、納得してもらえるかと」 「分かりました。行きましょう」  多くの参加者が集まるビッグイベントであるから、そんなしょうもない参加者が混じってくるのも避けられない。  かがみがその部屋に入ると、 「おお、かがみん。来てくれると思っていたよ」 「あんたか」  かがみは、心底呆れ顔でそいつの顔をにらみつけた。  そこにいるのは、まぎれもなく、こなただった。 「お知り合いですか?」 「まあ、昔からの腐れ縁ですよ」  スタッフの疑問に、かがみはそう返した。  こなたは、人気ラノベ作家として顔も売れてるはずだが、帽子であほ毛を隠すと案外誰も気づかないもんらしい。あほ毛ステルスとでもいうべきだろうか……。 「あんた、免許証ぐらい持ってないの?」 「いやぁ、うっかり忘れちゃってさ」 「写真付きで年齢を証明できる資料がない限り、ゲートは通れないわよ。カタログにも書いてあったでしょ」 「そこをなんとか。かがみん先生の証言でOKってことで」  こなたが両手を合わせておがみ倒す。  しかし、かがみはにべもない。 「ダメ」  押し問答を繰り返しているところに、来客があった。 「おっ、いたいた。ダメだろ、こなた、免許証忘れちゃ」 「おおっ! お父さん! 持ってきてくれたんだ。あのサークルが売り切れる前に急がないと!」  こなたは、そうじろうから免許証を受け取ると、脱兎の勢いで部屋を駆け出していった。 「お父さん、今度サービスしとくよ~」  そんなセリフがドップラー効果を伴って響いていた。 「なんのサービスだ?」  思わずそう突っ込まざるをえないかがみであった。 「いやぁ、娘がお騒がせしましてすみませんねぇ」  そうじろうが、そういってスタッフに頭を下げている。 「かがみちゃんも、すまなかったね」 「はぁ……」  かがみも何と返していいものやら分からず、気の抜けた返事になってしまった。  結局、今回のコミケにおいて、事件(とすらいえないものではあったが)はその1件だけだった。 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3)
 かがみは、コミケ運営主体の顧問弁護士として、事務局に待機していた。  待機といっても休んでるわけでもない。パソコンを持ち込んで、訴訟案件の草稿をまとめていた。最近はネット経由で法令データも判例データも簡単に得られるので、ネットにつながってさえいればどこだって仕事はできる。  短期間に大量の人ごみでごった返すコミケとはいえ、弁護士が表に出なければならないような大事件はめったに起きるものではない。例年であれば、特に何事もなくすごせるはずであった。  コミケ運営主体の顧問弁護士としての仕事は、むしろ、コミケ開催前の方が忙しかった。  近年、中高生参加者の増大に伴い、当局からいわゆるアダルトコーナーの完全隔離と年齢確認の徹底を厳しく行政指導されている。  法的拘束力はないのでバックレるという手もないではないが、それをやると当局から会場提供者に遠まわしに圧力がかかる可能性もあるので、運営主体としては従わざるをえないのが実情だった。  そのため、18禁の選定を行なわなければならず、かがみはその最終判定員を委嘱されていた。  18禁をめぐる訴訟を多くこなしているかがみが適任なのは確かであったが、はっきりいって気分のいい仕事ではない。それでも、仕事と割り切って、エロ同人誌ばかりを眺める日々をすごした(報酬が高いことだけが救いであった)。  同人誌の場合、18禁の選定は、各サークルから運営主体に納本される2冊のうちの1冊をもって行なわれる。  残り1冊は、国立国会図書館に納本されることになっている。コミケ運営主体が国会図書館への納本を代行するこの体制は、かがみが顧問弁護士になったあとに確立したものだった。国会図書館からかがみに働きかけがあったのだ。  同人誌の納本率をあげるにはコミケというビッグイベントを押さえるのが最も効率がよいという国会図書館の判断は、妥当なところではあろう。  著作権法的にグレーな部分が多い二次創作本を納本することに法的問題がないのかという心配もないではない。二次創作分野を広く支配している「好意的黙認の慣習」の法的効果をめぐっては、学会でも実務家の間でも議論があり、裁判所の判断も揺れている。そのため、この分野はいまだに著作権法的グレーゾーンが広いままだ。  とりあえず問題があれば閲覧・複写等の利用を制限すればよいということで、国会図書館による収集・所蔵は続行されている。  それはともかくとして、運営スタッフたちが18禁的にグレーだと判定したものを、かがみが改めて確認し最終判定を下す。18禁指定を受けた同人誌などを売るサークルはアダルトコーナーの区画に割り当てられ、隔離されることになる。  なお、万が一、刑法のわいせつ物頒布罪に抵触するものが見つかった場合は、販売禁止を通告することになる。  アダルトコーナーへの入り口は一ヶ所だけに限られる。そこにはゲートが設けられて、スタッフの年齢確認を受けないと中に入れない。年齢確認は運転免許証などの写真付きの身分証明書で行なわれる。  そのゲートは、麗しくも「天国への門」と通称されるようになっていた。ゲートを通過したあとにある階段も「大人への階段」と呼ばれている。  反発するサークルもないわけではない。そのようなサークルに対しては、まず運営主体のスタッフが説得にあたり、それでも駄目ならかがみが直接交渉して説き伏せた。  かがみ本人は認めたがらないが、オタク界における柊かがみ弁護士のネームバリューには大きなものがあるのが実態だった。  クーラーの効いた部屋で静かに仕事をしていると、運営スタッフがやってきた。 「先生、すみません。ちょっとご足労願えませんか?」 「何かありましたか?」 「身分証がなくて『天国への門』で引っかかった参加者が、駄々こねてまして。とりあえず事務局に連行したのですが、『通してくれないと、かがみん弁護士を呼ぶぞ』とわめいてましてね。先生ご本人に説得していただければ、納得してもらえるかと」 「分かりました。行きましょう」  多くの参加者が集まるビッグイベントであるから、そんなしょうもない参加者が混じってくるのも避けられない。  かがみがその部屋に入ると、 「おお、かがみん。来てくれると思っていたよ」 「あんたか」  かがみは、心底呆れ顔でそいつの顔をにらみつけた。  そこにいるのは、まぎれもなく、こなただった。 「お知り合いですか?」 「まあ、昔からの腐れ縁ですよ」  スタッフの疑問に、かがみはそう返した。  こなたは、人気ラノベ作家として顔も売れてるはずだが、帽子であほ毛を隠すと案外誰も気づかないもんらしい。あほ毛ステルスとでもいうべきだろうか……。 「あんた、免許証ぐらい持ってないの?」 「いやぁ、うっかり忘れちゃってさ」 「写真付きで年齢を証明できる資料がない限り、ゲートは通れないわよ。カタログにも書いてあったでしょ」 「そこをなんとか。かがみん先生の証言でOKってことで」  こなたが両手を合わせておがみ倒す。  しかし、かがみはにべもない。 「ダメ」  押し問答を繰り返しているところに、来客があった。 「おっ、いたいた。ダメだろ、こなた、免許証忘れちゃ」 「おおっ! お父さん! 持ってきてくれたんだ。あのサークルが売り切れる前に急がないと!」  こなたは、そうじろうから免許証を受け取ると、脱兎の勢いで部屋を駆け出していった。 「お父さん、今度サービスしとくよ~」  そんなセリフがドップラー効果を伴って響いていた。 「なんのサービスだ?」  思わずそう突っ込まざるをえないかがみであった。 「いやぁ、娘がお騒がせしましてすみませんねぇ」  そうじろうが、そういってスタッフに頭を下げている。 「かがみちゃんも、すまなかったね」 「はぁ……」  かがみも何と返していいものやら分からず、気の抜けた返事になってしまった。  結局、今回のコミケにおいて、事件(とすらいえないものではあったが)はその1件だけだった。 **コメント・感想フォーム #comment(below,size=50,nsize=50,vsize=3)

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